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リアクション
歩調を合わせたわけではないが整然と渋谷勢は歩み出た。出ただけではない、新宿勢に近づいてゆく。
威風堂々たるその振る舞いに気圧されたか、新宿勢はわずかに後退した。
新宿勢の一人、角刈り頭のヤクザに話しかける声があった。
「何が起こっているんですか?」
「うるせえ」
ヤクザは目線を動かさず返答した。
「丁寧に訊いたところでこれか」
ヤクザは直後、脂汗を流すことになる。彼は手首を骨折し包帯を巻いていたのだが、その手をぐっと捻られたのだ。叫び声が出そうになるが、口を別の手で覆われており声が出ない。
「いいか、もう一度だけ訊く。素直に答えろ。何が起こっている?」
ゆっくりと声が繰り返した。
「答えられるな? さもないと、その折れた手首が今度は砕ける」
角刈りヤクザは震え上がった。長身の西洋人だったのだ。ようやく解放されると、もう闘志も消え失せて角刈りは告げた。
「で、出入り(喧嘩)……です」
「無粋だな」
角刈りを突き放すと、カシミール・クラスニクは呟いた。
「まだ、私はあの若造との決着を付けていない」
人の列から進み出ると、カシミールは石原の前に姿を現した。
石原は、「来ねぇか?」と言わんばかりに自分たちを示した。
カシミールは、応じた。
彼ばかりではない。石原肥満が新宿勢に近づくたびに、どこからか人が現れ、一人、また一人と愚連隊の集団に加わっていった。歩むたびにその人数は増えていく。
周辺地域からの応援もあっただろう。肥満を応援する一般市民が、黙って見ていられないと参加する姿も見られた。加えてそこに、ロア・ドゥーエとグラキエス・エンドロア一行、遠野歌菜、ルカルカ・ルー、ザカコ・グーメルらの姿が見られたことは特筆しておきたい。加えて、音もなくシェイド・ヴェルダも末尾に加わっていた。
新宿、新竜会。
渋谷、石原愚連隊。
かくて両勢力は睨み合ったのである。
いずれも大集団、武器を手にしている者もその大半だ。
近代戦というよりは、どこか、戦国時代の合戦を思わせるところがあった。その雰囲気に於いてだ。
人数的には新宿勢が上回る。だが士気はどうだろう。渋谷勢が堂々としているのに対し、あらゆる策を使ったという負い目があるのか、新宿勢は萎縮してるように見えた。それでも、手にしている武器装備では新宿が上だ。
暫時、誰も口をきかず向かいあった。白刃の上でつま先立ちしているような緊張感の下、時間がやけにゆっくりと流れた。
口火を切ったのは新宿勢だった。
こらえられなくなったか、なんの統率もない状態で襲いかかったのである。
するとたちまち、すべての人間が爆発したように己の命と魂をほとばしらせた。乱戦だ。この日発生した戦いはこれで幾度目になるだろうか。
「石原肥満を殺れ! やつの命(タマ)獲ったら即、幹部の座をくれてやる!」
誰かが叫んでいる。だが言葉になったのはここまで、後は雄叫びと化してよく聞きとれない。
怒号。怒号。怒号。渋谷の路上がたちまち、空襲もかくやの怒号に満たされたのだ。
温度が一気に上昇した。むんと湿度が増した。空気が煮えたぎっている。
目に見えるものすべてが赤く染まった。閃く刃と銃撃で、夜はたちまち、真昼の如く明るさへと化した。
「これが……この状況が熱くなんねぇなんて男じゃねぇ! この胸の高鳴りこそ武道家として歩んできた今の俺だ!」
矢も盾もとまらず、ラルク・アントゥルースがガイ・アントゥルースと共に殴り込みをかけた。アドレナリンが体中をかけめぐっているかのようだ。肥満がでっかい夢を背負って生きているのをラルクは知っている。夢を持つ者同志を、助けなければ男がすたる!
「始まったな!」
行くぜと叫んで七枷陣が、道傍の建物から駆けだし、三人のパートナーとともに飛び入りした。
「……刻は来た」
腰に剣を佩き、神崎優も仲間とまた戦場に駈け込んだ。
「よっしゃあ! 火事と喧嘩は東京(えど)の華、こうなりゃとことんやってやるぜ!」
学ランが翻る。おお、そのバンカラな勇姿よ。姫宮和希の美しさよ。
並び戦う華もまた、和希に勝るとも劣らず美しい。
「この一戦が世界の運命を左右するとあっちゃ見逃せねぇな! 正常な世界を保つために戦うぜ!」
華は垂。朝霧垂だ。
暗器、『死のネクタイ』が空間を引き裂いた。騎沙良詩穂も参戦したのだ。その左右を固める勇士は、清風青白磁でありセルフィーナ・クロスフィールドである。
カレン・クレスティアも混戦に身を躍らせていた。
「うわっ、すごっ!」
暴力が暴力と激突する中、首に提げたメダリオンを閃かせ、カレンは杖を振るって敵と戦う。もうこれだけ混戦となれば、どさくさ紛れに魔法を使っても記憶には残らないだろう。
カレンの傍らではジュレール・リーヴェンディが、馬賊の銃にて戦っている。
「任務を遂行せねばならぬ。それが、我が存在理由……」
黙々と戦う。戦い続ける。