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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
魅惑のタシガン一泊二日ツアー! 魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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 夕食が終わると、明日の朝の集合時間や、簡単な注意事項が伝達された。
 その後は、自由時間となる。
 さっそく温泉に行く者、ホテルのまわりを散策する者、テラスでお喋りする者、過ごし方は様々だ。
 そんな中、明日の打ち合わせを終え、ルドルフはある人物から連絡を受けて、ホテルのカフェへと足を運んだ。
「お時間をとらせてしまい、申し訳ございません」
 ルドルフを待っていたのは、教導団の叶 白竜(よう・ぱいろん)だった。とはいえ、今日はいつもの制服ではなく、私服姿に薄い色のサングラスをかけている。あくまで、私人としてタシガンを訪れたという意味なのだろう。
 私服姿の白竜が意外だったのだろう。ルドルフは暫しその場に立ったまま、白竜を見つめる。
「なにか?」
「いや。失礼したね。……そういう姿も、似合うなと思っただけだよ」
 ルドルフの言葉に、白竜は苦笑した。自分としては、どんなに制服を脱いだところで、骨の髄まで軍人だ。その雰囲気がにじみ出てしまっていると自覚はある。
 ルドルフは白竜の正面に腰掛ける。タシガンコーヒーが二つ運ばれ、二人の間で、柔らかな湯気が香りとともに立ち上っていた。
「『粉粧楼』(フェンツァンロ)は、少しは根付いたようでしょうか。小さいですが、花弁が何層にも重なった力強い、趣がある花だと思います。多く繁殖するようであれば、また株を分けていただきたい。私には全くそういう才がないので」
「ああ、それならば勿論だ。うちには、薔薇を育てるのが得意な生徒も多いからね」
 ルドルフはそう答え、微笑んだ。

 その、カフェから少し離れた場所で、世 羅儀(せい・らぎ)は一服を楽しんでいた。
 夜も更けたというのに相変わらずサングラスをかけたままの白竜に、「軍人の目つきという自覚はあるわけね」と小さく独りごちる。まぁ、ルドルフとて仮面を被って本心は見せないだろうし、お互い様というところだろうか。
 このままここで、二人が話し終わるのを待っていてもいいが、そう番犬じみたことをしているのも気が乗らない。この煙草を吸いきったら、せっかくなので一人で温泉にでも行くかな……と羅儀はぼんやり考えながら、揺れる紫煙を見つめた。
 詳しくは知らないが、白竜の背中には、過去の任務の失敗で負った大きな傷跡がある。温泉のような、人前で肌をさらす場所には到底行かないだろう。
(隠した傷、か)
 白竜がルドルフに興味を持つのは、お互いそんな『傷』を持つ同士だからなのかもしれない。もしかしたら、だけれども。
(まぁ、俺には関係ないけどね……)
 羅儀の指先が、煙草を灰皿に押し潰す。その横顔は、人当たりのよい笑顔を相変わらず浮かべていながらも、どこか、冷たいものだった。

「タシガンは、変わりつつあるようですね」
 世間話をするうちに、ぽつりと白竜はそう呟いた。
 それは、今日この地を巡っていて感じたことだ。かつて羅儀と警備を兼ねて歩き回った時とは、雰囲気がまるで違う。
 もともと閉鎖的な土地ではあるが、それでも今は、安定という地盤を得て、和やかな空気を取り戻しつつあるようだ。
「そうだね。……だがそれも、教導団や、他の学校の協力があってこそだ。改めて、礼を言うよ」
「そのお言葉だけで、充分です。……これからはまた違った関係を築いていけるよう、祈ります」
「ああ。心から、そう願うよ」
 ルドルフが静かに告げる。その響きに、嘘はなかった。
 しかし、未だパラミタ全土には様々なことがおこっている。ルドルフがジェイダスにかわって、この地で采配をどう振るうのか。白竜はそれを不安に思う気持ちはないが、興味は尽きないというのが本音だ。
 そして、その時。教導団の一員として、できたら手を貸せれば良いとも、心のどこかで思っているのかもしれない。
「いつかまた友人としてお話したいものですね。キマクに良い酒場があるので、今度一緒にどうですか」
「ああ。是非。コーヒーも良いが、酒はまた違う彩りを、時間に添えてくれるからね」
 ルドルフ特有の芝居がかった台詞に、白竜は微かに笑みを浮かべた。
 ――白竜にとっては、それなりに有意義な休暇となったようだ。


 ジェイダスは夕食後、護衛として同行している黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)とともに、テラスに出ていた。天音が、ここのホテルの薔薇も美しいらしいと誘いかけたからだ。
「せっかくですから、お茶を運ばせましょうか」
「ああ、それもいいな」
 天音の提案に、ジェイダスが同意する。早速、ブルーズが甲斐甲斐しく、ホテルのカフェへと声をかけにいった。
 そこへ、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が通りかかり、足を止めた。
「……? 黒崎が薔薇学生服着てないのも珍しいな、あとなんだそのちっこいの」
「おや、結構人が多いから会えて良かった。……そういうのも似合ってるよ」
 面白がるような口調でそう言うと、黒崎はナガンのセーラー服姿をじっくりと見つめている。
「理事長。彼女は僕が時折算数を教えに行っている空京の孤児院の管理人で……立ち話もなんだから、お茶でもどう? 理事長、ご一緒でも良いですか?」
「……好きにしろ」
 『ちっこいの』という言葉が面白かったのだろう。ジェイダスはふふっと笑いながら、ナガンに椅子を勧めた。
「理事長? おいおい、いくらなんでもコイツがジェイダスっていうのは面白くないジョークだぜー」
 事情を知らないナガンは、ジェイダスの頭を無遠慮に軽く叩いた。しかし、ジェイダスはさりげなく天音に、『別にかまない』と目配せをする。
 そこへ、ブルーズが紅茶を三つ持って戻ってきた。
「待たせたな。……」
「おお、ちょうどいいな。ありがとうよ」
 いつの間にか来ていたナガンのせいで、ブルーズは結果としてお茶もなければ席もなくなってしまったが、無言のままその場を退く。その背中が、少しばかり寂しそうでもあったが。
「お茶もいいけどな、黒崎。今度こそ決着をつけるってのはどうだ?」
 そう言うと、ナガンはスカートのポケットからカードを取り出した。
「ポーカーかい?」
「そういうこと! おっと、坊主は見てな。子供も遊びじゃねぇんだぜぇ?」
「……そうだな、見守るとしよう」
 ジェイダスはくすくすと笑う。どうやら、子供扱いされるというのも、それはそれで新鮮で楽しいらしい。「頑張って、黒崎の兄様」などと悪のりをしてみせるくらいには。
「…………」
 ジェイダスに『兄様』と言われるとは思ってもみなかった天音は、つい苦笑してしまう。その間にも、手早くナガンはカードをシャッフルしている。チップは、とりあえずナガンの持っていたキャンディーだ。
 カードが配られ、二人はそれぞれ五枚の手札を見つめた。
「どうする? ……ナガンは、こうするぜ?」
 にやりと笑い、ナガンは中央に持っているだけのキャンディを置いた。
「……そう、じゃあ、コールだ」
 同じだけ天音もキャンディを置く。どちらも一歩も退くつもりはないらしい。微かにナガンの眉根が寄った。
「……」
 ナガンは黙り込む。天音もまた、微笑んだまま動かない。ドローを宣言もしない。
 果たしてそれだけの良い手なのか、ブラフでもって、ドロップを狙っているのか……。
「勝負だな」
 紅茶を一口、口にし、ジェイダスが促す。
 ……二人の手札は、ともにワンペアだった。
「引き分けだね」
「いや、まだ勝負は続ける!」
 キャンディをそれぞれに返しながら、ナガンが息巻いた時だった。
「少々、良いかしら?」
 彼らに声をかけたのは、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)だ。
「できたら、理事長のお時間をいただきたいのだけど」
「理事長の?」
 天音はそう尋ね返し、ちらりとジェイダスの様子を窺った。
「ええ。もちろん、薔薇学の大切なお方を傷つけるつもりはないわ。可愛い女の子がただ心配してるだけだから許してくれないかしら?」
(どうしますか?)と天音が視線でジェイダスに尋ねる。ゆっくりと紅茶を飲み干したジェイダスは、「わかった」と席を立つ。
「天音はそこで、待っていてくれ」
「わかりました」
「お、いっちょまえに逢い引きか? 坊主」
 ナガンの冷やかしに、ジェイダスは肩をすくめた。


 オルベールに案内された先、バラ園の噴水の脇に、一人の少女が立っていた。
「ジェイダス様!」
 師王 アスカ(しおう・あすか)が、ジェイダスの姿に口元を綻ばせた。身長はほぼ同じくらいの少年の姿になったとはいえ、雰囲気は変わらない、ジェイダスのままだ。そのことを、アスカは嬉しく思う。
「来てくださって、ありがとうございます! あの、体調は、いかがですか?」
「とくに問題はない。……ああ、そうだな、服を全て仕立て直すのは、少々面倒だったが」
「そうですよね」
 以前の服では、どれもぶかぶかになってしまうだろう。その様子を想像して、アスカは小さく笑う。
「夜の薔薇も、悪くないな」
「本当に、そうですね」
 二人は噴水に腰掛け、周囲を囲む薔薇を見つめる。いや、アスカは、控えめにジェイダスを見つめていた。
 無事でいてくれて、本当によかった。ジェイダスが望み、選んだ道だとしても、彼が犠牲になることを考えると、アスカには辛くて仕方がなかった。
 だからこそ今、こうして隣にいるということが夢のように嬉しくて……不安に、なる。
「あの、ジェイダス様。……手を、握ってもらっていいですか……?」
 アスカは目を伏せたまま、おずおずとジェイダスにそう願った。
「貴方が生きているっていう実感が欲しいんです……。恥ずかしいんですけど…、今この夜が幻だったらと思うと不安で……っ」
 ジェイダスは無言のまま、震えるアスカの手の甲に、自分の手のひらを重ねた。その確かな熱に、アスカの胸で、堪えていた想いが一気に溢れ出す。それは、透明な涙となって、銀の瞳からこぼれ落ちていく。
「ほんとに…無事で良かった…っ! お願いですから…もう皆にこんな思いさせるの一度きりにして下さい……、私に…約束を果たさせて下さいね……? ジェイダス様が認めてくれるような一人前の画家になるのが、私の夢でもあるんですから……」
 泣き出したアスカの手を握ったまま、ジェイダスは「ああ。待っている」と穏やかに答える。そして、彼女がひとしきり泣き、落ち着くまで、じっと側にいた。どんな言葉よりもそのぬくもりが、アスカの心に染みいってくる。
 ややあって、涙を拭い、アスカはようやく微笑んだのだった。