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リアクション
ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)は動けない。
椿 椎名(つばき・しいな)がネルガルに仕官するため、そのための人質となり、そして石化させられた。ソーマは石像となった。
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
刻が止まる、それが石化。でももし今の状況が見えていたなら知っていたならば―――
『急いで、椎名! 何だか周りが騒がしいんだ。
急いで、アイン! どんどん集まってるみたいなんだ、蠢いてるみたいなんだ。
急いで、ナギ! もうダメ、がまん出来ない…… お腹すいたよ……。
う〜、う〜、ボクの好きな食べ物、ちゃんと用意しておいてくれなきゃ嫌だからねっ。』
刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
だから今のはどれも全てがただの単なる妄想。
願おうにも叶わない。石像は刻が止まっているのだから。
「どうぞ」
ナギ・ラザフォード(なぎ・らざふぉーど)が神官兵を呼び止めた。差し出したのはコーヒーカップだった。
「緊張状態が長く続くことはお世辞にも体に良いとは言えません。解してみては如何でしょう」
差し出された兵士たちは「そんな事をしている場合ではない!」と駆け去ろうとした。
マルドゥークの居城内は大いに騒がしくなっていた。
『何者かが侵入しているという事も考えられます。私がもし侵入者と遭遇するような事になれば…… みなさんには永遠に眠っていただく事になりますわね』
アバドンの笑顔が兵士たちを震え上がらせた。
彼女の身を守ること、というよりは彼女が侵入者と遭遇しないように見張らねばならない。迅速な捜索、そして侵入者を発見した時は速やかに排除する必要がある。自らの身を守るために兵士たちは尋常じゃない殺気を目に宿していた。
「このコーヒーには、一時的ではありますがにアドレナリンを爆発的に増幅させるという効果もあります。頭は冷静に、体は強靱に。言うなれば、そのような理想の状態で侵入者の捜索を行うことができるというわけです」
去ろうとしていた兵、そして後方から駆け過ぎようとしていた兵までもが立ち止まり、ナギのコーヒーを急ぎせがんだ。
「落ち着いて下さい。どうぞ、みなさんご一緒に」
僅かにタイミングはズレたが、それも想定の範囲内。飲み終えて駆けだした、一歩二歩三歩とその辺りで誰もがヨロケて、そして倒れた。
最後の一人、4人目の兵士が倒れたのを確認して椿 椎名(つばき・しいな)が姿を見せた。
「お見事。楽勝だったな」
「いえいえそんな。内心はヒヤヒヤしていました」
「それが顔に出ねぇから凄ぇよ」
笑んだのは本心、しかし椎名はすぐに口元を絞めた。
「さて、さっさと探そうぜ」
「えぇ。きっと寂しがっているでしょうからね」
ネルガル側の内情を探るために仕官した、人質として石化させられたのはソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)である。石像はキシュの神殿に保管されているのだろうが、神殿内は椎名たちでさえ自由に歩き回ることは許されなかった。
石像の在処を探るにはネルガルに最も近い神官であるアバドンに接触するのが最も早いと考え、この城にまでついてきた。
騒ぎに乗じて居城内を徹底的に探ってやろうと思ったのだが、
「「なっ!! キサマ等、そこで何をしている!!」」
通路の先で神官兵が叫んでいた。全く、こういう奴が居るから面倒なんだ…… こっちは静かに速やかに捜索がしたいだけなのに。
今頃になって慌てて城内を駆け回っていたんだろうけど…… 何で単独行動してるかなぁ。
「さぁて、どうするか。ナギ、も一回演技するか?」
「それは構いませんが、あまり騒がれるのも……」
「あぁそうか、それじゃあ」
「「武器を捨てろ!! 両手を上げるんだ!! 早くし―――」」
突然、神官兵が目を見開き、そして倒れた。代わりに姿が見えたのは2人のパートナーである椿 アイン(つばき・あいん)だった。
「ナ〜イス、アイン」
「気絶させるだけにしたけど。一応、ね」
アインは手の中の『水中銃』を倒れた神官兵に向けると、右の肩を撃ち抜いた。ダメ押しでもう一度殴っていた…… 鬼だ。
「次からはすぐに撃つ」
「頼もしいねえ」
5人もの神官兵が廊下でノビていては流石に目立つ。最も近い部屋のテーブルの下に運び、テーブルには床まで届くほどのクロスをかけてこれを隠した。
隠蔽はこれくらいにして。目的は探すことなんだから。
城内に居ると信じて。
3人は石像となったソーマの捜索を開始した。
「ねえ!」
愛馬『エネフ(ペガサス)』の背からフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)がジバルラに呼びかけていた。
「ねえってば!! 本当に合ってるの?!! この道で」
「ああ?! 道だぁ? 空に道なんざ無ぇだろうが! なにを馬鹿なこと言ってやがる」
「そういうこと言ってんじゃないわよ!! こっちの方角で合ってるのかって言ってるの!!」
「あの…… フリューネ…… 落ち着いて」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)が彼女のペガサスに並び飛び、そしてジバルラに言った。
「フリューネは…… その、マルドゥークの城は南にあるはずなのに…… 私たちは南東、それも東寄りに向いているみたいだから…… その……」
「そりゃそうだろ、東に向かってんだからな」
「東? …………どうして?」
「ネルガルの野郎はキシュから居城までの直線最短路を行ったはずだ、増援を呼ぶなら同じルートを使わせる。だからまずは俺たちもその路に入る」
「空に道は無いんじゃなかった?!!」
「あ゛あ゛?!! 何か言ったか女ぁ!!!」
「また…… 2人とも…… 落ち着いて」
ネルガルが進軍に使ったであろう路に入る。増援が居るならそれを叩き、そうでないなら後方からネルガル軍を叩く。これが叶えば逆に奴らを挟撃する事ができる。
「ねぇ、ジバルラ。あなたの相棒、平気なの?」
ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がジバルラに問いた。
「随分と気の抜けた顔してるけど」
「へぇ。ま、ただ飛んでるだけだからな、暇なんだろ」
「暇って……」
そういえば人の言葉を理解できるのかも曖昧だったわね。話すことは完全にできないみたいだし。はぁ。
「ねぇ、ジバルラ。本当に戦えるの?」
「あ? 何がだ」
ネルガルが戦場に出ている事を聞いてネルガルを討つチャンスだと飛び出してきた、けれど。
「正直に言って。今回は敵の数も多いみたいだし、敵味方の分別無く暴れられるのは正直困るの。もし戦えないなら、あたしたちだけでも―――」
「馬鹿言うな。ネルガルは俺が殺す、何があってもな」
はぁ。
だからそういうこと言ってんじゃないっての。フリューネが吐いたため息にフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が寄り添った。
「大丈夫。アイツも気持ちは同じはずだ」
「そう? だと良いけど」
相棒と良い関係を築く難しさはフェイミィにも痛いほど理解できた。それが上手く行かない時のもどかしさも怒りでさえも。焦った所で何も変わりはしない。
「今の状態で挑むしかねぇんだ、信じようぜ。あいつの怒りをよ―――ん?」
「…………? 何?」
顔を上げたままフェイミィは先の砂地を見つめていた。そうして次第に彼女の瞳が大きく見開いてゆき―――
「フリューネ、あれ! リネンっ!!!」
叫んで呼んで、慌ててフェイミィは降下してそれに駆け寄った。
「おい! しっかりしろ!! おい!!!」
―――血にまみれている―――
「うっ……」
―――服もボロボロで―――
横たわるは伏見 明子(ふしみ・めいこ)、彼女は確か一足先にマルドゥークの元へ向かったはずだ、それがなぜ―――
―――右足が逆に折れ曲がっている―――恐らく肩も外れている―――
「どうした、何があった!!」
見れば倒れているのは彼女だけではない。 レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)は胸部が大破しており、氷室 カイ(ひむろ・かい)とサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)は服もボロボロに転がり倒れている。
「……………………」
砕け折れたのだろう。ジバルラは左腕部をそっと拾い上げると、横たわるレオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)の脇に置いた。機晶姫である彼女の体はどこもかしこも削ったかのように面取られていた。
「…… ネルガルが…… 大軍を率…… いて……」
「もういい、喋るな」
強く低くレオナを制すると、ジバルラは「加夜っ!!」と火村 加夜(ひむら・かや)の名を呼んだ。
「治療を頼む」
「………… はいっ!!」
名前を呼ばれた事にも驚いたが、何より彼が他の生徒たちと同じ顔をしていた事が何よりの驚きだった。
「……………… ネルガルの野郎」
食いしばる歯も少ない言葉も。沸いてくる怒りはどうにも抑えきれなかった。
「絶対ぇに許さねぇ!!! 行くぞ!!!」
ジバルラの声に、自然に「おぉ!!!」という怒号が生徒たちの中から揃って上がった。
モニカ・レントン(もにか・れんとん)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の2人も加夜と同じく治癒魔法を施す事ができるという理由でこの場に残る事となった、それでも想いは一つ、抱いた怒りはみなと同じだった。
配分などは皆目忘れて、一行は再びに戦場を目指して飛び立った。
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