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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



3


 春うらら。
 ここ、パラミタも地球と変わらず、冬が過ぎれば春が来て、すっかり日差しは暖かなものとなった。
 花も芽吹き始め、そのためかお花見をしに行こうという声もちらほらと聞こえる。
 ――もうそんな季節なんだなー。
 そんな級友たちを見て、比賀 一(ひが・はじめ)が思うことは別のこと。
 ――どんちゃん騒ぎもいいけど、俺にとっては花より団子よりも昼寝なわけで。
 ――こんなにいい陽気なのに昼寝しないなんて勿体ないだろ。ない。そういうわけで、おやすみなさ、
「「はーなーみ! はーなーみ!!」」
「…………」
 気だるげに、右目を開けた。向かって右にハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)、左に比賀 亘(ひが・めぐる)が居て、がっちり包囲で「はーなーみー」と花見コールを続けている。
「おはなみしようよ一おにーちゃんっ!」
「そうそう花見だ花見、酒を飲もうぜ」
「俺は寝る」
 おやすみなさいと目を閉じたけれど。
「「はーなーみ! はーなーみ!!」」
「…………だぁ」
 延々続くコールに勝てず、身体を起こした。
 それからはずるずると、弁当を作ったり花見に出向いて行ったりする羽目になるのだが。


 普段人気の無い広場は人でごった返し、ラジカセと思しき音源からは陽気な音楽が流れ、宴会の騒々しい声が響く。
「よくもまぁ、ここまでハメを外せるよな……」
 せっせと亘がレジャーシートを広げる傍ら、一は呟いた。
 一はこういった雰囲気が得意ではない。
 二週間足らずで散りゆく桜の花びらも、なんともあっけなくて。
 生き物の命もまた然り。
 特に、パラミタは死と隣り合わせの場所である。毎日毎日、いくつもの命が散って行く。
 ――俺はどうだ?
 風に吹かれて舞った花弁のように、あっけなく――……。
「コラ」
「ぅいっ!?」
 ナーバスになりかけていたら、背後からハーヴェインに関節技を掛けられた。
「ちったぁ楽しそうな顔しろって。折角の弁当が不味くなっちまうだろうが」
「いでででで! 何すんだこのヒゲ!」
「ほら座れ。で杯を持つ!」
「は!? 俺まだ未成年!」
「未成年だぁ? 十九が未成年たぁ聞いて呆れるな」
「呆れられても! そして亘膝の上に乗んな、重い!」
「あーじゃあ水だ水、これは水。ほれ飲んだ飲んだ!」
「んぐっ!? ぐ、……〜〜っ!」
 ハーヴェイン曰く『水』を流し込まれ、涙目になりつつも嚥下する。
「何すんだっ!」
 睨みつけて抗議しようとしたところ、
「いいか?」
 予想外に真面目な声と顔で、びしっと指を突き付けられた。
「こんな宴を楽しめる機会なんざ、何時無くなるのかわかんねぇんだぞ?」
「……それは」
 そうかもしれないけれど。
「楽しめる時は思いっきり楽しんどけ! まぁ俺はどんな時でも酒を楽しむがな!」
「最後の一言が無ければかっこいいものを……」
 豪快に笑うハーヴェインに、ぼそりと呟きながらも気が抜けるのを感じた。空っぽの杯をぼんやりと眺める。
「ねーねー一おにーちゃんっ。お弁当食べよー。食べさせてあげるー」
 そうしていると、膝の上の亘が卵焼きを箸でつまんで笑顔を向けた。
「あーんだよー?」
「しねぇよ」
 ひょいと指でそれを取って、ぽいと口の中に放り込む。うん、美味だ。
「一おにーちゃーん」
「ん?」
「おはなみ、たのしいよっ」
「……そーか」
「一おにーちゃんは? たのしい?」
 ひらり、杯に桜の花びらが入りこんだ。黙ってそのままハーヴェインに突き出し、『水』を注いでもらいながら、
「ああ。お前ら見てたら、なんか色々どうでもよくなってきたしな」
 ふっと薄く微笑みそう言った。


*...***...*


 寒い季節が長らく続いて、やっと暖かくなってきた。
 荒野に居ることが多いから花の季節を忘れそうになるが、今は桜の季節だ。
 ――他の花も、そろそろ咲く頃じゃないかな。
 そう思って、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は窓の外に向けていた視線を室内に戻す。スケッチブックと筆記用具を手に取って、
「少し遠出してくる」
 クルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)に告げた。
「スケッチですか。なら案内しますよ」
「……ん。まかせる」
 自分が方向音痴だということくらい自覚しているのでその申し出はありがたい。クルトは珂慧のペースで居させてくれるから、一緒に居ても疲れないし。
「ではお弁当を作ってお花見と洒落込みましょう。少しだけ待っていてくださいね」
 こくりと頷き部屋に戻り、窓から見える景色を描いてクルトを待った。
 なにやらラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)の視線を感じるが放っておいて、黙々と書く。
 そのうち時間は経ったようで、
「行きましょうか」
「ん」
 バスケットを持ったクルトに声をかけられて、出発。
 その後方数メートルをラフィタが歩いていたが、
「……どうします?」
「放っておくよ」
「ですね」
 放置は続行で。


 放置中のラフィタはというと。
「俺に声も掛けずに出掛けるとはどういう料簡だ?」
 呟いて、やれやれ、と息を吐く。
「いや別に、声を掛けてほしかったわけではないぞ。花見だって大して興味もない。ちょうど退屈していたから暇つぶしにとだな、」
 聞かれてもいないことを喋りながら、二人の後を追いかけていた。
 歩くペースは不規則で、何かに気を取られては遅くなり、時に速くなり、路地裏に入って行ったりと落ち着きの無い様子。
 ――クルトはよく合わせられるな。
 迷子になられたら困るから、だろうか。それは今のラフィタにも当てはまるので、付いて行く。
 中々大変だ。そう思いつつも、段々と軌道修正がされ、人気の多い道に出た。
 咲き乱れる桜。
 けれど珂慧は真っ直ぐそれを見に行かず、またふらりふらりと彷徨い歩く。
 ――花見ではなかったのか?
 はて、と首を傾げつつも、やはり付いて行く。


 風景を、描いていた。
 花が目当てで来たけれど、描くのがそれ単品というのも味気なく。
 また、楽しそうに眺める人が居るのと居ないのとでは、同じ花でも色合いが違って見えるのだ。
 そのかすかな違いも一枚に収めたくて。
 花を含めた風景を紙に写し取る。
 鉛筆で描いて、水彩絵の具で色を落として。
 完成したその瞬間、ふわりとスケッチブックの上に花びらが舞い降りた。
 タイミングが良い、と思いながら、それをそのまま収めて。
 他にも描きたいものはないかな、と探して歩く。
 それは楽しそうに笑う人だったり、幸せそうに眠る猫だったり、別の春花だったり。
 黙々と描いて、たまに休んで、眠くなったら寝て、お腹がすいたらお弁当を食べて。
 そんな珂慧の行動に、クルトは何も言わないし。
「調子の変わらん奴らだな。花見だろう?」
 ラフィタが口を挟んできても、無視しておけばいい話だし。
 ――花見らしくない、かな。
 ふっとそこに思い至って、筆を止めた。
 ――クルトは退屈してないかな。
 ちょっとだけ心配になって、そっと表情を窺い見た。視線に気付いたらしいクルトが珂慧を見て柔らかに笑う。
「温かい飲み物もありますからね」
「うん」
 ――やっぱりわからないや。
 元よりこれくらいで悟らせるような人ではないから、わかるだなんて思い上がっていなかったけど。
 ――でも、
「クルト」
「はい」
「楽しい。ありがと」
 この雰囲気が心地良いから、ありがとう。
「白菊、俺には?」
「…………」
「白菊、」
「ラフィタ。邪魔しないで」
「なっ……、……俺は向こうの花を観賞してくる。終わったら呼べ」
 ちょっぴりうるさい子も居るけれど、楽しいことには変わりない。


*...***...*


 桜の花が見ごろだと聞いて、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)はお花見を思いついた。
 日頃お世話になっているパートナー達――フィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)リィル・アズワルド(りぃる・あずわるど)宮守 沙耶(みやもり・さや)らと一緒に、のんびりしたいなと。
「だから、お弁当作ってお花見に行こう?」
「はいっ」
 フィアリスが微笑んで頷き、
「勿論、お酒を持って行ってもよろしいのでしょ?」
 リィルが嫣然と笑い、
「やったー! 食べるよー!」
 沙耶がお弁当もできないうちから楽しそうに宣言した。
 そうしておにぎりや卵焼き、タコさんウインナーなどといったお弁当の定番をみんなで作り、お菓子やジュースを買い込んで広場へ到着。
 場所を見付けてレジャーシートを敷いて、四人で丸くなって、
「「「「いただきますっ」」」」
 花を見ながら食べ始める。
「あ。結奈ちゃん、ほっぺにご飯がついてます」
「ふえ? どこどこ?」
「そっちじゃなくて、こっち。じっとしていてくださいね。……はい、取れました」
 にこり、微笑むフィアリスに結奈は顔を赤くした。
「ご飯つけちゃうとか、……恥ずかしい」
「可愛かったですよ?」
 小皿にお弁当を取り分けて渡したりとお世話されちゃっているし。
 ――でも、楽しいや。
「結奈いっぱい食べてるね! ボクも負けない!」
 沙耶が張り合っていっぱい食べるのも。
「ねえ、ゆい。お酒飲みませんこと?」
 そうしてお弁当に舌鼓を打っていると、リィルがお酒を勧めてきた。
「お酒?」
「そう。飲ませて酔わせていろいろと素直になっていただきたく、」
「リィル! そういうことはいけません! あなた以外は未成年なんだから、お酒を飲むことは許されません」
 しかしすぐにフィリアスに止められ、つんとそっぽを向く羽目になった。
「ちっ。これだから真面目ちゃんは……」
「ごめんねふぃーちゃん。私がお酒飲める歳になったら、一緒に飲もうね」
「勿論ですわ〜。ワタシ、その時までずっと待っていますからね」
 ぎゅーっと抱きついてくるリィルをぎゅっと抱き返し。
「みんなでこうやってわいわいできて、私すっごく楽しい」
 三人に向けて、にこりと微笑んだ。
「結奈ちゃんが楽しいなら、私も楽しいですよ」
「そういうことですわ」
「お弁当も美味しいしねっ」
 紙コップにジュースを注いで、桜を見上げて。
「来年も来ようね」
 指きりの約束を、交わした。


*...***...*


 いろいろなことがありすぎて忘れかけていたけれど。
 暦の上では三月を終え、四月を迎えたわけなので。
「もう花見の季節なんだな」
 咲いた桜を見て、匿名 某(とくな・なにがし)は呟いた。
 せっかくのシーズン、せっかくの機会。
 昼間から楽しみたいものだけど、
「さすがに昼間となると混雑してるよな……」
「なんだ、花見か?」
 呟きを聞いて、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が言う。頷くと康之はニッと笑った。
「いい場所知ってるぜ。案内しようじゃねえか!」


 そうして康之に連れて来られた場所は、小高い丘の上。丘の上には桜の木が一本立っている。
「あそこか」
 丘の上で景色も良さそうだし、その割に人気は少ない。ひっそりとしているからだろうか。けれど静かに花見をするにはうってつけだ。
「康之にしてはなかなかいい場所なんじゃないかな?」
「素直に褒めてくれたっていいだろ」
 レジャーシートを敷きながら苦笑いし、康之。
 広げられたシートの上に上がった結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が、作ってきたお弁当を広げ始めた。
「お花見ってことで、それに合いそうなものを作ってみましたよ〜」
 ほわん、とした笑みを浮かべて言う綾耶。彼女の隣に陣取ったフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)がそれを独り占めせんとばかりに自分の前に置いた。
「綾耶が作った。綾耶の料理。綾耶の料理美味し。てことでこれは全部私が食う」
「独り占めはダメだよぅフェイちゃん」
「……どうしても?」
「どうしても」
「じゃあせめて、綾耶を独り占め。異論は認めない」
 きゅ、と綾耶を抱き締めてフェイが言う。これにて座る位置が見事に男女で分かれた。
 フェイめ、と思いつつも、某は箸を弁当に伸ばす。伸ばしただけでフェイから射抜くような視線を送られた。
 気付かぬ振りをして食べて、
「うん。やっぱり綾耶の料理は美味いな」
 感想を伝えたら視線に殺気がこもった。熱視線すぎて非常に怖い。
 すると負けじとフェイも弁当に箸を伸ばし、
「綾耶。綾耶の料理、とっても美味し」
「本当? 良かった〜」
 スキンシップを交えつつ、応戦。
「まあまあお二人さん。睨み合ってないでこっちに注目してみろよ」
 言うは康之。手には大きめの瓶を持っている。
「なんだ? それ」
「よくぞ聞いてくれました! これはな、その名も『気分が良くなる水』って言って、」
「気分? 良くなる? だからどうした。野郎が持ってきた物なんて飲めるか」
 しかし説明はフェイの一言によって一蹴された。
「あ、でも、私気になるな……フェイちゃん、聞いてみようよ」
「……綾耶がそう言うなら、聞く。続けろ、笑い死ねばいい担当」
「ま、説明つっても以上なんだけどな。何、妖しいもんは入ってねえよ。ホントにただの水なんだ。飲んでみ?」
 ほれ、と康之は某と綾耶に杯を渡し、瓶の中身を注いでみせた。フェイは康之から注がれることを拒否し、瓶ごと奪って綾耶に渡す。注いでもらって嬉しそうにしている。
「しっかしなんだ、この都合の良い飲み物は」
「細かいことだろ?」
「『そういう水だから』で通って、なおかつ未成年でも合法的に酔ったような描写できちゃうじゃねえか」
「そういうお前は説明口調すぎる」
「気のせいだ。ま、どんなもんか興味もあるから俺は飲むぞ。乾杯!」
 音頭を取ってから杯を傾け、中身を一気に飲み干す。確かに、水だ。そのくせすぐにぽわぽわしてきた。不思議だ、水のくせに。
 正面で、綾耶も不思議水を飲み干した。それを見てフェイもちまちまと飲み始める。
「ホントに水の味しかしないんですねぇ……」
 綾耶が興味深そうに頷くのを、某はじっと見た。
 ――なんだか。
 なんだか、綾耶がいつも以上に可愛く見える。
 ――ん。まあ、仕方ないか。綾耶だし。綾耶だから。
 ということはつまり、
 ――このままもふもふしたって別に構わないってことだ。うん。
 結論の飛躍ぶりは気にならなかった。それよりそうだと思ってからは、ただもふもふしたい。座っている場所が離れているけれど、それがどうした。立ち上がって、一歩前に出て、後ろに回り込んでまた座る。はい、これで綾耶がすぐ近く。
「?? ろうしましたか〜? ……はれ。ろれつがまわらなくなってきてまふ……?」
 ふにゃりふにゃり、緩い笑みを綾耶が浮かべている。綾耶の隣のフェイが、「世界がふにゃふにゃ歪む……!?」と焦った声を出していた。構わず綾耶の手を取った。
「なにがししゃん?」
「綾耶もふもふ〜」
「もふもふ〜」
 後ろからの強襲に、フェイが目を丸くしている。知らん。もふもふ。
「名無し野郎! もふるな! もふるのは私だ! 綾耶は私のなんだそこをどけぇ!!」
「いやぁ綾耶可愛いよ綾耶」
「そんなの知ってる! 早くどけ! 綾耶ぁ私ももふもふ! もふる!」
「はい〜。フェイちゃんももふもふ〜」
 空いている身体の前面で、綾耶がフェイを抱き締めた。フェイが幸せそうな顔で「もふもふ〜」と抱きしめ返しているのが見えた。ちょっと羨ましいので、少し強めにもふっておく。
「なにがしさん〜」
「なんだ綾耶ー?」
「もふもふ、あったかいですね〜」
 振り向きざまに、綾耶が頬をすりすりと擦り寄せてきた。
 うん、確かにこれは、
「あったかいなー」
「です〜」
「綾耶! 私も、私も!」


 もふもふ、すりすり。
 ちょっと怪しい空間から一歩離れたところで、
「ははっ。やっぱりみんな気分良くなって開放的になってるな!」
 康之は楽しそうに笑っていた。
 康之は思うのだ。
 カナンや帝国を相手に諍いが止まぬこの情勢。
 世間は色々と大変だけれど。
 ――桜が綺麗な今ぐらい、こうして楽しんだってバチは当たらねえよ。
 なあ、と傾けた杯に、桜の花びらが一枚浮かんだ。