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なし

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●8

 この日何度目だろう。吹雪荒れ狂う極寒の山中、雪に埋もれながら博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はなにかを探していた。博季の金色の髪が、雪に負けず左右に揺れていた。同じく、銀色の塊が、博季のそばで左右に揺れている。シルバーウルフの『ルシード』だ。ここ掘れワンワンというわけでもなかろうが、狼は熱心に、博季に何かを伝えようとしていたのである。
「ねー、大丈夫? そのまま埋まったりしない?」
 フレアリウル・ハリスクレダ(ふれありうる・はりすくれだ)が声をかけるも、風にかきけされてしまった。容赦ない雪にもめげず、雪だるまのようになりながら博季は一途に岩陰を掘り返していた。
 やがて博季は、がばと身を起こして声を上げた。「ほとんど埋もれかけていましたが間違いない……見て下さい!」持ちあげたのは、拳大の金属パーツだった。見慣れない形状である。
 このとき、博季の発見を祝福するように、荒れ狂っていた吹雪が止んだ。
「見せてみて……ふぅん」博季からパーツを受け取り、西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)はパーツを手袋の上で転がしてみる。「確かに、以前、山を荒らした蜘蛛型機械のパーツとは違うように思えるわね。蜘蛛型のボディはほとんど黒い機械だったけど、これは銀だし」
「でしょう? どうやらこの岩場にぶつけて、ぽろりと落ちたような印象があります」
「つまり、機械獣かなにかのパーツだと?」フレアリウルの言葉に、「その通り!」と博季は手を打つ。
「蜘蛛型機械の群れはクランジΞ(クシー)に率いられていた……とすれば」という幽綺子を博季が継いだ。
「新手のクランジが率いていても、何らおかしくはありませんよね? クランジΠ(パイ)が山に潜伏しているから、始末しに現れたと推測もできます」博季は言い切って、少し哀しそうな顔をした。「クランジって……内紛に明け暮れていますよね。一体が任務に失敗したら、それを別の一体が殺しに行く。ところがそれにも失敗し、今度は殺しにきたはずのクランジが、新たなクランジの標的となっていく……近親憎悪なのか、それとも、彼女たちにはなにか、破滅的な行動に走るプログラムが成されているのか……」
「革命後、敵を求めるあまり内紛で殺し合いに陥ったフランスのようね。ナポレオン登場前夜の」
「かも、しれません。けれど、こんな殺し合いの連鎖はやめさせなければ。殺し合いをするために生まれたなんて、いくら何でも悲しすぎます!」
 そんな二人のやりとりを見ながら、フレアリウルは、博季、幽綺子とは異なる感慨を抱いていた。(「悲しすぎるから救いたい……博季らしいね。幽綺子ねーちゃんも同じ考えかも」)その考えには相容れない。酷いことをする者は許せない――そう考えるのがフレアリウルだ。(「あたしは戦う。あたしの力は、きっとそのための力だと思うから」)
 フレアリウルの心を知ることなく、博季は雪の中、金属パーツの主を捜して再び歩み始めた。
 機械犬の群れを引き連れたクランジΛ(ラムダ)と三人が遭遇したのは、それから一時間も経たぬ頃であった。

 白い白い、白い雪原で、吹雪が晴れるたび、同じことを草薙 武尊(くさなぎ・たける)は試していた。根気よく何度も行った。場所を変え、見晴らしの良い地点をなるだけ選んで。それこそ何十回と。
「単純な方法かもしれないが……」
 寒さを紛らわそうとでもいうかのように、独言しながらコンロを設置した。急いで組んで、武尊はそこに固形燃料を押し込む。そして、火をつけた。
 パチパチと赤い火が、コンロの内側で踊った。大量に燃料は持ってきている。こうなったら尽きるまでやってやろうじゃないか。焼けたコンロにはフタがわりの網が乗せられていた。そこに慎重に、彼はビーフジャーキーを置いた。届くか届かないかの距離で火の紅い舌が、ビーフジャーキーの固い表面をなめた。燻製の肉を彼は炙っているのだった。しっかりと味の染みた香ばしい匂いが、固い肉から漂い始めた。表面がちりちりと燃えているのは、スパイスのなせるわざだろうか。
 ビーフジャーキーはクランジΠ(パイ)の好物だという。この雪、この強烈な自然環境だ。きっとパイは空腹を感じ、好物の匂いにつられて出てくるのではないか……と武尊は考えた。あまりに正攻法なので、誰も気づかなかった、気づいても試さなかった方法だった。
「たったひとつの冴えたやりかた……と、いうのは自画自賛が過ぎようか」
 武尊とて、この方法が絶対だとは思っていなかった。しかし、試す価値はあると考えていた。彼の黒い瞳と黒い髪が、赤い炎に照らし出されていた。
 コンロが倒れた。しかしそれは、これまでと違って風のせいではなかった。
「パイ……殿か」彼は弾かれたように立ち上がった。武器には手をかけない。戦う意志はないから。
 黄金の髪、やや吊り上がった猫のような目、その瞳の奥部――虹彩もやはり猫のように、鋭く細く尖っていた。美少女なのは間違いがない。道端の蒲公英(タンポポ)のごとく可憐であどけなく、それでいて黄金色の薔薇のように、気高く近寄りがたいものを併せ持つ。彼女は塵殺寺院の機晶姫、敵対し、それでいて惑う者。威嚇するような表情をパイは向け、熱さに構わず、手にした焼きたてビーフジャーキーを食いちぎった。
「あんた……教導団ね!」
「違う、我は蒼空学園だ」黒目がちな眼で、彼はまっすぐにパイを見た。「パイ殿、お前を救いたい。その様子からするとやはり追われているのであろう。助力を申し出よう」
「結構よ!」
 パイは大きく口を開けると、口から超音波の凄まじい波動を放射した。耳をつんざく音、トラックが突進してきたような威力、その両方が武尊を吹き飛ばす。彼はとっさに防御姿勢を取ったものの、四回転半ほどして雪山に叩き込まれてしまった。
「全力じゃなかったのは空腹だからよ……これの礼なんかじゃないからね」ばりっ、とビーフジャーキーを乱暴に食いちぎりながらパイは言った。そのとき、
「金糸雀(キャナリー)の美しい唄が聞こえたんで見つけられたぜ」男性の声だ。武尊とは異なる。
 大急ぎで乾し肉を口に放り込み、パイは身を屈めて接近者を見た。
「よう、また会えたな」トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は軽く片手を上げた。まるで、道端で偶然出くわしたかのように。「今日は、パイちゃんとデートをしようと思ってね」
「あんた……やっぱり究極のバカのようね。こんな場所でデートする人がいると思って?」パイは眼をつり上げた。
「究極のバカってのは褒め言葉として受け取っておこう。そして、その質問に対しては新たな質問を……。なら、『こんな場所』じゃなきゃデートしてくれるってことかな?」
「どうしてそうなんのよ、あんた!」
「ふふ、あんたじゃなくて、遠慮なくトライブと呼んでくれ。でなきゃ『お兄ちゃん』でも……げふんげふん。失礼、本音が」
「バカアホ間抜けっ! 誰がそんな呼び方するかっ!」きーっ、と両手を振り上げてパイは飛び上がった。なんだか漫画チックなジャンプである。「吹っ飛べ!」
吹っ飛ばん! そして、笑ってくれ! 俺のために!
 超音波を放射すべく口を開きかけたパイが、トライブの大真面目な顔を見て一瞬、硬直した。
「俺、まだパイの笑ってる顔を見てねぇんだ。やっぱ、可愛い女の子は笑ってねぇとな。……うん、パイは絶対笑うと可愛いはず! 間違いない! だったらぜひとも笑わせてみてぇって願うのが自然じゃねえか」
 今度はトライブが息を呑む番だった。
 パイが、にこりと微笑んだのだ。
 それはまるで、雪の中で拝む太陽の光。女好きにして快楽主義者、それだけに女性を愛せど、滅多に心ゆらぐことのないトライブが、パイの不意打ちの笑みに、短い時間とはいえ間違いなく心奪われてしまった。
「いや……マジ、可愛い……」
 直後彼の姿は、超音波の爆発によって彼方へ舞い上げられていた。しかし彼は自分が吹き飛ばされたことに、ざくっ、と頭から雪に突っ込んでようやく気づいたといった次第だった。
「ふん」パイは鼻を鳴らした。「『予想外の行動に弱い』のはあんたたち人間のほうじゃないの……バカアホ間抜けのあんぽんたん。リクエストに応えてやったのは、前の借りがあるからよ」
 もう絶対、リクエストになんか応えないんだから、と言う風にべーっと舌を出してトライブの飛んでいったほうを見やると、彼女は武尊のコンロを逆さにしてひっくり返し、まだジャーキーがないか探った。
 無かった。