天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション公開中!

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 純白の着物姿に導かれ、渋谷勢が一気に斬り込んだ。
 空襲で泡を食った新宿勢は、これを見てさらに算を乱している。いきなり逃げる者もあれば、同士討ちを始める者もある始末だ。無論、銃や長ドスを手に飛びだしていく者も少なくないが、足並みが揃っているとは言いがたい。
「畜生めぇ、やつら、滅茶苦茶してきたっぺ!」
 新宿勢の中で、もっとも怒っている一人がガシャ達磨だった。彼は空爆を受けても事務所から飛び出すことはなく、一階まで駆け下りて陽太を呼んだ。
「インテリ! 根性見せろ! おめ、あの重機、動かせるっぺ!? 奴らに喰らわせてやれ!」
 彼が指さしているのは、一階に置かれた軍用トラックだった。不良GIから横流しを受けたものらしい。
 だが『インテリ』と呼ばれた御神楽陽太は、哀しげな顔をして振り返った。
「俺たちは圧されてます。もうここは長くない。逃げたほうが……」
「バカ言うでね! 組に俺たちは恩を受けてる。恩は返さなきゃなんねえ!」
 ごく短い付き合いとはいえ、ガシャ達磨は陽太に親切だった。新竜組の連中の大半は、己の利益のためなら平気で味方を売るような外道が多かった。この二日だけでも、そうした連中から理由もないのに何度も殴られた。しかし、口は悪く見た目もおっかない達磨は例外で、陽太に拳をふるったことはない。それどころかさりげなく他のヤクザからかばってくれてもいた。陽太は思う、彼は、義理堅い昔ながらの侠客なのだろうと。
「恩は返します」
 陽太は達磨の目をまっすぐに見た。
「ただしそれは、達磨の兄貴、あなたへの恩です!」
 言うなり陽太は手刀を、達磨の太い首の後方へぶつけた。ケンカ慣れしたガシャ達磨だ。たとえふいをつかれたとしても、常人にこのような一撃を食らっても平気だ。
 だが、陽太は常人ではないのである。
 ぐったりした達磨の百キロはありそうな体を、陽太はやすやすと持ちあげてトラックの助手席に置いた。
「エリシア、ノーンと一緒に行って石原さんに情報を伝えて。新竜組本部にウォンはいない……恐らく石原さんのところを襲う連中にまじってる、って」
 エンジンをかけつつテレパシーでエリシア・ボックへの伝達を済ませると、陽太はアクセルを思いっきり踏み込んだのである。
「俺は、恩人を安全なところまで逃がす……!」
 トラックが、爆発したかのように急発進した。窓を突き破るが戦闘地帯には入らず、急ターンして反対方向に走り出す。追ってくる者はなかった。皆、構っている暇などないのだろう。
 あてもなくハンドルを切りながら、陽太は助手席を見た。怪獣みたいな顔をしたガシャ達磨が、今は赤子よろしくすやすやと眠っている。彼は懐から手紙を取り出し、こんこんと眠る達磨の胸ポケットに押し込んだのである。
 そこには、事前に用意していた文章が、陽太の筆でしたためてある。
 文面は簡潔だった。
『妻が体調を崩した旨の電報があって田舎に帰ります。短い間でしたが、お世話になりました』
 陽太はもう少し首を回して荷台を手早くチェックした。自転車が一台、積んである。
 こんなものしか餞別にできないのは心苦しかったが、昨日もらった給金では、これを買うのが精一杯だったのだ。

 猛スピードで目の前を横切るトラック(陽太が運転しているトラック)を見て、小鳥遊美羽は身を引いた。このとき、
「あっ……」
 美羽は軽く声を洩らしてしまった。小鳥遊ミヨが身を乗り出し、左手を出してとっさに美羽をかばうような姿勢を取ったのだ。
 やっぱり、おばあちゃんなんだ――美羽は思わず、空を仰いで目をしばたいた――おばあちゃんは私のこと……もう気づいてる。
「どうかした?」
 自分が無意識的にとった行動に気づかない様子で、ミヨは美羽に問うた。
「ううん、何でも……」
 大急ぎで目をこすって美羽は笑顔を見せた。
「この先が新竜会の本部だよ。何度か、上納金払わされに行ったことがあるから確実に言える」
「うん、ミヨ、ありがとう。案内はここまででいいよ」
「やっぱり、一緒に行くよ」
「何度も言ったでしょ? それはダメだって。ミヨには危ないから」
「でも……」
「大丈夫。これも言ったけど、私には守護天使がついてるんだから」
 美羽はちらりと行く手を見た。道の角から、ほんの少し、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の翼の端が顔を出していた。
 不思議な美羽の言い分ではあったが、ミヨは理解したように頷いた。
「じゃあ、くれぐれも気をつけてね。美羽」
「うん。これまでのこと、本当にありがとうね」
「また会おうね」
「うん……きっと…きっと、また会うよ。必ず!」
 さよなら! と叫んで美羽は背を向けた。駆け出して、もう振り返らなかった。
 涙声にならないように気をつけたつもりだが、きっとそれは失敗していただろう。