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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第4章 三人の娘たち 5

 モモとサクラが戦いを止めたことは、バルバトス軍の兵にとっては誤算だった。
 だから――ならば彼女たちもろともここで終わりにしてしまえば良いと考えた。そうすることが、バルバトス様も喜ぶ結果に繋がるだろうと。
 しかし。
「クッ……貴様、はじめから……っ!?」
「…………」
 無言でバーストダッシュをかけ、正面から敵へと迫ったのはカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)だった。
 彼女は振りかざした刀を打ち込む。
 そして、敵がそれを受け止めようとしている間に、側面から追撃を加えたのは、カチェアの契約者である緋山 政敏(ひやま・まさとし)だった。
 相手の懐に突っ込んだ彼は、敵の腹に向けて刀の峰を叩き込んだ。
 敵は苦しいうめき声を漏らして、くずおれる。
 ナベリウス軍の参謀として潜り込んでいたバルバトスの配下は、そのフードの下から忌々しげな視線を政敏に向けてきた。
 それを真っ直ぐに見返して、政敏は敵の胸ぐらをつかんだ。
「確認したいだけなんだ。バルバトスから何か指示を受けてなかったか。もしあったのなら教えて欲しい。あの子達の可能性を絶ちたくないんだ」
「指示……だと……?」
「お前たちは何を考えてる?」
 政敏の質問の意図を上手く理解していない様子の参謀は、しばらく考えこむように黙示した。しかし、やがて彼はくくっと笑い始めた。
「私はただ、ナベリウス様を監視しておくように命じられただけだ。そして――」
 参謀は右手を振り上げた。
「――もしもの時には、始末しろとな」
 その指先が音を鳴らした直後、南カナン軍を囲むように翼を持った魔族たちが現れた。
 おそらくは、ここまで機を狙って隠れていたのだろう。バルバトスらしいやり方だと、政敏は思わず舌を鳴らした。
「魔族には、魔族としての生き方があるのだ……」
「なに……?」
 参謀が漏らしたつぶやきを政敏は聞き逃さなかった。しかし、聞きとがめたときには遅く、参謀はがくりと首を落とし、それ以上動かなくなった。唇からは泡のようなものがこぼれている。
(自殺……か)
 ある種、その忠誠心に感心のようなものを抱きつつ、政敏は事切れた参謀を床に下ろした。
「『音』……ではなかったみたいね」
 と、遅れてやって来たリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が、参謀との会話を聞いていたのか、そんなことを言った。
「それでも、場を作っているのはバルバトス。私たちは、あの人の手のひらの上で転がされてるだけなのかもしれないわね」
「それなら、そいつを止めてやるよ。転がされるだけの人形じゃないってことを、教えてやるんだ」
 政敏は言って、現れたバルバトスの配下たちの相手をするためにその場を後にした。
(きっと…乗り越えて欲しいのかな。憎しみを知り、浄化して欲しいのかも知れない……ご都合主義かもしれないけれど)
 リーンはそう思った。少しでも残された可能性にかけようと、必死になっている気がする。
モートのときには、出来なかったことですからね」
 刀を鞘に戻したカチェアが言った。
「……でも、そればっかりじゃいられないわよ」
「分かってる。そのために、私やあなたが、いるんでしょ?」
 心配そうなリーンに、カチェアはほほ笑みを返した。
 その笑みを見てリーンが苦笑を漏らしたのを見届けると、カチェアが政敏を追うために彼女のもとを離れていった。
(何一つ、無駄にはしたくないから)
 そう言い聞かせるように願って、リーンは他の契約者にもバルバトスの配下が現れたことを伝えに向かった。



(こちとらせっかくの上前ハネられて、ムシャクシャしてんだ! 刹貴、よっぽどでなきゃ大抵は許可したる。今回はかまわんから、思いっきりやれ!)
「分かってるよ、宿主サマ。せっかくのエンディングを迎えようとしてるんだ。不逞の輩は刈り取らないといけないよな?」
 心のなかで聞こえる七枷 陣(ななかせ・じん)の声に、奈落人の七誌乃 刹貴(ななしの・さつき)は不敵な笑みを浮かべながら答えた。
 陣の身体であるその身に着こむのは、漆黒のブラックコートである。まとう者の気配を消すその外套に抱かれて、刹貴は悠然と歩む。
 一見すれば、そこにいるのは七枷陣そのものだった。しかし、その瞳はおよそ陣らしくない酷薄の雰囲気を醸し出している。やや吊り目がかかり、灰がかった蒼い色に変化しているのだ。それこそが、そこにいるのが陣ではなく刹貴であるという証拠である。
 もっとも、そんなことは敵の魔族たちは知る由もないだろうが――。
 そんなことを考えている間に、刹貴の前では翼を持った魔族たちが彼を待ち構えていた。
「さて、始めるか」
 まるで何気ない仕事でもやるかのような声色。
 瞬間――刹貴の姿は風に消え、魔族たちの懐に潜り込んでいた。
 その圧倒的なスピードに魔族たちが驚愕の表情を浮かべた直後には、彼の片手に握られる短刀が、振り抜かれる。
「我が一閃を以て……上楽へ散れ!」
 言葉は言霊。
 文字通り、光の線のような一閃が奔ったと思ったときには、敵の片腕と片目が切り裂かれていた。
 次いで、刹貴は倒れ行く相手の顔面を蹴りつけて跳躍する。
(逃がすかよ)
 目的は、その力量差に逃げ出そうとしていたもうひとりの魔族だ。空から降りていく勢いで、刹貴はその背中を叩き切った。
 そこからは、無数の閃光が迸る。縦横無尽に敵を切り裂き、叩き、地に落とす。無数の魔族の血を浴びて、刹貴は過去の殺人鬼であったときの自分を思い出そうかという高揚感に駆られた。
 しかし、
(ほどほどにしときや、刹貴)
 それがなんとか自制を保つのは、本来の自分の身体ではないからだ。
(分かってるよ、宿主サマ)
 愉快げにそう答えて、刹貴はまだ息のある魔族の胸を足蹴にした。
「さてと……殺されたくなかったら、この言葉をバルバトスとやらに伝えるんだな」
 魔族とて死は恐怖だ。必死になってうなずく魔族に、彼は告げた。
「言うまでもなく、アンタとパイモン辺りはこちらに牙を剥いて来るんだろうが……その姿勢は徹底しろよ。俺たちにとっては勧善懲悪の悪として。こちらに恭順してくれた悪魔たちにとっては、人と手を取り合う為のエクスキューズとして。両者にとって、非常に都合が良い存在としてな。堪忍も妥協も覚えず……覚えようともせずにやらかしたアンタたちは……族滅して然るべきだ。せいぜい泡沫の望みを求めて躍起になれ。手を取り合おうと動く人と悪魔と……大義名分を以て殺しをやれる俺の為に、さ」
 その言葉のすべてを魔族が記憶できたかどうかは知らないが、刹貴にとっては心の吹き溜まりを吐き出せただけでも満足だった。
 そして彼は、足蹴にしていた魔族が慌てて空へと逃げていくのを見届けて、再び敵に立ち向かう。
 いや――“殺し”にいく。
「やろうぜ。あんたらと俺との、殺し合いをな」
 その青い瞳のなかでは、短刀の刃が輝いていた。