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お酒を飲みに

 百合園でパーティーが行われる日の前日神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、待ち合わせをしていた沢渡 真言(さわたり・まこと)と共に、ヴァイシャリーのレストランに訪れていた。
「……美味しいです」
 食前酒を飲んでの真言の言葉に、優子が笑みを浮かべた。
「ホントに?」
「は、はい……ええっと、良く分からないともいいます。ですから、色々と飲むのを試してみたいと思います」
 真言は数か月前に20歳になったばかりだった。
 彼女がこうして優子を食事に誘ったのは、一緒にお酒を飲めたらいいなと思っていたからであり、純粋に優子と話をしてみたかったからでもある。
 互いにロイヤルガードに所属しているため、仕事で顔を合わせることは多く、雑談もするのだけれど、こんな風に仕事抜きで2人で食事をするのは初めてだった。
「それじゃ、食後にいくつか飲んでみようか。私もあまり詳しくはないけれど、ここのソムリエはいつも美味しいワインを選んでくれるんだ」
「はい、楽しみです」
 2人は微笑み合って、ワインと共に料理を食べていく。
(わー……やっぱり上品な食べ方だなぁ。仕事の時はなんというか、男らしい力強さとか、バイオレンス!なところがある方だけれど、がさつさはないんですよね)
「どうした? 料理、冷めるぞ」
 つい、優子を観察してしまっていた真言に、優子が不思議そうに言った。
「あ、はい! すみません。なんだか嬉しくて。こんな風に、任務とか以外でもたまに神楽崎さんと食事ができたらと思っていましたので」
 真言はずっと前から優子に憧れていた。
 優子の様な、格好いい女性になりたい……という淡い気持ちを抱いていたのだ。
「ええと、神楽崎さんは普段はどんなことをされているのですか? ご趣味とか」
「趣味……トレーニング?」
「あ、やっぱり筋トレでしょうか!」
「うん、暇なときは筋トレやってるかも……」
「私もです!」
「そうなのか? 仲間がいて嬉しいよ」
 優子は休日も、筋トレは勿論、剣術の稽古や、精神トレーニングをしているようだった。
 特に得意というわけではないが、家事の能力も普通にあり、料理を楽しむこともあるとのことだ。
「洋服はどちらで購入されているのですか? お好きなブランドとか好みの装いとかありますか?」
「ブランドには拘りがないけれど、動きやすさは重視している。既製品のスーツで暴れると、股が裂けたりしてみっともない事になりかねないからな……」
 このスーツはオーダーメイドなんだと、優子は布を引っ張ってみせる。
 かなり伸縮性のある素材なようだ。
「いいですね、オーダーメイド。私もフルオーダーメイドの執事服とか憧れています!」
「執事服……そういえば、キミは執事服をよく着てるよな。メイド服じゃなくて」
「はい、私はメイドではなく、執事なのです」
 真言は自分が執事になった経緯や、執事として仕えている幼馴染のことなどを優子に話していく。
 料理を食べながら、優子は真言の話を興味深そうに聞いていた。
「神楽崎さんのお話ももっと聞きたいです。プライベートの事とか……お付き合いしている人は、いるのでしょうかっ?」
 食事を終え、お酒を飲み始めると、真言は明るくなっていった。
「いないよ。キミはパートナーと付き合ってるんだよね?」
「はい」
「恋愛と学業や仕事って、両立できてる?」
「で……出来てると言いたいですが、どうでしょう?」
 少し不安げに真言は優子に尋ねた。
「私が知る限り、キミは出来てると思うよ。でも、私はどうかな……学生の頃は恋愛は避けてきたのだけれど。今なら両立できるんだろうか」
「お付き合いしたい方、いるのですね!?」
「あ、いやそういうわけでは……」
 優子は目を逸らして、少し照れていた。
 そんな優子を何だか可愛いと、真言は感じてしまう。
「相談に乗りますよ! 経験豊かってわけじゃないですけれどっ」
 自覚はないが、ワインを飲んでいるうちに真言は良いが回ってとても陽気になっていた。
「真言、迎えに来たぞ」
 そんな彼女に近づいて屈んだのは、パートナーで真言の恋人のマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)だ。
「来てくれたんですか〜。でももう少し私は神楽崎さんとお話するんです! 恋バナですよ、恋バナ!」
「ああ、スミマセン……。ご迷惑をおかけして」
 マーリンが優子にすまなそうに頭を下げる。
「いや、迷惑なんてかけられてないよ。あまりアルコールに慣れていないこと知っていたのに、つい話に夢中になり、飲ませすぎてしまったようだ。こちらこそすまない」
「いえ、とんでもないです。……ほら、帰るぞ」
「えーーーー。これから神楽崎さんの恋の相談に乗るのに〜。キューピットになれるかもしれないんですよ、私! 隊長さんのキューピットですよ、凄いでしょーっ」
「はいはい、とにかく外に出ような。ホントスミマセン……」
 マーリンはグラスに手を伸ばす真言の腕をがしっと掴んで、彼女を抱きしめるように立たせた。
「心配して迎えに来てくる人がいるって、幸せなことだな」
「神楽崎さんにだって……むぐっ」
「ハハハ……」
 マーリンが真言の口を塞いで、苦笑をする。
「今日はありがとう。会計は任せてくれ」
 くすっと笑いながら優子が言った。
「いえ、そういうわけには!」
「その代り今度の休日、ジムで待ってると伝えておいてくれ」
「……はあ」
 良く分からないが、真言と何か約束をしたのだろうかと……なにより彼女を抱えていては財布を出せないことから、深く礼を言って、今回は優子に会計を任せることにした。

「ほら、乗って」
 マーリンは真言を連れて外へとでた。
「うん、ありがと〜」
 真言はマーリンの背中に乗ると、ぎゅっと抱き着いてきた。
「ちゃんと掴まってろよ」
 彼女をおぶり、彼女の身体をぽんぽんとマーリンは優しく叩く。
「うん♪」
 真言は普段、主人を一番優先しているため、2人はあまり恋人らしい雰囲気ではないのだが、今の陽気になった彼女は、年齢相応な感じで。なんだかでれているようにも見えて、くすぐったい気持ちになった。

 ――そんな二人を、微笑ましげに、少し羨ましそうに。
 優子は窓から見ていた。