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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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帝国到着

 使節団の周囲の空間がゆらぎ、気付いた時には全員が奇妙な場所に立っていた。
 風景は、まるでSFに出てくる宇宙ステーションの内部のようだ。周囲は巨大な円筒で、その円筒の遥か先に、多くの建物が集合しているのが見えた。円筒の内部は異様に広く、雲も出ている。しかし地平線は盛り上がり、空に向かって地面が延びていた。
 唖然とする一行に、従龍騎士バルレオスが誇らしげに説明する。
「あれが我らが帝都ユグドラシルだ。パラミタ大陸で最大の繁栄を誇る、人口二百何もの街が、偉大なる世界樹ユグドラシルの中にあって驚いたかね?」
 その説明に、帝都を始めて見た者は驚く。そこは世界樹の中の、広大な空間だったのだ。
「さあ、貴様達の目的地はこっちだ」
 バルレオスが「上」に向かって歩き出す。世界樹の内部壁面には魔力により人工重力が発生したような状態で、彼らは難なく上に向かって歩いていく事ができた。
 バルレオスは帝都を目指すのではなく、横穴──とはいえ、直径数百mはありそうな巨大空間だが──に入っていく。
 そこで一行は、前方を軍勢が取り囲んでいるのに気付いた。
「帝都を守る守備隊か?」
 その質問に、バルレオスは首を振った。
「あれは貴様らの女王を保護する館の護衛だ」
「館の前で戦争でもする気か?」
 軍勢のあまりの多さに、誰ともなくつぶやく。龍騎士団のひとつがまるまる護衛に当っているようだ。
 バルレオスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「これだけ厳重に守ってやっているのだぞ。素直に感謝するがいい」
 そうは言われても、完全武装の軍勢やドラゴン、ワイバーンの間を歩いていく使節団メンバーは否応なしに緊張を強いられる。
 もっとも、その将兵は形式的に彼らに目をやるだけで、敵対するような気配はない。確かに、その奥の館を守っているようだ。
「この前、修学旅行で来た時はこんなじゃなかったのになぁ」
 以前、旅行で来た者たちがヒソヒソ話す。
「いや、白輝精がいるという館のまわりは、すごい警備だって話を聞いたぞ。それがこれだったんだな」
 やがて一行は軍勢の間を抜け、壮麗な造りの館の前に着いた。
「ここは歴代の皇帝のご家族がご静養されるのによく使われる、由緒ある館である。ユグドラシルの内部でも、この枝には特に癒しの力が満ちているのだよ」
 バルレオスがそんな事を説明していると、一行の前に突然、妙齢の美女が現れた。下半身が虹色を帯びた白蛇の彼女が、砕音と使節団をこの地に呼んだ選帝神白輝精(はっきせい)だ。
「皆、いらっしゃーい。
 まずアムリアナ様は、昏睡状態だけど安定してるから、今すぐ危ないって訳じゃないわ」
 白輝精の言葉に、ほっとするメンバーもいる。
 砕音は白輝精をウソくさい態度で拝みつつ言った。
「神様、神様、選帝神になった時に大帝から賜った時操鏡というアイテムを見せやがってくださいませ」
「普通に話しなさいよ。私だって、いきなり自分が神になって驚いてるんだから。時操鏡ぐらい、別にいいわよ」
 白輝精が魔法で、手鏡大のレンズのような物体を現した。レンズの周囲に装飾は何もない。しかし、レンズの内側に浮き出るように魔法文字が明滅している。
「ふぅん」
 砕音がしげしげと鏡をのぞきこむ。レンズに小さな子供の姿が浮かび上がる。彼と親交がある者なら見た覚えがある。真っ暗な部屋に呆然と座りこむ、ボロボロの服を着て鎖につながれた、傷だらけの子供だ。
 横から目をしばたかせながらのぞいていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、鏡の中の少年を指差す。
「あっ、魔導空間のせんせーです! なんだか、さむそうで、いたそう」
 ヴァーナーはさっそく砕音に回復魔法をかけようとするが、彼はあわてて止める。
「待った。この鏡に出てるのは俺の心象風景じゃなくて、子供の頃の俺だ」
「……先生、元気になったです? よかった」
 ヴァーナーは小首をかしげ、んしょと背伸びすると砕音の頭をなでなでする。彼女の中では、小さい砕音のイメージが強いのだろう。
「あ、ああ、ありがとう。……他の奴で試してみようか」
 砕音は左右を見回し、偶然近くにいた着ぶくれ(中身はヒダカ・ラクシャーサ)に何気なく鏡を掲げた。
 レンズの中ほどに、全身真っ黒に日焼けして腰ミノだけをつけた、いかにもいたずら坊主といった子供が現れる。鏡の中から音声が響いた。
「やーいやーい! 兄ちゃんのこわがりー! おいらの方が木のぼりうまいし、かけっこも早いもんねーだ!」
 子供はあかんべえをして走りだし、ぶつかりそうになった少女に飛びつくと、彼女の胸をむぎゅっとつかむ。
「姉ちゃん、恋人にもっともんでもらわないと大きくなんないぞっ!」
 少女の怒声を背中に浴びつつ、子供は歓声をあげて飛び回りながら走っていく。
 ヒダカにつきそっていたジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)が恐る恐る聞く。
「あの……この子って、もしかして……小さい頃のヒダカさん?」
「……なつかしいな」
 ヒダカの言葉に、彼を知る者は固まる。
 白輝精がにやにや笑う。
「次は紅月でも映してみる?」
 砕音は鏡の表面を、拳で軽く小突く。
「いや……やっぱり思った通りだ。こいつは古代のロストテクノロジーの欠片だ。本来は巨大な魔法装置の部品のひとつだろう」
 白輝精は目を丸くする。
「そうなの?」
「そういう事例はけっこうあるぞ。
 単体のアイテムを複数集めて合体させると、巨大で高性能なアイテムになる事がある。……大帝がそういう物に少なからず興味があるなら、予想的中だ」
「なんの話?」
「独り言だ。
 それより使節団はこの先、ずっと立ち話しかさせてもらえないのか?」
 砕音が鏡を白輝精に返すと、彼女は不機嫌にそれをどこかに消した。
「やぁね。部屋くらい用意してるわよ。さあ、入って入って」


 使節団のメンバーは部屋割りを行い、それぞれ部屋に荷物を置きに向かう。
 広い館ではあるが、さすがに個々に部屋を与えられる程、部屋数は多くない。友人同士やパートナー同士などが、好き好きにまとまって部屋を決める。
 食事や日用品、寝具なども用意されており、許可制ではあるが、必要なものがあれば帝都に買出しに行く事も認められていた。
 皆が個々に散っていく中、白輝精は、使節団の他のメンバーとは一線を画しているメニエス・レイン(めにえす・れいん)に気付いた。
「あら、メニエスじゃない?! まさか使節団の一員として来るとは思わなかったわ」
 白輝精が近づくと、メニエスはマントを翻して、言い放つ。
「今の私は東シャンバラ・ロイヤルガード。その職務として、使節団メンバーや貴女の行動は監視させていただくわ」
 白輝精は改めて、メニエスがまとうロイヤルガードのマントに目をやる。
「まあ、ロイヤルガードになってるなんて、やるわねー。ボコボコにされてないか心配してたのに」
 メニエスは白輝精に、頭をなでなでされてしまった。
「やめてちょうだい」
 メニエスは振りほどいて距離をおいた。
(旧鏖殺寺院の奴らって、どうしてこうかしら?)
 メニエスは表に出さないように、心の中だけで怒る。
 砕音に会った時も「まだ死んでなかったのね」と皮肉ったが、
「どうにか植物人間あがりで済んでるよ」
 と笑顔で返されてしまった。旧鏖殺寺院幹部は、周囲すべてが敵という情況に慣れすぎて、感覚がどこかマヒしているのかもしれない。

 次に白輝精はクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)に目を止める。
 クリストファーは彼女ににっこり笑いかける。
「献血に来ました」
「嬉しいわ☆ あ〜ん」
 白輝精は、クリストファーの首すじにかぶりつこうとする。しかし砕音が彼女の髪をつかんで止めた。
「こらこら」
「なによ、痛いわね! クリストファーは私の癒しの乾電池なんだから、いーのよ!」
 クリストファーも(乾電池?)と思いつつも同意する。
「俺がいいって言ってるんだよ?」
「だとしても、他の生徒が通るような廊下で、ちゅーちゅー血を吸われてもな」
「しょうがないわね。後のお楽しみにとっておくわ」
 白輝精はクリストファーの首をぺろりと舐めると、解放した。
「じゃあ、今は血の代わりにお土産を渡しておくよ」
 クリストファーは持参した旅行カバンの中をまさぐる。