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ハロー、ゴリラ!(第1回/全1回)

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ハロー、ゴリラ!(第1回/全1回)

リアクション


Boys & Girls【3】


「アゲハさん、雑誌にこんな記事が載ってたんです!」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はぱらぱらと雑誌をめくり、木陰で寛ぐアゲハの鼻先に突き付けた。
 タイトルは『吊り橋効果でドキドキ!? 野性味あふれる彼氏をゲットせよ!!』とのことである。

 吊り橋で皆さんが抱くイメージって何ですか? 揺れる? 危ない?
 甘い。甘いですよ、皆さん。
 吊り橋とは恋の戦場です。甘い考えは命取りですよ?

 え、信じられない?
 まあ、確かに普段は使わないでしょうし、ピンとこないというのは良くわかります。
 では、一つ一つ検証していきましょう。
 まず、皆さんが思ってるように吊り橋は渡るのに時間がかかりますよね。
 でも、これって実は好きな人と長い時間を共有できるチャンスなんです。
 普段はクールに「近づくんじゃねーよ、ウゼェ」とか言っちゃうシャイな彼もゆっくり歩いてくれるはず。

「こわーい><」って言いながらくっつくのもいいですが……。
 ほんの少し彼の背中を押してみるのも、スリルが増していいかもしれませんね。
 もちろん、そういう時にはこんなフォローが必要です。
「いや〜ん、風強ーい。でも、こんなに揺れる橋で体勢立て直すなんてスゴイ!」
 そして、上目遣いで……。
「あたし歩けないからおぶってくれるかなぁ」
 これで距離も一緒に急接近ですね。胸をぐっと押し付ければ彼氏もきっとドキドキでしょう。
 この作戦で怒るような彼なら所詮その程度のレベルということです。
 ただ、その程度の彼なら最初のプッシュで落ちてしまうでしょうし、気にする必要は全くありませんが。

「マジウケるんですけど、この雑誌」
「うん……。酷い記事なんだけど、アゲハさんならカリスマだし、これでも男子を落とせるんじゃないかなって」
「あたしが?」
「……それは買い被りすぎじゃないかしら。彼女がカリスマなんてちゃんちゃらおかしいわ」
 突然の偉そうな声、二人は振り返る。
 あらわれたのは何かとアゲハとぶつかる歌姫、アズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)だ。
「大体、バイトの都合で仲間が出てこれないってどんなカリスマよ! 負けてんじゃん、バイト先に負けてんじゃん!」
「はぁ? コイツマジKYなんですけど。休んだら他の人に迷惑がかかんだろーが、バイトなめんなよ?」
「う、うぐ……」
 中途半端に正論を言ってくるのがアゲハの面倒なところである。
 しかし、こんなところで気圧されてる場合じゃない、と優位性を保つべく上から目線でアズミラは言う。
「まぁいいわ。友達に見放されたあなたが可哀想だから、私が手を貸して上げるわよ」
「ふぅん。あざぁーす」
「あざぁーす……じゃないわよ! もっと感謝の情を示しなさいよ! 軽いのよ!」
 とその時である、歩が「あ!」と声を上げて橋のたもとを指差した。
 そこに佇むのは魔鎧化したイエニチェリブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)であった。
 以前は三大成人病に蝕まれてそうな不健康な姿をしていたが……見ないうちに随分姿形が変わってしまったものだ。
「久しぶりだね、アゲハ……。人間的に大きく成長して変身を遂げたボクだよ」
「おめー、誰だよ?」
 無論、事情を知らない彼女は誰だかわかるはずもない。だが、彼はアゲハとは心で繋がっていると信じている。
「そう言う冗談は嫌いじゃないよ。ところで、ボクが送ったプレゼントは見てくれたかい?」
「プレゼント……?」
 そう言えば数日前、なぞの小包が届いていた。中身は『クランマートの指輪』だった。
 日本発、空京にもある大手コンビニチェーン『クランマート』のくじ引きの2等商品……とのことである。
「つか、マジなんであたしんちの住所知ってんだよ!」
「グフフ……怖いよね。個人情報漏洩って。ああ、大丈夫。ボクは口が固いほうだからね……」
「……なんか寒気がしてきたんですけど」
 ふと、歩はアゲハの服を引っ張った。
「アゲハさん、さっきの吊り橋効果を試すチャンスだよ。お願いっ、参考にしたいの。カリスマの実力を見せて」
 鉄塊のようなブルタにうーん……と唸ったものの、最終的にはしょーがねーと効果実践に協力することになった。
「まぁいっか、ひまだし。おい、そこの鋼のようなデブ。一緒に吊り橋渡んない?」
「ああ。すこぶる酷い誘い方だけど、君が誘ってくれるなら、ボクはナラカの底にだってお供する覚悟だよ」
 感動に打ち震えるブルタ。それから登山用ザイルを橋の上に渡し、落下防止の命綱に自分とアゲハの身を預ける。
 見た目に反し、意外とこう言う細かい気配りに余念がない。
「……用意いいじゃん」
「当然だよ。君を危険な目に遭わせる男だと思ったかい。さぁ古い吊り橋だ。気を付けて渡ろう」
「……うん」
 こちらも意外としおらしく手を引かれるアゲハ……と思いきや、おもむろに彼女はデコバットを振り上げた。
 ブルタの後頭部に一撃。プギャアアアと悲鳴を上げて、ブルタはその場にうずくまった。
「どう、ハガネ? なんかドキドキしてきたんじゃない?」
「ぐぶぶ……。あ、ああ。す、すごい勢いで心臓が脈打ってるよ……。激しい女だなぁ、君は……」
 雑誌には背中を押せとは書いてあったが、背後から強襲しろとは確実に書いてなかった気がするが……。
「と、ところで、アゲハ。見てごらん、あんなところにバンジージャンプ台があるよ……!」
 中程にゴムゴムのロープなるものが吊るされている。
 傍らでうやうやしくお辞儀をするのは、ブルタの相棒ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)
「この切れそうで切れないロープで見事バンジージャンプを成功させると、そのカップルは生涯切れない絆で結ばれると言う伝説があります。シボラ来訪の記念にどうでしょう。あなたがたもチャレンジしてみてはいかが?」
「やぁ奇遇だね。こんなところでこんなイベントに出会えるなんて……グフフ」
「つか、おかしくね。完全にあんたが仕込んだヤツだろ」
「気のせいだよ。それに森ガールが見てるかもしれない。カリスマの勇気を見せつけるにはうってつけじゃないか」
「絶対見てないし、髪型も崩れそうだからいい」
「ここであなたの実力を見せつければ、化石化した世界樹も思わず目覚め、あなたを神と仰ぐかもしれませんよ」
 ステンノーラも背中を押す。
「ハイパー興味ねぇし」
「そんなこと言わずに、記念にひと飛びしよう。小麦粉がなくても人はトべることをおしえてあげるよ」
「やだって」
「そこをなんとか!」
「イヤだっつってんだろ! おめー、人の話聞いてねーのかよ、この堅太りが!」
 すぐキレる若者であるアゲハはデコバットでブルタをボコボコにし始めた。
 が、次の瞬間、吊り橋が大きく波打って揺れた。
 見れば、対岸から渡ってきたのぞき部の長弥涼 総司(いすず・そうじ)が激しく揺らしているではないか。
 やたら汚泥と……何か白い液にまみれてるのが気にかかるが、今はそんなの気にしてる場合ではない。
「オララオラーッ! 恋に落ちろ! 恋に落ちろ!」
 揺れ=ラブの理論による暴挙。アゲハ達のあとから橋を渡ってきた歩とアズミラも巻き込まれいい迷惑である。
 必死に手すりにしがみつく美少女二人の胸は、激しい振動に呼応してリズミカルに縦揺れを引き起こす。
 煌々と目を光らせ、その動きをフレーム単位で凝視する総司。
「吊り橋が揺れればおっぱいも揺れる! これぞ自然の摂理、天と地とおっぱいはひとつ! 新たな吊り橋効果だ!」
「や、やめなさいってば、総司!」と一応パートナーのアズミラが止める。
「おまえまで巻き込んじまってすまねぇ。でも、これも恋のためだ、恋の道は過酷なんだ、ゆるせ」
「ゆるせ……って、恋に落ちる前に吊り橋が落ちるわーボゲェ!!!」
 ドタドタと走るアズミラ。総司の下あごから登る龍のごとくアッパーカットで打ち抜く。
「うぐっ……! 人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて打撲死するって知らないのか!」
「何が恋路よ! おっぱい見たいだけでしょうが!」
「流石はオレのパートナー。よくわかってるじゃねーか、じゃあオレが何を考えてるかもわかるよな……?」
 アズミラははっと気付く。下は川、川=濡れ濡れ透け透けのおっぱいパラダイス、略しておっパラダイス。
「ふ、ふざけんな、総司!」
「逆に考えるんだ。『透けちゃってもいいさ』と考えるんだ、アズミラ」
「考えられるか!」
 その時、アズミラの元にデコバットが飛んできた。空中でキャッチしアゲハに目をやる。
 彼女は立てた親指で首をカッ切った、所謂ひとつの『こ・ろ・せ』のサインである。
「まさか、あなたとともに戦う日が来ようとはね……!」
 女同士の小さな友情を感じ、アズミラは吊り橋を落とそうと暴れる変態をボコボコに叩きのめした。
 それから、鎧がぐにゃぐにゃになるほどしばかれたブルタ共々、ゴムゴムのロープで縛り上げる。
「く……、こういうプレイも嫌いじゃないが、オレたちを縛り上げてどうするつもりだ……?」
「ハァハァ……、アゲハ、縛るなら君と一緒のほうがいいな……」
「うるせぇ」
 アゲハのひと蹴りで、二人は転がって川に落ちた。その行方を歩はそっと指差す。
「見て……、沈んでいくよ」