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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



15


 2月14日。
 とある大切な日。
 その数日前。
 ……であるが、それに関して気にしている素振りは一切ない。
 知らない振りをして隠しているのではなくて、あれはきっと、忘れている。
 十中八九、忘れている。
 そうパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は思った。
 何を忘れているのかというと、茅野 菫(ちの・すみれ)の誕生日である。パビェーダが忘れているのではない。菫が自身の誕生日を忘れているのだ。パビェーダが忘れるはずはない。だって、一緒だから。
「菫の誕生日をサプライズで祝いたいの」
 菅原 道真(すがわらの・みちざね)にそう伝えると、
「いいわ。手を貸しましょ」
 財布からお金を抜いて渡してきた。
「ちょ、多い」
「サプライズでしょ? びっくりするほど大きな人形でもオーダーすればいいわ」
「人形……」
 言われて、リンスを思い出した。
 リンスなら、大きな人形を作ってくれるだろう。だいぶ急だけど、理由を話せばきっとなんとかしてくれる。そんな気がして、工房に電話をした。
「そう、大きな、とっても大きなテディベアを。急? 無理? お願い、菫の誕生日なの。間に合わせて」
 電話を傍らで聞いていた相馬 小次郎(そうま・こじろう)が、
「そうか、バレンタインは菫殿とパビェーダ殿の誕生日であったな」
 納得したように頷く。
「ならばわしもいくらか出そう。良いプレゼントにしてやってくれ」
「小次郎からも? いいの?」
「ああ。これくらいしか出来んがな」
 祝ってくれる気持ちがあるだけでも十分なのに。
「ありがとう」
 小次郎と道真に礼を言って、14日が来るのを、待つ。


 そして当日、プレゼントとなるテディベアは間に合ったらしい。
 だから早くおいでと連絡を受け、発注した時と同じように横に居た小次郎と道真を見る。
「いや、なんで私らを見るのよ。二人で行ってきなさい」
「え、でも」
「菫には適当な理由をつけて行かせよう。わしらは留守番でいい」
「……わかったわ。本当にありがとう、二人とも」
 ぺこりと頭を下げて、パビェーダは菫の姿を探した。


「なんで工房に行くのよ。今日はバレンタインじゃん」
 店に行くまでも、それから店も、恋人たちで溢れているに決まってる。
 そんな空間に行って何が面白いのかと菫は口を尖らせた。
「いいからいいから」
「よくない」
 昼を過ぎた時間も手伝ってか、街には恋人がいっぱいだった。指を絡ませ手を繋ぎ、あるいは腕を組み、中にはキスをしている人まで居る。
 できるだけ見ないようにして、工房までの道を歩いた。
 そして工房。そこにもカップルは居た。ペアの人形を買って帰る顔は幸せそうで、店主の顔は反して無表情で。
 リンスとパビェーダの目が合った。頷くパビェーダ。アイコンタクトだなんていつの間に。
「菫、こっち来て」
「何よ」
 工房の端の方、人気の少ない場所にあった、布のかけられた何か。
 その布をパビェーダが指差す。
「中、見てみて」
「?」
 促されるままに布を払うと、中にあったのはこげ茶色のテディベア。大きい。菫だと抱えきれないくらいだ。
 驚いている間に、傍らの机にチョコレートケーキが置かれていた。取り皿が二つ。ケーキの上のプレートには『お誕生日おめでとう』の文字。
「えっ、……えっ?」
 ――誕生日? 誰が?
 ――えっ、あ。14日? 2月。
 ――あたしか! あたしとパビェーダか!
 ようやく思い出した。
「菫、気付くの遅いわ」
 パビェーダがくすくすと笑う。今更ながら、頬が赤くなるのを自覚した。
「……なんで秘密にするのよ」
 照れたと思えば、次に八つ当たり。ぺしぺしとパビェーダの腕を叩く。
「そんな素振りなかったじゃない」
「だってサプライズだもの」
「変なところで子供っぽいのね」
「そう? でもそのサプライズに引っかかって驚いてくれたでしょ?」
 と言われると、反論のしようがない。
 ぷい、とそっぽを向いた。テディベアと目が合ったので、抱き上げてみた。大きさの割りに、重くはない。
「……ありがとう」
 ぎゅう、と顔を埋めるように抱きしめてから、菫は言った。
「メッセージカードがあるの。道真と小次郎からよ」
 渡されたそれを、開く。
『菫 11歳の誕生日おめでとう。でも、まだまだあんたは子供なんだから無理はしないで、私たちをもう少し頼りなさい 道真より』
 ――子供じゃないわ、頑張れるわよ。
 ――でも、そう言われるなら、無理はしないように気をつけるわ。
『菫殿 誕生日おめでとう。いつもいろいろとすまんな。ささやかなプレゼントだが受け取ってくれ 小次郎より』
 ――このサイズでささやかってどういうことよ。
 どちらにも小さくツッコミを入れて、
 ――帰ったら、御礼言わなくちゃ。
 照れるんだろうなと思いながらもそう決めた。
「それから、これ」
「え」
「プレゼント」
 渡されたのはラッピングされた箱。
「それから、聞いてくれるかしら。私の気持ち」
「?」
 箱を受け取ると、パビェーダが静かに言葉を紡ぎ始めた。
「誕生日おめでとう、菫。
 ……私は菫が好き。大好き。だから、いつまでも私と一緒に居て?」
 妙に真剣な顔で言うからなんだと思ったら。
「何言ってるのよ。当たり前じゃない。
 だって、あんたはあたしの大事な大事な相棒だもの」
 当たり前すぎて拍子抜けした。
「……そうだ、お礼だけじゃなくてこれも言わなきゃいけないわよね。
 パビェーダ、誕生日おめでとう」
 笑うと、パビェーダも笑った。
 照れくさかった。


*...***...*


 鮮やかな赤もいいけれど、可愛らしい少女にはピンクの薔薇を。
 大輪咲き誇る薔薇の花束を、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はクロエに差し出した。
「お久しぶり、お姫様。ご機嫌はいかが? 今日もとっても可愛いよ」
「エースおにぃちゃん! こんにちは、わたしはいつもごきげんよ!」
「元気そうだしそのようだ」
 花束を受け取ったクロエが、にこりと微笑んだ。
「きれいね! くれるの?」
「そのために持ってきたんだぜ? 受け取ってもらえなかったら悲しいかな」
「うれしい。おはな、すきよ。かざってくるわ!」
 言って、クロエはぱたぱたと走る。
 その間にエースは工房を見回した。メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が店内を見て回り、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がクロエの後をちょこちょことついて歩く。エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がリンスと何か話していた。たぶん、キッチンを借りれないかどうかの交渉だろう。バレンタインだし、一口チョコとチョコクッキーを焼こうと言っていた。その材料も用意してきているし。
「なんのおはなしをしているのかしら」
 花瓶に薔薇を活けてきたクロエが、エオリアとリンスを見て呟いた。
「そうだ。エオリアが交渉している間に、俺はクロエちゃんを誘っておかなきゃな」
「? なんのこと?」
「一緒にお菓子作ろうぜ」
「おかし! つくるわ!」
 驚くほどあっさりと了承された。まだ何を作るかも言っていないのに。
「料理好き?」
「すきよ。わたしでもなにかがつくれるっておもうと、すばらしいわ。あと、あまいものがすきだからおかしづくりはとくべつすきなの」
「エオリアがお菓子作り好きなんだ。クロエちゃんと話が合うかもな」
「だったらいろいろおしえてもらわなくっちゃ!」
 うきうき、という擬音がぴったりなくらいに楽しそうな顔だ。
「なになに? クロエっちお菓子作るの? オイラにもちょーだい!」
「いいわよ! いっぱいつくるから、クマラおにぃちゃんにもあげる!」
「やった♪ オイラいっぱい食べるよ!」
 そうやってクマラと和気藹々と話していると。
「なんだか楽しそうですね」
 噂をすればなんとやら。
 話を終えたエオリアがエース達の許へやってきた。
「おかし! つくるんでしょう? わたしにもおしえて!」
「ええ、もちろん。クロエが一緒に作るのでしたら、楽しくなりそうですね」
「オイラも! オイラもちょっとなら手伝うよ!」
「おや、珍しい。いつもは食べる専門なのに」
「だってチョコ溶かすの面白いもん」
「俺はお客さんにお茶を出したりして待ってるから、楽しんで作っておいで」
 キッチンへと向かう三人を見送って、エースはあらかじめ作っておいたクッキーと自家製のカモミールティーを提供することにした。


 四人が集まって話している同時刻。
 陳列棚を見ていたメシエは、赤い長い髪の姫人形を見て立ち止まった。
「…………」
 五千年近くも前に亡くした彼女。
 似ているわけではない。ただ、外見特徴が一致していただけ。
 なのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろう。
 ――彼女に似た人形を作ってもらえば、……。
 そんな考えは一瞬で振り払う。
 ――何を馬鹿な事。
 だけど、もしかしたらと思ってしまう。
 クロエの話をエースから聞いて、真っ先に思ったのが彼女のことだった。
 『ナラカを通せば、彼女の魂を戻せるのではないか』。
 その時は。
 ――彼女の心も、アレには渡さぬ。
 誰にも渡さない。
 ――蘇らせたいのだろうか。
 不可能ではない。クロエは今こうして笑っているのだ。メシエの想い人がそうできないという理由はない。
 だけれど、自分は本当にそうしたいのだろうか。
 ――わからぬ、な。
 考えても考えても、思考は回るだけ。


 見送られてから、キッチンに入る前。
「クロエ」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)に、クロエは呼びとめられた。
「スレヴィおにぃちゃん。きてたの?」
「さっきな。今暇か?」
「おにぃちゃんとちがってひまじゃないわ! これからおかしをつくるの!」
「一言余計だ。……まあいいや、じゃ、お菓子作りの後は?」
 エオリア達とのお菓子作りの後。クロエは首を傾げる。誰かと何か約束した覚えは、ない。
「とくにようじはないわよ」
「じゃ、待ってるから終わったらこのウサギと三人で出掛けよう。はい、これ約束の印」
 スレヴィがアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)を指差してから、クロエに薔薇の花を一輪押し付けた。
 何か返事をする前に、スレヴィはクロエから離れて行く。
「もー」
 断る理由もないから、かってね、と思いはしても嫌ではないけれど。


 スレヴィと話をしていたクロエもキッチンにやってきて、
「お菓子は材料をちゃんと計ってレシピ通りにすれば出来るんですよ」
 エオリアを中心に、お菓子作り開始。
 計量器の上にボウルを置いて、チョコや小麦粉、バターなど材料一つ一つを計っていく。
「はい、クマラ。やってみてください」
「え〜メンドーじゃん。大体でいーじゃん」
 砂糖の計量を任せたところそう言われたので。
「駄目です」
 にこやかに一刀両断。
「それじゃ美味しいお菓子は作れませんよ?」
「え〜……それもヤダ」
「じゃ、計ってくださいね。60gですよ」
 メモリを見て、計って。
 ぴったりの値で、止める。
「では作っていきましょうか」
「はいっ!」
「はいセンセー、オイラ一口チョコまで休憩します!」
「クマラ……作り始めたばかりですよ?」
「だってややこしそうなんだもん……オイラ味見要員ね! ね!」
 クマラとのやり取りを見て、くすくすとクロエが笑った。
「いいわよ、あじみよういんで! わたしたちでつくりましょ、エオリアおにぃちゃん!」
 促されて頷いた。レシピを見て、ひとつひとつ説明しながらクロエと共に作る。
 クッキーを作った後の一口チョコでは宣言通りクマラも参戦し、思い思いの形に成形していく。
「たのしー!」
「でも、むつかしーわ。ハートがたってうまくできないものなのね」
「慣れですね。何度も作っていたら、上手にできるようになりますよ」
「らいねんまでにはかんぺきになってみせるわ!」
 チョコにはナッツやアラザンをあしらって、急激に冷やさないように固めて。
「完成」
 ほぼ同時にクッキーも焼き上がった。教える傍らさくさくと作ってみたクッキー風のワッフルも焼けたようだ。
「お茶を淹れてもらいましょう。エースがカモミールティーを準備していると思いますから」
「みんなでたべるのね! おちゃかいね!」
 後片付けはきっちりとやって、いそいそとキッチンを出て行った。


「で、クロエっちはちゃんと本命チョコも作った?」
 クマラは隣でお茶を飲むクロエに尋ねる。
「? ほんめい?」
「一番好きな相手ってコト! 義理をいっぱい配るのも喜ぶ人が増えるからいいけど、本命にも突撃しなきゃ、ダヨ?
 で、本命、誰?」
 知りたい聞きたい、興味本位で訊いてみたところ、クロエは首を傾げて動かなくなった。
 数秒、数十秒、一分。
「……いないわね」
「……えー? 居ないの?」
「うん。わたし、いちばんすきなのはリンスだけど、きっとそういう『すき』じゃないもの。
 でも、そのつぎ、なんてえらべないし、みんなすきだわ。
 だから、わたしにほんめいさんはいないみない」
「ふーん、そっかぁ。クロエっちには本命いないのかー」
「いたほうがいいのかしら? でも、よくわからないの。ほんとうにみんなすきなの。わがままかしら」
「どうだろね? オイラもよくわかんない」
「いつか、わかるさ」
 それまで沈黙を守ってきたメシエが、静かに言った。
「好きも、恋も、愛も、いつかふっとわかる日がくる」
 その言葉と、目にあった優しい色は、
「メシエにも好きな人って居たの?」
「居たぞ。今はもう居ないがな」
 同時にとても悲しい寂しい色をしていて、知らない事実に驚くより先、こっちまで胸が痛んだ。


*...***...*


「……はぁ」
 疲れた様子で高務 野々(たかつかさ・のの)はため息を吐いた。
「何。元気ないね」
 通算七回目のため息で、リンスがつれた。女の子が物憂げにため息を吐いているのだからもっと早く反応してくれても良いだろうに。
「いえ……バレンタインは苦手なのですよ。甘いものがたくさんなので調子が狂ってかないません」
「ああそう。ご愁傷さま」
「……もう少し別な言葉はありませんかね?」
「お悔やみ申し上げます」
「いろいろ間違いすぎです。
 まあそれはいいとして、そういうわけで今日の私はとても充実しておりません。なのでリンスさん単体で爆発されるとよろしいかと存じます」
 なんだかちょっぴり、いつもよりホクホクした雰囲気だし。
 これは言える。リア充爆発しろと声を大にして言える。
「そんなにチョコレート好きなのですか」
「え、わかる?」
「わかりますよ。嬉しそうですからね」
 理解はできないが。どうしてあんなに甘いものが好きなんだ。
「そんなに嫌いなの? 甘いもの」
「ええ。気になります?」
「無意識に眉間に皺を作る程嫌いみたいだし、少しは」
 そこまで表情に出ていたとは。指先で眉間を抑え、軽くマッサージしながら考える。
 野々が甘いものを嫌う理由は単純明快である。
 単純明快すぎて、説明に悩んでしまう。
「言い辛いことなら聞かないけど」
「ああ、いえ。そういうわけではないのです。長くもないありきたりな話なので、どう脚色しようかと」
「そのまま話せばいいんじゃないの」
「うーん、なんだかこういう話をするときは、エンターテイナーさながらに面白おかしい話をするべきかと思いまして」
 けれど、そのために長時間待たせるのも問題である。
「まあ、初めて作ったお菓子でおなかを壊したんですよ。ありきたりな話でしょう? コメントに困るような」
「なるほど」
「ほら。コメントに困っているじゃないですか。
 あれは生焼けだったから消化不良を起こしただけなんだとわかっているのですが、……わかっているのですが、やはり食べられませんね。身体が拒絶しています。食べることを、ですが」
 そう、だから、作る分には問題ないのだ。
 言外に意味を含めた言葉。
 意を汲んでくれたかどうか、ちらり、リンスの表情を見る。変わっていない。いや普段から然程変わらないけれど。
「……作る分には、問題ないんですよ?」
「? うん」
「…………」
 ――ああもう!
 わかってない。絶対わかってない。
 味気ないを通り越して素っ気ない。いやいつものことだとはわかっているけど!
「もしかして作ってきた? とかあるでしょうに」
「え?」
「……あっ」
 思わず感じてしまったことが、声になっていたらしい。しかもしっかり聞きとられていたらしい。
 墓穴である。
「……なんだか負けた気分です」
「何に」
「はあ、ということで、チョコレートでーす」
「投げやりにもほどがある」
「味は保証しませんよ、本当に。料理と違って味見しませんからねー」
 言ってすぐに背を向けて、別のテーブルでお茶会をしていたクロエに歩み寄る。
「でも、クロエさんの方はきっと大丈夫です。愛の力で」
「わたしもののおねぇちゃん、すき!」
「ああ、その一言で今日の私は報われました」
 クロエの頭を撫でくり回してリンスが座る椅子の前に戻り、
「そういうわけでして、今日は帰りますね。家でのんびりしたいのです」
 では、と素っ気なく手を振って工房を出る。できるだけ早足で離れた。
 街が見えてきた辺りで、野々はようやく一息ついた。
 ――まったく。レイスさんめ、誘導されてくれないと恥ずかしいじゃないですか。
 もうちょっとすんなり渡せると思ったのに。
 上手く行かないものである。
 ――ほんとーに、もう。
 だから、今微笑んでいるのは、渡せたことによってほっとしたからであって。
 別にそれ以上の意味は何もないのだと。