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リアクション
選定神アルテミスの邸は、パルナソス山を背後にすることで、邸の防衛に加えさらに威容な視覚効果を見る者に与え、やはりただ者ではない雰囲気を醸し出す。
ダイソウの救出、浮遊要塞土台の獲得にはダイダル卿の救出も欠かせない。
そのためには選定神アルテミスの打倒もしくは懐柔が必要であると思われる。
謎に包まれたアルテミスの存在であるが、選定神であるだけに、やはり正面切って勝負に出るのは得策ではないと考える幹部たちは、すでに彼女の邸を訪ね、言葉を尽くして協力者に取り込もうと行動を始めている。
「話にならぬ。立ち去るがよい」
透き通っていながら、強い威圧感も兼ね備えたアルテミスの声が、邸に響き、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を打ちつける。
歩が『アルテミス』の街中で聞き込みをしてきた民衆の声を、ここでもう一度代弁する。
「あ、あの……アルテミスさんはどうして、キオネさんを……?」
ダイダル卿の娘、キオネ。
『アルテミス』でもきっての美しい娘との評判だったキオネだが、その美しさのためか傲慢な性格だったらしい彼女は、
『私はアルテミスより美しい』
との思い上がった心になってしまい、『不敬の罰』として殺められたと聞く。
「選定神って、大帝さまを選んで国民を守る立場の人だと思うの……あたし、キオネさんがあんなことになったのって、何か他に理由があったんじゃないかと思うの」
「……」
アルテミスは歩の言葉をかき消すように、豊かで長い黒髪をかき上げる。
「我は選定神アルテミス。我が心の内など、お主の知るところではない」
「でもねアルテミスさん。あなたはすごい綺麗だし、基本的に優しいって『アルテミス』の誰もが言ってるの」
アルテミスは切れ長の瞳を閉じて、フッと笑う。
「アルテミスさんは、美に関してだけは厳しすぎると思う。そんな簡単に人を、その、殺しちゃいけないと思うし……」
「……あの女はナラカに送ったにすぎぬ。その傲慢な心を改めれば、いずれまたパラミタ大陸へ上がってくることもあろう」
「でもお父さんまで……」
「ダイダル卿か……『アルテミス』に統治者は二人いらぬ」
「そんな! あの人にそんな野心なんてあるわけないよ」
「そのつもりがなくとも、『アルテミス』では我以外の者に心酔することは許されぬ。それが治めるということだ」
どうやら、キオネの死は、ダイダル卿が『アルテミス』で人気のある貴族だったのも遠因となっていたらしい。
「そ、それって……」
歩の拳が震える。
「権力のためにキオネさんを殺したってことっ!?」
「……お主らには分かるまい。民を守るのがどういうことなのかを。立ち去るがよい」
アルテミスは冷たい目で歩を見下ろす。
悔しそうにうつむく歩の肩を、後ろからポンポンとカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がたたく。
「どーもー、アルテミスさまぁ! お話を聞いててアレなんですけどもね」
カレンは、狙ってなのか天然なのか、重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばすように明るい口調で前に出る。
「例えば、キオネ嬢が自分の思い上がりを心から悔いていたら、ナラカから呼びもどしてあげるってことはできますかねえ?」
「叶わぬ。あの女が自分の不届きを思い直すとは思えぬな」
「それがですねぇ〜」
カレンはチッチッと人差し指を振り、
「彼女について気になる物を手に入れまして……」
アルテミスの興味を引くように持ってまわった言い方をし、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がビデオカメラのスイッチを入れる。
すると邸の白い壁に、ある映像が映し出される。
カレンとジュレールが撮影した、エリュシオンに至るまでのダークサイズ旅の記録。
そこには、優雅に馬車に乗るキャノンネネの姿が。
ネネとキオネは瓜二つらしく、やはりアルテミスも、
「キオネ……」
と反応する。
『アルテミスさま……私が悪うございました。不肖キオネはナラカにてこのように苦しみを抱き、罰を受けております……この世界で最も美しいのはアルテミスさま。ああ、それに比べて私など、道端のゴミ以下の存在……』
いささかやり過ぎなくらい、自分を卑下したキオネの言葉。
少しばかり悲しみをたたえて映像のキオネ(ネネ)を見ていたアルテミスだが、またしてもフフ、と笑う。
見ると、カメラで映像を流すジュレールの後ろに隠れて、カレンがキオネの台詞を生で吹き替えをしている。
「か、カレン。アルテミスにばれたようであるぞ」
ジュレールがアルテミスの様子を見て、カレンに囁く。
「ちょ、しゃべりかけないでよ。声がマイクに乗っちゃうでしょ」
「しかしアルテミスがちらちらこちらを見ておる」
「聞こえておるぞ……」
すでに二人の会話がマイクに乗っていたようで、ひそひそ話はアルテミスに筒抜けである。
さすがに選定神を怒らせるとまずいと思ったカレンとジュレールは、
「えーっとですね。ごめんなさい! 今の声はウソ。でも映像はキオネに間違いないでしょ?」
「そうじゃ。音声は録れなんだが、わざわざナラカへ乗り込んで、キオネの様子を撮影してきたのだぞ」
と、半分本当、半分嘘の弁明。
「だめよ。そんなんじゃあ、話が進まないわ。私に任せて」
今度は宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が進み出て、腰を折ってアルテミスに礼をする。
「宇都宮祥子と申します。実は先ほどのは余興。私たちの本当の目的は、シャンバラにもその名が轟く、あなたさまの美の秘密を学ぶためでございます」
「これはまた、妙なことを言いだす者じゃ……美しさなど自分で磨けばよかろう」
選定神とはいえ、アルテミスも人間の感情を持ち合わせている。持ち上げられて悪い気はしない。
祥子は、
(いけるっ)
と目を光らせ、結論から言う。
「弟子にしてください!」
「……ほう」
「アルテミスさまのお力で、私を美を司る神にしていただけないでしょうか。あなたの教えをシャンバラへ持ち帰り、正しい美のあり方を説きたいのです。ていうか、私もっと綺麗になりたいのです」
少し本音を交えることで、祥子は言葉に説得力を込める。
「あなたの美しさの前では、キオネごとき人間の娘などひれ伏して当然。愚かなキオネは上の下くらいで思い上がってしまいました。その罰は当然でございます。そして先ほどご覧のとおり、ナラカで反省の日々を送っている……あなたがキオネをお許しになった暁には、アルテミスさまを超えたなどという思い上がりの根性を、一から叩きなおしてやる所存です」
(ふう。アルテミスがこれに乗ってくれれば、ダイソウトウ救出の邪魔にはならないはず。救出チームが段取り良く動いてくれればいいけど)
祥子の作戦は、アルテミスから美容の技術を学ぶついでに邸に縛りつけるのが目的である。
アルテミスは試すように祥子に問う。
「我の美など学んで何とする? 我が美しさは選定神としての膨大な魔力の副産物。お主に教えたところで身になるとは限らぬぞ」
「私だって女ですもの! 少しでも可能性があるならがんばりたい! ねえ」
祥子はどうせなら弟子は多い方がよかろうと、カレンとジュレール、歩にもふる。
「あー、うん、そうだね」
「我は機晶姫だが、関係あるかのう……」
まだ子供っぽさの抜けないカレン、機晶姫のジュレールは、
「まあ、教われるなら教わっておこうか」
程度で、歩も先ほどの話を引きずって、微妙な顔をしている。
「しかし……我にはどんな得があるのだ? 美しさを学びたいなら、それ相応の何かが欲しいのう」
選定神であり『アルテミス』の支配者である彼女は、不自由などあるはずもない。
求めるものがあるとすれば、強者である代わりに強いられる運命『退屈』をしのぐための『刺激』だろうか。
だからこそ権力者というのは、興味半分に歩、カレン、祥子のような話に付き合ってしまうものである。
それまで黙って話を聞いていたジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)がようやく立ち上がる。
「ふっ……女が美を求めるのに、理由は一つしかねえだろ」
ジャジラッドの不敵な言葉に、ほんの少し神経を逆なでされたのか、
「ほう、貴様ごとき無骨な者に、女の心の機微が分かると言うのか?」
「オレはこんなナリだが、おまえさんの魔力が容姿に反映される理由なんか、ちょっと観察してりゃあすぐ分かる」
「その無礼な振る舞い、それなりの覚悟があってのことであろうな?」
ジャジラッドが話に入ってくることで、俄然雰囲気が重くなるアルテミス邸。
彼はそんな空気はお構いなしに、
「ズバリ! 恋、だな! 女が化粧やらファッションやらやりたがるのは、男の気を引くこと以外にねえ。おまえさん、恋に恋するタイプだろう! キオネをナラカ送りにしたのも、町一番の美人程度で男にもてやがって羨ましい! 神だからって敬遠しないで、ワタシにも声かけてくれたっていいじゃない! そんな気分があったに違いねえぜ」
「ないないないない!」
アルテミスより先に、祥子たちが否定に入る。
「それはないでしょ! 相手は選定神よ!?」
「神だろうがなんだろうが、もててえに決まってんだろ」
「つーか、そんなこと言って怒らせたらどうすんのよ!」
「まあ当然、そんじょそこらのイケメン程度じゃ、神のプライドが許さねえのは当然だ。神が人間を愛するなら、その対極、悪の大物を射止めるのがちょうどいいぜ」
「悪の大物って、あんたまさかダイソ……」
「ちょうどいい男を紹介してやるぜっ」
ジャジラッドはポケットからダイソウの写真を取り出し、アルテミスに投げ渡す。
受け取ったアルテミスは、ジャジラッドの態度にかなり不機嫌になりつつも、写真を一瞥する。
「ふん、我がそんな下賤な感情にかられるなど……そんなこと、あるわけが…………なかろう///」
「て、照れたぁー!!」
「あ、アルテミスさま、ちょ、何ですかそのまんざらでもない感じ!」
驚く祥子たちを尻目に、目算が当たったジャジラッドはニヤリとしてもう一歩前に出る。
「大当たりだぜ。あんたみたいなタイプは、こういう中年がストライクだって相場が決まってらあ」
「な、何を言うか無礼者! 我がこの程度の男など……ちょっといいなと思っただけで別にそれほど……」
「いいなって思ったのかよ」
選定神らしからぬ取り乱し方で立ち上がるアルテミス。
彼らがそんなやりとりに夢中になる中、光学明細で姿を隠した円と、それに間借りして忍び込むパラケルスス。
「おお〜。噂通りの、いやそれ以上の美人さんじゃねえか。こいつは俺がいただいときたいぜ……」
パラケルススは、アルテミスの手元にあるグラスに先ほどの『プシュケの灯火』を垂らす。
その直後、喉の渇いたアルテミスがそれを飲む。
(今だ!)
パラケルススは円から手を離し、アルテミスの前に姿を見せる。
「さあ来い、マイハニー! 惚れ薬を飲んだおまえの心は、一目見た俺の虜に……」
「どけいっ!」
どがっ!
「うぎゃー!」
アルテミスの裏拳で吹き飛ぶパラケルスス。
「な、なんで……惚れ薬じゃねえのかよ……」
パラケルススが震える手で説明書きの紙を広げる。
その効能にはこう書かれてある。
プシュケの灯火
愛の神エロスと人間の娘プシュケが恋に落ちた神話になぞらえた希少な逸品。飲んだ人のちょっとした恋心を、盲目なまでに増幅させます。『ちょっといいな』と思っても行動に出る勇気が湧かないあなたに。
※これは感情増幅薬であり、惚れ薬ではありません。興味のない人を好きになりませんので、ご注意を
「なにいー!」
肝心な注意事項を見落としていたパラケルスス。
(ちくしょー……ちょっとトークしてから使うべきだった、ぜ……)
彼はダメージと落胆で、がっくりと倒れ込む。
そんなパラケルススの行動など知らない円は、独自のアルテミス対策を実行に移す。
(ドSさんは責められると弱いんだ。どこの世界でもそれは変わらないとボクは学んだよ。アルテミスさんをこちょこちょしたら、きっと弱みを見せるに違いないね)
本来のアルテミスなら、姿を消した円に気づかぬはずはない。
しかし薬の力で浮足立って、隙だらけのアルテミス。
円は早速彼女を責め始める。
(まずは背中に指でツーッだよ)
「はうっ!」
(うふふふ。良い反応。耳に息をふーっ)
「ひゃあぅっ」
(お腹のお肉をむにむに……余計なお肉がない。うらやましい……)
と、円にもてあそばれて体が硬直するアルテミス。
本来のアルテミスなら、円のいたずらに当然『曲者!』と反応するはず。
しかし薬の力で脳内を支配され、円の責めを勘違いするアルテミス。
「今、我に天の啓示があった……」
「?」
カレンたちから見ると、ダイソウの写真を持って一人遊びをしているようにしか見えないアルテミス。
「我が身体の芯を電流が走り、天使が耳元で囁いたのだ! 『彼こそ運命の人である』と!」
はた目から見ると、ダイソウの写真を見てあっという間に恋に落ちたように見え、祥子がジャジラッドを肘でつつく。
「ちょっと……何か余計なことしちゃったんじゃない?」
「いや……まさかこんなにハマるとは思ってなかったもんだからよ」
「会いに行かねばっ! 男、我をこの方の元へ案内いたせ!」
すっかり止まらなくなったアルテミスは、すぐさま邸を出ようとする。
「お待ちなさい!」
そこへ扉を開けて、アンリに憑依して彼女の肉体を操作するアストが入ってくる。
アンリ(アスト)は、持参したバッグを正面に突き出し、
「いかにその美しさ、アルテミスに敵うものなしと言えど、何の手入れもせずに想い人の元へ走るというのでございますか?」
「どういう意味じゃ」
「単刀直入に申し上げましょう。『オシャレしたら男はきゅんきゅんしちゃうよ!』ということです」
「なるほど。その通りじゃ」
アストの言葉にすっかりいいなりのアルテミス。
アストはバッグの中身を広げ、シャンバラはもとよりザナドゥ、ナラカからも集めたアクセサリー、美容品、ワンピースからネコ耳ファッションやらを取り出し、アルテミスにあてがう。
「重要なのは『あなたのために普段着ない服を用意したのよ』と思わせることでございますわ」
「なるほど、そういうものなのか」
「すっぴんの美しさにあぐらをかいてはなりません。その上にひと手間かけることが大切なのです」
「うむ」
「あ、ちなみにお金はいりません。あなたの魔力を少々分けていただきます」
「うむ、え? 魔力だと?」
「あなたのようなタイプですと、意外性を突いてカジュアルファッションもギャップ萌えです」
「うーむ」
代償をさらりと流すことで、半分だますように交渉を成立させ、アストはアルテミスに次々アイテムを渡していく。
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