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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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第5章 御座船スキーズブラズニル

「良雄――! 財布寄越せやぁ!!」
「ひいっ! 何なんスか!!」
 ピンクのモヒカンを揺らめかせ、顔を見た瞬間カツアゲに走ったゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)に、良雄は悲鳴を上げた。
「クックック、一国のトップにのし上がって、たらふく贅沢してやがるのは解ってんだ。
 さっさと出すもん出しやがれ」
「そんなぁ! 俺、お小遣い貰ってないっスよ!」
 据わった目でジリジリと近付くゲブーに、良雄は涙目である。
 大量の眼球が、同時に潤んだ。
「何だとお!!」
 意外にも、良雄は現金を持ち歩いていなかった。
 確かに、何が食べたいとか、何が読みたいとか、リクエストすれば大概聞いて貰えるが、お金を使うような機会はなく、無心したことがなかったのだ。
「ちっ、だったらてめえの能力で、俺様がおっぱいにモテモテでドージェをぶっとばせるようにすれば許してやる。
 フルボッコにされたくなかったら今スグ叶えろ――!」
「そうだそうだ、叶えないとひどいぞっ」
 パートナーの地祇、バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)も、周りで盛り上げる。
「ぎゃ――! 助けてっス!!」
『……そこまでだ』
 スキンシップの域を越える、と判断したダイヤモンドの騎士が割って入った。
 しかし、ダイヤモンドの騎士を見ると、ゲブーの目がギラリと輝く。

「ダイヤモンドおっぱいキタぁ――!」

 がし、と両手でダイヤモンドの騎士の胸元に組み付く。
 べた、と、その手はダイヤモンドの騎士の鎧に当たった。
 そのナマ乳には、固い鎧の前に阻まれ、到達できなかったのだ。
『………………期待させて悪いが』
 不動のまま、呆れたように、ダイヤモンドの騎士は言った。
『私は男だ』
「なん……だと……?」
 ゲブーは愕然とし、がくりと膝を付く。
 それは死に近い敗北だった。
「そんな馬鹿な……!!」
 どうしちまったんだ俺様のおっぱいアンテナ!!
「しっかりして兄貴! モヒカンは不死鳥だよ!!」
 そんなゲブーを、バーバーモヒカンが必死に励ました。



 伏見明子八王子 裕奈(はちおうじ・ゆうな)騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、良雄の護衛を買って出た。
 自尊心の高い龍騎士達が反対するのではと明子は危惧していたが、国軍兵が全て、専用の装備をしている中、イコンどころかパワードスーツすら持たずに生身でナラカの空間に出て戦える能力を持った猛者達を、国軍兵ばかりでなく、龍騎士達も、驚きを以って見ていた。
 だからというわけではないのだろうが、あっさりとその護衛も許可される。
 良雄と面識があることも、警戒されなかった理由ではあるようだ。

「ふん、つまらない問答をする無駄は省けそうね」
「また、そんな言い方して」
 パートナーのセーラー服魔鎧(男)、レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)を装備した明子の言葉に、パートナーの英霊、九條 静佳(くじょう・しずか)が苦笑する。
「何よ、舎弟の面倒を見てやるのがパラ実の伝統ってやつじゃない。
 あんなでも半分は良雄なんだから、シャンバラにも面倒見る権利はあるでしょ」
「伝統はいいけど、言い方が悪いって」
「ふん」
 明子は面倒そうに鼻を鳴らす。
「――とはいえ、直接の護衛は、ダイヤモンドの騎士が最も長けているのかしら?
 だったら適材適所、私は外敵の排除を担当しましょ」
 そう言って、明子はさっさと出て行った。


「要するに、アスコルド大帝……っていうか良雄をナラカに突き落とせばいい訳なのね?」
と言ってパートナーのドラゴニュート、バル・ボ・ルダラ(ばるぼ・るだら)
「良雄だけ落としても事は成せないでしょう」
と言われた結奈だったが、
「そうね、てっとり早いとはいえ、相手の権力を考えたら、そんなことしたら放校処分、っていうかもう処刑されちゃうものね」
と方向の違う納得の仕方をした後で、良雄に訊ねた。
「ところで質問が2つ程あるんだけど。
 何て呼べばいいの? 良雄? それともアスコルド? それとも良コルド?」
「俺は良雄っスよ」
と言いかけて、何かの視線を感じたように、良雄はびくっと動きを止めた。
「………………アスコルドでいいっス……」
 そして、滂沱を噛み締めながら、そう答える。
「そう。じゃ、もうひとつ」
と、結奈はダイヤモンドの騎士を見た。
「ダイヤモンドって、本当は脆いのよね。
 本当に帝国最強の防御力を持ってるの?」

 それは、如月正悟も思っていたことだった。
 そもそも、元を正せば炭素だ。
 それを思えば、ひょっとして、触ったらボロッ、とか行ったり……と、予想してしまえば思わずそろりと手を伸ばしたくなる。
『他と比べて試したことは無い故、確信を以ってそれに答えることは出来かねる』
 結奈のズケズケとした問いにも、ダイヤモンドの騎士は律儀に答えた。
 はっと我に返って正悟は手を引っ込める。

「板前さんは硬いっスよ」
と、言ったのは良雄だった。
「何だ、そうなのか」
 正悟の言葉に、良雄は頷く。
「何か、スゲー衝撃に強いって、第三龍騎士団の皆が言ってたっス」
 ねっ、と、出入口の前にいる護衛の龍騎士を振り返り、突然話を振られた龍騎士は驚いて頷いた。
『そもそも私の鎧は、ダイヤモンド製ではない。
 見た目と私の護衛の力を比喩して、周囲がそう称してくれるものだ』
「何だ、そうなの。
 それにしちゃ、一見ゴージャスっぽいだから騙されちゃったわ」
 何となくがっかり、と、結奈は肩を落とす。そして思い出したように
「あ、あともうひとつ」
と人差し指を立てた。
「私、ナラカまで行く気は無いんだけど、途中で帰るにはどうするの?」
 ぽかん、と、良雄達は結奈を見る。
「……それは、俺も知りたいっス」
 良雄は、心の底からそう言った。


 アスコルド大帝と同じ船に乗れる日が来るとは思いませんでした。
 自己紹介の後で、詩穂は、ダイヤモンドの騎士にそう感想を述べた。
 これも、パラミタを救いたいというシャンバラとエリュシオンの気持ちがひとつになったことの現れですね、と。
「そういえば、ダイヤモンドの騎士さんは、10年前の約束から、ここに居るそうですね」
 その時の話はシャンバラにも伝わっている。
 問いにダイヤモンドの騎士は黙って頷いた。
「思ったのですけど、あなたの本当の“約定”は、首都の防衛ではなく、大帝個人の護衛。そうではないのですか?」
 ダイヤモンドの騎士は、いや、と首を横に振った。
「違うのですか。……それは、失礼しました」
 そのまま考えに耽ってしまった様子のダイヤモンドの騎士に、詩穂はそれ以上を話し掛けずに、良雄の護衛に専念することにする。
 懸念していた、内部からの良雄への襲撃は、どうやら無いらしい。
 それでも、警戒するにこしたことはなく、ナラカの存在がここまで突入して来ることも有り得る。
 何かあった時にはすぐさま対処できるようにと詩穂は気構えた。


「さあ、来たわね」
 静佳と共に船の上に佇み、明子は向かって来る敵影に呟いた。
 静かだった空間に、騒乱が始まろうとしている。
 外なる存在の侵入に敏感に反応するのか、大小様々な怪物達が集まりつつある。
「九郎、死角は任せたわ」
「了解っ」
 静佳が答える。
 帝国精鋭に、シャンバラ契約者の実力を見せ付けてやろう。

 フマナでのことは、今も鮮明に思い出せた。
 ナラカへ沈んで行くドージェとケクロプスを、成す術もなく見送った。
 あれから力もつけて、無茶もして、強くなってきたと思うがそれでも、無力を感じることがある。
 ドージェに会えれば、自分の中で、何かが掴める気がした。

 剣を抜き、身構える。
 薙ぎ払った光の閃刃による閃光が広がり、ゆっくりと落下していく魔物達の向こうから、新たな敵が近付いて来るのが見えた。
「……上等!」