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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第3回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第3回/全3回)

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「ぐっ痛ぅ!!」
「まだですよ、じっとしていて下さい」
 ジバルラの額に手を当てて火村 加夜(ひむら・かや)は起き上がろうとする彼を制した。
 鳴神 裁(なるかみ・さい)清泉 北都(いずみ・ほくと)の両名とそのパートナーたちを相手に、新たなパートナーである竜を躾るべく戦いが繰り広げられ、そして彼は負傷した。
 振り落とされた後に踏みつけられたようだ。全身に受けた衝撃は一時彼の意識を失わせたが、今はそれもはっきりとしている。しかしダメージだけは加夜が『歴戦の回復術』と『ナーシング』を駆使して治療を行っているが、完治にはあと少しばかりかかりそうである。
「ねぇねぇ、オジさんはヒゲのおっちゃんのこと嫌いなの?」
 ビビ・タムル(びび・たむる)が彼の隣に着地して訊いた。何と身軽な事か、大きく回転して着地したというのに殆どに砂埃は舞い上がらなかった。
「ヒゲのおっちゃんってのは誰の事だ?」
「トボケるなよ―、知ってるだろ―、マルドゥークのおっちゃん」
「お前こそ、知ってんなら名前で言いやがれ」
「良いだろ別に―。で? どうなの? 嫌いなの?」
「………………嫌いだね」
「えー嫌いなの―? それは困ったな―」
「何でオマエが困るんだよ」
「でもさ―ヒゲのおっちゃんの部下だったんだよねぇ?」
「部下は上司が嫌いなんだよ。常識だろ」
 ハァ。
 フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)が、大きなため息をついた。会話を聞く限り、ジバルラマルドゥークの居城奪還に加わるつもりはない、これでは一体何の為に彼に協力してきたのか分かったものではない。
「随分と偏った考えを持っているようだな」
 樹月 刀真(きづき・とうま)フリューネに言った。『部下は上司が嫌い』と言ったジバルラの言葉に対して言ったものだが、これにはフリューネも同じに思ったようで。
「まったくよ、一体どこの常識なんだか」
「まぁ、ザルバと幼なじみだという事を考えれば、彼がマルドゥークを嫌うのも分かる気はするが」
「どういうこと?」
「少なからず好意をよせている女性が、あれほど歳の離れた男性と…… しかも相手はこの国の領主だ」
「なるほど。意気地なしの展開ね」
 意地っ張りの果てという事もあるのだろうが、どちらにせよ、そんな事で領主の出兵に参加しないなんて許されるはずがない。やはりここは強引にでも引き連れて―――
「でも、彼が君の呼びかけに応じない本当の理由は」
「本当の理由?」
「あぁ」
 刀真は彼の新たな相棒となった竜を指さして言った。
「竜の躾が完全ではないから、だろうな」
 主が寝そべって治療を受けているというのに八時の空を見つめている。不定期に起こす足踏みは彼を急かしているかのようにも見える。
「不完全な状態で戦場に出ても、戦力になる所か迷惑にしかならない。彼は良く分かっているんだろう。ただ、彼がどの段階を良しとするかでこの特訓の終わりが変わってくる」
「この短期間で一心同体に何てなれるとは思えないけど」
「それは…… 彼の腕次第だろうな」
 ハァ。
 今度の大きなため息は水上 光(みなかみ・ひかる)のものだった。
「そうだとしても…… まだまだかかりそうだよねぇ」
 は携帯を取り出して指先を滑らせた。コールする相手はルカルカ・ルー(るかるか・るー)、彼女はマルドゥークの挙兵に加わり居城奪還を目指しているはずだ。
 進軍の状況を聞こうと思ったのだが、聞けたのはどうにも笑えない内容だった。
「ネルガルの大軍が迫ってる?!!」
 の声に、場の誰もが目を向けた。居城からも敵が討って出てきて、軍は今まさに挟撃の危機に瀕している、彼女が目視できる距離には1,000人にものぼるネルガルの軍勢が迫っているという。
「ジバルラさん!!」
 モニカ・レントン(もにか・れんとん)がいち早く彼に詰め寄った。
「あの方を助けに向かってくださいまし! 今こそ、今こそあなた様のお力を必要とされる時です」
「んな事はどうだって良い」
「そんな! このままではマルドゥーク様が…… 誤解も解けずに永遠の別れだなんて悲しすぎますわ」
「あいつは、んな簡単には死なねぇよ」
「ジバルラ様っ!!」
 それ以上はモニカに応えず、代わりに彼はに訊ねた。
「おい、ネルガルの野郎は来てるのか?」
「あ、いや、それはまだ」
「すぐに聞け!! 話す余裕があるうちにな!!」
 ――話す余裕があるうちに、かぁ。
 その言葉を聞いて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はそっと笑みを浮かべた。
 ――戦いが始まれば電話なんてしてられない。だから今のうちにって事よね。
 ちゃんと相手のことを考えてる。そう、考えられる人なんだ。
「ジバルラ君、聞いても良い?」
「あぁ?」
「ネルガルが来てたらどうするつもり?」
「…… どうもしねぇよ」
「そう。でも来てたなら絶好のチャンス、よね」
「だからどうもしねぇって言ってんだろ! おい!! まだ聞き出せねぇのか!」
「ちょっ声大きぃ――― え? 居る?!!――― かも??」
「どっちだ!!」
 は携帯で耳を押し潰してどうにか聞き取り、そしてジバルラに伝えた。ネルガルの姿は見えないが、数いるワイバーンの中でも一回り以上も大きなワイバーンが一体いるという。
「それだ! 間違いない、奴だ!!」
 ジバルラの声が跳ねた。他よりも巨大な飛竜、それには間違いなくネルガルが乗っているはずだと彼は言った。携帯の向こうからも、マルドゥークの見解も同じだったと聞こえてきた。
「そういえば」
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が朱軽くジバルラに言った。
「この国には、人々を守る謎の鉄仮面がいるんだってね」
 自分の顔には『グレートヘルム』をあてながら、ジバルラに「牛鬼の鉄仮面」を差し出した。
「誰かさんが動かないなら、フィスが成り代わっちゃうわよ」
「へっ、テメェなんかに務まるかよ」
 鉄仮面を乱暴に取って、勢いよく立ち上がったが、ふと視線を戻して加夜へと向けた。
「治療は終わってんのか?」
「峠は越えましたわ、あとは神のみぞ知るといった所でしょうか」
「盛りすぎたバカ、んな重傷じゃなかったろ」
「いいえ重傷でした、治療もまだ終わってません。ですからマルドゥークさんの所へ到着されるまでの間も治療は続けさせていただきます」
「なっ! だっ誰がマルドゥークの所に行くなんて言った!」
 何を慌てているんだか、彼は、
「マルドゥークなんざ、ど―だっていいんだよ。ネルガルが出て来てんだ、ここを叩かねぇ手は無ぇ!」
 と荒げて言った。いろいろとメンドクサいやりとりはあったが、ネルガルを叩くチャンスという点は正論に思えた。
「私はそうは思わない」
 異を唱えたのは漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、彼女は今こそ神聖都キシュへ向かうべきなのでは? と説いた。
「ネルガルは前線にいる、つまりキシュには居ない」
「…… それがどうした」
「ザルバを、助けたいよね?」
 ジバルラの瞳孔が開いた、誰が見ても分かるほどに。
 ネルガルが居ない今ならば人質となった人々だって助けられるかもしれない、ザルバだって助けられるかも―――
「そいつは違ぇ」
 ジバルラの目の揺れは止まっていた。
「ネルガルを殺る事と、人質を救い出す事は同じだ」
 この一言を最後に彼は相棒の元へと向かい歩き出した。
 彼を治療する為に加夜が、『グレートヘルム』を手にしたシルフィスティが、パートナーのリカインが、そうしてその場に居合わせた生徒たちがみな各々の手段でこの地を発とうと動き出していた。
 目指すはマルドゥークの居城、そしてそこへ押し寄せるネルガル軍に追いつき、仕掛ける。
 この国の行方を左右する戦いに、最後の勢力が参戦しようとしていた。