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 第五章 CALETVWLCH(約束された勝利の剣) 

◇◇◇◇◇

<シェリル・マジェスティック>

 茅野菫が倒れた後、モルドレッドもルールタビーユも戦意を喪失して、混迷しつつも戦闘は終息してゆく様相を呈したCamlannから、私と茅野瀬衿栖は、ルルを連れ出したの。

「ストーン・ガーデンへ、黄金の竜のところへ行きましょう」

「ルルさん、すいません。この子、言ってることは意味不明の場合が多いんですけど、善意から行動していますし、結果としてはだいたい正しいんで、怒らないでやってください」

 衿栖がまた余計なことを言ってるわ。

「菫が助かるのなら、僕はどこへでも行く。
黄金の竜というのは、約束された勝利の剣と同じものなんだろ」

「正解よ。
 ストーンガーデンの竜頭をみんないろんな呼び方をしているだけ。
 それをコントロールしたものは、時を自由に操れる」

「ちょっと、シェリル。あなた、いつの間にそこまで真相を把握したわけ。どうしていままで私に教えてくれなかったのよ」

「すべてはカードが教えてくれたの。あなたに伝えてあげなさい、とは、カードは告げてなかったわ」

「都合が悪いと全部、カードのせいにするんだから、この子は」

 本当にそうなのだから、しかたないでしょ。

「竜でも剣でも、俺はそれを使ってなにをすればいいんだ」

「竜頭を操作して、ガーデンにあなたが望む時間(世界)を刻むように設定するの」

 でも、私の占いでは、ルルが竜頭にたどりつける可能性はけっして高くはないの。
 だから、私はあなたがそこへ行けるように手助けしてあげたいと思ったんだけど。
 マジェの街を駆け抜けようとしていた私たちは、周囲の異常に気づいて足をとめた。
 街中の人々が通行中の姿勢のまま、氷像と化している。
 これは、つい最近、ダウンタウンで見た光景と同じだわ。

「これって、また、あの子ね。シェリル。ここは、私に任せて、ルルとガーデンで急いで」

 衿栖の申し出はありがたいけど、私の占いでは、ここでの衿栖の勝利は確定してはいない。

「賭けよ。エリス。六:四であなたは負ける。あなたを置いてはいけないわ」

「悪い確率を先に言うなんて意地悪ね。
でも、私一人なら60%でも、リーズ、ブリストル、クローリー、エディンバラが一緒なら、一体につき勝率10%アップで、100%になるんじゃない。
ホームズくん、事件の解決は任せたわよ」

 いたずらっぽく笑うと、衿栖は鞄から、四体の操り人形を取りだし、それらを操りながら、通行人たちを片っぱしから氷像にしている黒いフラワシに、むかっていった。

「これも、僕の敵の仕業なのか」

「あなたの直接の敵ではないけど、アーサー王がCALETVWLCHを再び振るう運命への障害であるのはたしかね」

「あれー。マジェはガーデンで事件が起きたりしてて、すごく大変なのに、この二人は、こんな時にデートしてるのかな。
 かたりはそういう無神経なことする人は好きだと思うな。うん。自由でいいね。かたりは、そういう自分勝手な人は大好き! 二人とも死んで!」

 私たちの前にあらわれた黒髪、黒服のこの子は、おそらく、あのフラワシの本体ね。サンジェル・マンと話をしていた女の子だわ。
 彼女は薄気味悪くにたりと笑って、私との距離をだんだん詰めてくる。

「ルル。彼女は私が引き受けるわ。あなたは、ガーデンへむかって。もしかしたら、私たちは、この世界では剣まで到達できないのかもしれない」

「それじゃ、菫は」

 ルルは私の推測に顔色を失った。よっぽど、菫が大切なのね。

「世界はたくさんあって、それを貫く剣は一本。どんな結末だろうと、いまいる世界で最善を尽くすのが、私たちにできることでしょ」

「ああ。僕は剣のところへ行く。必ず」

 ルルは駆けて行った。
 いくつもの世界を行き来して、すべてが丸く収まるようにいま頃、シャルは努力しているはず。
 お願い、運命よ。私たちの努力を裏切らないで。

◇◇◇◇◇

遠藤魔夜(えんどう・まや)

 兄さんの立てた計画に従って、私は天空の島の約半分を地図もなしで歩きまわったわ。
 約束した時間に待ち合わせ場所に戻ってきたのに兄さんがいなかったので、私がどれだけ心配したか。
 だから、一緒に行動しよう、って言ったのに。
 まさか、一人でクロウリのところへ乗り込んだんじゃないでしょうね。
 二十面相は無敵だなんて言ってるけど、兄さんはノッポで痩せすぎで、女みたいな顔した、斬られれば普通に血のでる男の子なんだから、あんまりムチャしないで欲しいわ。
 おじいちゃんも、兄さんは普段はそれなりに分別があるのに、二十面相モードになるとなんで自分から危険に飛び込んでいくようなことばかりするんだろう、見守ってあげてる側の気持ちにもなってよ。ほんと。
 にしても、十五分以上、遅れて兄さんがやってきた時には、私、思わず、ほろりとして泣きそうになっちゃったんで、あわてて兄さんを怒鳴りつけたの。
 わざと怒って自分の気持ちをごまかそうとしたのよ。

「どこほっつき歩いてたのよ。兄さんがこない間に私が襲われても、別にどうでもいいと思ってるんでしょ。
そうよね。兄さんは、自分が一番。二十面相が一番の、自分大好き人間だものね。妹の私なんて、いてもいなくても全然、構わないよね」

「いきなり、なにを言ってるんだ。遅れたのは、悪かった。魔夜、なにかあったのか。私の方は無事、全部、仕掛け終えたが」

「私だって、全部、仕掛けたわよ。兄さんよりもずっと早くね」

「おまえ、泣いてるのか」

「なに、それ。バッカみたい。わけわかんないわ。なんで、私が泣くわけ。目、悪いんじゃない。バカなこと言わないでよ」

 私は、つい大声で全否定してしまって、墓穴を掘ったのに、すぐに気づいたけど、いまさらなんだし、とりあえず、黙ることにした。
 こういう時はしゃべればしゃべるほど、よくないから。

「なんなんだよ。おまえ」

「……」

「今度は、だんまりか。まぁいいや。原因が、私が遅れたのにあるのであれば、謝るよ。ごめんね。魔夜。
 実は自分が分担した箇所をすべて仕掛け終えた後、おまえが気になったんで、おまえが仕掛けたところも全部、確認してきたんだ」

「遅れたのは、私の仕掛けを見直ししてきてくれたからなの?」

「見直しというか、そのう、おまえがちゃんとやっているか確認しにいったつもりだったんだが、おまえの作業スピードは、私が思っていたよりもずっと早くて、結局、追いつけなかったな」
 
私に追いつくって、つまり兄さんは、自分の分担箇所をとんでもなく早く終わらせて、私のコースも回ってくれたわけ。私を心配して。

「クロウリの一味や他にも危ないやつらがいるかもしれない島だから、警戒しようって、兄さんが言うから、私は遅れてきた兄さんがどうかしたのかと思って。なのに、兄さんは、私のことを考えてくれて、もう」

「おい。本当に泣いてるじゃないか。どうかしたのか」

「うるさい!」

 こらえきれなくなった私はハンカチで涙をふいたの。



 数分後、泣きやんだ私と兄さんは、この天空の島の中心あたりにある湖へむかったわ。
 この湖には浮き島があり、兄さんはクロウリが眠りについているのはここだと目星をつけていた。

「別に彼に会わずにここを去ってもいいのだけれど、せっかくだし、挨拶していきますか」

 シルクハットと目元だけを覆う仮面、魔鎧化した私をタキシードとして身につけた、正等派の怪盗ファッションの兄さんと私は、湖畔につながれた手漕ぎの小型ボートで浮き島へ。
 私はわざわざ行かなくてもいいと思うけど、言ってもきかないとだろうから、仕方なく、ね。
 でも、やっぱり、気にかかかるので。

「クロウリと戦闘になったら、どうするつもり」

「黄金のトラでも、おばけカブトムシでも適当なのに変装して、さっさと逃げだすさ。私は、血をみるのは嫌いだからね。
特に意味もなく、お互いの得にもならない争いは、存在自体が許せないよ」

 了解。
 私としては、大魔術師が和平的な人であるのを望むわ。
 半径十メートルかそこらの小さな島に着くと、湖畔からすでに見えていた、天然の岩を組んでで作られたらしい、祠へいったの。
 開け放たれた鉄柵むこうは、奥へと続く一本道になっていた。
 兄さんはためらいなく、進んでゆく。

「もし、逃げるとしても、この石窯のような場所では、逃げ道はいまきた道を戻るしかないんじゃないの。大丈夫かしら」

「別に。いざとなれば、妖虫になって岩と岩の隙間から外にでるのもありさ」

「そうね。そうしたら、私は、紐にでもなってイモ虫の足にからみついてればいいのね」

「そんな方向で頼むよ」

 どういう仕組みなのかわからないけど、おじいちゃんの発明した怪人二十面相の数々には、一時的に体のサイズまでも変化させてしまうものもあるわ。
 兄さんが改良加えてそれらはさらに進化している。
 だけど過信は禁物よ。
 短い通路の突きあたりには、部屋のような空間があった。そして、そこには五人の人が倒れていたの。

「彼らはどうみても、アレイスタ・クロウリではなさそうだね。この部屋が祠の突きあたりみたいだし、ここにいないとなると、クロウリは留守かな」

 兄さんはのん気な調子だけど、倒れている人たちのケガはけっこうひどそう。

「いまさら、援軍がきても遅すぎるよ」

 五人の中でも比較的軽傷そうな、おかっぱ頭に半ズボンの男の子、と思って声を聞いたら、どうやら女の子らしい子が起き上がり、しかめっつらをした。

「私はセリーヌ。私のは、死んだフリだから平気だけど、他のみんなはさっきまでここにいたやつらにやられたんだ。
それにしても、あんたは仮面舞踏会みたいな恰好だね。あんたもクロウリに会いにきたわけ」

「どうやら舞踏会場はここではないらしい。私は怪人二十面相。諸君らの敵ではありません。
もちろん、味方でもないですが」

「また、ヘンなやつがでてきた。
怪人さん、とにかく、ここに伸びてるみんなを介抱するのを手伝ってよ。私が読んだことのあるマンガだと、そういうカッコした怪人や快盗は、変態ちっくなナルシストだけど、一応、紳士的で他人には優しいはずよ」

 セリーヌが誰の話をしているのかわかりませんが、冷徹で個人主義者な兄さんは、自分と関係のない者にむやみと優しくするような人ではないわ。

「きみのお友達さんたちを助けてあげても、私には一分の利もなさそうなので、ここで余計なお世話を焼くのは私の本分ではありません。が、しかし、このままでは、きみらは、私がこれからはじめる計画の犠牲者になってしまうでしょうから、それを避けるために、不本意ながら、みなさんをここからだすお手伝いをさせていただきます。
魔夜も人の姿になって、助けてくれるかな」

 わかったわ。
 私はタキシードから人間の姿に戻って、まず、倒れている人たちの様子をみてまわった。

「いろいろ御託を並べてたけど、とりあえず、協力してくれてありがとう。
 それでね、必要ないかもしれないけど、私たちがなんでこうなったのかを簡単に説明しておくと、ガーデンで本物の聖杯を手に入れたリリたちと一緒に私とダブルモーガンは、この島まできたの。
 それでリリがクロウリと対決するってすごく強気だったし、私以外の四人はそれなりにツワモノだしで、いかにもクロウリが静養してそうなこの祠に乗り込んだんだけど」

「返り討ちにあったわけですね。いまのお話から考えると襲撃するにあたって、きみたちは、下調べが足りなかったんじゃないのかな」

 話に口をはさみつつ、兄さんは自分用に日頃から携帯している小型の救急箱から気づけ薬をだして、失神してる人にかがせたりしている。
 私は消毒スプレーをみんなの目立つ外傷にかけてまわっている真っ最中よ。

「かもしれないけど、私とダブルモーガンはあきらかに巻きこまれた感じなんですが。それに、いざ、ここまできてみたら、敵はクロウリ一人じゃなかったんだ」

「彼以外にも誰かいた、と」

「うんっと、正直、私にはここにクロウリがいたかどうかもわかんないよ」

 なんだか、セリーヌは支離滅裂なことを言ってわね。

「セリーヌさんの言う通りですよ。ワタシもクロウリさんがいたかどうかは、はっきりとはわかりませんでした。たくさんの方がいらしたのはたしかだと思うのですが。
あ、助けていただいてありがとうございます。よろしかったら、こちらをどうぞ」

 気づけ薬で意識を取り戻した白いドレスの女の子は、ていねいに頭を下げ、持参しているポットから紙コップにお茶を注いで、私と兄さんにさしだしてきた。
 せっかくだし、いただいておくわ。

「きみらの話は、私にはまるで集団催眠にでもかけられたように、聞こえるのだが。
実際、ここでは、なにが起こったんだい」

 私も兄さんと同じでそれが知りたい。

「一言で言うとここはガーデンにゆかりのある霊のたまり場だったんだよ。俺たちは、クロウリに会いにきたつもりだったんだけど、結果として、ここにいた多くの霊たちの眠りを妨げて、怒りを買ってしまったわけ。
戦闘っていうかさ、ホラー映画の「ポルターガイスト」って知ってるかな、あれの1、2、3、三部作全部と「パラノーマル・アクティビティ」1、2の怪奇現象がまとめて襲いかかってきた感じ。
部屋中に悲鳴や笑い声が鳴り響いて、俺ら全員の髪の毛が逆立ったり、世界が歪んで見えたり、見えない力に持ち上げられて落とされたり、スーパーデラックスお化け屋敷状態で、ある意味おもしろかったけどね。
俺は、薔薇の学者のクリストファー・モーガン。仮面の怪盗さん、今後ともよろしく」

 話にでてきた墜落のダメージか、肩を脱臼しているふうなのに、クリストファーはそんなことを感じさせない飄々とした表情をしてる。
 線の細い美男子だけど、意外と我慢強いのね。

「だね。僕もクリストファーと同意見。
僕はクリストファーのパートナーでクリスティー・モーガン。さっき倒れていた時にそう聞いた気がするんだけど、きみはあの怪人二十面相なの。僕はミステリ小説が好きなんだ。だとしたら、きみは、僕の英雄の一人だよ。もし、きみがパラミタでも犯罪を犯してまわっているのなら、感心できないけど」

 クリスティーの方も手足に細かな擦り傷、切り傷、青アザがいくつもあって、それなりに出血もしてるのに、穏やかで優しい雰囲気。
 セリーヌが言うところのダブルモーガンは、どちらも心の強い人らしいわ。

「悪いね。クリスティー。祖父の代からのファンのきみを悲しませたくはないが、私は二十面相としてするべきことをしている。もし、きみと敵と味方に別れる時がきても、手加減してくれとは言わないので、その点は安心してくれ」

「うん。わかったよ。おぼえておく」

 クリスティーはしっかりと頷いた。私は彼らと兄さんが争うところなんて、あまり見たくないけど、そうなってしまったら、当然、兄さんの味方をするわ。

「みんな、すまなかったな。リリもここまで伝説通りだとは思っていなかったのだよ。あれだけの数の霊に一斉に襲いかかられ、霊現象に見舞われても、誰も精神の気均衡を崩したりせず、本当によかったのだ」

 最後に目を開けたのは、体中のいたるところに深い裂傷を負い、立ち上がるのもつらそうなほど傷ついた黒髪の少女。クロウリとの対決を自ら望んだというだけあって、その服装、雰囲気からして彼女は、見るからに魔女ね。
 体はぼろぼろでも彼女の瞳は力を失っていなかった。

「アーサー王伝説では、傷ついたアーサー王は剣を泉の乙女に返し、アヴァロンで眠りにつくのだ。そしていくつかある異聞では、王だけでなく彼の騎士や従者たちもいつか目覚める日まで、アヴァロンで王と共に眠っているとされている。
天空に浮かび、たわわに実をつけた林檎の木がしげるこの島は、ストーンガーデンにとってのアヴァロン。
切り裂き魔事件の時のロンドン塔の爆撃で、肉体を失ったクロウリはここに潜んで復活の時を待っている、そのために必要な聖杯を弟子たちに用意させている、リリはそう考えた」

「リリさんの推理はあっていたんです」

 日本茶の子が相槌を打つ。

「アレイスタの居場所についてはな。だが、リリはこの霊廟に、数え切れぬほどのガーデンの住民たちの霊魂がおり、それらがアレイスタの魂をここに縛りつけ、責め苛んでいるとは思ってもみなかったのだ。あの状況からして、おそらく、霊体になったアレイスタは、自分からは弟子たちにも、なんのメッセージも送ることはできなかったのではないか。聖杯を準備し、やつを復活させようとしたのは、弟子たちの自主的な行動、師匠をおもう心のあらわれだった気がするのだよ。
リリは間違えなく、ここでアレイスタ・クロウリに会ったのだ。やつは、リリがここの封印を破り、扉を開けたことに感謝して、真っ先にどこかへ飛び去っていったのだ。
リリたちを襲ったのは、眠りを妨げられ、アレイスタを逃がしたのに腹を立てた、もともとのここの住人たちなのだよ」

 なるほど、というかなんというか、すごいお話ね。

「とりあえず、きみたちの事情はわかりました。無事でなによりだ。が、私は疑問に思うのだが、その、きみらを攻撃した霊たちは、いまはどこにいるんだい。それから、聖杯はどうなったのかな」

「ガーデンの古霊たちにはリリが事情を説明して、別の場所に移っていただいたのだ。はじめは相手にしてもらえなかったが、どんなに傷つけられても、誠意を持って念じているうちに、彼らはリリの話をわかってくれたのだよ。
いま、彼らがどこにいるかはわからないが、ガーデンの周辺のこことは別の場所を新しいアヴァロンにすると、語っていた。
彼らに見放されたこの地の泉、林檎の木は間もなく枯れ、おそらく、島自体が地上に落ちる気がするのだよ。聖杯はユリが」

「ワタシは霊さんたちとは、交流できませんでしたけど、聖杯はしっかり持ってますよ。このバスケットの中にあります」

 ユリは、さっきそこからポットをだしたバスケットを指さした。ここには二十面相がいるというのに、そんなにはっきりお宝のありかを教えていいのかしらね。

「私が思うには、きみたちがここへ来なくても、彼らはそろそろ引っ越しの準備をしていたんじゃないかな。
 この島は、あと十分ほどで爆発して散りじりバラバラになります。私と魔夜がセットした千個以上の爆弾が爆発してね。
 時限装置もスタートしている。この爆発はもう、私にもとめられません」

「なぜ、そんなことを」

 クリスティが兄さんをにらんだわ。

「もらっても使い道に困る聖杯はいらない。二十面相はもっと役に立つものををいただきます」

 目配せされて、また私はタキシードになって、兄さんの体へ。

「では、私たちはガーデンへ。みなさんもお早い退避を」

 お辞儀をしながら、マントで全身を隠し、兄さんがなにかに変装しようとした、その時、

「彼はこんな言い方をしてるけど、CALETVWLCHを使ってガーデンを正常な状態にするには、時計のフタにあたるこの島をどかすしか方法がないんだよ」

 部屋に、ローブを羽織った銀の瞳の青年が入ってきたの。

「どうも、マーリン・アンブロジウスです。いつもはほとんど名乗ったりしないんだけど、今回は俺以外の俺がいろいろご迷惑をおかけしてるようなんで、こうしてアフターケアしてまわってるんだよ」

「おまえは多重世界、平行世界のマーリンの一人なのだな」

 さすがにリリは彼が何者なのかすぐに理解したみたい。

「そういうわけですよ。いま、通路を歩いてる時にきみらの話を聞かせてもらったんだけど、ここじゃ、アレイスタに逃げられたのかもしれないけど、なんのなんの、別のとこではきみらはアレイスタを打ち倒しているんだよ。ま、そこでは俺がとめにいかなきゃ、この島がガーデンにまるごと墜落して大惨事になるとこだったんだけどね。
 ここでは、とりあえず、すべてがまるくおさまってるじゃないか、俺はこなくてもよかったな」
 
だったら、こなくてもいいではないですか。おかしな人。

◇◇◇◇◇

<黒崎天音>

 今回、僕は誰とも共同戦線をはらずにストーンガーデンの秘密を知りたいと思って一人であれこれ調べたり、思案をめぐらせていたのだけどね。
 僕が愛用(笑)している黒革の手帳に万年筆で円と正八角形を描いて、時計の文字盤のように、1から12のインデックス(文字)を配置して、そこに1月から12月の誕生石の名前をを数字の横に書き込んで、さらにそれぞれの管理人の名前の横に4つの建物群と、それが建っている東西南北の位置を付け足してみた。
 普通は、三針が指し示してゆく1から12のインデックス。
 12を北、6を南と考えると、この4つの建物群は東西南北の並びからは若干ずれた位置にあるのは何故だろう?

 それぞれ、
 1時:ガーネット。(一月) IDEALPALCE。  青。東。
 5時:エメラルド。 (五月) CHEMEL。    赤。南。
 7時:ルビー。   (七月) CATHEDRAL。 白。西。
 11時:トパーズ。(十一月)FUNHOUSE。  黒。北。
 となるよね。

 建物の色は五行で東西南北を象徴する色でまとめられているけれど、東西南北が各90度の角度では配置されていない。これでは、風水的な効果はあまり期待できないね。
 この歪みは何を示しているのかな。
 アーサー王と円卓の騎士になぞらえた、12人の宝石の名前と役割をもつ人物……裏切り者の13人目がどこかにいるのか。
 徒然に思いをめぐらせてるうちに、どうやら僕は真相にたどりついてしまったらしい。
 いや、真相というよりも、これがきっと一連の事件の原因なのだろうね。

「……で、結局はまだよくわからないということだな」

 僕のパートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は世話焼きで、時々、憎まれ口をきくんだ。

「ここまできたら、細部がわからなくてもいい気がしないでもないね。どちらかといえば完璧主義者の僕にしてみれば、本当はもっとくわしく知って、すべてを把握しておきたいところなんだけど」

「どちらかといえばは、余分だ。
あの男、ラウールの他にも怪しげな連中が暗躍しているようだな。
迷っておる時間はないぞ。
どうすればよいのかは、わかっておるのだろう」

「まぁ、ね」

 だけど気が進まないな。この役割は僕は適任ではない気がする。
 迷いながら、空から降り注ぐ光の束、まるで、天と地をつなぐ光の柱だね、を僕は見上げている。
 柱は刻一刻と細くなってゆく。
 そして、空から角うさぎを抱えた魔法少女が舞い降りてきた。

「やあ、マジカル・ホームズ。きみもここまでたどりついたんだね」

「黒崎天音さん。さすがですね。私は、パートナーのピクシーから教えてもらったんです。マーリンに謎かけされて、CALETVWLCHの正体がわかったって。たまたま携帯がつながってラッキーでした。
ガーデンは職人と魔法の粋をこらした超巨大機械式時計。
その性能を完全に発揮する動力源は、何年かに一度、ある一定の条件をみたした時だけ、ほんの数分間だけ、この場所に射す光の束。
私はそれを追ってここまできたの。
これが、約束された勝利の剣であり、黄金の竜、CALETVWLCHなんですね」

「ガーデンの各棟の名称や位置は、東西南北を司るの四神の中心に位置するとされる、黄金の竜、つまり、この光が降りる場所を示すための配置だったんだ。
僕は、四棟の角度がズレていたから、風水の実際的な効果を求めるという視点はやめて、風水、四神を象徴することでなにを伝えようとしているのかを考えた。
キーワードは黄金の竜と約束された勝利の剣。
いくらすごい武器でも、使うものに常に勝利を約束するにはムリだよね。
となると、普通に考えて常勝するためにはズル、八百長をするしかなくなる。
よくできた時計を使ってできる八百長。
もう少し幅を広げて時間を使ってできる八百長とはなんだろう。
例えば、時間を自由に操れて歴史を改変できれば、常に勝利は約束されるだろうね。
量子論には、世界のはじまりは、光だったという説がある。最初に光が生まれ、そこから宇宙がつくられていったと。
そして、もし、都市ごと時間移動、もあいくは再構築させられるタイムマシンがあるとすれば、それの動力源はすべてを飲み込み、その世界を再編させられるだけの量、質の光しかありえないんじゃないかな」

 これはあくまで僕の推理だよ。
 いろいろ考えていたら、こんな推理が空から降ってきたんだ。なんてね。

「ガーデンにはいまその動力源になる光が注入された。
ここで誰かが竜頭を意志を持って操作すれば、思うままに世界を変えられる、のかな」

「黒崎さん。お願いします。いまここには、ノーマン・ゲイン。ジャドー・ゲドー。アレイスタ・クロウリの部下たち、様々ン思惑を持つ者がむかってきています。
他の誰かがくる前に薔薇の学舎のイェニチェリであるあなたが、世界をつくってください」

 そんなお願いをされてもね。

「霧島がしたらどう。
竜頭の操作の仕方は、その光が完全に消えてしまう前に、光の中に入って、自分が望む世界の実現を願えばいい、それでけだと思うよ。きっと、ふれた人の意志に反応して、光が新しい世界をつくってくれる」

「私にはムリです」

「うん、ボクもそう思うよ」

 角うさぎと同時にきっぱり否定されてしまったよ。

「やはり、おまえがやるしかないのではないのか」

「ブルーズがやればいいよ。僕はとめないから」

「断る」
 
 みんな、嫌がるんだね。
 僕も、ね。

「世界はこのままでいいんじゃないかな。現状がいいというよりも、歴史を都合よく改変したりするのはあまり意味がない気がするんだ。簡単なことではないけれど、いま、悪い点はこれから直していけばいいんだし。
ともかくこれはよく出来た装置だね。
でも、僕も興味はないよ。
光が消えるまでのもう少しの間、この中に誰も入れないように見張ってるとしようかな」

「おまえは、本当に、それでよいのか」

「ああ。
僕一人の思うままに世界が動くとしても、そんなつまらないことはしたくないんだ」

 ここはストーンガーデン内の道路、ただそれだけの場所。
 ここがいつもと同じ意味しか持たない場所に戻るまで、僕はここにいるよ。空でも眺めながらね。

◇◇◇◇◇

<ニコ・オールドワンド>

 ノーマンは、artificial rubyたちを殺させて、ガーデンを機能不全にしてから、CALETVWLCHで世界を自分の好きなようにつくり直すつもりだったんだ。
 僕は、やつのたくらみにはとっくに気づいていたから、ユーノとナインに助けてもらって、やつよりも、お偉いPMRのみなさんよりも、百合園推理研よりも、イェニチェリたちよりも、雪だるま王国や冒険屋よりも、誰よりも早くここにやってきた。
 巨大な光の柱。
 これが黄金の竜。ガーデンの龍頭さ。
 僕が操作する。
 僕はこれで僕のおさめる王国をつくる。

「じゃ、入るよ」

 ここまできても、まだ、僕の推理を信じてない感じのユーノとナインを残して、僕は光の中へ入った。

「はっははははははははは。
ついに、なにもかもが僕のものになるんだ。
僕がノーマンにも、クロウリにも勝った。僕が世界の王。救世主。創造主さ。
さあ、どうしてやろうか。いままで僕をバカにして見下してきたやつらは、みんな家来にしてやるよ。
そうさ、誰も僕には逆らえないそんな世界を」

 そんな世界を想像しようとして、僕は。
 僕は。
 なぜか、不安になって、すごく。
 すごく、さみしい気分になったんだ。
 なんでだ。
 気の迷いだ。
 僕が王様でいいじゃないか。
 王様なんて誰がなっても一緒だろ。
 僕がなってなにが悪い。
 大人も子供も人は誰でも自分の好きなようにやりたがって、僕だって、そうするだけじゃないか。
 僕の思いのままになる世界。
 僕のための世界。
 みんなが僕を心から尊敬して、理解してくれる世界。
 無条件でみんなに愛される世界。
 僕の世界。
 僕の世界。
 僕の世界。
 それは。

 僕しかいない世界と同じじゃないのか?

「どうでもいいけどよゥ。つまらねぇのだけは、カンベンだぜィ」

「私はニコがいてくれれば、どんな世界でもいいのですよ」

 ナインとユーノの声がする。

 僕は、僕の世界では、このナインとユーノはいなくなっちゃうのか。

 それは。
 そんなの罠だ!
 わかったぞ。

 僕はこんな罠にダマされるもんか

 光が消えたのがわかった。
 竜頭を操作できる時間は終了したって、こと。
 足音がする。
 たぶん、僕のパートナーたちだ。

「キシャシャシャ。どこが変わったんだよ。俺りゃぁ、まるで変化なしなんですけどねぇ、創造主様」

「ニコ。無事ですか。私の見る限り世界に変わりはないように思いますが」

 そうだね。
 全然、変わってないと思うよ。世界のほとんどの人に影響のないほんのちっぽけな変化を除いてね。
 僕は、久しぶりにまぶたをあけて二人をみたんだ。

「まぶしいね。目が痛いよ」

◇◇◇◇◇

ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)

 ボクと春美がピクピクからもらった情報を頼りにCALETVWLCHに着いた時、もうそこには人がいっぱいいて、誰もが光へ入るために争ってる最中だったんだ。

「春美。どうするの」

「あの中へは、誰も入れちゃダメよ。マジカル・ホームズの名に賭けてCALETVWLCHを守るのよ」

「わかったよ。でも、これだけ人がいると。あ、あれ、ヤバイよ」

 ボクらの周囲には、新興宗教心教の信者の人たちがたくさんいて身動きがとれないんだ。でも、ボクは見た。
 いまにも光に入ろうとしている、ゴスロリドレスのあいつを。

「ノーマンが入っちゃうよ。大変だよ。誰か、とめて。あいつを入れちゃダメだ。わかるでしょ」

 あー。
 最悪だよう。
 あと三歩だ。
 世界がオワルゥー。
 ボクはおそろしくなって両手で目隠しした。

「サン、ニィ、イチ」

 自分でファイナルカウントダウンして、もう一度、CALETVWLCHをみたんだ。
 そこにはノーマンはいなくて、中に入ったのかなと思ったら、春美が弾んだ声で、

「ディオ。上よ」

「え。えええええ。モスマンがノーマンを捕獲したんだ」

「モスマンじゃなくて、大コウモリ。怪人二十面相がノーマンの悪だくみを盗みにきてくれたのよ」

 モスマンでもバットマンでもどっちでもいいや。
 とにかく正義の怪人がきてノーマンを捕まえて、空高く上昇してくれたんだ。

「春美。ボクを肩車してよ。空で声がする。ノーマンとコウモリが話してるのかも」

 ボクは春美に肩車してもらって、耳を澄ました。

「ノーマン・ゲイン。きみの計画の成功は、この怪人二十面相がいただくよ。せっかくおこしいただいて心苦しいが、石庭からは成果なしで帰ってもらおうか」

「怪人よ。戦乱に満ちたシャンバラの歴史をやり直したいとは思わないか? きみら、若き契約者の思いが反映されているとは言い難い荒廃した現在のパラミタ大陸をゼロから開拓しなおす気には、ならないのか」

「悪いがその気はないな」

「私とは意見が違うようだね。蝙蝠男人。再見」

 うわっ。

 ノーマンが強引に、二十面相から体を離し、上空、十数メールから飛び降りたんだ。
 まっすぐ落ちるかと思ったら、あいつ、スカートをパラシュート代わりにして位置を調節して。

「今度は、空からCALETVWLCHに入るつもりだ」

 二十面相もノーマンを追って急降下してるけど、鼻の差で追いつけなさそうだよ。
 どうしよう。

 わわわわわわ。おおおっ。

「ディオ。私は戦ってるんだから、頭の上で暴れられると危ないわよ」

「二十面相の次はルパンが来たよ。怪盗といえば、やっぱりあの三角カイトだよね。ノーマンを抱えて、ちょ、ちょちょっと、こっちに降りてくるよ」

 すごく大きな三角カイトを背中につけた、片眼鏡にシルクハットの怪盗紳士は、ノーマンを地面に投げだすと、自分は優雅に着地してベルトで装着していたカイトを外したんだ。
 そして、レイピアでノーマンに襲いかかった。
 すぐに立ち上がったノーマンは身軽に攻撃をかわし、いつの間にか手にしていたナイフで時おりルパンに反撃する。

「約束された勝利の剣が抜き放たれたというのに、多重世界の誰も、己の信念でその剣を振るう勇気を持たぬらしい。
万民のための良識。恒久的な平和。
この局面においても、個人が己の為に行動せぬことで世界にそれがもたらされると思っているのか。
まったく、善人とは狂人揃いだな。
反吐がでる」

「愚かなだな。自称犯罪王。
人生は、巻き戻しができぬからこそおもしろいのだろう。
若者は、過去をほじくるよりも未来を創るさ。未知なる明日が怖いのなら、さっさと闇に消えるがいい」
 
 激しく刃と言葉を交わしあいながらも、ノーマンとルパンはどこか楽しそうだね。やっぱり、似たもの同士なのかな。
 そんな二人の戦いに、改造された長剣を振り回しながら、割り込んできた人がいるよ。

「貴様ら。この如月正悟の剣でどちらも消え去れ!」

 三人は全員、自分以外は敵というスタンスで戦い続けてる。
 ノーマンやルパンを狙う人たちが、さらにその輪に加わっていって、あっと言う間に何十人もの集団になっちゃった。
 人気があるって大変だよねぇ。
 春美はブリザードやシューティングスター☆彡を放ちながら、光の方へ進んでいる。
 光の柱、CALETVWLCHのすぐ側にいるのは、信者たちに守られた救世主? シメシメこと、シメオンさんとか、ニコくんとネコさんと天使さんとか、PMRとか、フードつきローブの魔術師っぽい人たちとかだ。
 それらがぐしゃぐしゃにもみあってる。

「こうなったら、ヘタに守りにまわるより、攻めた方がいいわね。
攻撃は最大の防御よ」

 聞きなれた声がするよ。

「バウバウウウウバウバウン(誰を攻める気だ)」

「治安の回復のためにも、多少、手荒なマネをしてもこの場を沈静化させるしかないだろう」

 ブリジット代表とロウと警部、他のみんなもいる。気がつくと推理研のメンバーがボクらの横にきてくれてたんだ。

「百合園女学院推理研究会代表ブリジット・パウエルよ。どきなさい。
ちょっと、あなた、私のスカートを踏まないでよ。ほら、あっちへ行きなさい」

 代表を先頭に、ボクらはずんずん光に近づいていく。

「さて、このあたりで陣を張るとしましょうか。
春美。
代表命令よ。
竜頭を操作してガーデンを正常な状態に戻しなさい。
マジェはロンドン。
ロンドンといえばホームズでしょ。
レプリカとはいえ、あんたの愛する探偵が住んでいる街を頭のおかしな連中の思うままに改変させていいわけないわよね。
私たちがここで他のやつらを食い止めていてあげるから、早く行きなさい」

 びしっ!

 代表は得意のポーズで春美を指さした。

「わ、わ、私ですか」

「ためらっている余裕はないのよ。さあ、早く」

「は、はい」

「春美さん。ディオ。がんばってね」

 マイナさんに背中を押される格好で、ボクらは光の前にきたんだ。
 ほんの数メートル先に、世界をかえる力を持つ光の柱がある。

「春美。がんばってね」

「えっ。私、一人で入るの?」

「それはそうだよ。ボクはここで待っていてあげるから、行ってきて。あんまり、怖い世界にしたら、ダメだからね」

「あ、あのう、ディオさん。ガーデンに住んでる人もたくさんいるんだし、ガーデンやマジェ以外にも影響を及ぼすかもしれないし、これは私が背負うには、あまりにも責任の大きすぎる問題なのですが」

「人生は選択の連続なんだよ。いまは、やるしかないんだ」

 ボクはどっかできいた言葉で春美を励ましたんだ。
 いざとなるとビビっちゃうなんて、春美も度胸がないよね。
 顎先に手をあてて、春美は考えてる。

「わかったわ。
やっぱり、私にはこの大任はムリよ。
とにかく、光が消えるまでここに誰かが入らないように守り抜きましょう」

「う、う、うん。それで本当にいいのかな」


「誰か一人の考えで強制的に世界をかえてしまうなんて、ある意味、暴力と同じよ。私には、できない」


「ダメだよ。それじゃ、この事件で死んだ人や壊れたものも、このままなんだよ。いまのガーデンは狂った時計なんだ。せめて、それだけはなおさないと、ガーデンはいくつもの世界が重なって干渉しあったまま同時に存在する異常な世界になっちゃう」

 いつの間にかボクの前には、青い瞳の小さな女の子が立ってた。

「あなたは」

「アリアンロッド。ガーデンの子だよ。お姉ちゃん、ガーデンを助けて」

「そう言われても、私には」

「早くしないと光が消えちゃう!」

 アリアンロッドちゃんは、ボクの腕をつかんで。

 のわわわわわ。

 ボクは投げ飛ばされて光の中に入ちゃったんだ。

「アニマル・ワトソンくん。ハッピー・エンドを頼みましたよ」

 アリアンロッドちゃんがどこかで聞いた声でアドバイスしてくれた。

「ディオ。お菓子のことやご飯のことばかり考えちゃ、ダメよ!」

 自分は辞退したクセに、春美はうるさいよ。

 で。
 ででででで。
 ボクはどうすればいいの。
 うわー。こんなのボクには、ムリだよ。責任重大すぎだよ。
 ボクはただのジャッカロープ、角うさぎだよ。
 UMAによるUMAのためのUMAだけの、けもけもの国とかつくっちゃったら、みんな困るにきまってるし、そんなのボクもイヤだよ。
 なに考えればいいのかわかんないよぅ、うわああああああ。
 そう言えば、こういう選択をするは、アニメや映画にもあったよね。ま○か☆マ○カとか、GA○TZとか、たしかどっちも世界のために主人公が。
 イヤだぁ。
 ボクは自己犠牲とか好きじゃないんだ。
 みんなで明るく楽しくでいいんだ。死ぬのもみんなと一緒のほうがきっと安心できるってば。
 どうしよ。
 どうしよ。
 どうしよ。
 どうしよ。
 ハッピー・エンドを頼みましたよ、なんて言われてもさあ、ハッピー・エンドも人によって違うんでしょ、みんな全員、喜ぶ終わりとかありえないんじゃないかな。
 う、う、ああ。このままだと、光が消えちゃう。
 ああ、ああ。
 迷いに迷って、ボクは無意識のうちにポシェットを引っかきまわしてて、それをみつけた。
 そうだ。
 これしかないかもしれない。
 ボクがいつも探してるこれ。
 誰にプレゼントしても笑ってもらえる、これ。
 みんながこれに込めている願いの気持ちなら、誰も不幸にはならないはずだよ。きっと。
 よし。
 ボクは、ガーデンで捜査中にみつけた四葉のクローバーを空にかざした。
 
「これは幸運のお守り。
 みんながこの葉っぱに込めている想いを裏切らない世界になれっ。
 みんな幸せになれっ。
 なるんだっ。
 ボクの大好きなみんなへ、世界中のみんなへ、幸運よ、届け!」