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リアクション
場所は少しの間だけ、カリペロニアに移る。
朝野 未沙(あさの・みさ)は、カリペロニアの大総統の館で留守番中。
メイド服を纏って、館中を掃除し、具合の悪いところは修繕し、ほぼ一人で清潔な悪の館を整えた。
未沙とは別に、もう一人メイドとして働いていた朝霧 垂(あさぎり・しづり)。
彼女は館の地下を清掃中に、ティナ・ホフマン(てぃな・ほふまん)が開発した怪人製造機に巻き込まれ、現在『怪人・垂ぱんだ』となって、メイドとしては役に立たない状態だ。
「ヒマね〜……」
「ぱんだぁ〜……」
未沙は館の一階でテーブルに頬杖をつき、垂ぱんだこと垂は床に寝そべって垂れている。
「浮遊要塞、首尾よくいってるかなぁ」
「ぱんだー」
「浮遊要塞の土台っていうのがどんなのか分かんないけど、土台って言うからには色々整備を整えないといけないよね」
「ぱんだー」
「制御室に砲台に、プチ大総統の館も必要かなぁ。となると重機よね。あ、そーだ。浮遊要塞なんだから、白兵用にダークサイズイコンのプランもまとめなきゃ」
「ぱんだんだ」
「……ねえ、どうってことないんだけど、ぱんだの鳴き声って『ぱんだ』なの?」
「……ぱんだ」
垂は、はて、と首をひねる。
怪人垂ぱんだとなって、『ぱんだ』としか言葉を発せない垂。
そこへ地下からティナが、眠そうに頭をかきながら上がってくる。
「ねえ未沙、コーヒーくれない?」
「ティナさん、起きたの?」
「別に寝てたわけじゃないわ。そこの垂ぱんだに頼まれてたものをね」
ティナは寝食を問わず、怪人開発を続けていたようだ。
垂が垂ぱんだとなったことに、ティナの責任も0ではない。
垂がぱんだ語で
「ぱんだぱんだ、ぱんぱんだ(ペンギン部隊と双璧をなす、『パンダ部隊』を作りてーんだよ)」
と要請したのを受け、その作業が一段落したとのこと。
「実験程度だけど、その辺で捕まえた小動物を怪人化してみたわ」
ティナは、実験で作り上げたパンダ戦闘員を首根っこを掴んでひょいとつまみあげる。
パンダ戦闘員プロトタイプは、ウサギくらいのサイズで、彼女の手を離れるとトコトコ垂に近づいて、ぴしっと敬礼する。
「ぱ、ぱんだああああ!(き、きたああああ!)」
どうやら戦闘員を気に入ったようで、垂のテンションが一気に上がる。
「ぱんだっ! ぱんだぱぱんだ、ぱぱぱぱ〜ん!(かわいいぜ、文句なしだ! 科学の力で楽しい仲間が!)」
戦闘員を抱きしめたまま、ティナに叫ぶ垂。
「別にお礼なんていいのよ。わらわも楽しめたしね。知能は大したことないけど、わらわとそなたの言うことは聞くはずよ。あ、ダイソウトウの言うこと聞くように設定し忘れたわ……ま、いっか」
「ぱんだぱんぱん(ペンギン部隊に負けねえ、立派なパンダ部隊を作るぜ)」
「わかったわ。ここまで行けたら量産は楽なものよ」
「……よく言葉が分かるね……」
スムーズな二人の会話に、未沙が思わずつぶやく。
そこにスピーカーからアナウンスが流れる。
「ぴんぽんぱんぽ〜ん♪ カリペロニア放送局から、経過報告でございます〜」
夜薙 綾香(やなぎ・あやか)からの指示で、シャンバラと地球を駆け回り、物資調達をしていたフィレ・スティーク(ふぃれ・すてぃーく)。
綾香から、アルテミス対策のための道具をいよいよ転送したいとの連絡が入った。
「ただいまのダイソウご一行の、近況報告をいたしま〜す。かくかくしかじか。まるまるうまうま」
フィレの放送によって、未沙たちにもダイソウやアルテミスなどの様子が伝えられる。
「ええー! 逮捕されてるってどういうことよ!? もぉー。これじゃ当分時間かかりそうね……」
業を煮やした未沙は立ち上がり、この際ダークサイズ用イコンのプロトタイプを作ってしまおうと、暇つぶしを思い立つ。
連絡を終えたフィレはスタジオを出る。
綾香の指示で必要物資を整えたアンリ・マユ(あんり・まゆ)とアスト・ウィザートゥ(あすと・うぃざーとぅ)が、大きなバッグを脇に電波塔のふもとに到着している。
「それでは、行ってきますわ」
マユは長い髪をさらりとなびかせて、アストと共にフィレの見送りを受ける。
カリペロニアで帰還の出迎え準備があるフィレは、二人から少し離れて手を振る。
「いってらっしゃでございます」
『よいか? では召喚するぞ?』
アンリの携帯電話から綾香の声が届いた直後、彼女は『召喚』を発動させ、
……ヴンッ!!
一瞬にして、二人の姿はカリペロニアから消える。
「おお、来たか。ご苦労であったな」
アンリとアストの姿を見て、迎える綾香。
「あら、なかなか立派な神殿ですわね」
アンリは神殿の柱や天井を見渡す。
二人はどうやら、ペロポネソス山頂上の神殿へ召喚されたようだ。
山自体は大した大きさでないものの、その頂上に建てられた神殿は数百人は優に入れそうなものである。
綾香はフィレに頼んでおいた大きな釜をアンリから受け取り、神殿内の中央に設置しながら、
「さて、では打ち合わせ通り頼むぞ、二人とも。私は転送魔法陣の構築に取り掛かるのでな」
「わかりましたわ。さあ、アスト。行きますわよ。選定神アルテミスの元へ」
アンリは早速山を降りようとするところに、アストは綾香に確認する。
「夜薙綾香。この最先端ファッションや美容グッズ。本当にお金はもらわなくてよいのですな?」
「うむ。アルテミスは自らの美しさをさらに極めたいと望んでいるであろう。エリュシオンでは手に入らぬ美容グッズは、喉から手が出るほど欲しかろう」
「で、その対価は彼女の『魔力』ということでよろしいか?」
「うむ。浮遊要塞の土台を持ち帰るには私の転送魔法陣しかあるまい。大質量の物体を転送するには、魔力はいくらでも欲しいのだ。むしろ選定神ほどの膨大な魔力がなければ転送に失敗するかもしれんからの」
綾香は浮遊要塞獲得後のバックアップのための手を打っていたのだ。
(ダイソウトウのことだ。浮遊要塞の土台をどうやって持ち帰るかなど、どうせ考えてなどおるまい……)
さすがにダイソウの思考回路が読めるようになってきたダークサイズ幹部たち。
綾香はやれやれ、とため息交じりに魔法陣構築を始めるが、その動作はどこかウキウキしているようにも見える。
「では、行きましょうか、アスト」
「はい、アンリマユ」
と、二人が神殿を出ようとすると、そこに
ぺたぺたぺたぺた……
冷たい石畳を反響させて、大量のペンギン達が歩み寄ってくる。
その先頭は、ペンギン着ぐるみを纏った桐生 円(きりゅう・まどか)。
「アルテミスのとこに行くの? ボクも一緒に行くよ」
「えっと……」
謎のペンギンの集団に、少し戸惑うアンリとアスト。
円はかまわず、
「退屈だよ……せっかく頂上までのルート取りのためにやってきたのに。山は小さいしモンスターもいないし。すんなり来れちゃったよ。つまんないからボクが考えたアルテミス対策やっちゃうよ!」
と、思いのたけを半分独り言のように言いながら、持参したペンギン着ぐるみを強引にアンリとアストに着せる。
「ふふふ。あったかくて便利でかわいいでしょ。アルテミスの邸へゴー!」
円の先導で、彼女らはパルナソス山を下山していく。
一人で魔法陣構築の作業をしている綾香だが、そこにはエヴァルトも残っており、彼も円のペンギン着ぐるみを着せられている。
(特に何の変哲もない神殿だが……)
エヴァルトは神殿中央にある祭壇に置かれている、二つの機晶石を手に取る。
(こいつが人の精神を封じられる機晶石か……珍しいが、こんな無防備に置いといて大丈夫なのか?)
彼はダイダル卿の正気と記憶が封じられた機晶石を観察するが、特に変化も見られない。
その解放には、やはりダイダル卿本人がいなければならないようだ。
(ま、ダイダル卿の記憶が戻らなきゃ浮遊要塞も手に入らねえようだしな。ここでこいつを奪っても意味ないか)
「おい、そこのお主」
エヴァルトの背中から綾香が声をかける。
「何してるんだ?」
「浮遊要塞の土台を運ぶため、転送魔法陣の構築だ。どうせダイソウトウはそこまで頭は回っておらんだろうからのう」
(なるほど……浮遊要塞を横取りするなら、シャンバラに転送された後の方がよさそうだ)
エヴァルトはそう考えて、
「よし、俺も手伝うぜ」
「うむ。その手に持っておる機晶石をくれ」
「? 何に使うんだ」
綾香は機晶石を受け取ると、
どぼん……
不思議な液体が煮えたぎっている大釜に、それを放り込む。
「えっ! おい、何してんだよ!」
「少しでも魔力が必要なのだ。スズメの涙でも、役に立つであろう」
(え、ちょ、大丈夫なのかよ……)
ぐつぐつ音を立てる大釜に、手を突っ込むわけにもいかないエヴァルト。
(……な、何とかなるよ、な……?)
とにかく大丈夫だろうと自分に言い聞かせるエヴァルトであった。
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