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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
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22


 日も暮れてきて、人気がまばらになってきた頃。
 神野 永太(じんの・えいた)は、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)と共に花見会場のゴミ拾いをしていた。
 みんなが楽しんだ後だ。
 楽しみ過ぎて、片付けを忘れて帰ってしまった人だって、絶対数が多ければ少なからず居るわけで。
 けれどそれは良くないと、永太は片付けているのだ。汚いままにしたら、もう花見会場として開放してくれなくなってしまうかもしれないし。
 目の前でゴミを捨てたりするマナーの悪い人は居なかったし、本当に『ちょっと片付け忘れた』程度のゴミしかないのでそこまで大変というわけでもない。
「まあ、昼間楽しませてもらったお礼だよね」
 綺麗な桜を堪能させてもらったんだ。
 少しでも恩返しをしよう。
「ザイン、掃除の基本は『来た時よりも美しく』なんだよね?」
 問い掛けると、ザイエンデが頷いた。
「よっし! ならちり紙一つ残さないつもりで頑張るぞー!」
 ガッツポーズを作って、永太は意気込んだ。


 意気込む永太を見て、ザイエンデは少々複雑そうな顔になる。
 普段から家の掃除を任されているザイエンデとしては、休日の……それも、こんなに楽しいお花見の日に掃除を手伝わされるということは正直あまり愉快なものではない。
 けれど。
 ――こういった生真面目なところが、永太の良いところなんですよね。
 ちょっぴり変わったところもあるけれど、真面目で情に厚く誠実で。
 そんな彼をどうして放っておけようか。
 傍に寄って、ゴミ拾いを手伝う。
「ザイン?」
「手伝ってあげます」
「ありがと。一緒に頑張ろうな!」
 とはいえ二人きりで花見会場を掃除するのでは埒が明かない。
 なのでザイエンデは帰ろうとしている花見客に声をかけ、丁寧に頼み込んで掃除を少し手伝ってもらうことにした。
 そうやって、少しずつでも片付けていくと、
「綺麗になったなぁ……」
 やり遂げた声でそう言える程度には片付いた。
「ちょっと休憩してから帰ろうか」
「そうですね。もう夜桜の時間になってしまいましたし……」
「ホントだ。夜桜、綺麗だな」
 桜の木の下に立ち、二人並んで夜桜を見上げる。
「ザイン、一曲リクエストしてもいい?」
「歌ですか?」
「うん。ザインの歌が聴きたくなって」
「構いませんよ」
 頷き、この雰囲気に合いそうな歌を選んで旋律に変える。
 遮る物のない、広い外ということもあって、声はどこまでも伸びていく。
 歌い終わると、拍手喝采。永太以外にも聴いていた人が結構居たらしい。ゴミ拾いを手伝ってくれた人や、夜桜目当ての人である。
 一礼してから、
「ゴミはきちんと片付けてから帰ってくださいね」
 微笑み、お願いして。
 永太の隣ではにかんだ。
「これならまた汚れることもありません」
「さすがザイン。歌も良かった。すっごく」
「ありがとうございます。永太にそう言ってもらえると、嬉しいですね」
「あと……」
「?」
「せっかくの花見だったのに、こんな遅くまで手伝わせちゃってゴメンな」
 謝る永太に、ザイエンデは小さく笑った。
「いいんです。
 だって、夜桜、すごく綺麗ですよ?」
 貴方の隣で、貴方と共に夜桜を眺められるこの幸せは。
 何物にも代え難い。


*...***...*


 一家総出で夜桜を見に行こうということになり。
「ならば俺様が弁当を作ってやる!」
 オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)が名乗りを上げた。
「やめろリア。死人が出る」
 すかさず八神 誠一(やがみ・せいいち)は止めに入った。
「死人って!? そんなにひどくはないのだよ!」
 オフィーリアが抗議の声を上げるが、それはどうだろう……と遠い目になった。大掃除の日のことが思い出される。
 緑色をした粘性の何かだとか、青紫色で鉤爪の生えた何かだとか、黒色で瘴気を吐く何かだとか……そんな『料理』を作りだすのがオフィーリアだ。とてもじゃないが花見の席のお弁当には相応しくない。というより、食べられない。
 それは伊東 一刀斎(いとう・いっとうさい)シャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)も同意見のようで、うんうんと頷いていた。
 さすがに全員から止められてしまえばオフィーリアも諦め。
「ならせ〜ちゃんのお弁当を楽しみにするしかないな。精々俺様が好きなメニューをたくさん作ってくれることを期待しておくのだよ」
 と、言われ。
 誠一がお弁当を作ることになった。
 ――まあ、リアに作らせるよりはマシか。
 そう考えて、全員分のお弁当を作った。
「んじゃ、行こうか?」
 お弁当や割り箸、紙皿やおしぼりやお茶を持って出掛けようとすると、
「せ〜ちゃんこれ持って」
「ついでにこれ持て」
「なっちょっ。リアもシャロも自分で持ちなよ!?」
 荷物の九割を押し付けられた。その上二人は花見が楽しみなのか走って行ってしまうし。
「……くそぅ」
「まあのんびり行けば良いじゃろう。道端に春花も咲いておるしの」
 一刀斎に宥められつつ、桜を見るためツァンダ郊外へ。


 夜だし郊外だしで、人の姿はほとんどない。
 貸切さながらのその場所で、シートを敷いてお花見を始めた。
 お弁当を広げ、飲み物を出し。
「何か飲……」
 何か飲む? と問い掛けようとして、オフィーリアが瓶を持っていることに気付いた。
「せ〜ちゃん、何見てるのだ?」
「いやそれ、酒……」
「水なのだよ」
「いやでもラベルに酒って」
「水なのだよ」
 オフィーリアの持つ『自称水』の入った瓶に、嫌な予感しかしない。
 ――きっと、俺の目の錯覚。うん、そういうことにしよう。
 無理矢理納得させて、一刀斎やシャロンにコップを渡してお酌して。自分にはジュースを注いで、
「乾杯っ」
 桜を見ながら、食べたり飲んだり。
「おらおら〜せ〜ちゃんも飲むのらよ!」
「早っ!? 自称水で酔うの早っ!?」
「はぁ〜? 水で酔うわけないのら。せ〜ちゃん、おかしいのらよ」
 明らかに呂律の回っていないオフィーリアに絡みつかれた。
「結構飲んでたからなー」
 我関せず、と笑いながらシャロンが言う。
「笑ってないで止めろ!?」
「は? 何でだよ?」
「一刀斎〜っ」
「わしは一人花を愛でてくるか。若者は若者同士、楽しくやるべきじゃ」
 一刀斎に助けを求めても、すっと立ち上がり歩いて行ってしまった。
「せ〜ちゃぁ〜ん?」
 絡むオフィーリアを振りほどく気にもなれず。
 結局、根負けした。
「……一杯だけだぞ」
「んにゃ。そんなこと言わずにぐいっといくのら〜」
「未成年だからっ!」
「らってこれ。水らし」
「……ああ、そうね。そうですね」
 今度こそ、諦めた。注がれたそれを飲む。……うん、案の定アレである。さから始まってけで終わる飲み物だ。
「良い飲みっぷりなのらよ、ほれほれ、もっと飲め〜」
「リア、こら注ぐなっ」
「はー、今ポリが来たら、アタシがナシ付けなきゃならねーのかよ、チ、ウゼェ」
 面倒そうにシャロンが言った。
「だったら最初から止めてくれりゃ良かったんだけどねぇ?」
 誠一の言葉は正論なのだが、
「ンなのは野暮だろーが」
 こちらも正論に思える。花見の席とは不思議なものだ。
 しばらく注いで注がれて飲み交わしていると、
「……ふにゃぁ〜……」
 オフィーリアがダウンした。
 こてん、と誠一の肩に頭を預けて、すやすや寝息を立てて。
 間近にオフィーリアの顔がある。……頬が熱い。きっと、飲んだせいだけど。
 風が吹いた。夜風。冷たくて、涼しくて。
「……ちょっと、歩いてくる」
「あぁ?」
「酔い覚ましだよ。リアの面倒、しばらく見といて」
 言って、逃げるようにその場を離れた。
 いつからだろう。
 いつからか、誠一はオフィーリアのことを大切だと思うようになった。
 そして、オフィーリアが誠一のことをどう思っているのかも、もう気付いている。
 だけど。
 ――俺がリアを大切に思っているのは、この手で殺したあいつの面影を追っているからなんじゃないか。
 ――……身代わりとして、求めているだけなんじゃないか。
 そう思うと、近付けない。
 一定以上に、傍に寄ることが出来ない。
 オフィーリアの笑顔を見るたび、彼女の死に顔を思い出す。最期の声を、思い出す。
 あの出来事で、誠一を裁ける人間はいない。
 裁けるとしたら、自分自身のみ。
 自らに与えた、終わりなき贖罪。
 自らに苦痛を与える為に、オフィーリアの願いの為に剣を振るう。
 ただそれだけなのかもしれない。
 もしそうだとすれば、そのことを知った時――オフィーリアは傷付き、悲しむかもしれない。
 他でもない、誠一のせいで。
 もしも。
 もしも、オフィーリアが亡くした彼女に似ていなければ、こう思うこともなかったのだろうか。
 そんな仮定なんて、まるで意味の無いことだけれど。
 ――出口のない迷路、だな……。
 ふっと小さく笑った時、
「何を悩む?」
 一刀斎の声がした。
「……やだなぁ、こんな無神経な人間に悩みなんてあるわけないじゃないですか」
 気取られないように笑って見せるが、
「これは年寄りの戯言じゃ、まあ聞いて行くが良い」
 一刀斎は言葉を続けた。
「存分に悩み、苦しみ、その末に己の中より答えを見出せ。その答えこそ、真の意味で鋼のごとき強き芯となろう」
「…………」
「他者に答えを求めるのは簡単じゃ。だが、他者に示された答えなぞ苦境の中では容易く砕ける」
「……はい」
「まあ、おぬしも戦人。この程度のこと、わかっておるじゃろうがのう」
 飲むか? と酒瓶を向けられた。
 結構です、とやんわり断って、桜の花を見上げた。


「難儀な男に引っかかっちまったもんだな」
 オフィーリアの寝顔を見ながら、シャロンは呟く。
 誠一は、オフィーリアのことを大事だと、大切だと思っているだろう。
 それはオフィーリアも同じで、とあらば両想いで、ならば行きつく先は目に見えているのに。
 ――なかなか上手くいかねーモンだな。外野がとやかく言えることじゃねーけどよ。
 オフィーリアの髪を指先で梳いた。「ん」と小さく呻いてから、「せ〜ちゃん……」と寝言が零れる。
 幸せそうな顔をしている。きっと、この表情に相応しい夢を見ているのだろう。
 いつか、そんな日が現実に来ることを。
 シャロンは、オフィーリアの幸せを願う。