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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



5


 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)には、日頃からお世話になっている。
 そして2月14日、バレンタインデーはお世話になった人に感謝する日。
 だからチョコを渡そう、というのは安易かもしれないけれど。
 それでも、感謝の気持ちを伝えるには手作りチョコを渡すのが一番いいかな、と思ったので。
 要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)はチョコを作る。


「秋日子くん、一緒にお出掛けしましょうか」
「えっ?」
「ほら、以前二人で出掛ける約束をしたじゃないですか。今日はまずいですか?」
「ま、まずくないよ! すぐ支度してくる!」
 要に誘われて、秋日子は部屋を出た。
 だって、今日は、バレンタインデー。
 そんな日に二人きりでお出掛け?
 そもそも、要から誘われたのは初めてじゃなかろうか。
 ――……うわ、うわ!
 自覚した途端、急に恥ずかしくなった。心の準備が追いつかない。
 ――ていうかそうだよ! バレンタインだよ! チョコの準備はしてあるけどさ!?
 ――でもだって、苦笑するような出来だよ!? 可もなく不可もなく! うまずいみたいな!
 ――こ、こうなるならもっと練習しておけば……って、悔やんでる場合じゃないよね? だって今、要、待ってるもんね?
 時は来てしまった。
 なら、今日できることを精一杯しよう。
 おしゃれして、楽しむ。
 それができること。


 そうして来たのは、葦原島。
 要と二人きりになるのは久しぶりだ。それがなおさら緊張を助長する。
「この街並みは、和風でいいですね」
「うん。静かだし、なんか気持ち良いよね」
 そう言うと、要が笑った。何? と要を見上げると、
「ごめんなさい。自分と同じことを考えていたから、なんだかおかしくて」
「要もそう思ってたんだ?」
「はい。静かで、気持ち良いなって」
 そんなちょっとしたことが嬉しくておかしくて、笑う。
 しばらく歩くと、野点てをするときに使うような傘が立てられたベンチがある場所に出た。
「座らない?」
 チョコも渡したいし、誘う。要は一つ頷いて、ベンチにハンカチを敷いた。
「どうぞ」
「え、そんな」
「せっかく可愛い恰好をしているんだら、汚してしまう訳にはいかないでしょう?」
「か、可愛い? そうかな。本当?」
「? はい。秋日子さんは、いつも可愛いですけど」
「!!? あ、あぁぁありがとう!?」
「?? はい」
 にこり、笑って言われるとどういう顔をすればいいのかわからない。
 たぶん、要はなにも意識していない。
 だからこんなに、一人で顔を赤くしているのは恥ずかしいのだけれど。
「……なんだかなぁ」
「どうかしました?」
「あ、えぇと。そうだ、私、要にチョコを渡そうと思ってたの」
 ため息の原因を知られてはなるものか、と鞄から綺麗にラッピングされたそれを取り出して、渡す。
「……味は、去年と大して変わらないけど。気持ちは、込めたんだよ」
「嬉しいです。気持ちが伝わるということが一番大事ですから。
 そうだ、自分も秋日子さんにチョコを作ってきたんです」
 受け取った後、そう言って要も秋日子に手渡したものは。
 ――うわぁ、これはまた去年にも増して前衛的な……。
 箱の段階で既に軽く硬直してしまうような見た目のモノ。
 去年、秋日子は今日と同じように要からチョコを貰った。
 前衛的なラッピング。その中に入っていたのはサイケデリックな何か。
 今年は、去年に輪をかけてランクアップしたラッピング、中身はおどろおどろしい何か、だった。
 ――なんていうか……ホラー映画とか、ホラー漫画とかで出てきそうだよね、こういうの。
 半端にファンシーなのが余計に不気味だ。奇怪建築物の範疇を超えたこれをなんと表現するべきかと頭を悩ませる。
「……秋日子さん?」
 どうかしました? と首を傾げる要に慌てて首を振った。
「ううん、嬉しいなって!」
 そう、去年もこれに似たチョコを貰い、食べた。そして味は良かった。見た目が異様なだけである。だからチョコ自体について心配はしてないし、むしろ。
 ――今年も貰えた。
 それが嬉しい。
「今年もよろしくね」
「はい、こちらこそ」
 今年も告白までは辿り着かなかったけれど。
 ――今が楽しいから、いいかな。
 それに、距離は縮まったように感じる。
 たぶん、ほんの少しずつだけど。
 だけど、確かに。
「そうだ。寒いから一緒に手、繋いで帰ろっか」
「え、」
 要が反応するよりも早く手を取った。
「あはは、冷たい」
 ひんやりとした、秋日子よりも一回り大きな手。
 きゅっと握る。
「……ん? 要、顔赤くない?」
「え、顔赤いですか?」
「も、もしかして風邪引いちゃった!? 早く帰ろう、風邪は引き始めが肝心なんだよ!」
「……風邪……かなぁ?」
「どうしたの? 急がなきゃ!」
「いえ、秋日子さん。……そんなに体調、悪くはないので。ゆっくり帰りませんか、このまま」
 繋いだ手を握り返されて。
 どきっとしたけれど、
「だめっ! 風邪だったら大変だから!」
 後で要が辛くなるかと思うと、そんな自分の感情には流されたくなくて。
 早足で、道を行く。


*...***...*


 普段行かない場所。
 普段と違った装い。
「それは良いのですが……本当に良いんですか、遥遠?」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)から渡された服を手に再確認した。
「いいんです。だってその服可愛いでしょ?」
「可愛いですけどね……」
「嫌、ですか?」
 渋るように息を吐いたら、遥遠が上目遣いに見上げてきて。
「ま、まぁ。嫌じゃないですよ? 遥遠がそう言うのであれば着るだけです」
 彼女に対して滅法弱い遙遠は、すぐさまそう答えた。
「ただ、本当に……隣を歩くのが、この恰好の遙遠……いや、ハルカでいいんですか?」
「はいっ。ハルカちゃんは可愛いですし、何も問題ありません」
「はぁ、そうですか。まぁ遥遠がそれでいいのなら構いませんけど」
 言って、遙遠はフィッティングルームに入った。
 手にしているのは子供サイズの着物。
 『可愛いのがあったけど、遙遠じゃサイズが合わなくて着られないから』。
 そういう理由で、遙遠はちぎのたくらみを使うことになった。
 ――まあ、ハルカになることは慣れていますし。
 ――こういった恰好をすることも、嫌いじゃないですしね。
 ――まして遥遠が楽しめるなら、それで良いでしょう。
 デートだけど。
 ハルカになっても、デートには変わりはないし。
 ――こうなったらこうなったで、それを思い切り楽しむだけです。
 心の中でそう言って、遙遠はハルカに姿を変えた。


 フィッティングルームが開くと、遙遠はハルカになっていた。身長140センチ程度の美少女である。きっちりと着付けられた着物姿がよく似合う。
「はわ〜♪ ハルカちゃん、やっぱり着物姿も可愛いですね♪」
 見立てた自分が言うのもなんだけれど、とっても。
「あまり可愛いと言われると、照れますですー」
 ぷい、とそっぽを向いたハルカがまた可愛くて、「〜〜っ、」なんとか可愛いという言葉をなんとか噛み殺した。
「? なんですかー?」
「なんでもないですっ。さあハルカちゃん、デートしましょう♪」
 手を繋いで、店を出て。
 葦原島城下街を、歩く。
「しかし……こうして街の風景を見ると色々と珍しく新鮮なのですー」
「そうですか?」
「はいです。目線の高さが違うからでしょうかー? それとも、デートだからでしょうか」
「どっちもですよ、きっと」
「なのですか?」
「なのですー。
 さてさてハルカちゃん、どこか行きたいところはありますか? 今日はハルカちゃんに合わせて行動しますよー♪」
「では、折角なので甘い物が食べたいです。和風スイーツが有名らしいですし、どうですか?」
「それは良いですね♪ ではお店を探しに参りましょう!」
 ここがいいかあそこが良いかと吟味して、雰囲気と気になるメニューの兼ね合わせで決めた店。
 ハルカは職業柄、店員さんの動きが気になるらしく、店に入ってからこっち、ずっと店員さんを見ていた。
 ――仕事熱心ですね、ハルカちゃん!
 そんなハルカをみて、遥遠は偉いなと感じる。
 と、視線に気付いたらしくハルカが遥遠に向き直り、少し頭を下げた。
「ごめんなさい。デート中なのに、他の女の人を見ていました」
「そんなに気を遣わなくても……!」
「デートなのに、これでは遥遠に申し訳ないのです」
 しゅんとされてしまった。
 実際、そんなことはないのだけれど。
 だって遥遠は、遙遠と一緒に居る。それだけで、どこだってなんだって楽しいのだから。
「ちょっとの間、他の女の人に気を取られたからと言ってへそを曲げるような女ではありませんよー」
「……ですか?」
「そんなに気にするのでしたら、また次、葦原島城下街でデートしてくれませんか?」
 今度は、ハルカちゃんじゃなくて、遙遠で。
「それくらいのことで良いのですか?」
「はい。それくらいのことが、大きなことで大切なことです」
 だから約束、と小指を差し出した。
 ゆびきりげんまん。
「ふふ。また来ましょうね、遙遠♪」


*...***...*


「主」
 石田 三月(いしだ・みつき)に呼ばれて、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は振り返った。
「どしたの?」
「紬とデートしたいんだけど、どうすればいいかな」
「デート? 紬ちゃんと?」
 ――あの、引きこもりで外に出る方が珍しい紬ちゃんと?
 それは随分と難易度が高そうである。
「……難しくない?」
「でも、バレンタインって恋人のイベントなんでしょ?」
 それはそうだけど。
 氷雨は思案気に宙を見る。
 ――二人とも、いつもお家に居るよなぁ。
 ――たまには外出しなきゃだし。
 ――三月が言うように、バレンタインって恋人同士のイベントだしね。
「よしっ。ボクお手伝いするよ!」
「本当? 主、ありがとう」
 かくして二人は作戦会議へ移行する。


「和風のスイーツが食べたい」
 大谷 紬(おおたに・つむぎ)は突然の氷雨の言葉に首を傾げた。
「紬ちゃん、買ってきて! 三月と一緒に!」
「……お使い?」
「そう! 和風スイーツね。とびきり和風なやつね!」
「……スイーツなら取り寄せれば、」
「ボク、今、スイーツ食べたいの。行って来て」
 ゴリ押しである。
 そんなに食べたいのだろうか。そうだとしても三月と二人で行く意味は?
「…………」
 外出は好きじゃないが、氷雨のゴリ押しに従わないとそれはそれで大変そうだし。
 紬は一つ息を吐いて、
「三月、車椅子出して」
「はーい」
 言われた通り、家を出た。
「……眩しい」
 夜遅くまでパソコンを弄っていた目に、高く昇った太陽の光は凶器以外の何ものでもない。
「大丈夫? パソコンも、あまり遅くまでやると身体に良くないから駄目だよ?」
「大丈夫。でも、」
「でも?」
「……なんでもない」
 三月の手前、つぐんだ言葉。
 ――早く帰りたい。
 本心は閉じ込めても、
「そこのスイーツで良いと思わないか?」
 思わず提案してしまうなど、行動には出ていたが。
「どうだろう? 俺、味覚オンチだからな……」
 困ったように三月が笑う。
 スイーツなんてどこで買っても然程変わらないだろうし、ここで良いだろう。
 そう思って店に入ろうとしたら、マナーモードにした携帯が震えた。
「…………」
「どうしたの?」
「主から」
「メール?」
 三月に携帯画面を見せる。
 そこには、
『一通り見てから、一番美味しそうなの買ってきてね。ちなみに最低でも1時間以上経ってないと家に入れないから』
 とあり。
「主……」
「そういうわけだ。しょうがない」
 方向転換。その際見えた三月の顔が、
「嬉しそうだな」
「えっ、そうかな。そう見える?」
「見える」
 思わず言ってしまう程度には。
「あはは、即答。
 ……だって紬と一緒に出掛けるのって久々だし、嬉しくて」
 キィキィ、車椅子を押す音が、三月の声と一緒に響いた。
「紬は? 俺と出掛けるの、嫌?
「……三月と出掛けるのは嫌じゃない」
 ただ。
「……ただ、私の見た目がこんなだから」
 髪の下に手を入れ、包帯が巻かれた顔を撫でながら呟く。
「車椅子も不便だ。無いと動けないから仕方がないが」
 それから脚の代わりのそれを見て。
 それらに関して、紬自体はなんとも思わない。今更である。
 ただ、このせいで三月に迷惑をかけるのが嫌なのだ。
「周りがどう思うか、」
「紬」
 不意に名前を呼ばれ、抱き締められた。温かい。
「紬は紬だよ。周りがどんなこと思っても、気にしない」
 少しだけ、強い口調で三月が言う。
「紬は今も昔も俺の大切な、世界で一番大切な人だよ」
 ――……ああ。
 ――変わっていないな、お前は。
 昔から、見た目のことや周りの言うこと。
 それに振り回されずに、自分を持っていて。
 そんな彼のことを、
「私も三月が世界で一番大切だよ」
 昔から、そう思っていたんだ。
「本当?」
 嬉しそうな三月の声に頷いて。
「三月が居るから、今も昔も私は生きていられるんだ」
 小さく呟く。
「え? 紬今何か言った?」
「何も。
 ……さて、チョコでも見に行こうか」
「えっ?」
 唐突に話題に出されたチョコという単語に、三月が驚いた声を出した。
「今日はバレンタインだろ」
「紬、知ってたの?」
「気付いた。三月が主に頼んだんだろ?」
 無理矢理なお使い、三月と一緒に出掛けること。それからあのメール。
 これでお膳立てじゃない方がおかしい。
「知ってて、でも来てくれたの?」
「……言ったろ。三月と出掛けることは、嫌じゃない」
「紬……! 大好き!」


 さて一方、二人の行方が気になり、なにか手助けできればと思い後を追っていた氷雨は。
 甘味処の抹茶パフェやあんみつに気を取られ、まかれる手間なく尾行失敗。
「……はっ! こんなところでパフェ食べてる場合じゃないよ!」
 そして事実に気付いて勢いよく立ち上がる。その瞬間に響く携帯のメロディ。
「ふぇ? 三月からだ」
 メール一件。
 開いてみると、
『主、ありがとう。上手くいった! 主のお使い遅くなるから!』
 そんな内容に、嬉しくなった。
 あんまり手助けはできなかったが、上手く行ったようだ。着席。
「おねーさーん、あんみつひとつ追加でー」
 そして、気になっていたあんみつも頼んで。
 ――恋愛って、楽しいのかな?
 ぽつり、思った。