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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第3章 ゲルバドルの民 2

「ほらほら、あんたらだって勝手に巻き込まれて死にたくはないでしょ? だったら早くついてきなさいってば」
 ゲルバドルの民を引き連れて駆けるのは、乳白金の髪をなびかせる娘だった。
 名はエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)という。
 契約者の稲場 繭(いなば・まゆ)ともう一人のパートナー、ルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)と一緒に、罪なき民を連れて安全な場所まで向かっているのだった。
 強気な言動は彼女の性格ゆえのものであったが、今回はそれだけではない。エミリアは実のところ、魔族を助けることに乗り気ではないのだった。
(どこまでいったって、魔族は魔族だもの。少しは、変わり者もいるかもしれないけどね)
 彼女は、アムトーシスで出会い、いまはシャムスとともにナベリウスのもとに向かっている芸術の魔神を思い出しながら、思った。
 アムドゥスキアスは変わり者である。しかし、だからこそシャムスたちは血を見ない戦いで決着をつけることが出来た。
 しかし、ゲルバドルは違う。
 森のなかで縦横無尽に駆け回り戦うゲルバドルの戦士たちは、むしろアムトーシスの民よりよっぽど魔族らしかった。よそ者を許さない、気性の荒さがそれに加わっている。
 が――
「あなたたちを巻き込んでしまってごめんなさい。私たちが安全な所までお送りします」
 横にいる繭は、そんなこと微塵も感じさせない温かな目でゲルバドルの民たちを見つめていた。
 そして、騎士を自負するルインにとっては、繭の意思こそが自分の意思である。
「お前たちは私が守る、しっかりとついてきてくれ」
 と、彼女は、腰に携えた剣帯を握って、毅然とした表情で告げていた。
(ワタシが考えすぎなのかしら?)
 考えこむエミリア。
 救出部隊は民の集落を見つける毎に、その集落に住んでいる者たちを説得して回る。人を増やしつつ、安全な場所まで向かうのだ。
「図々しいかもしれない、けれどお願いします。私たちを信じてください……!」
 繭は必死にそう説得して、民の信頼を勝ち取っていく。
 彼女のひたむきな思いが、民にも通じているのだ。
 しかし――彼女は、今はこうして救出部隊に混じって動いているが、本当はアムドゥスキアスの傍にいたいはずだ。
 そういえば、とエミリアは思い出した。
 出かけに、繭はアムドゥスキアスに言っていた。
 “無事にまた会えることを祈っています”
 ――と。
(……繭を悲しませることだけは、するんじゃないわよ)
 渋い顔をして、エミリアは同じ森で戦う芸術の魔神に心のなかで忠告した。
 救出部隊は新たな民たちを連れて、戦いの被害のない場所まで走り続けた。



「初めまして、アムトーシスから参りました、アドラマリアと申します」
 そう言って、ゲルバドルの民たちに慎重に自己紹介をしたのは悪魔のアドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)だった。
 彼女はアムトーシスでブティックを営む魔族である。
 特にこれといって何の変哲もない、単なる悪魔。強いてあげるとすれば、その姿が非常に中性的であるといったことぐらいだろうか。
 そして、気が弱く内気。その上、泣き虫ですぐパニックになる。アムトーシス出身だからかもしれないが、とても魔族らしくはない。
 そんな彼女がどうしてゲルバドルの救出部隊にいるのかというと、それは――地球人の雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)と契約を交わしたからに他ならなかった。
(フフッ、緊張してるわねぇ)
 そんな本人のリナリエッタは、アドラマリアが緊張でドギマギしながら民と話す様子を、離れた場所で見守っている。木の幹にもたれかかって、高みの見物気分だった。
「ゲルバドルの森に足を踏み入れたのは初めてですが、とても素敵な所ですね」
 アドラマリアは周りを見回しながら言う。
「今日は、この美しい森で住む、勇ましいあなた方にお願いがあって参りました」
 声は震えているが、彼女が勇気を出して接していることははた見ていてもよく分かった。
 リナリエッタはそこに表立って介入しようとはしない。
 それはなぜなら、同じザナドゥの悪魔として、アドラマリア自身がやるべきことだからだ。普段から弱気な彼女に自信をつけさせるという目的もあるが、やはり何よりも重要なのは、その当人たちで問題の解決を促すことだと、リナリエッタは思っている。
 同時に、アドラマリアの成長につながれば、言うことはなしだった。
「ここにいる人間達は…この森を、あなたたちのいる場所、そしてあなたたちを汚したくないと考えている人達ばかりです。森を血に染めるのも、自分の血で染めるのも両方嫌だという方はどうか、彼らの言うことに耳を傾けてください」
 アドラマリアの言葉が最後の訴えを呼びかける。
(さてと……)
 それにゲルバドルの民たちが頷き合う始めたのを確認して、リナリエッタはようやく木の幹から離れ、彼らのもとに向かっていった。



 シャンバラ教導団であることを誇りに思う。
 盲目の歌姫――迦 陵(か・りょう)は、自分の心に問いかけてそう唱えていた。
 しかしここはザナドゥであり、南カナン軍に編成されている立場である。教導団の階級がステータスになることはなるが、強制力として働くことはそうそうなかった。
 もっとも、陵自身も、階級を逆手にとって命令することが好きではない。仮に南カナン兵が彼女の命令を忠実にこなすことがあったとしても、陵は権力を振りかざすつもりは毛頭なかった。
(私は……歌を通じて、彼らと心を通わせることが出来れば……それで良い)
 彼女は教導団に所属していながらも、およそ軍人らしくない。
 彼女はそれを自覚していながら、そして、そんな自分の戦い方をまっすぐに肯定しているのだった。
 陵の唇が、すっと息を吸う。
 そしてそれが開かれたときには、穏やかな歌声が森のなかに響き渡っていた。
「さすが、陵さんだな……」
 兵士のひとりが感嘆の声でつぶやく。
「当たり前よ。……陵なのだから」
 それに、誇らしげに答えたのは陵のパートナーであるマリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)だった。
 齢5000年を越える吸血鬼の娘は、いつ敵が襲いかかってきてもいいように、周りを警戒している。同時に、陵のことも見守っているのだった。
 彼女の歌声はアムトーシスの芸術大会で兵士の間にも知れ渡っている。
 同様に、ゲルバドルの民たちの間にも、彼女の歌の美しさに目を見開く者たちが増えてきた。
 温かな歌声は、敵意がないということを知らせているのだ。それは、獣の本能を持つゲルバドルの民だからこそ、より鋭敏に気づくことの出来たことだった。
 と――
「終わりは近いかしら?」
 マリーウェザーはぼそりと言って、背後の茂みに向けてブリザードの氷雪を放った。
 そこに隠れて彼女を狙っていた敵の刺客が、氷漬けにされて転がりでてくる。その背中には、黒き翼が生えていた。
(……嫌な予感がするわね)
 そしてその予感が、いつもハズレくじを引いてしまうことを、彼女はよく知っていた。



 診療所の外からは歌が聴こえていた。
「メイベルさんでしょうか?」
「……だろうな」
 衿栖の質問に、レオンは確信を持って答えた。
 彼女の歌声を聞き間違えることはそうそうない。それほど、彼女の歌声には芯に迫るような響きがある。陵が心を包む歌声であるならば、メイベルのそれは心を揺さぶる歌声だと、レオンは思っていた。
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の歌声に人々が集まる。
 診療所で治療された兵や、外で遊んでいた子ども。避難してきた人たちのために料理を作っていた衛生兵たちも、メイベルの方に視線を転じていた。
「やっぱり、音楽はみんなに共通するんだなぁ」
 巨大な鍋のなかでコトコトと煮込まれるスープをかき混ぜながら、メイベルのパートナーであるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は感慨深げに言った。彼女の視線もまた、メイベルを見つめている。
「セシリアちゃん!? 鍋、鍋っ!?」
 と、そこに同じく料理を作っていた仲間の娘の声がかかる。
「あ……」
 よそ見をしていたせいか、鍋の火が強くなってしまっていた。すでにスープも煮こまれ終わっている。
 慌てて、セシリアは鍋を横にどけた。
「ふぅー……」
「もう……驚かさないでよ」
 娘に呆れたように言われて、彼女はあははと苦笑した。
「ご、ごめんごめん」
「……まあ、メイベルさんに見とれるのもわかるけどね」
 そう言って、娘もまた手を休めてメイベルのほうに目を向ける。
 すると、メイベルの横では彼女のもうひとりのパートナーであるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が合流したところだった。
 普段からマイペースなメイベルだが、それ以上におっとりとしたフィリッパが一緒になると、二人の周りでゆったりとした時間が流れる。
 やがて二人は、子どもたちと一緒になって別の歌を歌い始めた。
 それまでの静かな歌とはまた曲調の違った、元気の出るような曲である。歌を通じて、メイベルたちの輪がひとつになっているように思えた。
 と、何か機会の駆動音のようなものが空から聞こえる。
「あれって……」
 セシリアが頭上を見上げると、そこには小型の飛空艇部隊が進行しているところが見えた。
(最後の突破をかけるんだね)
 それが、良い方に転がることを願いつつ、セシリアはメイベルたちの歌に合わせるように祈りを乗せた。