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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●12

 クランジΠ(パイ)は、しばし呆然とした。棒でも呑んだかのように、ただ、立っていた。
「あんた……」嘘でしょう? といった表情でパイは口を開いた。
 クランジ同士引き合うというのか。期せずして山中、二人は再会を果たしていたのだ。
「パイ、これは、違う。パイが、思うこと……違う」
 クランジΡは(ロー)は、必死に否定すべく両手を振った。その手は、パイが見慣れぬ新品同然の手袋に包まれており、そのダウンジャケットもブーツも、帽子も、いずれもそれは、パイの見知らぬ服装であった。ローの血色は良かった。褐色の肌はつややかで、張りもよさそうだった。さんざ雪山を放浪し、やつれ、汚れ、うっすらと雪焼けすらしているパイとは対称的だった。
 しかもローは、見知らぬ連中と一緒にいた。水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)をはじめ何人かは顔を知っているように思ったが、背の高い黒髪の男――東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)――らには面識がなかった。その面識のない男が、ローを守るようにその前に立ったのが、パイにはひどく、許せないことのように感じられた。
「裏切ったのね! この……!」眼を見開いたパイは、睡蓮でも雄軒でもなく、真っ先にローに飛びかかったのである。
「ちが……」
「何が違うってのよ! 人間どもと結託して……!」
「待って、パイちゃん! カリスマの話を聞いて!」慌ててミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)が事情を説明しようとするが通じない。パイは飛び上がってローの頬を張った。パン、と冷たい音がした。ローは抵抗しなかった。
 前後の見境がないのか、周囲の誰にも頓着せず、超音波を発すべくパイは大きく息を吸い込んだ。
「死ね! 裏切り者! 死ねっ!」悔しさがこみ上げ、目頭が熱くなった。パイは、超音波を放射した。それは彼女がこれまでに見せた、最も強い一撃であった。
「……!」
 頭を覆ったローは驚いて眼を見張った。驚いたのはパイも、
「なんと……!」巨体の甲冑騎士バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)も、
「無茶しやがるっ」ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)も同様だった。
 その機晶姫は何も語らなかった。語る舌を持たないのではない。彼は常に、沈黙を守る戦士であった。言葉なくとも、行動の戦士であった。
 鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)がその身をもって、パイの超音波そのすべてを受けたのだ。至近距離で受けたゆえ無事ではすまない。うずくまって九頭切丸はダメージに耐えた。物理的破壊力を有す超音波は、九頭切丸の外装のほうぼうを傷つけ、砕き、ひび割れを走らせた。結果、その姿はまるで、錆びた釘を刺しまくったバットでアルミ製の学習机をひたすら殴打しつづけたようになっていた。
「立てるか?」真っ先に、九頭切丸に手を貸したのはバルトだった。同じく、
「話くらい聞いたっていいんじゃありませんか?」ここで生じた虚に乗じ、睡蓮はパイに話しかけた。「あなたの言う『裏切り』に該当するかどうか、判断するのはローに語ってもらってからでもいいはずです」
 震えるローを抱きしめ、ミスティーアは彼女をなだめている。「落ち着いて、ローちゃん……パイちゃんだって、落ち着けばわかってくれるはずよ」
「しかし残念ながら、ゆっくり話をしてる間はなさそうですね」雄軒が苦々しく言った。
 雄軒が目を向けたその方角に、銀色の群れが出現していた。雪面が盛り上がったかのようでもある。しかしそれは、ただの銀色ではなかった。獣を模した機械の群れであった。機械の犬たち。本当の犬よりずっと大きく、ずっと残酷で冷徹、しかも寒さにも強い。その先頭には、緋色の髪をした少女の姿があった。
「ラムダ……」ローが、震える唇の間から言葉を紡いだ。「クランジΛ(ラムダ)……」
 外ハネ状態でカールした赤毛、小柄だがどこか妖しい肢体、それは小悪魔のような少女だった。「鬱陶しい連中に邪魔されてきたけど……やっと目的のパイに会うことができた。ローまで一緒なんて好都合! やっと運が回ってきたのかな」
 ラムダは舌なめずりしてイヒヒと笑った。