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はっぴーめりーくりすます。

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。
はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。

リアクション




3.人形劇の開幕。


 開幕が近い事を告げる放送から、きっちり五分後。
 観客席は暗くなり、静寂が落ちた。
 間もなくして、降りていた緞帳が上がり、舞台が照らし出された。

 そこにあったのは、一人の少女の人形。
 心なしかその姿はメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)に似ている。そして、演ずるはメティス本人である。
 人形が、うつぶせに倒れた。

 流れる音楽。
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)によって歌われる、親を亡くした少女の物語。
 ひとりぼっちの女の子の物語。

「わたしは、なんてふしあわせ!」

 嘆く声。
 悲愴な曲調。
 そこに現れる三体の精霊。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)演じる過去の精霊が、少女に近付いて言葉をかける。

「おまえはそのままでいいのか?」
「いやです」
「おまえはほんとうにひとりなのか?」
「……わかりません」
「わからないならおしえてやろう、おまえをたいせつにおもっているひとびとのことを」

 過去の精霊が見せるのは、少女と共に歩んできた人々の姿。
 彼女を大切に想う人がいたこと。

「けれど、いま、わたしはひとりじゃないですか」

 少女は否定する。
 歌声が、止まった。
 静かな音楽だけが流れる。

 次に少女に近付いたのは、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)演じる現代の精霊。

「こんにちは、ひとりぼっちのおじょうさん!」
「こんにちは、たのしそうなせいれいさん」
「ねえ、あなたはほんとうにひとりなの?」
「おなじことをきくんですね」
「だって、わたしにはあなたがひとりにはみえないから」

 現代の精霊は、少女に手を広げて見せる。ほら、と。
 過去、共に歩んできた人が、少女の傍に居た。
 一人ではないと教えるように、傍に居た。
 だけど、届きそうで届かない場所に居る。
 少女が手を伸ばさないと、自分から歩み寄らないと、届かない場所に居る。

「ねえ、ひとりじゃないよ。あなたのそばには、たくさんのひとがいる」

 現代の精霊が少女に教えることは、決して彼女がひとりぼっちではなかったということ。

 曲調が落ち込んだ悲しいものから僅かに変わり、歌声も戻ってきた。
 歩み出そうとして、けれども上手く踏み出せない。そんな葛藤のある歌詞である。

 最後に少女に近付いたのは、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)演じる未来の精霊。

「なあ、おまえはもうきづけたんだろ? じぶんがひとりじゃないことに。できることがあることに」
「……できること?」
「みえるだろ? きこえるだろ? すてきなけしき、たのしそうなこえ!
 さあ、おまえもそのわのなかにはいっておいで。なあにかんたんなことだよ、おまえがいっぽまえにでればいいんだ。
 しあわせになりたいって、おまえがそうねがって、まえにすすむなら。
 どうだ、そのみらいのいろは。あかるいものだろう? すてきなものだろう?」

 曲が、クライマックスへと昇り詰めていく。
 歌声にも力がこもる。

「で、でも、いちばんたいせつなひとを、なくしてしまいました。それなのにしあわせになれますか?」
「なれるさ、おまえのことをいちばんにおもっていてくれたひとだ、おまえのしあわせをねがわないはずがない!
 さあ、あとはおまえしだいだ。おまえはどうしたい?」

 ぱっ、と輝く舞台上。
 ふわりと舞い降りるはなびらが雪のよう。
 だけどそれは決して冷たいものではなくて。

「しあわせになれますか。しあわせになっていいんですか」
「おまえはどうしたいんだ?」
「……しあわせに、なりたいです。しあわせに、『なります』」
「よくいいきった!」

 それまで傍に居た人形全てが、少女の許に集まる。
 今度は手の届く位置に。
 少女が自らを覆っていた壁を壊したから、自らも一歩踏み出したから、気付けた、見えた、その景色。
 一人じゃなかった事実に、少女は実感を伴って気付いた。
 嬉しそうに手を取り合って踊る。
 音楽はクライマックスを迎えたまま、下がることはない。

 それは、幸せな少女の物語。


*...***...*


 劇が終わり、拍手喝采が巻き起こる中。
 ぱちぱち、と拍手するリンス・レイスの横顔を、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)はちらりと見遣った。
 始まったその時は「あれ? ボルト? オズワルド? ……あれ? え、歌、マグメル?」などと戸惑っていたくせに、段々と物語に呑み込まれていって。
 それからは物語が終わるまで微動だにしないで見入っていた。
 ウルスは、舞台道具の作成というポジションで劇の手伝いをしていたから知っている。
 この劇に、メティスの想いが込められていることを。
 また、自分のパートナーでもあるテスラも、強くリンスのことを想っていることを。 
 ――気付けよな。
 ウルスは思う。
「劇、良かったな」
「うん、良かった。……いろいろ驚かされたけど」
「……気付いた?」
「? 何に?」
「だよなあ」
 自分の問い掛けも、大概曖昧なものだったけれど。
 問い返すリンスが、あまりにもきょとんとした顔をしているから、きっと気付いていない。
 この物語が誰に宛てられているのか。
 何を想っているのか。
 ――いや、うん、本当気付け。
 例えばそう、最後の――亡くした人を想いすぎて、幸せに踏み込めない少女の話のあたりなんか。
「リンスに言いたいことがあったみたいだ」
「劇が? 俺に? それは自意識過剰じゃないの」
「そうでもないと思うけどなー。
 ……なあ、あのさ。まだあの人のこと、想ってる?」
 『あの人』と、明確に言葉にした瞬間、リンスの纏う空気が硬化した。が、次の瞬間にはいくらかそれを和らげて、「もちろん」と素っ気なく言う。
「どうしたの、突然。そんな前のこと」
 前……といえば、前のことだ。三年とまでは行かないが、二年以上経っている。
 リンスが、亡くなってなお今でも想っている人。その人に関して問うたのは、今のリンスの心境が知りたかったから。
 だって、どうして前に進まないの。
 こんなに、あんなに、想われているのに。
 ――気付いてないのか。
 主人公の女の子のように?
 だけど、あの話の主人公は、リンスに背を押してもらったメティスをイメージして作られている。
 ということは、自分で同じ立場の人間を助けることはできるのに、自分は。
 ……ああ、なんて。
「……リンス、辛くない?」
「これだけ時間が経てば、それほど」
 額面通りに言葉を受け取ったリンスに対して苦笑いしつつ「そっか」と相槌。
「……俺、未だにあの時の事に関してかける言葉がみつからないよ」
「気にしてるの?」
「そりゃ、あれだけ落ち込んでたのに何もできなかったんだぜ? 友人としてどうだよって感じだ、気にもする」
「仕事くれたりしてくれたじゃない。それ、充分助けになってたけどね」
 葬式の後、しばらく。
 さすがにあんな状態の友人を放っておきたくはなくて、放浪を止めて傍に居た。
 だけど、友人という関係以上に心を開いてくることはなかったし、とりわけ他人には一切心を開こうとしなかったし、態度も言葉もとげとげしいし。
 そんなリンスに、かける言葉は最後まで思いつかなかった。
 ――あれ? それに比べれば、今って。
 いつからこんなに、変わったっけ?
「リンス、変わった?」
「ように見えるならそうなんじゃないかな。今もあの人のことは忘れられない、ってとこは変わってないよ。
 だけど、あの人ばかりを想ってるわけじゃない。想いながらでも、前に進める……っていう風に思えるようには、変わったかな」
 それは、さっき上演されていた人形劇でも言っていたこと。
 なんだ。
 大丈夫じゃないか、オレの友人は。
「じゃ、踏み出せるね」
「そうみたい。……さて、上映も終わったし。俺は工房に戻るよ。接客もしなくちゃ」
「あ、待って!」
 立ち上がったリンスに、慌ててウルスはラッピングされた包みを手渡した。
「?」
「メリークリスマス! 人形用の生地だよ、使って」
「わ。助かる、ありがとう。でも俺何も用意してない」
「いいよ、元気でやっててくれれば」
 にっ、と笑ってみせると、ぎこちなく笑い返した。……こんなことも、以前はなかったもんなあ、と思うと。
「その変化を間近で見れなかったのは残念だ」
「はあ?」
「なんでもない。ほら、あの人の忘れ形見を廃れさせないよう、しっかり働け青少年!」
「言われなくても」


*...***...*


 帰路につき、教会を出ようとしたところで。
「リンスさーん!」
 ノアに呼び止められた。隣にはレンの姿もある。
「どうしたの助演かける2、こんなところで」
「私、こう見えてもシスターなんで! 劇が終われば休む間もなく奉仕活動、チャリティチャリティ! ですよ!」
 シスター? 奉仕活動? ならばチャリティや人形劇も彼女の提案かもしれない。
 ……今まで、主にハロウィンの時の行いから、もう少しだめっぽい子だと思っていた。考えを改めないといけない。
「なんです、その不自然な目の逸らし方。
 ……もしかしてリンスさん、今まで私のことをアホの子だと思っていませんでした?」
「思ってない、思ってない」
「嘘だぁー! だって今、目、逸らしすぎてレンと視線合ってるじゃないですかぁー! 失礼しちゃいます」
 だって「ぷんすか」という怒りの擬音まで口にするような彼女だ。……そう思ってしまっても仕方がない。
「劇はどうだった?」
 自己弁護に勤しんでいると、レンから問われ。
「凄かった」
 思った通りのことを、素直に言葉にした。
「呼び出しが随分と回りくどかったけどね」
「すまん。だが見せたかったんだ」
「何を?」
「自分の人形が、どう扱われているか。そして、それを見た他の人間がどう影響されるか」
 工房に閉じこもっているだけでは、見えないものも出てくるだろう?
 サングラス越しに見えた瞳が、そう語っていた。
「お前の工房は、居心地の良い場所だ。だが、お前の『世界』は工房だけじゃないだろう。
 広げられる。いや、広がっているんだぞ? 気付いているか? お前の前。お前の回り。リンス・レイスを想う人間の多さに」
「…………」
「あとはお前が踏み出すだけだ」
 教会の中から、教会員だろうか、ノアの名前を呼ぶ声がした。
「……すぐに答えを出せとは急かさん。しばらくしたら打ち上げと称して工房に行くから、その時また話そう」
 話を切り上げ、レンがまず背を向けた。
 それからノアが、
「リンスさん。クリスマスは、1年で1番、皆が誰かに優しくなれる日です。そして、シスターさんは、その優しさをそっと掬いあげます。それもシスターさんのお仕事なんですよ」
「? どういう、」
「あはは、秘密です♪ それじゃ、またあとでー♪」
 言うだけ言って、去って行った。
「……さて」
 工房に帰るまでの間、考え事で頭を痛めそうだ、と。
 空を見上げてリンスは思った。