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バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

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第19章 今年は葬らーんバレンタイン

「遊びに来たスッよ、オメガさん!」
 七枷 陣(ななかせ・じん)は扉をノックし、オメガ・ヤーウェ(おめが・やーうぇ)に開けてもらう。
「あら、いらっしゃい」
「寒いんだから早く入ってよっ」
「うぉあっ!?」
 後ろからリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)にドンッと押される。
「材料をお持ちしましたから、バレンタインのケーキをお作りしますね。厨房をお借りしてもいいですか?」
「はい、こちらですわ」
「ありがとうございます」
 オメガに案内され小尾田 真奈(おびた・まな)は厨房へ行き、さっそくココアを混ぜた薄力粉をふるいにかける。
「わたくしも何かお手伝いしましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「でも・・・何かしてもらうだけでは・・・」
「そうですね・・・じゃあ、クリームに使うチョコを刻んでおいてください」
「分かりましたわ」
 板チョコを包んでいる銀紙を剥がし、まな板に乗せてトントンッと包丁で刻む。
「あの・・・余った材料、少しいただけません?」
「えぇ、いいですよ」
「ありがとうございます」
 オメガはもらった材料でこっそり何かを作り始める。
「あれ、オメガさんが真奈さんのところに行っちゃったね。ん〜、ボクたちは出来るまで何してようかな?」
「リーズさん、陣さん。ミニミニちゃんとミーミちゃんのお相手をお願い出来ますか。きっと退屈してしまうでしょうから」
 一旦、厨房からリビングへ戻ってきたオメガが2人に、ミニたいふうたちの話を願いしに来た。
「うん、分かった!」
 ソファーの上から立ち上がると寝室へ行き、ケースに入って棚の上にいる2人をリビングへ連れて行く。
「こんにちは。ミニミニちゃん、ミーミちゃん」
『リーズお姉ちゃんだぁ、こんにちはー!』
 ケースの中から2人同時に挨拶を返す。
「元気にしてたかな?」
「うん!元気〜、元気〜♪」
「あ、ボクも向こうで手伝ってこようかな。陣くん、後よろしくね」
「え!?」
 リーズまでケーキ作りを手伝おうと厨房に行ってしまい、陣はぽつんと取り残されてしまった。
 残された彼はケースに入っているミニたいふうをじっと見つめる。
「ねぇ、ここから出してよ、陣お兄ちゃん」
「いやぁ、そうしてあげたいんだけどな。オメガさんに怒れちゃうからさ。遊んであげたいのに、ほーんと残念だな。あっははは」
 一緒に遊びたいけど出してあげられないと言いへらっと笑う。
 いい子たちには違いないが、塵や埃を吸って暴れた2人に対してトマウマがあるようだ。
「ん〜。ぼくたちがここであばれたせいなの?」
「ねぇミニミニ。それってト・・・ト・・・なんだっけ?」
「う〜ん・・・。マトウマじゃなかったかな」
「ちっがぁああーう!!マトウマじゃなくて、トラウマだっつーのっ。しかもウマトラとかトラとウマとかですらないしっ!!ラ、じゃなくてマに変わってるところもあるけど!?」
 すがさず突っ込みを入れ、まさかの変化球に驚く。
「マトウマだったんだ!ミニミニかしこぉおい」
「えっへん!」
「しかも聞いちゃいねぇしっ」
「じゃあミーミ、一緒にマトウマしようー♪」
「はっ?何、その新種の遊び?え、マジ。何やってんの?そこから出るなって、や・・・やめてくれぇええ!」
 ケースに体当りをして出ようとする2人を止めようと、陣は必死に蓋を押える。
 しかしたいふうたちに力負けをしてしまい、ソファーへ吹っ飛ばされる。
「ねぇ〜マトウマして遊ぼうよ?」
「陣お兄ちゃんでマトウマ〜」
「え、それってもしかしてオレ的?やるなよ?絶対絶対暴風雨でふるぼっこ再来とかやるなよ!?」
 じりじりと詰め寄ってくる2人を見上げ、顔中から冷や汗を流す。
「ぎゃぁああ!?」
 電気スタンドに掴まり、飛ばされないように踏みとどまろうとするものの、それを抱えた状態で床に転がされてしまう。
「マトウマ楽しい♪」
「あぁああれぇええ〜、ぶほぉおっ」
 たいふうたちの中心で駒のように回され、べしゃっと床に倒れる。
「楽しそうにお話をしているみたいですね」
「そうだね♪」
 そんな事態になっているとは知らず、真奈がボウルの中にグラニュー糖を加えた後、菜箸でほぐした卵を少しずつ入れる。
「2人のお相手を、ご主人様にお任せしてよかったですね」
 会話をしながら真奈は湯煎しながらハンドミキサーにかけ、人肌に温まったところでふるっておいた粉類を、ゴムベラで混ぜる
「バターが溶けましたわ」
「はい、ありがとうございます。これを加えて・・・天板に流し入れましょう。焼き時間は15分くらいですね」
 オメガに湯煎で溶かしてもらったバターをボウルに入れて混ぜ、オーブンシートを敷いた天板に生地を流し、180度に温めたオーブンで焼き始める。
「この間にシロップと生チョコクリームを作りましょうか」
 小鍋に水とグラニュー糖をザッと入れ、コンロの火にかける。
 ぽこぽこと沸騰し始めた頃合を見て火を止めると、ラム酒を少し加える。
「ん〜、いい香り♪」
 リーズの方はクリームを作ろうと、もう1つの小鍋に生クリームを入れ、沸騰する前に火を止めて刻んでもったチョコを入れてトロトロに溶かす。
「ちょっとくらいなら・・・」
 ふんわりと漂う甘い香りに思わず味見してみたくなってしまう。
「いけませんよ」
「うぅ、はぁ〜い」
 めっと叱るように止められてしまい、リーズは残念そうにしょんぼりとする。
「それではオメガ様はもう1つ、生クリームを用意しておいてくださいね」
 真奈はカバンから生クリームが入ったケースを取り出し、それとグラニュー糖をボウルに入れて6分点てにする。
「分かりましたわ。―・・・こんな感じでいいんでしょうか?」
「えぇ、それくらいですね。では材料を合わせましょうか」
 オメガに手伝ってもらった3分の1程度の6分点ての生クリームを入れ、馴染ませた後全て合わせる。
「ケーキが焼けたみたいですね」
 オーブンからケーキを取り出し、スコーンの型で生地をくり抜きカットする。
「出来上がりましたね」
 片面にシロップを塗り、刻んだ柑橘系のフルーツとクリームをサンドした後、リーズに削ってもらったチョコで飾りつけて完成させる。
「ご主人様、ミニたいふう様たちとのお話は弾んでいますか?」
「って、ちょっと何やってるの陣くん!?」
 突風と大雨でめちゃくちゃになったリビングを見たリーズが鋭い目つきで陣を見る。
「いや、これはミニたいふうたちがっ」
「大人しくケースで眠っているようですね?」
 真奈がケースの中を見ると、すでに遊びつかれて眠っているミニミニとミーミの姿があった。
「片付けてください、ご主人様」
 悲惨な状態になってしまったリビングを掃除するように言う。
「そ、そんなぁあ!」
「―・・・後で私も手伝いに参りますから、それまでお願いしますね」
 そう言うと真奈はケーキを他の部屋に運ぶ。
「くそぅ、なんだってこんな目にっ」
 陣はしぶしぶ家具を元の位置に戻し、びしょ濡れになった床を雑巾できゅっきゅと拭く。
「お茶の用意がひとまず終わりましたから少し手伝いますね」
 真奈も雑巾がけを手伝う。
「ソファーの水分を取りましたけど、これは暖炉の傍で乾かすしかないみたいです・・・」
 乾きやすいようにレンガ作りの暖炉へソファーを寄せる。
「それではお部屋へ参りましょうか。こちらです、ご主人様」
 リビングが使えなくなり、移動した場所へ彼を案内する。
「陣さん・・・もしかしてミニミニちゃんたちがケースから出てしまったのでは?」
「んまぁ、気にしないでいいスッよ」
 申し訳なさそうな顔をするオメガに陣は片手を左右にひらひらさせて笑い、4人だけのささやかなバレンタインパーティーを始めた。
「どうですか、オメガ様」
「スポンジがとてもふわふわしていますわね。お料理がお上手なんですのね?」
「そんな・・・、もっと上手な人がたくさんいますし。私はまだまだですよ」
「でも、美味しいですわ」
「お褒めの言葉、感謝します」
 チョコケーキを美味しいと喜んでもらえた真奈は、嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「だって3人で作ったんだからね♪美味しいに決まってるよ」
「お飲みのを入れますね」
 真奈お手製のホットミルクをオメガのカップを注ぐ。
「とても香りがいいですわね」
 蜂蜜とバニラエッセンスを少し加えたミルクからほのかに甘く香る。
「ん、オメガさん。どこに行くの?」
「えぇちょっと・・・」
 リーズに行き先を教えず、オメガは椅子から立ち上がり部屋を出て行った。
「どうしたのかな・・・。あ、戻ってきた!」
「真奈さんにいただいた材料で作ってみたいんですけど。お口に合うか分かりませんが、いかがですか?」
「もしかしてオメガさんが作ってくれたのかな?いただきますー♪」
 チョコクッキーを皿から取り、リーズは嬉しいサプライズに喜んで頬張る。
「私もいただきますね」
「オレももらおうかな」
「さくさくで美味しいね♪ミーミちゃんたちも食べるのかな?」
 少しだけケースを開けてリーズがケーキとクッキーを食べさせてみる。
「美味しい?」
「うん、おぃしぃ〜♪」
「そっかよかった。えっ、あ!?」
「暴れたくなってきたぜぇえ!」
「またかぁあああ!?」
 巨大化したミニミニに陣は頭から豪雨を降らされてしまう。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
 隙間から飛び出たミニたいふうをケースに戻し、ずぶ濡れになった彼の頭をタオルで真奈が拭いてやる。
「ははは、なんとかな・・・。あ、そうだ。これ・・・オメガさんにあげようと思って持ってたんスッよ」
 3人で作ったプレゼントのペンダントを陣がオメガの首にかけてやる。
 それには蒼紫とシルバー、ロイヤルブルーのガラス細工のイルカがついている。
「オレらの自作なんスッけどね」
「ペンダントのガラス細工の色はボクと真奈さんの髪の色と、陣くんの焔の色で出来てるんだよ。あ、もしこのイルカのペンダントを壊されたり、しても自分を責めたり追い込んだりするとか無しね」
「十天君やドッペルがまた罠張ってオメガさんを追い込んでも、このペンダントを見てそれを思い出して欲しい・・・」
 自分たちだけじゃなく他にも笑ってくれる友達はいる。
 だからそれを見て独りぼっちで怯えたりしないで欲しいと思い込める。
「約束には指切りが定番やな。怖くないからさ」
 安心させようと小指に触れるだけでいいというふうに見せる。
「ゆ〜びき〜りげんまん、嘘つ〜いた〜ら針千本の〜ます、ゆ〜びきった・・・っと。若造なりに、元気付けたかったんですよ」
 オメガと指きりをして独りで悩まないように約束する。