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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第1回/全2回)

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 同じ頃、黒崎 天音(くろさき・あまね)は一人、集落内にいた。城壁に囲まれた集落、しかし東に回ればその壁が壊れていたり、また壁が存在しないエリアもある。家屋や工房の類に見える建物の壁が城壁の役割を果たしている、そんな風に見えなくもなかった。
「……その格好は何だ?」
 不意に天音は、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)にそう言われた事を思い出した。天音は全身を黒装束で包み、頭には『悪魔の角』を付けていた。
「潜入用の変装。悪魔に見えるかい?」
「お前は普段から悪魔の様な……いや、それは脇に置くとして」
 総評も得られず、しかもツッコミたい箇所は脇に移動させられていた。何とも理不尽だったが、「くれぐれも危険な行動はするな」と言ってくれた事で頬が緩んだ。
「ブルーズは心配性だねぇ」
「心配する実績は山とあるからな」
 一言多いとはこのことか、一瞬で頬が強ばった事を思い出して、天音は『現在』も自分の頬が強ばっている事に気付いてしまった。ただし今の強ばりの原因は『苛立ち』にあらず、単純に『緊張』からであった。
「もし、そこの方…………そう貴方です」
 鼓動の乱れで声が揺れないように気を付けながら天音は悪魔の一人に話しかけた。相手は黒い肌の上に黒い布地の服を着た悪魔、どう見ても軍属であるようには見えなかった。性別は男だろうか。
「この集落は何という名でしょう? 一人旅を続けていたものの地図をなくし道に迷ってしまい困っております」
「…………ペオルだ」
「ペオル? ここがあのペオルですか」
「………………」
 男は何も言わずに歩み始めた。天音もそれに続く。ちなみに『あのペオル』と言ったのは……はったりだ。
「お恥ずかしながら勝手に入ってきてしまった身、ぜひともここの長に挨拶をしたいのですが。集落長? でしょうか、ここで最も地位の高い人物の居場所を教えていただけないでしょうか」
「…………そんなものは居ないよ」
「居ない?」
「あぁ、ここにいるのは職人ばかりだ、作るものは違っても地位や身分の違いなんてない。指揮を執る奴は居ても、俺たちは別に従わされてるわけじゃない」
 男は両手で木箱を抱えており、その中には鎧のような物が見える。この男は鎧の、または魔鎧の職人ということか。
「いやしかし、先程軍服を着た者たちを見かけたのだが」
「あれはパイモンの兵だ。俺たちとは関係ない」
「関係ない?」
「いや、関係ない事はないか」
 そう言って男は少し考え、そして「客だな」と呟いた。
「客……」
 自分の工房なのだろうか、男は扉のない建物に入ると部屋の中央にある椅子に腰掛けた。木箱はすぐ足下に置き、中から鎧の一部を取り出すと、言葉もなくそれを丹念に見つめ回した。
 これ以上は聞けそうにない。天音は一人建物を出た。
「客だ」
 男はそう言った、軍兵は彼らにとって『客』であると。それならば尚更、城門での騒ぎに軍兵が赴くのは不自然ではないだろうか。
 同じように並んだ建物の中にも職人と見える悪魔の姿が見えるが『我関せず』な態度は男と同じ。彼らの関心は、目の前の『獲物』にしかないようにも見える。
 職人の集落と魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)の軍兵。職人が屈服しているように見えないのは、ただの虚勢、なのであろうか。



「お待たせ」
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が足音を立てずに歩み寄り来た。
「あの中じゃ、これが一番可愛かったわ」
 手に持つ服を差し出した、それは集落の悪魔が着る服の内の一着だった。
「わっ、本当に可愛い。ザナドゥの悪魔っ娘もおしゃれさんだね」
 丈は短めのワンピース。黒いフリルなんかも施されていて、白地のストライプやフリルなんかが加わればゴシックメイド服に見えなくもない。受け取った師王 アスカ(しおう・あすか)は目を丸くして眺めていた。
「よくこんなの見つけたねぇ」
「びっくりするほど簡単だったわ、服を干すのは『ベランダ』『軒先』ってのは世界共通みたいね。不用心すぎ。で、『サイコキネシス』であっさりゲット」
 下着泥棒もビックリの告白だった。もちろん彼女自身が悪魔である事もあって、軒先に近づくのは容易だった。あとは背中で隠したまま留め具を外せば服は後ろ手の中、何食わぬ顔で立ち去るだけでよい。
「そんな事より早く着替えて。目星はついてるんでしょ?」
「えへへ〜、もちろんだよ」
 建物の影に隠れたまま、アスカは器用にワンピースに着替えた。長い髪を肩下で一つにまとめ、そして最後に『悪魔の角』を頭に装着。これで道ばたを歩く女性の悪魔にだいぶ近づいた。
「あそこ。あの建物」
 アスカは向かいの建物を指差した。
「あの建物だけ人の出入りが多いの。小屋も大きいし」
「なるほど……って、堂々と槍とか銛とか運び出してるわね。丸わかりね」
「いや〜、初めて見たときはビックリしたよ。変装してるこっちが恥ずかしくなってくるよ」
「それは違うと思うけど……」
 彼女たちの目的は兵器の情報を探ること。ジバルラたちが起こした騒ぎに乗じて集落内に潜入した。身を隠す中で見かけた軍兵の姿、そしてそれに続く悪魔たちが大量の兵器を運んでいたのをみて、彼女たちは目的を絞った。そして同じことを思った同志がもう3人。そのうちの一人、
「あの、私たちは……」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が声を潜めて訊いた。
「私たちが話してくるわ。そのために変装したんだし」
 アスカオルベールが建物の入り口へ歩いてゆく。そして僅か30秒、嬉しそうにアスカが手招きをみせた。
 そんなウキウキと手招きされても……。不安は拭いきれなかったが緋雨は出来るだけ堂々と建物へ歩み寄った。悪魔に変装したアスカや元々悪魔であるオルベールとは違い、緋雨もパートナーの天津 麻羅(あまつ・まら)もただの地上人。もう一人のパートナーである櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)は魔鎧であるが服装は『特注シャンバラ国軍制服』、疑われて当然と思っていたが、思ったより意外とあっさり見張りの悪魔にも建物の中で作業する悪魔たちにも受け入れられた。
「あの……どうやって交渉したんですか?」
「え? どうって?」
「いや、だから。私たちのこと、どう説明したんです? すんなり受け入れられてるみたいですけど」
「そりゃそうだよ、私たちの奴隷って言ってあるから」
「奴隷?!!」
「『道すがら拾った、までは良かったんだけど、どーしてもこの建物を見たいってゴネるから困ってて』って話したら、あっさり」
「なんか理不尽!!」
 複雑な心境の緋雨はさておき、麻羅姫神は建物内に入るとすぐに目の色を変えた。神と呼ばれし鍛冶師と人の鍛冶師の魂が篭められた魔鎧。2人はすっかり建物内の職人たちと同じ瞳をしていた。
「それは『トライデント』の刃かのう」
 息をつく職人に麻羅が訊ねた。
「良い熱さじゃ、少しもムラが無い」
「分かりますか?!!」
 職人は嬉しそうに顔を上げた、が、すぐ隣に座る男に「止まるな! 乱れるぞ!!」と叱られていた。背中は大人に見えたが、見せた笑顔は少年のようだった。実際に若いのだろう、そして叱りつけた悪魔はその師匠と言ったところだろうか、叱りつける時も短く強く言い切っていた。
 途中で手を止めれば密度も硬度も熱さも乱れる、その乱れを取り戻せずにその刃が使いものにならなくなることだって十分にあり得る。
「思わず声をかけてしまった。邪魔をしたのう」
「いえ、御仁が謝ることはない。コイツが未熟なだけです」
「すみません、つい」
「いやいや良い腕をしておるよ。先が楽しみじゃ」
「本当ですか?!!」
 完全に手を止めた若造に師は打鎚で頭を殴りつけた。無論、師はすぐに手を戻して作業に戻る、この間わずか1秒もなかった。
 これ以上の邪魔は悪いと麻羅はその場を離れた。そうしてすぐに緋雨を見かけた。彼女もまた職人の一人に話を聞いているところであった。
「それは魔鎧、よね?」
 聞けば男は職人の中では中堅に位置するらしい。甲冑部の点検をしているようで、麻羅が訊いた職人たちに比べれば、だいぶ話は訊きやすかった。
「魂はどうしているのかしら」
「魂?」
「必要だって聞いたけど」
「まぁ、そうだな」
「それは単純に生物的な命なのかしら? それとも、それは知的生命体が込める想いや強い意志の事を言っているのかしら?」
「……遠回りな言い口だ」
「そうかしら」
 口数は少ないが答えてはくれる。ちっとも愛想は無いが。
「生物の魂を素材に作る。そうでなくては作れない」
「これだけの数の魂を?」
 周囲には20近い数の魔鎧が床に置かれている。それらは修理済みのものやこれから修理するものだというが、その一つ一つが意志を持つ生物の魂から作られているという事になる。
「外から持ってくる。それは軍の奴らの仕事だがな」
「外から、ですか」
 右腕だけを動かして男は壁際の棚に置かれた魔鎧を指差した。
「妻だ」
「妻?!! 奥さんを魔鎧にしたってこと?!!」
「隣は娘だ」
「……娘さんまで」
「崇高な魂となった。いつでもいつまでも共に暮らせる」
「そんな……」
 『崇高な魂になった』それが職人たちの、いや、この集落の共通認識なのだろうか。詳しく聞きたいところだったが、男は「理解できないならそれでいい」その言葉を最後に口を閉ざしてしまった。作業を終えたのか、男は立ち上がり、この場を去ってしまった。
「「緋雨」」
「姫神?」
 姫神からの『テレパシー』だった。彼女は一人、建物内の全容を探るべく別行動をとっていた。
「「職人は50名近く居るようですが、作っているものは武器の類のみですね。魔鎧の製作はされてません、修理とメンテナンスは行っているようですが」」
 作られた武器は全て軍の保管庫に運び込むのだという。おおかたここは武器の製造所といったところか。
「魔鎧を作る職人に会いたいのよね」
「「えぇ、まぁ。元職人として興味はあります」」
「なら出ましょう。ここの調査はもう良いでしょ」
「「ありがとうございます。すぐに合流します」」
 麻羅にも声をかけて、外に出た。併せてアスカたちも外へ同じに。
 軍の武器製造所。奴らの武器はここで作られ、そして使われる。概ね戦力は把握できた。無理に長居する必要はもはや無い。
 集落には他にも多くの建物や施設がある。どこまで可能かは分からないが、時間と力と状況が許す限り調査を行うべく、5人は集落内を歩み始めた。