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リアクション
マルドゥーク軍、居城奪還組。兵数は100人、生徒は雑多。その数でまずは目の前の『泳砂部隊』を蹴散らさなければならない。
先頭、前衛を務めるハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は『応援旗』を片手に地平を見つめた。
「着々とだねぇ」
地平の先より沸いて出た『砂鯱』と『サンドドルフィン』は、みるみるうちに数が増えてゆき、その数およそ100体弱。
全く何体飼い慣らしているのかねぇと思いたくなる程の数だったが、こちらとて何もせずに正面から当たるなんて野暮な事はしない。
チームのリーダークレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)の作戦に従い、ハインリヒは兵を率いて陣を組ませた。
味方100名のうち70名を馬から下ろし、長槍を装させて前面に並べて配備、「槍ぶすま」をまずは形成する。
残りの30名は70名の前に配置する。こちらは騎乗部隊とするが機動力は攻撃には生かさない。役割の一つは敵の目から陣型を覆い隠すこと。そしてもう一つの役割は―――
「さぁて、どんな反応が見られるのかな」
足並みを揃えてこちらも前進、あくまで待ち構えるスタンスを取るため歩みは遅いが、それで良い。この策はタイミングが全てだからだ。
見れば敵も列を成して向かい来ていた。先陣は10体の『砂鯱』が2列になって直線に。列の幅はこちらよりも広くはない。
「好都合。今だ!!!」
ハインリヒの合図で騎乗部隊が一斉に左右に向かって駆け出した。
敵さんから見たら急に長槍を持った兵の壁が現れて、自分たちに向かって突進してくる、といった映像だろうか。自分たちも加速しているために急に止まったり旋回したりは出来ない。
構え待ちながらにして奇襲を仕掛ける。ここまでハマればあとは前衛が前進して先手を取るのみ、チームの策は成功した、かに思えた。
「あれ?」
『小型飛空艇ヘリファルテ』にて空からの奇襲を狙っていたゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が異変に気付いた。
――兵が進んでない…………
最前列の20名の兵士たちは、どうにか5体もの『砂鯱』の突進を止め、地に伏せていた。しかしその先が一向に進めていない、チームの策では列を成したまま前進することになっていたはずだ。
「もたついてる?」
「フリンガー、まずいですぞ」
「幻舟」
天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)がフリンガーに飛び寄りた。
「砂に足を取られておる」
「砂?」
砂はこれまでもあった、足を取られる事も想定済みだ。しかし前衛が進んだ先の地は、これまで以上に砂が深いようで、兵士たちは沼にはまりこんだように混乱していた。
「くっ、やはり……」
前衛の兵士たちに数体の『砂鯱』が迫っていた。
「私が」
と言って綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)が『小型飛空艇ヘリファルテ』を滑空させ向かった。しかし『砂鯱』は兵士たちの鼻の先にまで距離を詰めていて、その巨大な口を開け迫っている。
――お願い! 間に合って!!
決死に放った『雷術』は『砂鯱』の口が閉じ始めるより前にどうにか届いて動きを止めた。予め『ギャザリングヘクス』で魔力を強化していたおかげで射程距離が延びたのかもしれないし、それ以外の要因があったのかもしれない。
兎に角に間に合った、しかし別の『砂鯱』がここにすでに迫り来ている。麗夢はこれに『氷術』を放つべく掌をかざした。
『砂鯱』を相手にどの属性の魔法が効果的かを試し探る麗夢とは違い、幻舟は『砂鯱』を相手にするのではなく、騎乗している兵士を狙っていた。
ヴァルキリーである自身の翼で空をゆき、『バーストダッシュ』で急降下を更に加速させて急襲していったのだ。
『砂鯱』や騎乗する兵士たちが倒れる様を目の前で見たおかげだろう、次第に前衛の兵士たちは冷静さを取り戻していった。万事解決とはいかないが、これでようやくフラットな状態にまで戻すことができた。
兵士たちに組ませた「槍ぶすま」の陣型に弱点があるとすれば隊列の左右。そこに回り込まれては、突破されるだけでなく囲い込まれる恐れもある。
「戦における勝敗の行方は、その殆どが戦う前に決している。という言葉もあるそうですわ」
クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)は颯爽と『小型飛空艇』を乗り操っているとは思えないほどに丁寧な口調で、
「陣を敷いて仕掛けるという事は、その弱点に対する対策も行っているという事なのですよ」
と続けた。
隊列の右方に回り込もうとする「悪いシャチ」をクリストバルは空から迎撃した。
さてもう一方の弱点はと言えば―――
「何が一体どこが弱点なのよッ!」
小柄な体躯で『軍用バイク』を乗り回す。天津 亜衣(あまつ・あい)が既に左方に待機していた。
「ここはあたしが目をつけた場所なのよ! 弱点だなんて言わせないわ!」
砂に完全に沈むまで、沈んでしまったなら乗り捨てる、そうして『ライトニングランス』で「面倒なシャチ」を薙いで防いだ。
陣型の弱点、左右からの変則襲撃が失敗に終わったなら次はどう攻めてくるか。『泳砂部隊』の選択はベタ。テクニカルがダメなら…… そう『力技』だった。
『砂鯱』よりも小振りだが跳躍力のある『サンドドルフィン』が強引に中央部に突進してきた。前衛と衝突する直前に大きく跳び、ダイナミックな跳躍によって突破を図ったのだ。
美しい弧を描き跳躍する『サンドドルフィン』に真っ向から向かっていったのは相沢 洋(あいざわ・ひろし)の『サンタのトナカイ』だった。
「みと! 今であります!」
「はい、ですわ」
洋の背に両太股をあずけて乃木坂 みと(のぎさか・みと)はトナカイの上で背筋を伸ばした。
――半端な攻撃では衝突してしまいますわ。
みとは『サンドドルフィン』の脳天めがけて『サンダーブラスト』を全力で放ち、そしてこれを見事に墜とした。
「みと! 二時と十時!」
「はい、ははい、ですわ」
右方に『火術』、続けて左方にも『火術』を放つ。同じタイミングで攻め来てくれるなら『ファイアストーム』などの範囲攻撃で打尽にできるが、敵は時間差をつけて跳び込んでくる。
「はい、ははい、はははい、はいはいははは……」
『火術』に『雷術』『氷術』を次々に放ってゆき、イルカのダイブを打ち落としていった。それでもイルカたちの捨て身は終わらなかった。
「洋さま!」
「了解! 交代であります!」
魔力の消費が激しい。枯渇してしまう前に洋に迎撃の役を代わってもらった。
洋の『セフィロトボウ』が『サンドドルフィン』の脳天を撃ち揺らしてゆく。兵士たちも数人がかりで槍を突くことでどうにか「悪いイルカ」のダイブを止める事が出来ていた。
――中央部は大丈夫そうですわね。
三田 麗子(みた・れいこ)は翼を羽ばたかせて上空へ昇ると、改めて戦場に瞳を向けた。注視したのは『砂を泳ぐ』鯱とイルカ。
見れば見るほど「泳いでいる」、海面をかくように見事に砂をかいている。体の6割が砂に埋もれているというのに難もなく自在に砂の中を泳いでいた。
――埋もれているのに……?
反芻してみて麗子は違和感の正体に気付いた。なるほど、やはり『砂が厚い』のだ。
「麗子」
島本 優子(しまもと・ゆうこ)の声がした。見上げた先に『小型飛空艇オイレ』とそこから身を乗り出す彼女の姿が見えた。
「優子。空の様子はいかがです?」
「今のところは問題ないわ。油断は出来ないけど」
優子は地上の戦いには加わらず、敵の飛行戦力への警戒にあたっていた。
高度を上げれば地平の先にマルドゥークの居城が見えてくる。その居城から『ワイバーン』などが飛来する様は現時点までは見られなかった。
「向こうは派手にやってるみたいだけどね」
振り向いた先、北の空。こちらはマルドゥークの本隊とネルガル軍が衝突している。本隊が劣勢になれば敵の飛行戦力がこちらに雪崩れてくる事も考えられる。優子は北と南の空中戦力図を的確に読みとるべく瞳を凝らしていた。
「そっちは? 何かあった?」
「えぇ、面白いことが分かりましたわ」
「面白いこと?」
「はい。実はこの一帯は砂が深いんですの」
「砂が…… 深い?」
麗子は北から南までの大地を示して説いた。地表の高さは変わっていないのに、この辺りだけは『砂鯱』の体が半分近く砂に隠れてしまうという。
確かについ先ほども槍ぶすまの陣型をとった兵士たちが進軍した途端に砂に足を取られていた。急に砂が深い所が現れた…… いや、砂が深い地帯に『こちらから踏み込んでしまった』という事だろう。
「でも別に誘い込まれたわけじゃないし」
「予め居城の周囲を砂の海にしておく事くらい、ネルガルなら容易にできますわ」
確かに西カナンの多極点に砂を降らせる事に比べれば居城の周囲に大量の砂を降らせるなんて事は簡単に行えるのかもしれない。
「え? って事は、城までずっと砂の海って事?!!」
「おそらくは……」
2人はクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)の元へと戻り、これらの事を報告した。
「なるほど、それは厄介だ」
ジーベックは彼女たちの報告に頷くと共に、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)へと目を向けた。
「だそうだ」
「了解しました。やはり空を行くしかありませんね」
『泳砂部隊』の注意が目の前の戦場に向いている隙に、居城へ回り込んで侵入する。小次郎を始めとした生徒たちが居城奪還へ向けて静かに発った。
「ジーベック、あの……」
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が青い瞳を瞬かせながらに見上げていた。
「どうした?」
「あ、いや、その。ちょっと相談、というか……」
「何だ、言ってみろ」
「ぅん。あの、落下されたのだろうと思うのですが、乗り手の方が見当たらない砂鯱やサンドドルフィンも戦場には居るようで。そうした鯱やイルカには『適者生存』で戦場から出るように指示しようと思うのですが」
「なるほど、それは良い」
「はい。ただ、誘導する場所はどこにすれば良いかと思いまして。皆さまの邪魔になってしまっては元も子もありませんし」
「場所…… いや方角か」
居城奪還組は進路を東に取っているはずだ。となれば―――
「わかりました。行ってまいります」
「あぁ、頼む」
ヴァルナが翼を広げて空に駆けた。飛び行く彼女の背にジーベックはもう一度「頼んだぞ」と呟いた。
彼女だけにではない、その思いは『泳砂部隊』と戦う全ての生徒と兵たちにも同じだった。この戦線が破られればマルドゥークの本隊は挟撃に遭ってしまう、それだけは何としても避けなければ。
『砂鯱』が45体、『サンドドルフィン』が20体、神官兵が60名。
もちろんこれらの数をジーベックたちが正確に把握できているわけではない。しかも彼らの兵士は5人がかりでようやく『砂鯱』一体と戦えるという戦力。
戦況は、明らかな劣勢だった。
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