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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



22


「『春の訪れを楽しみにすることにいたしましょう』。……だって」
「はるはもうちかいのね?」
「暦の上だと春だからね。立春」
 大地からの手紙をクロエに読んで聞かせ、リンスは同封されていたチョコを手にした。
「クロエのもあるよ」
「ほんとう?」
 クロエの分は、食べすぎないようにとハーフサイズである。受け取って、クロエは嬉しそうに笑った。


*...***...*


 クロエが、大地から贈られてきたチョコを持って笑んでいるのを見て、
「リンス君もクロエちゃんも、モテますねぇ」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は微笑んだ。「もて?」とクロエが首を傾げる。人気者ということですよー、と言うと、また嬉しそうに笑った。
 一方で、山南 桂(やまなみ・けい)は浮かない顔をしている。
「どうしたの」
 いつもと様子が違いすぎるからか、リンスが問い掛けた。
「いえいえ、大したことでは。それにしても、本当にモテますね」
「そうなの?」
「自覚がなかったんですか? 主殿に似てますね」
 桂の言葉に、翡翠とリンスがほぼ同時に首を傾げた。
「どういう意味でしょう?」
「俺に聞かないで」
 ですよね、とお茶を濁すように笑っているうちに桂が紅茶を淹れ、プレーンとココアの生地を使い格子模様にしたアイスボックスクッキーを大皿に広げた。
「お世話になったお礼です。皆さんでどうぞ」
 ティーカップに紅茶を注いで、リンスやクロエに手渡す桂に、
「自分はちょっと出掛けてきますね」
 翡翠は告げる。
「いってらっしゃい」
 どこへ、とは聞かれない。
 すっと輪から外れ、工房の隅に座ってカメラを弄っていた紺侍に近付き、
「出掛けますよ」
「へ?」
 断定口調で、翡翠は言った。
「え、出掛けるって何スか? オレ?」
「貴方以外周りに居ないでしょう」
 ほら立って、と目で告げて、工房を出る。紺侍が追いかけてくる気配がした。
「ちょっ、待ってくださいよ翡翠さん。てか何しに行くんスか」
「夕飯を食べに、ですけど?」
「オレと?」
「悪いですか?」
「はァ、いや……悪かないけど」
 何で? と言いたそうである。
 紺侍の戸惑いなんてどうでもいい。誘いたくなったから誘った。それだけだ。馬鹿ではないだろうから、紺侍もその理由に辿り着くだろう、すぐに。
 途中から無言で街まで歩き、予約しておいたレストランに入る。「うわ、高そォな店」と呟く声が聞こえた。
「良い事でもありました?」
 席に着き、オードブルが出されたタイミングで翡翠は言った。
「笑ってましたよ、工房で。
 ……にやけすぎは不気味だからな。気をつけろよ」
「ああ、夜か」
 咀嚼していた料理を飲み込んでから、紺侍がぽつり、呟く。窓から見える外は、すっかり暗くなっていた。
 一瞬何のことを言っているのかと思ったが、口調のことだと合点して唇を歪めた。性格の変化に戸惑われることがない程度には、長い付き合いになる、らしい。
「長いな」
「そうっスね。つってもオレがこっち来てから会ったんだから、そうでもない?」
「さあ……どうだろうな?」
「なんでそこで意味深スか。もったいぶるなァ」
 会話のノリも、距離感も。
 裏の性格を曝け出しても、出さなくても。
「変わらないな、自分達は」
「そっスか? 翡翠さん、人形師と喋ってる時はなんか柔らかく感じましたけど?」
「人柄の差だろう。というか、お前以外には大体ああだ」
「ナニソレ。オレがまるでダメな男みたいじゃないスか」
「違うのか?」
「違くないスけどね」
 そういうことだ、と意地悪く笑った。
「あ、でも。特別、とも取れますよね、ソレ」
 料理が運ばれてくる。オードブルに続いて、ポタージュ。紺侍がスプーンを取った。
「勘違いするなよ、お前が特別なんじゃない。付き合いが長いから、色々わかり切っている。その分、地が出るだけさ」
「充分特別扱いだと思うんスよねェ、それ」
「特別扱いされたいのか?」
「いやァ別に。されたいって言ったらしてくれるんスか?」
「そんなわけないだろう」
「でしょ?」
 じゃァいいや、オレの本音なんて。
 紺侍は笑う。
 飄々と喋っているようにも思えるし、本質を見て喋っているようにも取れる、奇妙な知り合いだった。
 ポアソン、アントレ、サラダ、デザート。料理を締め括るコーヒーを飲んで、店を出た。
「あ、雪」
 空を見上げた紺侍が言った。
 寒いと思っていたが、降ってきたらしい。
「ホワイトバレンタインか」
 翡翠も呟く。
「お前、寒くないのかそんな薄着で」
「バカなんで」
 言いながら、首にマフラーを巻いた。
「チョコじゃないけど我慢しろ」
「あ。あったけーっスね」
 無邪気にへらりと笑うのを見て、少し満足。
「夜道、気をつけて帰れよ」
「翡翠さんこそね」
 素っ気ない挨拶で、バイバイ。
 そんなところまで、出会った頃から変わらない。


*...***...*


 激動のバレンタインも、無事終えた。
 営業時間が終了し、工房のドアは閉ざされる。
「お疲れ様」
 温かいコーヒーを淹れた衿栖が、カップをリンスに差し出しながら労いの言葉を投げかけた。
「茅野瀬こそお疲れ様。バレンタインなのに良かったの?」
「…………」
 その言葉に、カップを置いた瞬間の姿勢で硬直。
 ――気付かれて、ない……?
 つい最近の写真騒動で、否応なしに自分の気持ちと向き合う羽目になった。
 その答えはまだ出ていないが、いやそれよりも。
「……気付いてない?」
「? 何に?」
 ――テスラさんにもバレバレな私の想いに微塵も気付いてないとか……!
 ある意味ショックだ。何がどうとは上手く説明できないけれど。
「や、うん、いい、いい。リンスてんちょーはそのままのてんちょーで居てね」
 例えばレオン並みに鋭くなられたら、困るし。
 よくわかんない、という顔をするリンスに対して、咳払い。
「今日はバレンタインです」
「うん」
「チョコをあげる日です」
「うん」
「私も乙女に倣って、」
 ――チョコをあげたいと、思いました。
 この気持ちは、やっぱり好きだから?
 それとも、別の何か?
 ――あげたいと思ったのは、ホントの気持ち。これって、やっぱり、
 昼間から、隠すようにキッチンの暗冷所に置いておいた箱をテーブルの上に乗せた。
「……倣って、ブラウニーを焼いてみました」
「わ。すごい」
 蓋を開けた瞬間、少し驚いたような声を出された。驚いてもらった嬉しさににやける顔をなんとか阻止して、切り分ける。もちろんクロエの分も用意して。
「はい、どうぞ!」
 お皿に取り分けて差し出すと、
「……あ。もしかしてこれ渡したいから、昼間俺が茅野瀬のチョコ食べようとしたの止めたの?」
 納得、とリンスが頷いた。
「……何よ珍しく鋭いじゃない」
 その答えに辿り着かれると思っいてなかった。だって普段から鈍いのだもの。
「まるで俺が鈍感みたいな言い草だ」
「リンスが鈍感じゃないなら何なのよ」
「俺そんなに鈍い?」
「鈍い」
 具体的にどこが、と言わされる前に、
「召し上がれ!」
 強引に話を進めた。
「……チョコの理由。
 言われた通りだけど……勘違いしないでよね? 普段お世話になってる義理を返すために作ったにすぎないんだから。そう、義理なんだからね!」
「うん、わかった」
 ――そこで頷くからリンスは鈍いのよ!!
 でも頷かれて良かった、とも思うのだから、人の心は面倒だ。人の、とはいえ自分のだけど。
 内心であらぶりながら、椅子に座ってコーヒーを飲む。美味しい。ほっとする。
「ホントはね、義理なんかじゃないの」
 ――あれ、私何を言おうとしてるんだろ。
 言わなくていいよ、と心が言うのを他人のもののように見て、口から言葉が零れる。
 思いと、行動と。
 相反する。
 現実感が、薄くなる。
 夢の中で取る行動のように、思いで動く身体に任せた。
「それにリンス、今日一日忙しそうだったでしょ?
 だから……最後に渡そうって、」
 きょとん、と衿栖を見てくる視線に気付いて。
「…………」
「…………」
 現実感が、急速に増した。
「……白昼夢よ!」
「何が?」
 まるでそうだったから、そう言ったのに真顔で返された。余計に恥ずかしい。
 真っ赤になって椅子から立ち上がり、後ずさる。
「お皿は、洗って片付けて。箱は捨てちゃっていいから」
 ――ああ、なのにどうしてこんなところは冷静なの、私!
「それじゃあね! ばいばいまたね!!」
 そして背を向けて、脱兎のごとく、走る。
 雪が降っていた。
 その雪でも、顔の熱は冷めなかった。


 衿栖が去った工房に、取り残されたレオンは。
「それでは私達も帰るとしよう」
 冷静に、一言。
 朱里も頷き、二人でドアに向かう。パニック状態の衿栖が走り回って転んだり迷子になったりする前に合流せねば。
 ああでもその前に。
「そのケーキは味わって食べてやってくれ」
「そうそう! 私も食べたかったのを我慢したんだからね。ちゃんと食べてあげてよね!」
 衿栖の想いが、少しでも多く伝わるようにと言葉を残して立ち去った。


「甘いけど苦い」
 衿栖の焼いたブラウニーは、言葉にするならそんな味。
 器用なものだ。思いながら、言われた言葉を反芻した。
 チョコは義理?
 本当は本命?
 最後に渡そうと思っていた。
 意図するところは?
 ――…………。
 それしかなさそうだけれど、どうなのだろう。
 人の心がわかるわけではないから、向けられた気持ちに戸惑ってしまう。
 本当にそうなのか、とか。
 思い上がりじゃないのか、とか。
「わかんないなー……」
「なにが?」
 クロエがきょとんとした目でリンスを見た。
「ねえクロエ、俺のこと好き?」
「すきよ!」
 ――これくらい素直なら、わかりやすいんだけど。
 でも、たぶん、今の質問を投げかけられる相手なんてそんなに居ないだろうし。
 結局自分だって、大概素直じゃないのだから、気持ちと行動の兼ね合わせは難しいな、なんて。
 甘くて苦いブラウニーを食べながら、考えるのだった。


*...***...*


 同時刻、ヴァイシャリー某所。
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)はようやく今日の仕事を終えた。
「お疲れ様でした」
 マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)の言葉に返事をするより早く、時計を確認する。
 23時5分。
 ――走れば、まだ『今日』のうちに渡せる。
 だから、急がなきゃ。急ぎたい。
 走り出そうとしたテスラを、マナが腕を掴んで止めた。
「マナ、」
「そんな顔で行ったら、驚かれてしまいますよ」
「あ……」
 今まで仕事をしていたから、舞台映えするようなメイクをしてある。確かに、この顔で言ったら『あんた誰』などと言われかねない。それは冗談だとしても辛い一言だ。
 大人しく立ち止まると、マナがテスラのメイクを落としてくれた。それからささっと髪も整え、送り出す。
「私だって、ちゃんとわかりますか?」
「大丈夫です。わかるし、可愛いですよ」
「ありがとう。行ってきます」
 いってらっしゃい、手を振るマナに背を向けて。
 全力疾走、人形工房まで。


 外は雪が降っていた。
 それを気にせず走った。
 積もり始めた雪で道は滑り易く、また夜道ということもあって何度も足を取られて。
 転びかけて、転んで、立ち上がって、また走って。
 それでも、走る。
 走りながら思い出すのは、夏祭りの日のこと。
 ――あの花火の日、貴方は私を見てくれると言った。
 次に思い出したのは、一緒に月を見た日のこと。
 ――そして、本当に見てくれた。
 見てくれたということも手伝って、夏祭りの日に注文した人形はまだ出来ていないのだけれど。
 ――外見も、内面も、見てくれるなら。
 ――私は、貴方にありのままの私を見せよう。
 それが、泥だらけになった恰好悪い姿でも。
 今日中に渡せるのなら、と走り続ける、往生際の悪い姿でも。
 見せ続ける。
 貴方の手を取るために。
 ――こんな必死な姿。夜中に訪れる無礼。リンス君はどう思うのだろう。
 ――……温かく迎え入れてくれるかな。
 わからなかった。
 きっと、バレンタイン商戦で工房は忙しかっただろうし、それがなくとも写真の件でスケジュールは結構、厳しそうだったし。
 疲れているところに、こんなシチュエーションを作ったら怒られてしまうかしら。
 それとも、想像の通りに、迎え入れてくれるのかしら。
 後者であればいいと願いつつ、ドアをそっと叩いた。
 がちゃり、鍵の開く音。
 ――誰、とか訊かないんですか。
 ――不用心ですよ、まったくもう……。
 ――ああ、ドア、こんなに開くの遅かったっけ。
 ――早く顔が見たいな。
 ――でも、なんて言われるか、ちょっとだけ怖いな。
 開ききったドアから覗いたリンスの顔は、驚くほどいつも通りで想像通りで、
「おかえり」
 声が、言葉が、今までのどれよりも温かくて。
「……ただいま、です」
 微笑んだ。
 23時58分。
「チョコレート、届けに来ました。味は保証できませんけど」
 渡した瞬間、秒針が12を回った。
 もうすぐ2月14日が終わる。
「間に合ってよかったです」
「だから泥だらけか」
「だって、雪が滑るんですもの」
 あと、靴も走り易いものではないし。
「そういうわけで、転んでしまいました。チョコの形、多分崩れてます。手作りというのも、初めてですし。本当に味は保証しません。お腹に自信がある人だけどうぞ」
「……、…………マグメル、」
「嘘ですよ。ちゃんと食べられます」
 それにしても嘘が吐けない人だ。くすり、笑った。
「よかった。でも嘘はずるい。……食べない方がいいのかなとか考えちゃったじゃん」
「あはは、ごめんなさい。
 今日はもうたくさんもらってお腹もいっぱいでしょうし、そのうち食べてください」
 今日食べてもらえなくても良い。
 でも、今日渡したい。
 そんな気持ちを、受け取ってもらえただろうか。
 その意味を、わかってもらえるだろうか。
「はっぴーばれんたいん」
 日付が、変わる。
「貴方が私の手を取ってくれたから、私はここまで来れました」
 歌うように言い、一歩後退。
「だから今度は、貴方に何があっても、手を取るのは私でありたい」
 ――そう、決めました。
「よろしくお願いしますね」
 にこりと笑って宣言して。
 幸せの歌を口ずさむ。
 子守唄の代わりと、これからを想って。
 誰よりも大切な貴方に、幸あれ。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 はっぴーばれんたいん!

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 クリスマスに続いてリア充爆発イベント、バレンタインデーがやってきました。
 現実世界でチョコを貰えた方も貰えなかった方も爆発していってね!

 バレンタイン、うちの子らも何やらもらったりお誘いをいただいたり作ったり……。
 何かしら、あの、わたしまで爆発させる気かしら、お客様方?
 砂と砂糖を交互に吐き、萌えながら書いているので、これ以上多様な書き方をさせないでくださいまし!

 あまり語っていると爆発しそうなので締めの挨拶に移ります。
 今回もご参加いただきました皆様。
 素敵なアクションをくださった皆様。
 リア充は爆発すればいいと思います! わたしも爆発します! どかーん!

『書き置き。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 次回は三月上旬に何か出せればいいなあと思います。気が向いたらマスターページでも覗いてあげてくださいまし。
 それでは。』