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地球に帰らせていただきますっ! ~2~

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地球に帰らせていただきますっ! ~2~
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リアクション

 
 
 
 友達がほどいてくれた誤解の糸
 
 
 
「あれ? 円ちゃんどこ行くの?」
 最寄り駅で電車を降りて歩き始めた……はずが、途中でぐるりと方向を変えて元来たホームへと戻り始めた桐生 円(きりゅう・まどか)に、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が不思議そうになる。
「あ……あー、間違えちゃった」
 久しぶりだから、と円は笑って方向転換したけれど、その足取りは重い。
 夏の帰省で円は歩の実家に泊まりに行った。だから今度は円の家に遊びに行ってみたいと歩が言ったとき、断れなくてつい頷いてしまったのだけれど。
(帰りたくないなぁ……)
 円の心を占めるのはそのことばかり。
 どうせ帰っても面白い思いはしないし、歩を楽しませることが出来るかも正直不安だ。これまで友達を家に招待するなんてしたことがないから、余計に勝手が分からずに戸惑ってしまう。
「円ねーちゃんはおじょーさまなんだよね。お家もおっきいのかなー」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)は無邪気に円の家でのお泊まりを楽しみにしている様子で言う。
「別にそれほどじゃないよー」
「ねーねー、円ちゃんの実家って何人暮らしなの?」
 今度は歩に質問され、円はそれぞれの顔を思い浮かべながら答えた。
「んーとね、おとーさまとおかーさま、そしてたまきおねーさまとボクの4人家族だよ」
「お姉さんがいるの? いいなぁ」
「でもたまきおねーさまは留学中だから、家にいるかどうかはわかんないけど」
 答えながらも円は気もそぞろ。それもそのはず、円は実家に帰省の連絡すら入れていないのだ。
 夏の帰省の時、来年帰るなんて手紙を出してしまったこともあり、やっぱり今年帰る、だなんて言い辛い。まぁ、年末年始、家に誰もいないなんてことはないだろうから、行ってしまえばなんとかなる……よね?

 そう思いながら到着した実家だったけれど、門の前までくると円は立ちすくんでしまった。
 覚悟を決めなければならないのは分かってるのに、踏ん切りがつかない。
 困り切っている顔の横からすっと手が伸びた……と思った時には、歩がチャイムを押していた。
「うわー、押したー」
「え? まずかった? 円ちゃん緊張してるみたいだからあたしがリードしなきゃと思ったんだけど」
 きょとんとする歩の後ろに、円は慌てて隠れた。
「はい、どなたですか?」
 玄関から顔を覗かせた円の母、桐生周は歩と巡を見て誰だろうというように小首を傾げた後、その後ろに円を見つけた。
「あら円、帰ってくるならお手紙か電話くれればいいのに」
 緑色のウェーブのかかった髪を靡かせながら門のところまで出てくると、周は円に手を差し伸べ……抱き上げた。
「ちょっと背が伸びたかしら? 病気とかしなかった? ちゃんと健康管理とかしてる?」
「ボクも少しは成長してるよ!
 むきになって言い返す円を抱いたまま、周は視線を歩たちに向けた。問われるより先に、歩は挨拶する。
「こんにちは、ヴァイシャリーの百合園女学院で円ちゃんと仲良くさせてもらってます。七瀬歩です」
「七瀬巡だよー。円ねーちゃんのおかーさん、こんにちはー」
「こんにちは。円がいつもお世話になっています」
 にこにこと歩と巡に返事をする間も、周は円を抱いたままだ。
「おかーさま、放してよ恥ずかしい!」
 じたばたと抵抗して下ろしてもらうと、円はふいと母に背を向けて、さっさと家の中に入ってゆく。
「おかーさん、部屋は前のままー? 掃除とかしてるー?」
「もちろんしてるわよ。円は連絡も入れずにふっと帰ってきたりするんじゃないかって思ってたもの。連絡してくれれば、お父様も環も時間を合わせられたのに」
「おとーさまもおねーさまもいないの?」
「ええ。お父様はお仕事、環は旅行中よ」
「相変わらずだなぁ……歩ちゃん、巡ちゃん、行こ」
 円は歩と巡をせかすようにして、自分の部屋へ連れて行った。
 
「おー、円ねーちゃんの部屋広ーい」
 円の部屋を物珍しそうに眺めて回る巡に、歩が注意する。
「巡ちゃん、あんまりあちこち触っちゃダメだよー」
「いいよいいよー、見られて困るようなものは置いてないからー」
 ほら、と円はクローゼットを開けてみせた。
「わぁ、ボクでも着れそうなサイズの服がいっぱい」
「ここにあるのは環おねーさまのお下がりばかりかなー。今の服だってだいだいおねーさまの服だし」
「そうなんだぁ。古いのとか、ずっと着てられてけーざいてきだねー」
「ずっと着てられて、ってのは余計だよ」
 そう言いながら円はゲーム機を引っ張り出した。
「最近のはあんまし買ってないけど、対戦するー?」
「するするー! 円ねーちゃんには負けないからねー」
 さっそく円の隣に座り込んで巡はコントローラーを握る。
 大騒ぎしながらゲームに興じる円と巡を、歩は嬉しそうに眺めるのだった。
 
 
 騒いだ挙げ句、巡は早い時間に眠くなり円と一緒の布団に潜り込んだ。わくわくしすぎて眠れないかと思ったのだけれど、パラミタから千葉までの移動で疲れたのだろう。円も巡もすぐに健やかな寝息を立て始めた。
 それを確認してから、歩はそっと部屋を出た。
 灯りが漏れている居間へと入っていくと、アルバムを広げていた周がドアを開ける音に気づいて振り返る。
「あら歩さん? 円は?」
「よく寝てます。あたしはちょっと円ちゃんのお母さんとお話がしたくて」
「お話?」
「円ちゃんの小さい頃のことを聞いてみたいなぁって思うんです」
「そう? だったらちょうど良かったわ。今円の小さい頃のアルバムを見ていたんですよ」
 可愛いでしょうと周はアルバムを歩に見せながら、円の小さい頃のことをあれこれと話してくれた。代わりに、歩は円のパラミタに来てからの様子を教える。
「円ちゃん、すごいんですよー。あたしも危ないところ何度も助けてもらってますし」
 パラミタでの円がとても元気で、歩が結構守ってもらっているくらいに強くなっている、ということを伝えると、周はその話に熱心に耳を傾け、喜んだり心配したり。円からちらっと母親のことを聞いていたのだと、円に優しくしてくれるか不安だったけれど、こうして向き合ってみると良い感じのお母さんで、歩はほっとした。
 だからこそ気になる。どうして歩があんなことを言ったのか。
「円ちゃんが、昔お母さんたちに見放されたようなことを言ってたんです。円ちゃんそれで帰ってきたり、甘えるの遠慮してる部分があったりするんじゃないかなぁっと思うんですけど……何か心当たりありますか?」
「心当たりですか……」
 歩に問われ、そう言えば……と周はアルバムをめくる手を止めた。
「さっき円が病気がちで入院していた、という話をしたでしょう? 私は一時期あの子のお見舞い、休んじゃった時があったんですよ」
 周自身が病気になり、夫の忠勝の会社も不安定だった時期、周は円の見舞いの時間が取れなかった。そのことを知ったら心配してしまうだろうと、円には伏せておいたのだと周は話し、ふと表情を陰らせる。
「その後から、もう来なくてもいいとか言い出して。寂しかったんですね、きっと」
「そんなことがあったんですか……」
 それが円が家族への気持ちをこじらせた原因なのだろうか。そう歩が思った時。
 リビングのドアが開いた。
「めんどくさくて来てくれなかった訳じゃないんだぁ」
「まあ、円。立ち聞きなんてお行儀が悪いわよ」
 周にたしなめられ、円は照れた様子で入ってきた。
「歩ちゃんが戻って来ないから、どうしたのかと思ったんだよー。そしたらリビングから話し声がするから、つい。でもそうだったんだー。おかーさまは病気で、おとーさまもお仕事忙しかったのかー」
 誰も見舞いに来てくれなかった為に、家族から見捨てられた、自分のことなんてどうでもいいんだと恨んでいたのに、と納得しかかる円に、でも、と周は付け加える。
「お父様にも問題はあったのよ。知ってた? あの人、いつも円が寝た頃にお見舞いに行ってたの」
「なんで?」
「それがね、環にデレデレしてたら嫌われた、とか、今の時代クールな父親でいないと威厳がなくなって嫌われる、とか、訳の分からないことで意地張っちゃって」
 周は苦笑したけれど、円はなんだよと声をあげる。
「クールな父親? 威厳がなくなるってなんだよ!」
「あの人なりの考えなんだと思うわ」
「もうやだー! 寝るー! 歩ちゃんもお部屋に戻ろう」
 歩の手を引いて、円はダッシュで部屋へと戻って行った。
 
 
 短い実家での滞在も終わり。
「円ねーちゃんねおかーさん、さよならー。またねー」
「ええ、またぜひ遊びに来て下さい。円も喜びます」
 元気に手を振る巡に、周は手を振り返した。
「お世話になりました」
 歩も頭を下げるけれど、円は仏頂面のまま玄関を出……そしてくるりと振り返り。
「おかーさまー、ボクおかーさまは好きだけど、やっぱりおとーさまは嫌いだ」
 きっぱりと言い放ってから、いってきますと周に笑顔を見せ、円はパラミタに向かって出発していったのだった。