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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 いつの間にか雨は去り、晴れ間すら覗いている。

 蓬髪を振り乱し真っ直ぐに右手を上げると、『預言者様』は薄黄色い空の一角を指さした。
「気をつけろ! 空から来た奴らは狡猾だ!」
 次の瞬間にはその右腕を振り下ろし、ぐるりと周囲に向けて続ける。
「こうして闇市に紛れながら今日も俺たちをどこかで見ているのだ!」
 渋谷の闇市を往く人々は、お世辞にも一張羅を着ているとはいえない。だがそれでも、この男に比べればずっと紳士淑女の身なりといえよう。
 なにしろ着ているのが服なのかズタ袋なのか怪しいほどの麻着なのである。髪はさながら鳥の巣で髭も伸び放題、靴にも弾痕のような派手な穴が二つも三つも開いているという有様だ。だがそれでも、彼は狂気の世界にたどり着いた人間ではない。その目には確かに、どこか冷ややかな理知の輝きが宿っていた。
 腹の底から出るような、轟く声で彼は叫んだ。
「隙を見つけたら最後、空は閉ざされてしまう! それでも、俺たちにできる事はあるはずだ!」
 この、口角泡を飛ばしている男の本名は誰も知らない。いつごろからか闇市に住まい、大げさな予言や警告を発し続けているという。それゆえついたあだ名が『予言者様』というわけだ。あるいは『行者』と呼ぶ者もあった。
 タイミング良く晴れたこともあり虚を突かれたように人々は足を止めたもの、すぐに時間は動き始めた。もう慣れっこになっているのだろう、闇市の人々は忙しい生活者の顔に戻ると、予言者様を丸っきり無視して歩み去り、あるいは「またはじまった」と苦笑するだけで通り過ぎていった。
 それでも中にはもの好きもあって、彼の足元に小銭を投げてやったりもする。
 投げられた小銭を見ると、
「失敬な! 吾輩は物乞いではないっ!」
 と予言者様は一応は怒るのだが、すぐに、
「だが、くれるというのなら受け取っておいてやる」
 足で一銭銅貨を踏みつけて拾い上げ、またすぐ鼻息荒く演説を始めた。
「まずは市を探ろう。同じく遠い遠い空から来た者たちを探そう! 空から来た者の思念が錯綜する場所に、彼らは必ずいるはずだ!」
 言うなり歩き始めたのである。人々を値踏みするように、ぎょろり目玉を大きくして睥睨して回る。ボリボリと胸元を掻きながら、予言者様は大股に歩んだ。
「……思念はそこかしこから発せられている。耳を澄まさなければ零れ落ちるほどに小さいが、確かに発せられている」
 最初の絶叫口調がいつしか独言に変化していた。
「聞かねばならん、その思念を、俺が聞かずして誰が……おお、リメンバー!」
 このとき、予言者様の目が清華の目と合った。
 予言者様は呟きを止めた。
 清華も、黙って視線を返した。
 瞬間、音のない爆発のようなものを清華は感じたが、相手はもう、目を別の場所へ向けていた。
「……似ているが……俺の見立てでは違うようだ」
 ぷいと顔をそらせると、またも予言者様は大きな声を上げたのである。
「明日を守ろうとする思い、いつかの明日へと続く繋がり、そして……その明日を奪おうとする悪意! ピーガガピーガガ! 善悪清濁! 思念を出すのはそこか! それともそこか!」
 言葉に雑音が混じり始める。これでスイッチが入ったかのように、ますます予言者様の行動は神憑りはじめた。そこか、と問いながら地面を猛烈な勢いで掘ったり、屑籠に手を付き入れたりしている。しかもその一つ一つを真顔でやっているのだ。
「イカレ野郎め」
 清華は額に浮いた汗を拭った。雨が上がったせいか酷く蒸す。
「感じるぞ……感じるぞ…………」
 予言者様の声は遠ざかり、やがて雑踏や物売りの威勢の良い声にかき消されて消えていった。