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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

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24


「リンス、なにをみているの?」
 クロエに問われて、リンスは顔を上げた。
「ぶらり旅中のウルスからの絵葉書」
 現在パラミタ放浪中の友人、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)から送られてきたものだ。今朝花見に出る前ポストに入っていることに気付き、持ってきたのだ。
「ウルスおにぃちゃん、げんき?」
「元気そうだよ。見る?」
「みる!」
 桜の木の下で、クロエと二人葉書を見ながら。
 ――今頃何処に居るんだろうね。
 リンスは空を見上げた。少なくとも、同じ空の下に居るに違いない。


 同じ空の下どころか、ウルスは現在ヴァイシャリーに居た。リンスたちが花見をしている場所から一時間と離れていない。
 ケーキ屋『Sweet Illusion』。
 そこに、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)と共に来ていた。
「情報屋であるフィルさんに依頼します」
 テスラの真剣な声音に対し、フィルは「なーに?」とそこら辺の女子高生さながらの軽いノリで返す。
「ディリアーさんに会いたいんです。彼女の情報を、下さい。可能なら、会わせてください」
 依頼の内容を聞いたフィルは表情一つ変えないままにウルスを見た。ウルスも正面からフィルの目を見返す。
 いいの? そう問われた気がした。
 オレが決めることじゃないさ、とウルスは静かに首を振る。
 あの日のことを思い出しながら。


 時間は少し遡り、数日前。
 旅の真っ最中にマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)から連絡が入った。
 内容は、『テスラが魔女の所に行くと言っているから間に入ってほしい』というもの。
 聞くや否や、ウルスは旅先から急遽帰還した。一応、旅の目的でもあった兄弟探しは進んでいたし。
 兄弟探しに協力してくれているフィルとディリアーに、現状報告という名目で一足先に会いに行った。
「進んでいるようねェ?」 
「お陰様で」
「それは何よりだわァ。嬉しいでしょォ、兄弟に会えて?」
「……ああ、まあね」
「でもね? だからと言って、舞い上がって契約を違えたらいけないわァ。代償が還ってくるのはアナタなんだから」
 アタシは楽しいからそれでもいいのだけど、と子供のようにディリアーが無邪気に笑う。
「……あんたに一つ、頼みがあるんだ」
 魔女が笑う中、ウルスは思い切って言った。
「近いうちに、テスラがあんたを呼び出すか、会いに来るかすると思う。
 ……だけど、決して彼女を絡め取らないでくれ」
 リンスのことを知ろうと、リンスの役に立てるようになろうと、テスラは多少の無茶をするかもしれない。
 そしてそこの、魔女は付け入るだろう。自らの欲求不満を解消する刹那的快楽のために。彼女が生きる長い時間の中で、退屈しないためだけに。
 だけどそんなこと、許せない。
 いつになく真剣な表情で言うウルスに、魔女は口元だけ笑みの形に変えた。ぞっとする。綺麗で、厭らしい笑み。
「アタシ、人の頼みは聞かないの。知ってるでしょォ?」
 知っていた。知ってて言った。
 魔女への願いは等価交換。
 わかっていた。でも、言っておかなければならなかった。
「……あんたには感謝している。だから傍観者の俺に、出張らせないでくれ」
「ねえ」
 魔女の声から笑みが消えた。底冷えするような、冷たい声。
「アタシがアナタのその願いを聞く必要が、あるの?」
 ゆっくりと、淡々と、魔女は言う。ぞくり、肌が泡立った。 
「……覚えていてくれ。オレが今言ったこと」
 せめてそれくらいなら良いだろう? と願いを込めて魔女を見た。
 魔女はもう、笑っていた。
「そうねェ。忘れるまでは、覚えておいてあげるわァ」
 そして、今日を迎えた。
 もしも何かある前に、と割って入れるよう一緒に来て。
 魔女の到着を、待つ。


 Sweet Illusionの、店の奥。
 フィルが情報屋の仕事をする時に使っているという広い部屋で、テスラは一人、ディリアーを待っていた。
 魔女に会おうとおもったきっかけは、小さなこと。
 リンスがフィルの店――情報屋に居たこと。
 そこで魔女に会ったこと。
 それを、ウルスとマナの会話から知ってしまったこと。
 胸騒ぎがした。
 魂を入れるのは超常の力であっても、それ自体はリンスの力。
 けれど、魂を抜くにはそれ以外の力を借りている。
 ――彼の魂を抜く力が不安定になった原因の一端が、もし私に、
 ――……私達に、あるのだとしたら。
 そう考えると、なんとも言えない気持ちになる。
 その気持ちの名前が、不安なのか悲観なのかそれとも怒りなのかはわからないけど。
「で、何の御用かしらァ?」
 甘ったるい声が響く。
 いつの間に居たのだろう。
 黒と赤を基調とした、ゴシックロリータのドレスを纏った魔女が、部屋の最奥の椅子に座ってテスラを見ていた。
「……リンス君のことで、聞かせてほしいことがあって」
 妙なプレッシャーに、声を詰まらせながらテスラは言う。
 ハロウィンの日、想いを伝える前から考えていたことを
「私では、リンス君の人生に役立てない。
 それでも、何かを代償としてリンス君の傍に居れるとしたら。見ることができ、そして魂を抜く力がもし、私にあれば」
 ――今より少しは、役に立てますか?
「声ね」
 ディリアーが言った。
「アナタに一番価値がありそうなモノ。貰うならそれだわァ」
「声……」
 以前、人魚姫となぞらえて馬鹿馬鹿しいと笑いもしたこと。
 それが、今、提案されている。
 ――差し出せば、力を貰える……?
 返事を出せない。
 それでリンスの負担を軽くすることができるのだったら。
 けれど。
 ……どう答えるのが正しいのだろう?
 答えを出せないことにも驚く。思った以上に自分の心は醜いらしい。
「……考えさせて下さい」
 漸く声を絞り出して言うと、魔女はくすくすと楽しそうに笑った。
「あら、駄目よォ」
「え、」
「すぐに断らなきゃ。ね、駄目でしょォ?」
 かつんこつんと厚みのある靴底を鳴らし、近付き、満面の笑みで言う。
 テスラの顔に、魔女の手が伸びてきた。ひどく冷たい手が頬に重ねられる。その指先が、唇をなぞった。
「アナタの声を奪っても、アタシが約束を守るとは限らないし。何よりリンちゃんは喜ばないわァ。怒るかも。
 ……あ、いいわね、ソレ。怒ったリンちゃん、貴重だわァ。見てみたいかも。ねェ、貴方の声。貰っても良い?」
「お断りします」
「そォそ。それくらいの即答で断らなきゃ駄目よ? ふふふ、アタシが善い魔女で良かったわねェ」
 ぱ、っと指先が離れ、彼女自身も離れていく。
「そもそも、どうして他人の声を欲するのかしらね。アタシは別に要らないわァ。御伽噺の魔女と違って」
 独り言のように呟く彼女に、
「ありがとうございます」
 テスラは礼を言う。
 離れる足を止め、ディリアーが振り向いた。軽く首を傾げている。
「今日のもう一つの目的です」
「お礼を言うことが?」
「はい。今のリンス君が人形師リンスで居られること、そしてそのお陰で私が出会えた一つに、貴方のお陰があるのだから」
 せめて一本返せただろうか。そう思うテスラに、彼女は楽しそうに笑った。
「面白い子ね。嫌いじゃないわァ。
 ……そうね。アタシは人の声なんて要らないけれど、アナタが声と力を引き換えにしたいなら、考えないこともないかもねェ」


 魔女と何を話したのかは知らないが、悪い結果にはならなかったらしい。
 そのことに安堵しつつ、ウルスはテスラを背に乗せて花見会場へ向かっていた。気を紛らわせようと、リンスの姉の話をしながら。
「見た目とか結構似ててさ。あ、でもいつも笑ってた。眼鏡もかけてた。黒ぶちの、ちょっと野暮ったいやつ。優しい人で、本を読むことが好きで、よく読み聞かせてくれたっけ」
「そうなんですか」
「花見とかも行ったな。あの人がお弁当作って」
「ウルス」
「ん?」
「飛ばしてもらえませんか? ……お花見、したくなりました」
 もう空は暗くなっているけれど、きっとまだ花見の席はお開きになっていないだろう。
 旅先に居る予定の自分は一緒に花見をすることはできないけれど、テスラには楽しんでもらえるはずだ。
 頷いて、スピードを上げた。