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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【5】無明長夜……3


「奴らだけはよくわからん……」
 後方に控えるメルヴィアもポリポリと頬を掻いた。
 とその時である。気を抜いた彼女の頭からどぱぁっと真っ赤な液体が飛び散った。隊員たちはぎょっとする。
「た、大尉! おい、スナイパーだ! 敵のスナイパーがいるぞ!!」
「バカ、キョンシーがスナイパーライフル使えっかよ!」
「まてまておまえら、これ、血じゃないぞ、ペイントだ。ペイント弾を撃たれたんじゃないのか」
「き、貴様ぁ! なんの真似だぁ……!」
 眼光をらんらんと光るせながら、弾の来た方角を睨み付ける。
 すると、遠方でエアーガンを構える小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がやる気のない顔で答えた。
「あー当たったの。ごめんごめんー。標準甘かったみたいー。気をつけるわー。ほんとにー」
 完全なる棒読み。無論、わざと。
 前回、しばかれた彼女はスーパーローテンション。むしろ、さっき覚悟がないなら帰れと言われた側の人である。
「こっちへ来いっ! 指導してや……ぶっ!」
「あーごめんー。滑った、まじで滑ったー。でも、優秀な上官サマなら避けれるよね、それぐらい」
「もうやめようよ。こんなことしてる場合じゃないだろ」
 見かねてコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は言った。
「コハクは前回来てないから、そんなこと言えるのよっ。普通に顔面叩かれたんだからー」
「それにしたって今することじゃないよ」
「むー」
 しぶしぶ銃を放る。
「わかったわよぉ。やればいいんでしょう」
 美羽も子どもではない。気持ちを切り替え、昨日のことは水に流す。叫んでるメルヴィアには別に謝らないけど。
 それから光条兵器の大剣を発現。コハクと共に息を止め、不浄妃との距離を詰める。
 ちらりと見た怪物は足元の彼女には気付かず、他の隊員たちにぐるるるる……と唸りを上げている。
 美羽は相棒のベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)を見た。
「え、ええ……! わ、私ですか……!」
 ビビリの彼女は柱の後ろで涙目。
 くまのぬいぐるみを抱えて震えつつも、オリヴィエ博士改造ゴーレムに命令。不浄妃の身体を押さえ込ませる。
「……ってちょっと待て! そのくまのぬいぐるみはどうした!」
「え? え? なんです??」
 突然、詰め寄るメルヴィア。なんだか見覚えがある。見覚えがあると言うか、完全に彼女の私物。
 そう、実は崩落に巻き込まれた彼女のトランクからベアトリーチェが拾ったものなのだ。
「な、なにも悪いことしてません〜〜!」
「あ、コラ、待て!!」
 そんなことを知らない彼女は凄まじい気迫のメルヴィアにビビって逃げてしまった。
 さておき、ここは不浄妃に話を戻そう。
 よーし……、行くよっ!
 息を止めたまま、美羽は首元を狙って大剣を振り下ろした。
 光条兵器の特性を活かし黒い霧をすり抜けて本体だけを狙う……しかしそう簡単にはいかない。
 皮膚に触れた瞬間、黒い霧が噴き出し凄まじい反発で刃を弾く。霧は光条兵器の特性そのものを弾いてしまうのだ。
「……ぷはっ! はぁはぁ、だ、だめ?」
 息継ぎをした彼女を察知し、不浄妃の首がこちらを向いた。ゴーレムを容易く振り払うと三本の腕を振り上げる。
「や、やば……っ!」
「させるか!」
 とその時、大岡 永谷(おおおか・とと)中尉は掌から放つ冷気を不浄妃に浴びせかけた。
 霧は発生しない。やはりこれも弱点ではないのだろう。
 不浄妃は永谷に標的を変更。落雷の如き速度で落とされる腕を、永谷は盾で受け流す……。
 しかし、そのパワーは予想を遥かに超え、ひとかすりで金属製の盾を粉々にし、衝撃で永谷を吹き飛ばした。
「がはっ!!」
 土煙を上げて転がる永谷。だが身体に染み付いた戦闘経験から、すぐに態勢を立て直す。
 外れた左肩を揺らしながら間合いをとり、なりふり構わず冷気を浴びせ続けた。
「む、無理だよー! 冷気は効かないってば!」
 叫ぶ美羽に一瞥をくれる。
「そうだな。まるで効いてない。しかし、無意味じゃない」
「え?」
「こいつには認識出来ない。その身体がダメージはなくとも凍り付いていくことに……」
「オオオオオオ……!!」
 気が付けば身体に霜がおり、氷付けとなった不浄妃は行動が鈍る。
「今だ! 今のうちに仕留めろ!」
「わ、わかった!」
 コハクはヒートグレイブで首に一撃。
「うおおおおお!!!」
「オオオオオオオオオ!!!」
 粘土に刃を入れたような鈍い手応え……だが、インパクトと同時に武器を聖化させる。
 霧が噴き出したものの、弾かれる前に彼はそのまま一気に押し切り、その首を切り落とす……!
「や、やった……?」
 安堵が油断を生む。首がなくとも怪物は健在。その長い腕が恐るべき速度でコハクを薙ぎ払った。
 直撃を受けたコハクは胸を砕かれ、弾丸のように霊廟の壁に叩き付けられた。
「……!?」
「コハク!」
 彼に向かって駆け寄る美羽。しかしその背中に首を失った不浄妃が襲いかかる。
「ま、待て!!」
 永谷は目標を逸らそうと冷気を浴びるが敵は反応しない。
「こいつ……!」
 対峙してみて永谷は気が付いた。気を惹こうにもこの怪物には惹ける気がないことに……。
 空洞だ。深く暗い空洞。キョンシーと同じくそこに魂は感じられない。
 内包する穢れに突き動かされるように、ただ自動的に、獲物をひたすら攻撃するのだ。
 首の切断面がぶくぶくと泡立ち何事もなかったようにまた顔が再生する。床に落ちた首は砂になって崩れ去った。
「オオオオオオオオオ!!!」
 髪を振り乱し、美羽とコハクに迫る。