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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

リアクション


○     ○     ○


(良く解りませんが、大変な状況のようですね)
 空京に訪れたばかりの試作型改造機晶姫 ルレーブ(しさくがたかいぞうきしょうき・るれーぶ)は、状況を掴み切れずにいた。
(今は、甚大な被害がもたらされることがないよう、願うばかりです)
 通行の妨げとなっている物を除去しながら、ルレーブは北の方へと向かう。
(私が出来ることは、こうした肉体労働くらいでしょうか)
 ルレーブは人々の邪魔にならないよう、飛んで北に向かっていく。
 被害は北側から発生するだろうから。
(この事件が終わった後には、各地を廻り、復興作業に勤めましょう)
 心のケアが必要な人も沢山出てしまうかもしれない。
 自分に、出来ることはあるだろうか。
 命令が下れば、向かうまで、なのだが。

「はっ……了解しました」
 教導団の指示を仰いだトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)の顔は緊張に包まれていた。
 直後に彼の銃型HCに、データが送られてくる。
「大きな声じゃ言えないけれど……かなり、厳しい状況のようだ。遊びに来ていたことを後悔しそうなくらい。……だけど、僕はシャンバラ国民を守る、国軍の一員だからね」
 トマスはそう言って、パートナー達に淡い笑みを見せた。
 アレナ・ミセファヌスが受けたテレパシーの内容は、軍に伝わり、情報を求めたトマスにも伝えられた。
 彼女が聞いた言葉そのままではなく、必要なことだけ、だが。
「浮遊要塞は十二星華の生体エネルギーを利用した、魔導砲を搭載しているようだ。完全にチャージしたら、空京島全部がふっとぶくらいの威力があるらしい」
「坊ちゃん……それでは、逃げ道はないのでは?」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が言う。
 既に、空京島と本土を結んでいる鉄橋、空京と海京を結んでいる天沼矛。
 そして、地球とシャンバラを結んでいる駅が攻撃を受けており、一般人の避難が進められている。
「閉じ込めて、皆殺しにしようってか? 好きにさせるか!」
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は怒りを露わにする。
「一般人には説明できないわね。で、本部はどうしろと?」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がトマスに尋ねる。
「主要施設から一般人を遠ざけて、なるべく南の方へ避難させるように、だって。北側では駐留軍のイコン部隊が迎撃に備えてるそうだ。……要塞が最終防衛ラインを越えた時点、もしくは魔導砲を発動しようとした時点で、一斉攻撃が行われる。その攻撃で落とすことが出来れば、少なくても空京の南側は被害を受けないはずだ」
 落とすことが出来れば、だけれど。
「要塞に関しては、対処に当たっている人達に任せるしかない。僕達は、ここで、一般の方々に正しい道を示し、正しい態度で整然といくことがミッションだ。いいね、みんな?」
 厳しい状況であり、非番であったため、碌な装備もしていない。
 だけれど、トマスはうろたえずに、自信と責任感を前に押し出し、整然と一般人に臨む。
「サポートしますよ。なんといっても、坊ちゃんはまだ見た目は子供ですからね」
 子敬はそう言って、トマスに従う。
「それじゃ避難経路、確認するぜ!」
 テノーリオは駆けていき、裏道を確認する。
 通りは大渋滞になってしまっているが、裏道にはあまり人の姿はない。
 車が通れる幅はないけれど、健康な人であれば、大通りを車で抜けるより早く、目的地に着けるだろう。
「車道を歩いている皆さん! 危険です。裏道を使ってください! 不要な荷物は捨てて行ってください。後で必ず戻って来られますから!」
 トマスは、車を捨てて避難をしようとしている人々に声をかける。
「置いて行けるものなんてないわ! 食糧がなければ生き延びれないでしょ」
「本土とも地球とも切り離されたら、見捨てられるんだろ!? 地球とつながりのないこの島なんて不要だもんなっ」
「落ち着いてください。何も不必要におびえる必要はありません! 国軍も、契約者たちもこの事態に適切な対応をしています! 僕たちには何よりもアイシャ陛下の恩寵、ご加護があります!」
 トマスは声を張り上げて、人々の手を引き、身体を押して裏道の方へと誘導する。
「了解です、ファーニナル少尉。裏道へ誘導を開始いたします」
 子敬は、トマスの部下として敬意を示してみせる。
 大人である自分が部下としてトマスの指示に従い、率先して動くことで、トマスの指し示す道が正しい物だと、人々に印象と認識を浸透させていく。
 迷いがなくなれば……信じることが出来れば、混乱も最小限ですむだろう。
 最小限の混乱であれば、的確な対応をとれば、整然とした状態に戻すことも十分可能だろうと考えた。
 しかし……。
「どけどけどけどけ、てめぇら邪魔なんだよー!!」
 けたたましくクラクションを鳴らし、追突させて道を開けさせ、人がいても構わず車を走らせる者がいた。
「止まりなさい」
 即座に、ミカエラは空飛ぶ箒で飛んで、その車と並走する。
 そして、サイコキネシスで中に居た男の動きを阻み、車を止めさせる。
「どうせ、死ぬんだ! ここで俺に轢かれたって同じだろうがっ」
「絶望し破滅するなら、あなた一人で。私達は助かるため、生きるために前に進みます。」
 そう言って、ミカエラは車のドアを開け、男を外へ引きずり出した。
「指示に従って、走って逃げればまだ間に合うでしょう。ついてきても構いません」
 それだけ言うと、ミカエラは人々を誘導し裏道の方へと走る。
 ……男は死にもの狂いでついてきているようだ。
「OK、この先は大丈夫、いけるぜ」
 先行していたテノーリオが顔を出す。
 裏道は通り抜けられるようになっていた。その先の通りも、こちらの通りほど混乱はしていない。
「道はあんまり広くないからな、順番に、前の人とは少し距離をとってついてきてくれよ」
 言って、テノーリオは先導して、避難所へ急ぐ。
「子供の手を離さないでください。大人の方は、グループで横に広がったりせず、避難所への到着を優先してください。はぐれても、避難所で合流できますから!」
 子敬の作戦の効果もあって、人々はトマスの声に従って、裏口へと列を作って向かっていく。
「最後の一人が避難するまで、僕はここにいますから。落ち着いて向かってください」
 何十人、何百人の人々を、そうしてトマス達は避難所へと導くのだった。

「シャンバラ国軍の者です。逃げ遅れた方、いませんか?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、民家のドアをチャイムを押し、ドアを叩く。
 反応はないのだが、銃型HC弐式には、生命体の反応が間違いなくある。
「失礼します」
 ドアに鍵はかかっていなかった。
「な、なんだ君は!」
 家に入り込んで、居間のドアを開けると老夫婦がテレビを見ながら茶を飲んでいた。
「この辺りに避難指示が出ています。急いで避難をしてください」
「家のローンがまだ残ってるんだ。わしはここを守るために残るぞ。意思の力でな!」
 老人がそう言い放つ。老婆の方は怪我をしているらしく、側に松葉杖が置いてある。
「家を守りたい気持ちはわかりますが、少しの間だけ避難にご協力お願いします」
 頑固な老人をセレンフィリティは説得をしつつ、腕を引っ張って外へと促す。
「この辺りまではまだミサイルは届いていませんが、それは軍の迎撃が成功しているからです。万が一、失敗した場合にはこのあたりは火の海と化してしまうでしょう」
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、老婆にヒールをかけて癒し、支えながら外へと連れ出していく。
 そうして外へ出た途端。通りの方からガラスが割れる音が響いてくる。
「セレアナ、こっちはお願い」
「わかったわ」
 セレンフィリティはセレアナに老夫婦を任せると、音の方へと走っていく。
「乗せれるだけ乗せろ! 金庫はそのまま積み込め!」
 男が2人、小売店のガラスを割り、店内に侵入し、金目の物を運び出している。
 傍には4人乗りの飛空艇が止められており、運転席には有翼種の男性が座っている。
「店主の許可を得ているわけはないわよね……! その飛空艇も盗んだものかしら? 全て置いて立ち去りなさい」
 セレンフィリティは威嚇射撃をしながら、走り寄る。
「うるせぇ! 邪魔すんじゃねぇ」
 運転席にいた男が銃を抜く。
 男が撃つよりも早く、セレンフィリティは放電実験で、男達にまとめてショックを与える。
「くっ、早く乗れ、行くぞ!」
 苦痛に顔をゆがめながらも、男は仲間を乗せるとセレンフィリティに発砲する。
「やめなさい!」
 老夫婦を避難させ、セレアナが駆け付ける。
 後部に座る男達はセレアナに銃口を向けてくる。
「ダメなのね……」
 弾丸がセレンフィリティの肩を傷付けた。
 セレンフィリティは悲しげに、トリガーを引いた。
 空賊の喇叭銃から放たれた弾丸が、運転手の男を貫く。
「悲しいわ……!」
 セレアナはヴァーチャースピアを繰り出して、男達を地面に払い落とした。
 命こそ奪わずに済んだけれど、深い傷を負わせ、2人は男達を捕縛した。
「まだ……このリング、セレアナの片方の耳につく日は遠いみたいね」
 捕縛しながら、セレンフィリティは小さな声で言った。
「バカなこと言わないでよ! セレンが本当に死んだら絶対にそのリングを私の耳につけてなんかやらない!」
 本気で怒りながら、セレアナは言う。
「そんなもの捨ててやるから!」
 今にも泣き出しそうな、涙声で激しく怒りながら。
 そっと手を伸ばして、ヒールで大切な、大切な人――セレンフィリティの傷を癒していく。