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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
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リアクション



7


 桜の花びら舞う公園で。
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は桜を見ていた。
 大正袴に身を包み、優雅な足取りで歩く。
 隣に佇むミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)も桜色の振袖といった和風の装いである。
「たまには和服も良いものだねぇ。シーズンだものねぇ♪」
「お花見がメインじゃないんですか?」
「うん? もちろんお花見だってしますよぅ。お弁当もねぇ〜」
 敷いたシートの上にちょこんと正座して、お弁当箱を広げた。三色の花見団子が詰まった箱ともうひとつ。
「こちらは?」
「大沼団子ですよぅ」
 薄めの弁当箱に小さな団子が敷き詰められたそれを、レティシアは紹介する。
「餡とみたらしが掛けられてるっていうか、団子が埋められてるって言うか……つまようじで一つずつ刺して召し上がれ〜」
 ミスティに楊枝を渡しながら、甘酒を杯に注ぐ。
「はい、乾杯」
「どうも」
 こつんと杯をぶつけ合い、一口飲んだ。甘い香りが口に広がる。
「団子と甘酒を口にしながら、桜の優雅さにうっとりする。……良いですよねぇ、春って」
「そうですね。桜吹雪も綺麗なものです」
「杯の上に落ちてこないかしらねぇ? ほっ、よっ……」
 上手く入らないかと杯を持った手を伸ばしてみる。が、なかなか入らない。
「お行儀が悪いですよ、レティ?」
「いいのいいの。無礼講ってやつですよぅ」
「それは意味が違うかと……あら?」
 苦笑しているミスティの杯に、花びらが一枚。
「やっぱり風雅なものですねぇ。あちきも負けてられませんよっと……」
 何かに対して闘志を燃やし、悪戦苦闘するのだった。


*...***...*


 花が咲いた。
 理由はそれだけだ。
「花見に行こう」
 だから、緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)奏 シキ(かなで・しき)を花見に誘った。少しどきどきしながら。
 というのも、今日これまでにもう何人かに声をかけていたのだが、全員示し合わせたように「予定があるから」と言って断られてしまったのだ。
「お花見、ですか?」
 シキが、いつも通りの柔らかい声でおうむ返しに問うてきた。こくり、頷く。
「桜が綺麗に咲いてるの。見に行きましょう?」
「ええ。ではお弁当を作って準備しますね。待っていてください」
 了承されて手を振られ、部屋に一人残されると。
 ――あれ? もしかしてこれ、二人きり?
 ――ってことは、デート?
 ――……っ!!
 意識した瞬間、ぼっ、と顔が赤くなるのに気付いた。
 ――あわわわわ……! どうしよう!
 どうしようも何も、既に誘ってしまったものだからどうすることもできず。
 ただ、お弁当の作成を待った。


 ――紅凛、今日はよくお酒飲みますねぇ……。
 シキは、甘酒を飲む紅凛をじっと見つめた。
 ――そんなにお酒を飲む人じゃないのに、珍しい。
「大丈夫ですか?」
「ら、らいりょうぶ、らいりょうぶ」
 呂律も怪しいが、彼女が大丈夫だと言うなら大丈夫……なのだろうか。
 どこか身体の調子が悪いのだろうか。でも、花見に行こうと誘ったのは紅凛の方だし、お弁当だってよく食べているし、顔色は血色良く桜色だ。調子が悪そうには見えない。
「……何こっち見てるのよぅ」
「紅凛、大丈夫かな? って」
「大丈夫らってばぁ……そんなに気に掛けないでよね」
「気に掛けないわけにはいかないでしょう」
 大切なパートナーなのだから、と続けようとしたところで、紅凛の頭がシキの胸に預けられた。
「紅凛? 大丈夫ですか?」
「あのね、あたし、シキが好きなの」
 思いのほか明瞭な発音で、きっぱりはっきり告げられたその言葉。
「え、」
 と聞き返す間もなく、紅凛の目が閉じられる。
「……寝てますね」
 ずりずり、と頭が下がってきたので、膝枕の体勢に移行して。
「……お返事、どうしましょうね?」
 長い赤毛を撫でながら、ぽつりと呟くのだった。


*...***...*


 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)に聞きたいことがあると言って、花見の席が用意された。
「花見っていうか……茶の席だな」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は呟いた。灯が用意したのは抹茶とお茶菓子だったのだ。灯本人も、「茶道でおもてなしです」と言って精神統一しているし。忘れられがちだが、灯はお嬢様なのだ。茶道くらいできて当然なのかもしれない。一朝一夕で身に付けたものとは違う、洗練された動きをしている。
「けど俺、茶道なんて知らないぞ?」
 困ったようにそう言うと、リースがあははと明るく笑った。
「心配しないで武神さん。お弁当作ってきたよ」
「おお、さすがリース!」
「じゃーん。特製『春のスイカ祭り』弁当ー!」
「……おお」
 ハイセンスっぷりに笑みが曖昧になる。が、まあ普通にお花見を楽しめそうだから良いとしよう。
「リース、ようこそお花見の席へ」
 主催としてリースに挨拶すると、リースも笑顔で頷いた。
「うん、今日は呼んでくれてありがとうー」
「旦那が来れないのは残念だったが……」
「あはは。一緒に来たがってたんだけどね……どうしても外せないお仕事が入っちゃったみたいで。また誘ってね」
「勿論だ」
「それで、今日は聞きたいことがあるんだっけ? 何でも聞いてー! 答えられることは答えるよー」
「そうだな。旦那がいないから聞けることもあるしな」
「え? 旦那様がいないから聞けること?」
 なんだろ? とリースが首を傾げる。ほら、と灯に話すように促すが、彼女は茶を点てることに集中している。
「まあ、俺からでいいか」
「なあになあにー?」
「あいつが昼休み弁当自慢してくるんだが……あれはリースが毎朝作ってるのか?」
「うん、そうだよー。いつも朝起きて作ってるよ。手間が掛からないようなものを有り合わせで作るだけだけどね」
 答えを聞きながら、牙竜は見せられた弁当を思い出す。美味しそうだと思った記憶がたくさんある。朝の少ない時間、それも有り合わせで作るにしてはレベルが高い。
「愛の力だな……そういえば旦那の仕事机の上にリースの写真があったっけ」
「えっ、私の写真? 飾ってるの? ……嬉しいなぁ」
 ぽろりと零れた知らない事実に、リースの表情が明るくなった。幸せそうな、満面の笑みである。
 そんな幸せそうなリースに、
「一番問題なのは……」
「ふえ?」
「定時になるといつの間にかタイムカード押して、気が付かれないうちに帰ってることだ!」
 牙竜はびしりと指をつきつける。
「お家に帰ってからのこと……? えっとね、ちょっとみんなの前では語れないようなあんなことやこんなことを……」
「聞いてない! というか何をしてるか大体想像はつく! だから一言言わせろ!」
「う、うんっ」
 緩んだ顔から一転して身を固くするリースに、
「リア充爆発しろー!」
 牙竜はあらん限りの声で叫んだ。
 叫んでスッキリしたところに、灯から一枚のメモが渡される。
「ん? 何だ、これ」
「このメモの内容をリース様に質問してください」
 簡潔に言われたので、メモを開いて内容を読み上げる。
「『お子さんはいつ頃を予定していますか?』」
「ふぇ? こ、こ、子ども!?」
「いや、これは灯が」
「武神さん……私だからともかく、他の女の人にそれ聞いたら『セクハラだー!』って言われちゃいますよ?」
 怒られてしまったので、元凶のメモを元凶の灯に投げつけた。
 そもそもこんな内容、人に訊かせないで自分で訊けと。
「リース様」
 想いが伝わったらしく、灯がリースの目を真っ直ぐに見て、口を開いた。
「実際の所、家庭を持った男にとって子供は働くための活力の一つです。子供の成長を夫婦で見守り、時には教育方針でぶつかって喧嘩もするでしょう」
 思いのほか、真面目な内容だった。口を挟むことも出来ずにじっと聞く。
「けれども、旦那様にとって一番に愛した女性が生んでくれた我が子への愛情を注ぎ、必死になって働くことは想像出来ます。その時には『内助の功』として旦那様を支えてあげてください」
「……はいっ」
 話し終わって、リースが真面目な表情で頷いた。妻としての顔だ。
「でも、やっぱりもう少しマホロバの情勢が落ち着かなきゃ……ね」
「まあな。不安な世の中に送り出すのは、母として怖い部分もあるよな……」
 でも、と牙竜は思う。
「子どもが居れば、その子の未来のために、ってあの旦那は頑張れるんじゃないかな」
 さっきは定時に帰ることに文句を言ったが、帰るなら帰るであいつは引き継ぎの手配をしてから帰る。だからこそ牙竜も安心して帰る姿を見送ることができる。
「あいつは家庭と仕事を両立できる男だよ」
「ふふ。わかってます。……だからね、あまり無理もさせたくないなって」
 そう思う女性側の気持ちも尤もだ。
 これ以上家庭の事情に他者が首を突っ込むのもどうかと思って弁当に手を伸ばしたところで、
「ねぇ、ねぇ、リースお姉ちゃん!」
 それまで静かにしていたアネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)が、リースの服を引っ張った。アネイリンを見たリースの表情が変わり、
「武神さん……いつの間にこんな可愛い子を匿ったの……羨ましい!」
「羨ましいってお前……」
「ねぇねぇお姉ちゃん。赤ちゃんってどこから来るの?」
「「…………」」
 投げられた爆弾に、牙竜とリースが顔を合わせる。
「赤ちゃんが何処から来るの、か……」
 正直に答えるわけにもいかず、お茶を濁すようにおうむ返し。
「ボク、早く見ちぇみたい! 男の子? 女の子? どっちが来るの?」
 答えを急かす、アネイリンの声。
「リースお姉ちゃんの赤ちゃんなら、きっと可愛いだろにゃー。ねぇねぇ、どこから? どこから?」
「……それは、私に聞くより、経験豊富な武神君に聞くといいと思うの」
「俺かよ!?」
「がりゅー、どこから来るの? がりゅーの赤ちゃんは、まだなの?」
「俺のはまだで……どこから? ええと……どこから来るんだ、灯?」
「私に振らないでください! 作り方は知っていますがどこから来るかはしりません!」
 答えられない大人三人に、子供の瞳は純粋で残酷だ。
「……ちょっと牙竜、実践して来てください。それが早いですよ」
「実践って! 誰としろと!」
「私はストーキングで覗きしてますから!」
「そういう問題か!」
「あ、そうだ。アネイリンちゃん、なんなら私の娘にならない? 今らな妹が出来るかもしれない特典付きだよ!」
「いもーと?」
「リースはどさくさにまぎれて連れ去ろうとするなっ!」
「あ、やっぱりダメ?」
「ダメだっ!」
「いもーとって、なぁーに?」
 アネイリンは、赤ちゃんから一転して妹に興味を持ったらしい。うつろいやすい年齢でよかった、と内心安堵しつつ、弁当を食べた。それから花を見る。
「冗談はさておき、さ」
 灯の点てたお茶に口を付けながらリースが静かに呟いた。
「マホロバでも、こうやってのんびり皆でお花見が出来るように頑張らないとね。私にもまだまだやらなきゃいけないことがあるし」
「……ああ」
 やらなきゃいけないことは、それこそたくさんある。
 今日、綺麗な花と美味しい弁当で鋭気を養って、また明日から頑張っていかないと。
「これからも、皆で頑張ろうね。牙竜君」
 ふと、呼び方が変わっていることに気付いた。目をぱちくりさせると、リースがいたずらっぽく笑う。
 それに笑い返してから、「ああ」と力強く頷いた。
 桜の花びらが、風に舞う。