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恐竜騎士団の陰謀

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恐竜騎士団の陰謀
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5.選定神バージェス



「三体出して頂いてもいいと言っていますのに」
 少し残念そうに零す中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の眼前で、餌を目の前にしたと思っているアベリサウルスが大きく吠えた。
「あとで文句を言われましても、知りませんわよ!」
 今の綾瀬が纏っているのは、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)である。さらに綾瀬には、中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)が憑依している。見た目では一人かもしれないが、そこにちゃんと三人居るのだ。
 あとで文句を言われないように、ちゃんと前もって三人である事は言っておいたのだが、通達し忘れたか、それとも舐められているのか、相手の恐竜は一頭しかいない。
 事前に、三体の恐竜を倒す作戦を考えてきた綾瀬には、肩透かしされたような気持ちだ。
 そんな彼女の気持ちを全くわかっていないアベリサウルスが、弱々しい草食動物に襲い掛かるように悠然と向かってくる。
「一対三とはいえ、手加減は致しませんわよ?」



 綾瀬がアベリサウルスと戦うのを眺めていたバージェスに、部下が走って近づいてくる。
「どうした?」
「風紀委員が何者かに襲撃を受けたという報告が」
「またその話か。それで、そいつらはちゃんと谷へ送ったのだろうな?」
「いえ、それが………」
「負けたか。なら、負けたアホどもを谷に送ってやれ」
「し、しかし」
「あの気味の悪い男との決め事を覚えているか?」
 バージェスの言う、気味の悪い男とは、石原校長のことだ。顔を合わせたのは一度きりだが、それ以来ずっとバージェスは石原校長の事をそう呼び続けている。
「はい、覚えています」
「なら、負けた奴らは全員谷に送れ。もとより、力が全ての我が恐竜騎士団において、一度であっても敗北は許されぬ。それにな、思っていたよりは活きのいいのが多いようだ。これならば、二次募集の時にはもっと面白い奴が集まるだろう。それまで、なんとしても極光の琥珀を見つけるのだとキツく伝えておけ」
「まさか、アレを試験に使うつもりですか?」
「それは今ここで貴様にすべき話ではない。それぐらいわかっているだろう。さっさと下がれ」
「はっ、申し訳ありません」
「ふん」



「だから三対一でいいと申しましたのに」
 ブリザードによって体温を奪われたアベリサウルスは、急激に動きが悪くなった。
 それでも、敵意を保って綾瀬に向かってくるのは褒めるべきだろうか。変温動物にしては、見上げた根性の持ち主である。
 だが、それまでだ。
 もう方向転換できないところまでひきつけて、非物質化していたハイアンドマイティを物質化。大きく開かれた上あごと下あごを、自身の勢いのままに切り裂く。
 こうして、危なげなく綾乃は試験を合格したのだった。

 試験に合格した綾瀬が通された部屋は、机と椅子を全てとっぱらった教室のような何も無い部屋だった。
 既に合格した人がぽつぽつと居るが、ホールに集められていた参加者に比べれば圧倒的に少ない。自分より先に試験に参加し、ここに居ない人間は食べられたと考えていいのだろう。
「暇ですわね」
 あと何試合あるのか覚えていないが、ここで今日の日程が終わるまで待たされるらしい。
 壁にもたれながら、ただ時間が過ぎていくのを待つ。この部屋には時計が無いのに気付いたのは少ししてからだ。
 もっとも、この部屋にも外の歓声で試合が進んでいるのがわかる。歓声だけではない、悲鳴や咆哮、恐竜の地響き、色々なものが聞こえてくる。しかし、この部屋までたどり着ける人はほとんどいない。
 思っていた以上に、この試験は狭き門なのだ。
 どれくらい時間が経っただろうか、しばらく誰も訪れなかったこの部屋に久しぶりに合格者が入ってきた。
 疲れた様子もなく、傷の一つも負わず悠然と部屋に入ってきたジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は、そこが自分の場所とでも言うように、部屋の中央に腰を下ろした。



「アシッドミストでは効果が薄いようですね」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は一度距離を取り直し、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)と合流する。
「鱗ではなく、分厚い筋肉で体を保護しているようであるな」
 そのため、斬撃は筋肉で止められてしまう。相手の二頭のケラトサウルスは、未だ健在だ。
「とにかく一匹を集中攻撃で倒しましょう」
「それがよさそうだな。ならば、既に傷を負っているのを狙おう。傷がある今なら、電撃の通りもよくなっているであろうからな」
 先ほどはあまり効いているように見えなかったサンダーブラストを、傷を負っているケラトサウルスに向かって放つ。紅の魔眼と転経杖で魔法攻撃力を底あげしてある強力な一撃だ。
 今度はそのゴムみたいな皮膚に傷があるからか、先ほどよりはダメージが通っているように見える。
「もう一つ、オマケですよ」
 さらに、氷術で追い討ちを行う。変温動物に冷気は強力なダメージになるはずだが、先ほどは華麗なステップで避けられてしまった。今度は避ける余裕も無く、直撃する。
「頭が下がった、今である!」
 そこへ、もう一頭を足止めしていたバルドが逃すまいと一気に肉薄する。もう一頭の恐竜に背中を見せている危険な状態だが、ここで一頭落としてしまえさえすれば、チャラどころかお釣りが来るだろう。
 気迫のこもった一撃は、見事にケラトサウルスを仕留めた。しかし、その背中をもう一頭が齧り取ろうと迫る。だが、雄軒はただ見ているだけではない。バルドが向かったその時から、次の攻撃の標的をもう一頭に切り替えている。
「氷をいっぱいお食べ」
 大きく開いた口に、氷術を叩き込む。ケラトサウルスの顎は、大きく開いたまま凍りついた。
 手ごたえから、一頭目は仕留めたと確信したバルドもすぐに振り返り、大きく開かれた口に飛び掛り、上あごから頭頂部を刺し貫く。外側と違って、口の中は軟く脆く、その一撃でもう一頭も崩れ落ちた。

 雄軒らが合格者の控え室に通されてから、間もなくバージェスがやってきた。あれから誰もこの部屋にたどり着けた者はおらず、本日の合格者は全部で八人。三十二人いたはずなので、合格倍率は四倍という事になる。
 命さえかかっていなければ、受験する価値はあるんじゃないだろうか。なんて考えるのは、今日の面子が優秀だったからだろうか。もっとも、雄軒は綾瀬を一と計算しているので実際の数字はもう少し大きくなる。
 ハージェスの謁見は、偉そうな言葉を送るものではなく一人一人の顔を観察するというものだった。その上で、チームで参加した人は風紀委員とその舎弟を、バージェスの独断と偏見で決め付けていくというものだ。
 全ての試合をしっかり見ているのか、バージェスの選定に文句を言う人は一人として居なかった。雄軒の時はてっきり留めを刺したバルドが風紀委員になるものかと思ったが、予想が外れてバルドは舎弟に納まった。
「一ついいかしら」
 一通り顔を見終わったバージェスに質問をしたのは、綾瀬だった。
「発掘現場にはちゃんと食料は送っていますの? 食べ物を与えなければ、作業の効率は落ちてしまいますわ」
 彼女の知り合いが、発掘現場に送られているのだろうか。
 その問いに、バージェスは特に感情らしいものはみせず、
「人数分の食料は届ける手はずになっている。食えるかどうかは、仕事次第だがな………気になるのなら、行って見るといい。貴様にはその権利があるのだからのう」
 と、意外にもちゃんと答えていた。
「オレからも一つ、提案がある」
 次に口を開いたのは、ジャジラッドだ。この男は、恐竜を屈服させるという手段で試験を合格しており、その実力がいまいちはっきりとしない。
「オレは優等生ぶっている竜騎士団なんかより、おまえら恐竜騎士団の方が気に入っている。だからよ、あの優等生どもも追い払えるように、力だけじゃなく権力も握るべきじゃないか」
「ほう、つまりどういう事だ?」
「キマク家のガズラ・キマクと婚姻を結ぶのさ。あいつらは歴史もあるが、なにより人望がある。そこと手を組めれば、今以上に揺るぎ無い地位が手に入る。どうだ?」
「人望か、くっくっく、面白い事を言う。だが、悪いな、我は人間の娘になど興味が無いのだ。しかし、興味深い提案ではある。面白い奴だ、さっさと我の近くまであがってくるといい、そうすれば重用してやらんでもない」
 バージェスは愉快そうに一度全員を見回してから、こう続けた。
「貴様等は温い生活をしてきたのだろう、故に、この世には様々な力があるなどという幻想に取り付かれておる。権力などがそのいい例だろう、しかし、そんなものは暴力の前ではただの屑でしかない。真に力といえるのは、暴力だ。暴力に勝るものは、それ以上の暴力しかない。暴力以外の力など、弱いやつらが身を守るために作った張りぼてだ。我らの守るべき規則は強者絶対のただ一つ。成したい事があるなら、強者であれ。もしこの中に我を超えると思うものが居たら、いつでも挑戦するといい。それが我らの掟であり、それがこの世界全ての掟でもある」
 それだけ言うと、バージェスは部屋から出ていった。付き人らしき恐竜騎士団の一人が、あとは自由にするといいとだけ言い残し、部屋に蔓延していた妙な緊張感がそれでやっと緩んだ。
「随分と自信家なのだな」
 今まで黙っていたバルドが言う。
「今ここで全員がかかってきも返り討ちにできる、そんな様子でしたね」
 恐竜騎士団は、竜騎士団の規則を守れないような荒くれ者の集まりだ。そのため、第八竜騎士団ではなく、恐竜騎士団という番外として扱われている。
 そういった者を纏め上げるには、力で押さえつけるのが有効な手段だ。だが、それだけではなくそれ以上にバージェスという男は、力を神聖視しているように見える。もしくは、そういうスタンスを見せているだけか。
 ともあれ、まだ風紀委員生活は始まったばかりだ。これからゆっくりと、その化けの皮を剥がしていけばいい。