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マレーナさんと僕(3回目/全3回)

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マレーナさんと僕(3回目/全3回)

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2.受験
 
 話は、ややさかのぼる。
 
 夜露死苦荘に、ドラゴンの脅威が微塵も有り得なかった頃。
 空京大学では、校内の講義室を一斉に開放し、入学試験が開かれていた。
 ただの、ではない。
 
 契約者ではない「一般学生」達も受けられる、大々的なものだ。
 通例より、遥かに多くの受験生達が、
 幾分緊張した面持ちで、空大の構内へと入って行く。
 
 ■
 
 師王 アスカ(しおう・あすか)
 ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)
 蒼灯 鴉(そうひ・からす)
 の3名も、もちろん受験の為に空大を訪れていた。
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)の姿はない。
 到着が遅いキヨシを心配して、シャンバラ荒野に戻っている。
 巧く行けば、今頃キヨシは下宿に戻るなり、空大に向かうなりしているはずだ。
「ったくよ。
 あいつは……とことんヘタレだな」
 空を眺めて鴉は舌打ちする。
 だから、心配なんだよ! と素直にいえない鴉なのであった。
 
 ひょこっと、影が現れた。
 立川 るる(たちかわ・るる)である。
 
「あれ? キヨシさんは?」
「ああ、下宿に受験票忘れたって。
 ……て、おまえも受験か?」
「うん、1人でね。
 ドキドキしちゃうんだけどね」
 へへへと笑う。
 緊張した様子で。
「やだ! 皆素敵に見えちゃうよ?
 どうしてだろう?」
「つり橋効果かっ!」
 全員に突っ込まれた後、るるは夜露死苦荘の方角に目を向けた。
 心配そうに、一言。
「水臭いな、キヨシさん。
 言ってくれれば、るるがソートグラフィーで偽ぞ……再発行してあげたのに」
「…………」
 
 構内で4人は別れた。
 アスカは「芸術学部」を。
 ルーツは「医学部」を。
 鴉は「外国語学部」を。
 るるは「教育学部家庭学科」を
 それぞれ受験するためだ。
 
「じゃあねぇ、みんな。
 健闘を祈るわぁ〜」
 アスカは緊張した面持ちのまま、ゆるゆるとその場を去る。
 ふと見ると、正門には後から来た夜露死苦荘の連中たちがいる。
 首狩族と元カツアゲ隊・東シャンバラ支部の面々が多い。
「あら、『干し首講座』の方々かしら〜?」
 彼等は、集団の中央に注目して、戸惑っているようにも見える。
 
 ■
 
 そこには、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)を力まかせに問い詰める白砂 司(しらすな・つかさ)の姿があった。
 彼は受講生たちの引率ついでに受験しに来た、『干し首講座』の助手である。
 だが、そもそもは薬学部志望の受験生だ。
 
「な、の、に……これは、何だぁあああああああああああああっ!」
 司は力の限り絶叫する。
 取りだした受験票には、しっかりと「教養学部」と書かれてあるではないか!
「だって、族長の指図ですから!
 仕方がなかったんですよー!!」
 サクラコはヘロヘロになりつつ、弁解する。
 司の手が止まった。
「何? 族長の?」
「うん」
 サクラコは頷く。
「『司は素直で良い子だが、限界を決め付けている。
 もっと広い世界を見てきて欲しい』ですって!」
「つまり、『教養学部』で民俗学を専攻し、見識を深めて欲しい、と。
 そういうことなんだな、族長の意向は」
 ふむ、と腕組みをする。
(思えば、夜露死苦荘に飛ばされたのも、族長の意向だったか……)
 優梨子達から強制的に学ばさせられた「干し首に関する文化人類学・社会学見地」は、確かにここ向け。
 サクラコも、そのつもりでニコニコしていたに違いない。
(嵌められたことに対しては、腹が立つが)
 族長と一族――「猫の民」には、彼なりの恩義もある。
「まぁ、何だ。
 そういうことならば、致し方あるまい」
 司は手を引くと、暫し考えこんだ。
「民俗学か……薬学の知識は、まるで役に立たんな」
 だからといって、「干し首」の知識を披露することに対しては、激しい抵抗が。
(俺は、「良識」ある大人だからな……)
 内心の不安が、顔に出る。
 司くん、とサクラコは上目遣いで、クスッと笑った。
「私の趣味は「口伝収集」ですよ? 司くん。
 なんなら、ジャタ獣人族の説話集『桜獣説話集』で援護射撃しましょうか?」
「……悪いな、サクラコ。気を使わせたりして」
「世渡り下手なのが、司くんの可愛いところでもありますよ。
 それに空大に入ったら、優梨子先生の後輩になれますしね〜」
 ニヤニヤする。
「講座の生徒の引率引き受けちゃったりとか。
 そういう仕事をして気を引かなくても、わかってもらえそうですよね?」
「な!? ななな……何を馬鹿な事を言うのだぁ!」
 とか言いつつ、赤面する司なのであった。
「さ、『教養学部』の会場を探さなくてはな!」

 ■

「空大受験」の火ぶたは切って落とされた。
 
 では、その受験がどのようなものであったのか?
 順次様子をのぞいて行くとしよう。
 
 ■

 椿 薫(つばき・かおる)は「のぞき学」の面接に臨んでいた。
 空大の「のぞき学」といえば、学問として、シャンバラ随一のレベルを誇る。
 そしてここでは、実地経験による「研究発表」が課題だ。
 ズラリと並んだ面接官の教授たちを前に、薫にいつもの余裕はない。
(こ、ここで落ちたら!
 日々の鍛錬は、水の泡と消え、
 ただの「のぞき野郎」になり下がるでござる!
 世のすべての男達の期待に応える為にも!
 ここは、いざ勝負!!)
 
「では、椿君。
 発表を行いたまえ」
「はい! でござる。教授殿」
 薫は緊張しつつ、ホワイトボードの前に立つ。
 
「のぞき学はアレ目的(風呂目的)だけでは、ござらん。
 東に縛られてる女性がいれば、行って観察し。
 西に喧嘩してる女性がいれば、行って乱れる衣も観察し。
 南にここは南国リゾートプールがあれば、行って水着を凝視し。
 北に裸の女性がいれば、行って服を着させ見えそうで見えないのがいいと諭す。
 世界をすべて見物してやれという学問でござる」

 緊張をほぐすための前置きだったが、教授達は興味を持ったようだ。
 薫は咳払いを1つ。発表を続ける。
 
「そうは言っても、いつでもどこでもできるわけではないでござるよ。
 必要な3要素。
 
 第一にのぞく人間。
 第二にのぞかれる人間。
 そして、第三がのぞける環境(舞台)。

 以上の三つをいかに用意する、それが道を究める事でござる」
「それで、舞台がないから、作ってしまったという訳なのだな、君は」
「その通りでござるよ、教授殿」

 夜露死苦荘での「風呂の増改築」を解説し始めた。
 捜索、土木建築、地質学の特技を駆使し、
 それがいかに素晴らしい「舞台」に作り上げたのか? ということを。
 
「ふむ、君は。
 イマドキ、なかなか見どころのある青年じゃな! 気に入った!」
 御満悦の教授を前に、薫は一抹の不安を感じるのであった。
(ただし、あの風呂の「増改築」は一日目からは参加してなかったでござるよ。
 その分説得力には欠けてしまったでござるかなぁ……)

 ともあれ、結果は後日通達される。

 ■
 
 ミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)は、憧れの「文学部」の受験に望んでいた。
 だが、前半の筆記テストは惨憺たるもので、半分近くは勘。
「こうなったら、面接で挽回するしかないよね!」
 気合を入れ直して、面接に臨む。
「え? 受験の動機?」
 う〜〜〜〜むと悩んだ末に、ミネッティは懸命に回答する。
「小さい頃から弁護士に憧れてて……」
「は? 弁護士???」
 面接官達は、顔を見合わせる。
 なぜ、法学部ではなく、文学部なのか?
 矛盾に気づかないミネッティは、あることないことをでっち上げ。
「契約者になれた絶好の機会に、このシャンバラの地で、
 弁護士として活躍していきたいです!」
 きっぱりと言い切るのだった。
「ふむ、その、突飛な発想力!
 未来のシャンバラ文学界に、是非とも欲しい逸材!
 と、我々は思うのだが……」
 困惑した面接官達は、腕組みしつつ、願書の経歴欄に目を落とす。
 
 ■
 
「芸術学部」ではアスカの面接が行われていた。
 表情に余裕があるのは、筆記試験の調子が良かった為だろう。
 
 まもなく名前を呼ばれて、作品を手に、アスカは面接に臨む。
「パラミタに来てから手掛けてきた作品の写しを、まとめて提出するわぁ」
 ドサドサドサッ。
 面接官の前に積み上げる。
 自分はホワイトボードの前で、説明をはじめた。
 その言葉には作品に対する情熱と、何よりも説得力がある。
「次に、芸術による経済効果と、
 鑑賞者に対するアートセラピー効果を、説明するわぁ」
 精霊都市イナテミスで手がけた、大掛かりなトリックアートの写しを示す。
 ゆるゆると解説を続けるアスカに、口を挟む者はいない。
(ふむ、見つけたようだ! 我々は!)
 彼女の天分に、面接官達の顔つきが変わったのは言うまでもない。
 
「医学部」では論述試験が終わったところだった。
 会場を出てきたところで、ルーツはひと息つく。
「『心理学』が得意分野で良かった」
 それで、論文を乗り切ったらしい。
 あとは、後半の面接に備えるだけ。
「よし、落ち着いて行くぞ!」
 そうして、彼は面接官達の心理査定に柔軟に対応する。
 
 鴉は「外国語学部」の面接に臨んでいた。
 そうでなくとも、語学が得意な彼のことだ。
 ただし、質問の内容は一般常識の範疇だった。
 あくまでも、語学力重視のようだ。
(「博識」でも使うか……)
 だが、その選択は彼の語学力というよりは、質問の内容に貢献することとなる。
(ラッキー、て奴か)
 鴉の面接は、上々のようだ。
 
 ■
 
 立川るるは、「教育学部家庭学科」の試験に望んでいた。
 課題は「調理実習」だ。

「じゃ、家庭料理の集大成、謎料理で勝負!」
「は? 謎料理……ですか? 立川さん」
 試験官は目を点にしたが、るるは自信満々だ。
(だって、今日まで、一生懸命頑張ってきたんだもん、るる)
 キヨシを、日々実験台にして。
(キヨシさん、いつも美味しいって言ってくれたし。
 きっと合格間違いナシだよねっ☆)
 
「いきまぁーす!」

 そうして出来あがったのは……。
 特大とうもろこし(モロコシくん人形)をベースに、
 スカイフィッシュの干物、アリスの角をトッピング。
 漢方薬を取り入れた、健康メニューだった。
 
「我々向けということですね……」
 試験官は年を重ねた教授たちだった。
 彼等は生唾を飲み込んだだけで、手をつけようとはしない。
「あれ? 食べないの?
 遠慮しなくてもいいんだからね!」
「あ……うん、その気持ちだけで合格かな?」

 教授たちは、困り果てて互いの顔を見合わせるのであった。
 
 ■
 
 
 昼過ぎ。
 正門では、早めに試験を終えた受験生達が、携帯電話を片手にたむろをしていた。
 
「さあ、歩殿に連絡でもしましょうか?」
 伊東 武明(いとう・たけあき)は携帯電話の電源をONにする。
 ……だが、歩に通じない。
「妙ですね……まさか!」
 嫌な予感がして、帰路を急ぐ。
「まさか、まさか、まさかですよ!」

 だが、武明の予感は当たる。
 夜露死苦荘では「ドラゴン軍団発見!」の報に、下宿中が揺れていたのだ。