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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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眠れる女王

「荷物や部屋など後でいい、まずは陛下の容態を確認したいでござる!」
 坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が白輝精に求める。
「あら、巫女フェチさん。心配なのは分かるけど、三々五々来られると陛下の負担になるから、様子を確認したい子は全員まとめていらっしゃい」
 白輝精は鹿次郎の事を覚えていた。彼はアムリアナ女王ことジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)が「ダークヴァルキリーの姉」として各学校生徒から追われていた頃から、ジークリンデと共にあったからだ。
 待ちかねた鹿次郎が他のメンバーをせかし、女王への面会を要望する者が集まってくる。
 白輝精は一行を、館の奥まった部屋へ案内する。途中、魔法を帯びた門をいくつも通る。
 女王の寝室は何重にも結界で覆われており、門以外から入る事はできないと言う。それら結界には、体力増強や悪い気を払うなどの効果がそれぞれあるそうだ。
 時間をかけて寝室に到着すると、そこには天蓋付きのヴェールにおおわれた巨大なベッドがあった。
 一見、ベッドに光り輝く大きな繭(まゆ)があるように見え、目をこする生徒もいる。白輝精が説明した。
「これは最後の結界。陛下の状態が改善しない限り、これを解いて近づいたり触れる事はできないわ」
 光の繭の中では、シャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラが眠りについていた。血の気は失せ、呼気もごく弱く、まるで美しい人形のように見える。
 緊張した様子の一行に、白輝精が言う。
「アイシャに使命を託してから、彼女の意識はずっと戻っていないわ」
「その吸血鬼の少女を女王に紹介したのは、おまえか?」
 砕音が白輝精に聞いた。
「んー。そうでもあるけど、私は単にアムリアナ女王の側仕えをするメイドを何人か雇っただけ。その中の一人がアイシャよ。礼儀作法がきちんとしていて仕事もできたし、シャンバラ出身だったから良いだろう、と思ったの。それ以上の素質や力なんて、考えた事もなかったわね。
 ただ今となって思えば、女王の力を受け渡せる者が現れる事を陛下が強く願っていたから、その素質を持っていたアイシャが引き寄せられたのかもしれないわね」

 リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が光条兵器の蒼薔薇を手に、繭の中で静かに横たわる女王に近づいた。
「アムリアナ陛下、お預かりしていた物をお返しに上がりました。……貴女が好まれた、蒼い薔薇、です。
 陛下、周りの声は聞こえてらっしゃるのでしょう?」
 そっと語りかけても、やはり返事はない。その呼気は、恐ろしい程に弱い。血の気をなくして青ざめた顔は、それでも美しい。
 リュミエールは女王を囲む繭に取りすがった。
「……返事してよ! このまま「死も覚悟してる」とか、諦めないでよ! 僕に、この花を……手向けさせないで……。
 女王の力なんか無くてもいい。皆「君」を待ってるんだ」
 彼の肩に、アディーンが手を添え、白輝精に聞いた。
「白蛇のお姫さん、このままだと陛下はどうなんだ?」
「……何も策を講じないままなら、アイシャがシャンバラ女王になれば、程なく崩御されるわ」
 ある程度分かっていた事だが、改めて女王を前に言われ、部屋はシンとなる。
 しかし朝霧 垂(あさぎり・しづり)が白輝精に言う。
「でも、俺たちが来るまで女王に目を埋め込んで延命&洗脳しなかったって事は、あんたは女王をシャンバラヘ連れ戻して欲しいと考えているんじゃないか?」
 白輝精はふぅとため息をついた。
「できれば、そうしてあげたいんだけど……」
 彼女が何か呪文を唱えると、寝室内が薄暗くなる。そして今まで見えていなかった無数の蔦が、意識のないアムリアナ女王の体に巻きついていた。
「なんだ、これッ」
 垂が蔦をつかもうとするが、実体がないのか手はすり抜けてしまう。
「これは呪いよ。大帝が解かない限り、陛下は世界樹ユグドラシルの中から出る事はできない」
「テレポートでは?」
 垂が祈るような思いで聞いた。白輝精は首を振る。
「無理ね。この呪いは大帝と世界樹ユグドラシルの名においてかけられている。それより強大な力でもない限り、呪いを打ち破る事はできない」
 そこで蔦を観察していた砕音が口を開く。
「この呪いは、大帝が解く以外は死ぬまで解けない性質のようだ……が、死ねば解けるな」
 垂はぎょっとして砕音を見るが、彼はヒダカを呼んで魂の循環について話している。
「何か策があるのか? アイシャという存在に女王の力を引き継がせたとしても、今まで一緒に戦ってきた仲間であるジークリンデを見捨てる事なんてできない。なんとかしてでも彼女をシャンバラの地へと連れ戻してくれ!」
 懸命に頼む垂に、砕音はほほ笑む。
「策があるから、ここまで来た。
 即シャンバラに戻るのは無理かもしれないが、シャンバラと極めて友好的で新幹線でも行ける日本が、彼女をかくまってくれるだろう。多少の問題も発生するかもしれないが、クリアすればシャンバラに戻れるはずだ。
 もっとも彼女が自分を取り戻すには、周囲の努力が必要になるかもしれない」
 垂は表情を輝かせる。
「でも、方法はあるんだな! 砕音先生、どうかよろしくお願いします!!」
「い、いやいやいや、俺の方こそ、皆、よろしく頼む」
 垂にぺこんっと頭を下げられ、砕音はあわてた様子で彼女を起こそうとする。


 使節団は護衛役の紅月と、女王の側にいたいという者を残して女王の寝室を辞す。
 そしてシャンバラから運んできたメッセージや魔導機械の開梱やセッティングなど、それぞれに仕事を開始した。
 シャンバラから持ってきた魔導機械が、梱包を解かれる。
 女王の病室に運びこむ前に、砕音のパートナー機晶姫アナンセ・クワク(あなんせ・くわく)が動作チェックを行なう。
 そこへクリストファーと共に大きな箱を運んできたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が、ふうと息をつく。
「ねえ、アナンセさんから見て、大学に行った砕音先生、変わったかな?」
「はい。健康状態は改善される傾向にあります」
 アナンセの言葉に、クリスティーは手を振る。
「違うよ。アナンセさんと砕音先生の関係だよ。
「パートナーです」
「ええと、そういう意味じゃなくて、恋愛とか友情でなくても相棒としての関係を深めるとか……距離を詰めるって言うんだろうけど、感情に限界を設けちゃいけないと思うんだ」
「申し訳ありません。お言葉の意味を判別できません。もう一度、分かりやすくお願いいたします」
 アナンセに機械的な声で言われ、クリスティーは弱った様子で話す。
「作られたモノだからって感情が無いというのは嘘だよ。機晶姫だって剣の花嫁だって、他の種族と同じく感情を持ってるよ。
 個人ごとに感情の起伏に大小があるのだって種族に関わらない事だしね」
「感情の定義は、個々異なります。植物や岩石に感情があるという見解もあれば、使用人には感情が存在しないという見解もあります」

 アナンセ達の横では、クリストファーが装置の設置を手伝う風を装いながら、様子を見ていた白輝精に視線を送っていた。
 白輝精のテレパシーが、クリストファーの頭に響く。
(あらあら、そんな熱視線を送って、どうしたのかしら?)
 クリストファーは頭の中で考える。
(『昔、ネフェルティティに仕えていた一神官』として女王へのメッセージをお願いできないかな? きっと選帝神として色々としがらみできちゃったんでしょ? だから、俺が女王へのメッセージを受け取って加えておくよ)
(あら、そう? じゃあ……)
 その後、クリストファーは白輝精からもらったメッセージを、そっと他のメッセージの間に忍ばせた。