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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第2章 漆黒の翼と獣の刃 1

 フール・シュレイダーは自分を非凡な男だと思っていた。
 齢二十歳を越えたばかりという、若くして憧れの騎士団〈漆黒の翼〉に入団できたことを誇りには思うが、決して自分は歴史に名を刻むような輝ける存在ではない。アムド団長や、領主シャムス・ニヌアを見ると、その才覚の圧倒的な違いを見せつけられる。
 しかし、彼は決してそのことに卑屈になるわけではなかった。
 〈漆黒の翼〉として戦うことは、彼の名誉であり、自分のやりたい事でもある。誰かを守るためだけに戦っているかと問われれば、少なからず戦いを楽しんでいる自分もいるため嘘となるが――それでも、騎士団としての自分に責任は持っていた。
 そんな彼の見た光景、それは……
「ウオオオオォォォ!」
 裂帛を感じさせる気合の声を発して、縦横無尽に木々の間を跳んでいた男が、ナベリウス軍の野獣のような戦士を斬り屠った。
 それに続くように、多くの戦士が森を駆ける。
 そこには、多種多様な姿があった。無論、騎士団を小隊長として機敏に動く一般兵もいる。だが、逆に、民族的な衣装に包まれた、およそ一介の兵とは思えない影のような人物もいた。全身鎧をまとった少女から、ラフな格好をした獣耳の男までだ。
 彼らは――契約者と呼ばれる者たちだった。
 地球と呼ばれる、パラミタとは違う場所からやって来た者たち。
 彼らの助けを得て、南カナン軍はこうしてゲルバドルの森に踏み込めるのだった。
 かくゆう、あの木々の間を飛び交う青年もまた契約者である。
 名を橘 恭司(たちばな・きょうじ)という。整った顔立ちをしているが、その頬に傷を持ち、表情にはどこか冷然とした空気と温かみを共存させる青年だった。
 ワイヤークローで木々の間を通りぬけつつ、時々、バーストダッシュを発揮して勢い良く相手の懐に踏み込んでいく。左腕の義手に仕込んだ黒曜石の剣が、一瞬のうちに相手の急所を貫き、隙を突いて接近してきた敵には、歴戦の戦いを勝ち抜いてきたことを思わせる本能的な動きで、打撃による返しを披露していた。
 その表情にはおよそ感情らしい感情がない。相手の爪を折ると、それさえも利用して容赦なく敵を倒した。
(すごい……)
 フールは素直にそう思う。
 おそらく、騎士団の騎士でも、あそこまでの腕前は数えるほどだろう。
 同時に、素晴らしいものを見たことによって興奮している自分がいた。
「フールさん、来ます!」
「!?」
 高揚するフールの心を現実に戻したのは、同じく契約者――レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)の声だった。迫っていた敵の爪を、身を引くと同時に叩き落す。そして、続けざまにその相手を切り捨てた。
「大丈夫ですか……!」
「ええ……ありがとうございます、レジーヌさん。助かりました」
 駆け寄ってきた全身鎧の少女に、フールはそう答えて安心させるための笑みを見せた。
「まったく、油断は禁物じゃぞ、若人よ。わしが若い頃はもっと……」
 と、レジーヌと一緒に駆け寄ってきた(とはいえ、ヨタヨタと)白髪の老人が、偉そうにくどくどと語り始める。
 老人の名はベルナール・アルミュール(べるなーる・あるみゅーる)といった。なんでも本人曰く、『フランスの名高い騎士の魂で作られた魔鎧』らしいが、それが確かかどうかを確かめる術はなかった。
 何かと小うるさい爺さんというのがフールの抱いた印象だったが、どこかそれも憎めないのだから不思議だった。それが、レジーヌが彼と契約している理由なのかもしれない。
 ご、ごめんなさい……といった、ベルナールの非礼を詫びるような目をレジーヌが送っているのも、彼女の苦労もうかがい知れるというものだ。
 と――レジーヌたちの頭上を、小さな人影が飛び越えていった。
「刹那さん……」
 人影の名をレジーヌがつぶやく。
 彼女――辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、斥候、および兵として『漆黒の翼』に雇われた、裏稼業を営む幼子である。
 まだ10歳にも満たない歳の少女は、その小柄な身体を駆使した素早い動きで敵を翻弄した。
 中華風の大きめの裾や袖からは、無数の金属武器が顔を出す。特にメインの武器となるリターニングダガーが、相手の死角から投擲された。突き立ったダガーに敵が苦しんだ直後には、すでに懐に入り込んでいる。音もなく、まるでわずかなつむじ風が吹いただけかのように、刹那は敵を文字通り“暗殺”していた。
 自身も森も駆けながら敵を倒すフールが、それに驚愕の表情を浮かべたとき、
「森なら、ああいう身軽な奴に利があるからな」
 いつの間にか横にいたヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)がそう言った。
「森なら?」
「なにせ動きが制限されるからな。多種多様な動きが出来るやつってのは、森じゃあ有利じゃ。まして、この森は特殊だからな」
 ヴェルの言うとおり、この森は普通ではない。
 走っているため気づきにくくはなっているが、常に木々は蠢き、枝は蛇のように絡み合ったりと、まるで意思を持っているかのように動き続けている。
 普段から森に慣れた獣人――つまりヴェルや、軽業を得意とする刹那たちは良いが、そうではないフールたちには思ったよりも障害になっていた。
 目の前に飛び出てきた巨大な枝を、彼は飛び越える。
 と、そこに、同じ枝の上を伝うようにして八日市 あうら(ようかいち・あうら)がやって来た。
「遅かったじゃないか、あうら。何をしてたんだ?」
「それはこっちのセリフだよ、ヴェルさん。私、すっごい探したんだからね」
 不満げに言うあうら。
 どうやら、彼女はヴェルがいなくなってから、彼を探して回ったようだ。
(シャムス様から聞いていたとおりですね)
 彼女の顔を一瞥して、フールは思った。
 明るく元気な娘だと、彼は聞いていた。初めて契約者たちと共に戦うことになったシャムスが、心を通わせた少女。何にでも首を突っ込もうとする癖があるから、見ていて時々、危なっかしいと、領主は苦笑しながら語っていた。
 そういう意味でなら、レジーヌもまた同じだ。
「……?」
 フールに視線を送られて、レジーヌはきょとんとした顔になる。
(必ず、お守りいたします)
 人知れず、自分の心のなかだけでフールはそう唱えた。
 シャムスからの言付けだ。必ず、彼女たちは守ってくれと。それが、領主の願いであるなら、騎士団の自分は絶対にそれを実行してみせる。
「……早くシャムスさんを、エンヘドゥさんに会わせてあげたいな」
 ふと、あうらがつぶやいた声が聞こえた。きっと、誰にも聞こえないようにつぶやいたつもりなのだろうが、いかんせんフールは訓練の賜物か耳が非常に良い。否応なしに聞こえてしまったのだった。
(ああ……そうか)
 フールはそのとき、何かに気づいた。
 確かに、彼女たちならば、自分も守りたいと願うだろう。そう、それが、例えシャムスの言付けでなくとも。
「どうした、フール?」
「いえ……なんでもないですよ」
 ヴェルが訊いてそう答えたフールの表情は、穏やかな微笑である。
 そして彼は、目の前を塞ごうとする敵を愛用の長剣で次々と切り倒した。艶のある金髪の下で、青玉の瞳が闘志を燃やす。
 無論、余計な時間はかけない。とにかく前に進んで相手を混乱させることが、自分たちの役目なのだ。
 と、彼の視界に恭司たちの姿が映った。
(私も……負けてられませんね)
 〈漆黒の翼〉騎士団員フールは、決意を新たに森を突き進んだ。