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死いずる村(後編)

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死いずる村(後編)
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■□■第七章――三日目――儀式


■0――三日目――18:00


「ヤマハ……ヤマハ……リョージ」
 死人たちが涼司の姿を追って、ブナ林の中に身を馳せていく。
 ほとんどが村人の死人だ。既に自身の理性を失っているだろう者が多い。
 暗闇の中、涼司は閻羅穴の方へ向かって逃げていた。
 やがて、林が途切れ、死人たちは閻羅穴の前へと飛び出した。
 その中には、常闇の 外套(とこやみの・がいとう)に乗っ取られた相田 なぶら(あいだ・なぶら)の躯の姿もあった。

 涼司を守るように数人の契約者たちが立ち塞がる。

 死人たちの前に立った月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は日傘を捨て、小指を噛み千切った。
 その手を振って血粒を撒きながら――
「生気を求める者達よ、レンズマンの生気はどうだい?」
 言って、あゆみは、人差し指でスッとレンズの蔓を押した。
「このレンズの輝きを恐れぬのなら奪ってみせろ!」
 死人たちが一斉に襲い掛かってくる。
 その光景を前に、あゆみは叫んだ。
「超感覚オン!
 ドーントレスGO!!」
 あゆみの頭に三毛猫の耳が生えると共に、彼女の後方に控えていた可変型機晶バイクがロボ形態を取って、死人たちを銃撃で牽制する。
 その銃撃に合わせて、あゆみは駆けた。
「これ以上、一人の光を奪う事もあゆみが許さない。
 悪魔だか4人の騎士だかオシリスだかヤマだか知らないけど――」
 二重螺旋ドリルを振り出し、跳躍する。
「当たり前の光をお前らに渡さない!
 ――砕け散れ」
 そして、あゆみの放ったドリルが死人の首と下顎を粉砕した。


 天津 麻羅(あまつ・まら)の放った呪縛の弓による矢が突き刺さっていく。
「涼司には何人たりとも、ちかづかせんのじゃ!」
(岩の後ろ――今!)
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)から受けたテレパシーの指示に合わせて矢を放ち、大岩の影から飛び出した死人を撃ち飛ばす。
 緋雨は櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)を纏って、死人たちを相手に立ち回ると同時に索敵を行なっていた。
 そして、彼女は麻羅と命に指示を送り続けているのだ。
 正直、相当な負担だった。
 そんな彼女を補助しているのが、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だった。
 と――なぶらの身体を操る外套が緋雨に襲いかかろうとし、悠司に蹴り飛ばされた。

 外套と入れ替わるように。
 氷室 カイ(ひむろ・かい)が、二刀を抜き放ちながら悠司へと迫る。
「あー……厄介そうなヤツが」
 悠司は、嘆息して、目を細めた。
 カイが何がしかをつぶやきながら踏み込んでくる。
「俺は、護る――護るんだ……俺は、そのためだけに」
(――頭の回転は鈍くなってそーだが、どうにも、その分、動きに迷いがないっつーか)
 最初に首への一撃を考え……悠司は自らすぐに却下した。
 おそらく、連中は首を全力で護ろうとするだろう。
 わざわざ、一番難易度の高い部分に攻め込むのは性に合わない。
 というより……
(こっちはカスリ傷を負うだけでも、相当ヤベーんだ。悠長な事はしてらんねーよ)
 カイの一撃を寸でのところで、避け、その身体を蹴り飛ばして地面を転がる。
(なら、一つ引っ掛けてみるか)
 カイも吹っ飛んでくれた分の距離を稼ぎながら、悠司はすぐさま身体を起こした。
 その際、ポケットの中に入れた親指で血糊の袋を破り、起き上がる動作に合わせて、自身の頬に朱を走らせる。
(大人しく誘われろよ?)
「生気――」
 カイがこちらを見た。
 そして、彼は悠司に向かって身を馳せた。
 その手が悠司の狙った通り、彼の頬を狙ってくる。
 悠司は片手の刃を閃かせながら、もう一方の手で、懐に忍ばせておいたアンプルを取った。
 神経を尖らせる。
 カイの手が、悠司の頬にできた偽物の傷を求めて伸びる。
 それをそのままにして、悠司は踏み込んだ。
 頬を相手の手が掠めて、本物の血が飛沫となる。
 相手の首を狙って薙いだ刃は、カイの刀によって弾き飛ばされる。
「――上々」
 呟いて、悠司は無防備な相手の身体にアンプルを突き刺した。


 一方で――
「ッ、そろそろ限界かしら」
 キノコマンにを身代わりに死人の攻撃を逃れた緋雨は、ピィと指笛を鳴らした。
 甲高く響いた音に呼ばれたハミングバードの上に飛び乗り、群がる死人の群れから逃れる。
 そして、彼女は、悠司もまた逃れたのを確認してから、テレパシーで火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)に告げた。
(仕上げをお願い)
(らじゃぁーや)
 命の返答に合わせ、“涼司のコピー人形”が、しゅばだばだばだばーと滑稽な動きを見せながら地面を滑っていく。
 涼司人形は、命のサイコキネシスで操られていた。
 閻羅穴の淵に辿り着いた涼司人形が、ぐるんっと振り返り、そして。
(こんな事もあろうかと思うて覚えたアレや、みさらせぇ〜)
 人形は、肩をズンッと跳ねたのを皮切りに、やたらと機敏にダンシングし始めた。
 とぅるっとぅっとぅとぅとぅとぅとぅ――
 という、何か覚えのあるベースリフが聞こえてきそうな腰つきは、ゾンビ的ミュージックのPVを彷彿とさせた。
(ななな何させてるの!?)
(ここで使わな、踊りおぼえたかいがないもん〜)
(……いつの間に覚えたの。しかも、何故そんな完璧に)
 挑発するように踊り続ける涼司へと死人たちが襲いかかっていく。
 そして、彼らは、涼司人形に群がろうとし……次々にあらかじめ仕掛けられていた落とし穴に落ちた。
 次いで、その衝撃と重みに耐えかねた閻羅穴の淵が崩壊し、瓦礫と共に死人たちが穴の奥へと転落していく。
「上手く行ったわね」
「頑張って穴を掘ったかいがありました」
 緋雨たちは閻羅穴の上空で、落ちゆく死人たちを見下ろしていた。
 と――
「女がいいんだよ。女がァ――うひゃはははははは!!!」
 正気の欠片も感じられない金切り声が響き、緋雨は視線を跳ね上げた。
 常闇の 外套(とこやみの・がいとう)に支配され、氷雪比翼を広げた相田 なぶら(あいだ・なぶら)の躯が、シュトラールを閃かせながら緋雨たちを狙う。
「っ、まず――!」
 ハミングバードの速度はそれほど早くは無い。
 緋雨はぽいぽいカプセルを投げた。
 ぽいぽいカプセルから出現したキノコマンが外套の剣を受け止めるのと、外套の背に天のいかづちが叩き込まれたのは、ほぼ同時だった。
 いかづちに撃ち落され、穴の奥へと消えた外套は、二度とそこから上がってくることはなかった。
「でんじゃーなとこじゃったな?」
 大帝の目を頭に覗かせた麻羅が、ハミングバードの上で、にまりと笑んでいた。


「あたるかっ!!」
 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は機晶シールドで死人の手を弾き飛ばし、わずかに距離を取ってから、レンズに指先を構えた。
「流星レンズマイト!!」
 レンズから放たれたビームが死人を貫く。
「痛い……もう、嫌だよぉ……」
 死人が黒いツインテールを揺らし、悲しげな声を漏らしながら、更にあゆみへと襲いかかってくる。
「怖いよぉ……お腹が、つらいの、お腹がすいて、死んじゃいそうなのに、死ねないの、ずっと空きつづけるんだもん、かわきつづけるんだもん!」
「あなた――」
 死人の嘆きに気持ちが揺らぎ、あゆみは反撃の手を戸惑わせた。
「そうだよね、怖いよね……?」
 ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)の声が飛ぶ。
「それは悪意そのものです! 触れたはなりません!!」
「お腹がすくんだもん、リョウジサンが助けてくれるんだもん、だから、あなたとぉリョウジサンちょぉだあぃいいいい!!!」
 死人が至近距離で構えた銃を撃ち放つ。
「ッ――のらあぁーーーっ!!!」
 銃声と同時に、あゆみは真空波で死人をふっ飛ばしていた。
 自身から流れる血もそのままに、群がってきていた死人たちへキツく視線を走らせた。
「まとめて地獄へいけーーっ」
 念波の嵐で彼らを退ける。
 くらっと目眩と共に身体が傾き、あゆみは自嘲した。
「はは……まずいなぁ、血出し過ぎたみたい。ダイエットしすぎだ……」
 と――あゆみは背後から銃で撃たれ、地面に転がりかけた。
「このっ……!」
 寸でで踏ん張り、振り返り際に二重螺旋ドリルを撃ち放つ。
 が、狙いがぶれて、それは銃を持った黒髪赤目の死人に当たることは無かった。
 すぅ、と首に細く冷たい手がかかる。
「あんたもおなかがすけばいいんだもん」
 少女の声が聞こえて、ちくりとした首の痛み。
 そして、次々に群がる死人たちが彼女の生気を貪り奪おうとしていく。
「あたれよこんちくしょう未来をこの手に!」
 あゆみは、アクセルギアを起動して――
「クリア・エーテル!!」
 ドリルとビームと真空波をとにかく撃ち放った。
 一気に死人たちを振り払い、そして、あゆみは閻羅穴へとよろよろ向かいながら、閻羅穴の淵に立つヒルデガルドの方を見やった。
 微笑を浮かべたヒルデガルドは、うなずき。
「大丈夫。もう、光はそこまで――」
 言って、自ら穴へと身を投げた。
「ヒルデ……」
 そして、あゆみはドーントレスと名付けた機晶バイクロボの方を見やった。
 その銃口はあらかじめ命じてあったように、あゆみへと向けられていた。
 放たれた銃撃があゆみの身体を撃ち弾き、閻羅穴へと叩き飛ばした。
 衝撃の後の浮遊感。
 後は、暗闇の中に落ちていくだけ。
 光が遠くなる。
 パキン、と酷く軽い音がして、彼女の視界はひび割れた。
 落ちていく。


 “彼”に出会えた時。
 ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)は静かに狂喜した。
 巨大な閻羅穴の淵、向こうの方では、今に儀式が始まらんとしていた。
 激しく殺し合う音、遠く――
「……見つけた」
 酷く焦燥した様子の椎名 真(しいな・まこと)が言う。
「どうしたの?」
 と、ニコは言った。
 死人を引き上げるためのロープを繋いだ鉄パイプを地面に刺した格好で。
 真の言葉が喧騒に混じって届く。
「お前を、探していた」
 聞いて、ニコは身体を震わせた。
「探していた、僕を。お兄さんは、僕を、探していた。探して、ここまで来た」
「そうだ。俺は、お前を追って、ここまで来た」
 穴の向こうの激しい戦闘の音が閻羅穴を覆う洞窟の天井に冷たく響いていた。
 真が近づいてくる。
 ニコはそちらに向かって、くふふ、と笑った。
「きっと来てくれると思ってた。僕、もう一度、お兄さんに会いたくて、会いたくて、あれから、たくさん死人を増やしたんだ。
 今もね、こうして穴から死人を引き上げようとしてた。
 僕ね、お兄さんのことが好――」
「黙れッ!!」
 真が咆哮じみた叫びを上げながら、近づく速度を上げた。
 一気にニコへと距離を詰めた彼の手が、胸ポケットから【霜崎】を抜きざまにニコの顔前を滑った。
 ニコの数本の髪と顔面から散った血が舞う。
「え?」
 ニコは笑った顔のまま、目を瞬いた。
 勢いに押され、どんっと地面に尻を付く。
 真が、傍に刺さっていた鉄パイプを引き抜いて、振り上げて、その鉄先でニコの腹の真ん中を貫いた。
「……え?」
 もう一度呟いたニコの手足は、反射的に標本にされた虫のようにバタバタともがいていた。
 ニコを鉄パイプで地面に繋いだ格好で、うなだれるようにニコを見下ろした真が言う。
「俺は、もうお前を信じない」
「……どうして、怒っているの?」
 ニコの心底からの問いかけに、真の顔が顰められる。
 ニコは彼の顔を悲痛に見つめながら続けた。
「キミが必死に護ろうとしていた人たちはもう死人だ……。
 キミはもう誰も護る必要が無い。自由だ」
「だから……だから、蛇々さんやアールさんを死人にしたっていうのか?」
 真の顔に浮かんでいたのは絶望だった。
 ニコはその頬に触れながら、呟くように続けた。
「キミは自由で……これからは大切な人と、ずっとずっと一緒にいられるっていうのに……。
 何でそんな顔をするの?
 わけがわからないよ」
「…………」
 真が口を動かしたが、なんと言ったか聞きとることは出来なかった。
 ニコは小さく首を傾げた。
 真が言う。
「もう、消えてくれ」
 そして、ニコは真に首を喰い破られたのだった。