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第34章 君を待つ時間

 バレンタイン当日の放課後。
 何とか完成させたチョコレートを持って、音井 博季(おとい・ひろき)はイルミンスールのテラスに来ていた。
「まだかなり時間がありますね。ですが、彼女をお待たせしたくないですし」
 博季が待っている相手は、恋人のリンネ・アシュリングだ。
 今日は特別な日だから、彼女は必ず来てくれると思う。……手紙を開封してくれていたら。
 多分、手紙が届いたのは今日だから。
 気付いて、ここに来てくれるまで時間がかかるかもしれない。
 もしかしたら、別の予定が入ってしまっているかもしれない。
 そんなことを考えると、少し落ち込んでしまう。
(大好きです、リンネさん……)
 彼女を想いながら、長いマフラーを弄ぶ。
 2人で巻くことが出来るように、用意したものだ。
 博季とリンネは恋人同士ではあるけれど、彼女が忙しくしていることもあり、そう頻繁に会うことは出来ていない。
 だけれど、今日というこの日には、彼女にどうしても会いたかった。
 少しでも魔術の勉強をしておきたくて、持ってきた禁忌の書を開いてはみるけれど、あまり集中できなかった。
 彼女を想いながら、幸せの歌を口ずさんだり、冷えた身体を可術で温めたりして、博季は長い時間、テラスのベンチで大好きな彼女を待っていた。
(普段会えない分、色々お話しして……。手、繋いだり、1つのマフラーで温まったり)
 そんな風にリンネと過ごす夜を、博季は思い浮かべていく。
(プレゼントは、喜んでもらえるだろうか……)
 用意してきたのはチョコレート。
 箱の中に入れてあり、彼女に似合う赤いリボンを巻いてある。
 そのプレゼントはまだ、鞄の中に入れてあった。
 受け取った彼女の驚いた顔を思い浮かべ。
 その後に見せてくれるかもしれない、微笑みを思い浮かべて、博季は元気を出していく。
 太陽の光は、すでにテラスには届かなくなっており、月の淡い光が降り注ぎ始めていた。
「お待たせ」
 女の子の声に振り返る。
「それじゃ、行こうか。とっておきの店、予約してあるんだぜ」
「うんっ」
 リンネと同じ年くらいのカップルだった。
 どちらからというわけでもなく、自然に2人は手を繋いで、森の中へと下りていく。
 その2人だけではなく、見回せば、周囲にはベンチで寄り添うカップルや、星を見上げるカップルの姿があった。
(皆幸せそう。やっぱり恋っていいですよね。うん)
 羨ましく思いながらも、博季は微笑んで周りのカップル達の幸せを喜ぶ。

 博季の愛しい恋人はまだ来ない。
(……ああ、早くお会いしたいなぁ……)
 冷たく冷えた手を擦って、息を吹きかけながら、博季は彼女のことだけを想い、待っていた。
 さわり、と。
 草木が揺れた。
 同時に小さな足音が博季の耳に届く。
 博季は立ち上がって、近づいてくる足音の方に目を向けた。
 足音は次第に大きくなっていく。駆けてくる音だ。大切な人に、早く会いたくて。

 特別なこの日に、恋人に会いたいのは……みんな、一緒だから。