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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●5

 凄まじい吹雪はようやく去った。
 二人は岩陰から出る。ここを偶然見つけたから良かったものの、下手をすれば雪に埋もれていたかもしれない。
「ううっ……なにこの風、それに雪、前来たときより酷くなってる気がするわ……」
「前も相当難渋したろうに、それにあえてまた挑むとは、緋雨も物好きじゃのう」
 まあ、とスキー用ゴーグルから雪を落としながら水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は応えた。「物好きなのは否定しないわ。できれば『探求心旺盛』と言ってほしいけど」
「おう、まあそれについて行くわしもたいがい『探求心旺盛』であろうがな」天津 麻羅(あまつ・まら)は襟巻きを解いてパタパタと降り、雪を叩き落とした。
 緋雨と麻羅は前回につづいて、ザナ・ビアンカの姿を求めて山に入ったのである。その正体を探る、せめて、もう一度目にする――それが目的だ。行軍を再開しつつ緋雨は口を開いた。
「巨大な白い狼、ザナ・ビアンカ……果てして生物なのかしらね。普段は半透明化になって移動し、害意を持つものと対峙したら実体化して牙を剥く――たしかにパラミタでもナラカ人という実体を持たない種族もいるけど、彼らは実体がないから実体化できないし。うーん、生物じゃないなら……機械、ロストテクノロジー? ナノレベルの集合体なら結合力の強弱で実体化したり半透明化できると思うのよね……でもその場合のエネルギーって……こんな極寒の地で確保は厳しいわよね。せめて太陽光でもあればまだ可能性があるし、生物なら霞で何とかなりそうだけど、機械じゃちょっとね〜……て!」くるりと同行者を振り返って彼女は言った。「麻羅、聞いてる?」
聞いとらん
「まあそうだろうと思いました」
「うむ。ナントカの考え休むに似たりと言ってな。予想ばかりしておってもなにも解決せんぞ。それよりわしは、緋雨の能力(ちから)のほうが謎じゃ」
「どういうこと?」
「つまり、超天才的方向音痴。……道は大丈夫なのか?」
 ところが麻羅の鋭い指摘を聞いても、緋雨はうろたえたり怒ったりせず、むしろ呵々大笑したのだった。
「もう……大丈夫よ、前にみたいに迷子にならないようにちゃんと準備してきたんだから♪」懐から彼女は、銃型HCを取り出したのである。「じゃ〜ん、『パラミタ地図検索〜♪』 こんな事もあろうかと手に入れておいたんだからね。あ、ちなみに『パラミタ地図検索〜♪』の読み方は先代のほうでお願い☆」
「ちずけんさくあぷりじゃと?」
「参ったか」
「ふっ、甘い。たっぷりと糖蜜をかけたエクレアよりも甘いわ。仮に正確な地図……1/1尺度であっても迷子になる、それが水心子緋雨の神秘の力じゃっ! ザナ・ビアンカを超える世界の七不思議の一つであろう」
「なによ失礼ね。理論的に説明してよ」
「容易じゃ。おぬしは地図上の点、現在地と目的地を正確把握できるが、点と点を結んだ線、経路に沿って進む事が不可能なんじゃよ。まあ、こういう目的地という点がない状態なら線とゆう経路がないがのう。ひょっとするとひょっとするやもしれんが」
「な、なによ、本当に理論的に言わなくてもいいじゃない。しかもすごく失礼なこと言われてる気がするし……」
「失礼ではなく事実じゃからなぁ……。ところで、その自慢のあぷりとやらを見なくて大丈夫なんかえ?」
「そうだった。今の場所はと………」ここで、緋雨の動きがぱたりと止まった。「け、圏外!?」
「わしの想像の遙か上をいくうっかり具合とな! つまり」
「つまりまたもや迷子になっちゃった☆ えへっ♪」
 それから数時間、二人は生死の狭間をさまようほどの強烈な遭難を味わった。
 雪で視界を奪われ、崖から転落しそうになること三度、斜面から転がり落ちること一度、雪崩においかけられることも一度……。
 やがて、
「麻羅、麻羅、温泉の幻覚が見えるよう……」放心状態の緋雨は泣き笑いした。もう年貢の納め時かと思ったのである。こんな雪世界の山中に温泉なんて……なんて……。
 大きな岩陰のむこう、もうもうと湯気が上がっているのが見えた。硫黄の香りがする。ゆらゆらと光景が揺れている。そこはたしかに温泉のようだった。
 しかし麻羅は落ち着いて告げた。「いや、温泉じゃな。本当に。秘湯というやつか」
 へたへたと緋雨は座り込んでいた。なんだか、脱力した。「そうそう、こんな寒い日は温泉に限るわよね〜♪ あはは」と、しばらく笑っていたが、豁然と気づく。「はっ! 温泉があるという事は地熱があるということ……地熱があれば、エネルギーに変換できるじゃない! もしザナ・ビアンカが機械ならここで充電しているはず……何か大規模な装置があるはずよ!」
 色々と興奮気味な緋雨をはいはいとなだめて、「装置は見あたらんが、まあゆっくりとはできそうじゃな。こんなこともあろうかと、まあ一杯やれるように金杯と酒を用意してよかったわえ。入るぞ」と、簡単に着衣を脱いで湯につかるのであった。
 生き返る、とはまさにこのことだろう、やや熱いが骨にしみるほどの湯であった。たっぷりと量もあり、座れば首までひたることができる。コチコチになった筋肉を、ゆっくりと熱がほぐしてくれた。
「お〜。いい湯加減じゃ。そこのお客人も一杯やらんかね?」
「お客人!?」脱ぎかけていた緋雨は、慌てて上着で胸元を隠した。「ちょ、ちょっとクランジΠ(パイ)とかだったらどうするのよ!」
「さすがのパイでもこんなところで襲いかかってくるような無粋はすまい。待てよ、パイはしかし未成年であったかのう」
 だが心配は無用だった。
「あらあら、こんなところで合うなんて奇遇ね」
 長く伸ばした黒い髪、これを頭の後ろでくくって、魅惑的な肢体は隠すでもなく惜しげもなくさらしている。湯気でところどころ、見えなくなってはいるものの、その麗人が宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)なのは一目瞭然なのであった。
「パートナーのイオテスが、どうしても私と裸の付き合いをしたいって言うから、仕方なく温泉探しに付き合ってみたの。幸い、トレジャーセンスにひっかかったおかげでなんとかたどり着けたけどね」
 今到着したところだと祥子は言った。実際、ここに至るまでは祥子たちも、筆舌に尽くしがたい艱難辛苦を乗り越えて来たのであった。塵殺寺院の機晶姫(クランジ)にこそ遭遇しなかったものの、死の危険に直面することも一度や二度ではなかった。
 すると、
「いえ、あの、祥子さんの裸が見たいとかそういうことではなくてですね」なぜか赤面しつつイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)は言った。彼女はタオルで体を隠しつつ、そろそろと湯に脚をつけて温度を見ている。「契約者向けの雑誌にあった『万年雪に包まれた雪山の奥にある秘湯』という記事を読んできたわけで……ちょっと熱いですね」
「そのへんに蛇口でもあれば水でも足して薄めるんだけど、天然温泉じゃそうもいかないわね」と、祥子は手を振ってDSペンギンを招いた。「冷え冷えのこの子でも抱っこして入ったら、少しはましじゃないかしら」
「なるほどそれはいいお考えです」ふわふわですわねー、と微笑みながら、ペンギンを抱いてイオテスは湯に入った。なお、DSペンギンは熱さにも寒さにも耐性があるので平気だという話だ。くあー、と、ペンギンは口を開けて欠伸をした。
「あー、しかし温泉は生き返るわー。意地でも見つけるという意思で来て良かった」と言いながら、祥子は缶詰を開けたり、ビーフジャーキーの袋を取り出して。「よかったらどうぞ。携帯保存食だけど、たくさん持ってきてるから。袖すり合うも他生の縁というわけで」
 という申し出に麻羅は乗って、「おおかたじけない。ならばこの『超有名銘柄の日本酒』を一献いかがか」と、杯を差し出すのである。『超有名銘柄』というが、具体的な名前は大人の事情で秘密なのだ。
 ぐるりと首を巡らせて麻羅は緋雨を呼ぶ。
「おーい、そういうわけじゃから緋雨も、とっとと脱いで入ってこい。胸パットはこっそり外せばわからんから」
「もう言ってる! 言ってる!」緋雨は目を怒らせ……ながら、祥子の堂々たるプロポーションを横目で見て、「不平等よね。世の中」と、ぽつりとつぶやくのだった。