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第39章 静かな場所で

「……ミルザムさんに他のデートの予定が入っていなくて、ホッとしましたよ」
「この場所にも興味がありましたので……。お誘いありがとうございます」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)を誘って、契約者の合宿が行われていた、トワイライトベルト近くの合宿所を訪れた。
 ミルザムは護衛と共に訪れていたが、護衛達は乗り物の中で待っており、今は隼人と二人だけで合宿に使われていた建物の方へと歩いていた。
「温泉にも入りたいところですが……ああ、水着を持ってくればよかったのですね」
 隼人を見て、ミルザムは淡い笑みを浮かべた。
「僕の方からも、言っておけばよかったですね。もしかしたら、湯浴み着が残っているかもしれませんよ」
「では、ありましたらお借りして、川側の温泉に入ってみたいです」
 そんな他愛ない話をしながら、2人は建物の中へと入った。
 この建物に現在専任の管理者はいないが、契約者達を中心に時々利用されているようで、宿帳のようなものが入口に置かれている。
 その帳面を開いて、空いている部屋の中で一番大きな部屋を使わせてもらうことにした。

 ……その少し後。
「ここよ。もうお2人は到着しているようね」
 合宿所の傍に到着したアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)が、止められている乗り物を見てそう言った。
「トワイライトベルト側で合宿って、変わったこと考えたよな、東の政府」
 アイナと一緒に訪れたのは、皇 彼方(はなぶさ・かなた)だ。
「で、どうすればいい?」
「そうね……」
 アイナは周囲を見回す。
 『優斗さんがミルザムさんを慰労会に誘うから……ミルザムさんをコッソリ護衛する役目に協力して』と、アイナは彼方を誘い出したのだ。
 だけれど、真の目的は他にある。
(……遅い)
 まだ到着して数秒しか経っていなかったが、アイナの中に怒りの感情がふつふつと湧いていく。
「おお? 彼方じゃないかー」
 突如、上の方から声が響いてきた。
 飛空艇で手を振りながら風祭 隼人(かざまつり・はやと)が接近してくる。……その後に、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)も続いている。
「偶然だなー」
 飛空艇を下した隼人に……。
「ちょうどいいところに来たわね」
 突然、アイナが飛びかかっていく。
「え、えええ!?」
「近くの店で買い出しよ!」
 驚く隼人のポケットから財布を抜き取ると、アイナは駆けていってしまう。
「ま、待って、アイナさーん!」
 隼人はどたどたとアイナを追って駆けていった。
「…………」
「…………」
 残されたテティスと彼方が顔を合わせる。
「……えっと、追った方がいいのかな?」
 彼方の言葉に、テティスは少し間をおいた後、首を左右に振った。
 テティスは、隼人からここに来る前に、このようなことを言われていた。
『「バレンタインに彼方とデートしたいから財布を寄越せ!」ってアイナさんにカツアゲされました。テティスせんせい…アイナさんへ厳重注意をお願いします』
 更に。
『テティスせんせい! テティスせんせいが彼方へ告白して彼女になってしまえば…アイナさんも諦めて…俺がカツアゲされることもなくなると思うので…宜しくお願いします!』
 とも。
 2人が……そして、多くの友達が、自分と彼方のことを応援してくれていることも、もう解っていたから。
 だから、テティスは今のアイナと隼人の行動が演技であることも解っていた。
 アイナとは、夏に約束もしている……。
「彼方……」
「何?」
 テティスは抱えていた袋の中から、先日百貨店で購入をしたものを取り出した。
「これ……彼方に」
「え……あ、うん。ありがとう」
 差し出された箱――可愛らしく包装されたチョコレートを、彼方は赤くなりながら受け取った。
(義理とか、友チョコとか、そういうヤツかもしんないし、赤くなってんじゃないぞ俺ー)
 そう思いはするけれど、顔の熱は引かなかった。
 目を向ければ、テティスもほんのりと赤くなっている。
「あの……来月お返しちゃんとするからな!」
「うん。楽しみにしてる」
 互いの赤くなった顔を見ながら、2人は微笑み合う――。

 そんな2人の様子を、隼人はアイナと木陰に隠れて、ビデオカメラで撮影していた。
「初々しいなー、2人とも」
「テティス、頑張ったね……」
 チョコレートを渡すところから、彼方がテティスを合宿所の中へ誘うまで撮影は続けられた。

○     ○     ○


「では、テティスさんと彼方さんもこちらにいらしているのですか?」
「ええ、そろそろこちらに顔を出されると思います」
 部屋の中で、優斗がミルザムに隼人とアイナの計画について話していた。
「お二人は間違いなく、両想いです。ミルザムさんもお気づきですよね? 一緒に恋を応援しませんか」
 優斗の誘いに、ミルザムは穏やかな微笑みを浮かべながら頷いた。
「お似合いですし、その恋の力がより互いを護る力となるでしょうから」
 そうミルザムが答えた直後に、テティス、彼方。それからアイナと隼人が部屋に顔を出す。
「入浴されるようでしたら、お世話いたします。お背中お流ししますよ」
 挨拶を済ませた後、テティスは入浴セットを手にミルザムに近づく。
「ええ。でも2人でではなく、皆で入りましょう。幸い、湯浴み着が残っていましたから」
 ミルザムは、テティスと彼方を見てそう微笑み、最後に優斗を見た。
 優斗も微笑みを浮かべながら、首を縦に振った。

 そうして5人はその後、つかの間の休息時間をゆっくりと楽しんだ。