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マレーナさんと僕(3回目/全3回)

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マレーナさんと僕(3回目/全3回)

リアクション

1.嵐の前

 世の情勢がどうであれ、シャンバラ大荒野の夜露死苦荘は平穏だ。
 本日もオーナー・織田 信長(おだ・のぶなが)の号令の下、ラピス・ラズリ増改築総監督による下宿の増改築がおこなわれていた。
 
「んーと。
 本日、信長先生から貰った『建築許可』はどれだったっけ?」
 ラピスは懐から巻物を取り出して、資料を今一度確認する。
 
 『【夜露死苦荘オーナー】織田 信長 建築許可一覧
   
   ・オーナー:天守閣の5階化
   ・国頭 武尊:トイレ
   ・マスク・ザ・受験生(ロザリンド・セリナ):倉庫
   ・ラピス・ラズリ:その他 
 
                       以上』
 
 ■
 
 5階化された天守閣では、信長が満足そうに「本日のオーナー命令」を考えていた。
「うむ、まずは受験生だな。
 このままの数では、到底空大生はなど夢のまた夢。
 勢力拡大と、補充をせねばな……とその前に。
 先ずは、現受験生達の方が先か」
 さらさらと巻物に、「命令」を書いて行く。
 
『受験に合格しなかった者、故意に受験生の受験妨害を行った者は、以下の処置の内、どちらかを選ばせる。
 ・【打ち首獄門】
 ・【次年度受験生な無限受験】』
 
「これで、我が下宿は安泰だ!」
 はっはっは、と信長は笑うと、用務員を召喚する。
 巻物を渡して、広報するように申し渡すのであった。
 
 ■
 
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はラピスに話をつけた後、建設業者に電話をかけた。
「もしもし、ちょっと納屋の建設お願いをしたいのですが」
 窓の外に目を向ける。
 そこには、前回山と積まれたロザリンドの荷物がある。
 ん〜、と小遣いの額を思い浮かべながら、予算を告げた。
「そうですね、20万G以内でお願いしたいのですが。
 綺麗なレリーフとかありますと素晴らしいですね……」

 そうして出来あがったのは、どうみても豪華な一軒家だった。
「マスクさん、困るよ!
 勝手に『下宿』なんか建てちゃ!」
 ラピスが慌てて注意する。
「あら、納屋ですわ!」
 龍騎士の仮面をつけたロザリンド――もといマスク・ザ・受験生はのんびりとしたものだ。
「だって、夜露死苦荘より大きいよ?」
「それでも『納屋』ですよ。
 私の荷物がぎっしりですもの、見ます?」
 ラピスが確かめる。
 中は薄暗く、ロザリンドの荷物が山と積まれていた。
(ていうか、どんだけ荷物持ってきてんだよ! 君)
 おまけに、納屋だというのに、無駄に装飾されていて、やたら豪華仕様だ。
(まぁ、いっか。
 信長先生も、自分の荷物を入れる為に許可したんだし。
 でも、蟻一匹入る隙間もないけれど、いいのかな?)
 しーらない、と頭をかくラピスの傍らで。
 ロザリンドは嬉しそうに、納屋の完成祝い兼受験生達の労い……そしてゆくゆくはドラゴンと闘う者達への慰労となる「海鮮丼」に着手するのであった。
「さ、腕によりをかけますよ!」
 その小脇に抱えた買い物袋には、砂糖やチョコレートといった食材も入っている……。
 
 ■
 
 同刻。
 信長から許可をもらった国頭 武尊(くにがみ・たける)は、かねてより構想にあった、「女子トイレ」の増設に着工していた。
「又吉……」
 時折、空を眺めて、溜め息をつく。
 猫井 又吉(ねこい・またきち)の空大受験が気になるようだ。
「あの車で行くこたぁねえんだよな!」
 又吉は格安の自動車に乗って、明け方に下宿から発ったのだ。
 途中で止まってやしないかと心配にはなる。
 だが、連絡がない所を見ると、空京にはつけたのだろう。
「心配しても仕方ねぇ。
 オレはオレで、仕事にかかるか」
 
 仕様書を取り出す。
 以下のようなことが書かれてあった。
 
『 新女子トイレの仕様書
  
  ・場所:夜露死苦荘の庭。
  ・外観:モダンな洋風建築。
      二階建てのトイレ棟。
  ・内装:空京大学のトイレを参考。
      個室の水槽に金のしゃちほこ(メッキ仕様)。
      個室に防音処置と武器置きスペース。
      入口にパンツ専用脱衣籠。
  ・捕捉1:トイレ棟と夜露死苦荘は、渡り廊下で繋げる。
  ・捕捉2:建築資材としてレンガを使うこと。
  ・捕捉3:ウオシュレット機能と化粧スペース

                        以上』

「空大のトイレか……」
 ネットで探したが、さすがに「女子トイレ」の画像はない。
 トイレでの撮影は、下手をすれば「のぞき」だ。
 空大のセキュリティに引っ掛かってしまうのだろう。
 そうだ、と指先をはじいた。
「又吉!」
 急いで、携帯電話で連絡を取る。
『いま、試験の最中でよぉ、武尊』
 又吉からのメールは、暫し後に届く。
『野郎は入れねェ。
 外観だけでもいいか?』
 内装のみ、現役空大女子大生の下宿生達から収集する。
 
 仕様をまとめた武尊は、町の業者に電話を入れる。
 彼は、「オーナー“X”」でもある。
 町の有力者たる彼の下で働けるのは、町民たちの誇りだ。
「へぇ、“X”様のおっしゃることでさぁ。
 せいぜい気張らせてもらいますぜ?」
 
 そうして人海戦術による突貫工事は、瞬く間の内に終わるのであった。
 下宿の女子達が喜んだことは、言うまでもない。
 
 同じ頃。
 又吉は、「空京大学工学部・面接会場」の前で、運転の疲れから、転寝をしていた。
 着信音。
「う……うっせーな! 誰だよ!」
 又吉は眠い目をこすりつつ、メールを確かめる。
「え? 武尊?」
 そこには、自分が送った画像のお陰で、よいトイレが出来たことに対する礼が書かれてあった。
 又吉は鼻をこすった。
「礼を言うのは俺の方だぜ!
 お陰で、折角猛勉強で臨んだ受験に、寝過ごすこともなかったもんな!」
 そうして、「猫井さん!」 という面接官の声に反応して、会場にはいっていくのだった。
 
 ■
 
 一通り、増改築が終わり。
 ラピスはうん、と伸びをして、一端下宿の自室に下がろうとする。
 その時、女子トイレの屋根から、武尊の声が流れた。
「うわ! なんだ? ありゃ!?」
 ラピスは目を上げる。地平線の彼方へ。
 そこには、なんと! 夥しい数のレッサードラゴンの群れが、雲の如く移動するのが見えた。
「大変だ! 信長先生に知らせなくっちゃ!」

 ■
 
 その頃。
 受験票を取りに下宿へ向かっていた後田 キヨシ(うしろだ・きよし)は、月詠 司(つくよみ・つかさ)の車にピックアップされていた。
「やぁ、マジ助かったぜ!」
 キヨシはそろそろと安堵の息を吐く。
「ボロくて悪いですねぇ」
 司は、はっはっは〜と苦笑い。
 格安の車は、時折止まりそうになりながらも、何とか走っているのだった。
「悪いな、発掘に行く途中だったんだろ?」
 キヨシは司の装備を眺めて小さくなる。
「なんなら、このまま空大まで送りましょうか?」
「いや、夜露死苦荘までで」
 キヨシは丁重に辞退する。
 この車では、無事空京につけそうにないし、つけたとしても「司」のことだ。
 何が起こるやら分かった物ではない。
 それに――。
「そうだよ、パパ。
 一緒にいるのは、私だけでいいんだよッ!」
 ギンッと悪意をはらんだ視線。
 リル・ベリヴァル・アルゴ(りる・べりう゛ぁるあるご)だ。
「おいおい、駄目ですよ、リル」
 司はリルをたしなめる。
 キヨシに向けては。
「空京まで、送りますよ。
 キヨシくん一人で空大まで
 無事に辿り着けるとも思えませんからねぇ〜」
「はぁ……」
「無事受験に受かっても、
 事故に遭って入学と同時に休学、
 なんて事にもなりかねませんしねぇ〜…はっはは」
「縁起でもない」
 げんなりするキヨシの隣で、リルは上機嫌に。
「良いねぇソレ、
 うん、そのイタズラもやっちまおうか♪
 その前に……」
 特性下剤を取りだす。
「お腹壊したら、空大どころじゃねぇよな?
 すぐに帰りたくなっちまうかな?」
「……しまってくれない? そいつ」
 
 ふと窓の外に目を向けた。
 疲れているのだろうか?
 うとうととする。
 現の中で、いつかの少女の顔が浮かんだ。
 光条兵器を掲げる、冷たい横顔――。
(今とは全然違うな、マレーナさん)
 キヨシが起きたのは、メールの着信音だ。
 
「ん? あれ? オーナーさんからだ。
 ……何々? 『警告メール』?」
 
 ドラゴンによる火炎放射の余波で、司達の車が大破したのは、直後のことだった。
 
 ■

 同刻。
 マレーナ・サエフ(まれーな・さえふ)はドージェの墓参りに来ていた。
 日差しが眩しい。
 片手を掲げて見上げると、桜の大木は早蕾をつけている。
「そろそろ、昼時ね?」
 日の昇り具合で、時間が分かる。
 荒野を放浪していた時の癖だ。
 
 その時、マレーナの携帯電話が鳴った。
 メールのようだ。

「あら、オーナーさんね?
 なにかしら?」
 
 そして、内容を読んだ途端、マレーナは駆けだした。
 
「ドラゴンが、下宿を襲っている!?
 なんてこと!」
 
 彼女は銀の髪をなびかせて、荒野を駆けるのであった。
 夜露死苦荘と、下宿生達を護るために。