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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第2章 漆黒の翼と獣の刃 2

「あんたたち……私をナメてかかったら後悔するわよ!」
 〈漆黒の翼〉と一緒に戦う契約者の娘が、恫喝のような声を発した。見た目はいわゆる美少女のそれであり、典型的に整った顔立ちの日本人だ。良く言えば“綺麗”だろうが、悪く言えば“これといって特徴がない”とも言える。
 それが自称アイドルの星――葛葉 杏(くずのは・あん)だった。
「ったくもお…………ふざけんじゃないわよ!!」
 彼女が怒っているのには訳がある。
 それは、このゲルバドルの森を進攻する前に起こった、アムトーシスの芸術大会でのことだ。領家の姫さまの癖にアイドルよりも目立とうとする(むしろ当然なのだが……)エンヘドゥに対抗意識を燃やし、自分こそがより美しい芸術品だ! とばかりに、自らエンヘドゥのブロンズ像の横で石像化したのが、大会前日のこと。
 が、結局、彼女はブロンズ像を運ぶ衛兵にも怪訝な顔をされただけで放置され、大会が終わった頃にようやくパートナーの手で復活したのだった。
「無視されるのと放置されるのは耐えられる…………けどねぇ」
 彼女は目を伏せて口を開いたが、最後のセリフでキッとその目を持ち上げた。
「虫が止まったのだけは許せない! ごみ扱いか!!」
 と言って、騎士団の進行を防ごうとするゲルバドル兵に殴りかかる。
 ゲルバドル兵にとっては何のことか分からないため、彼らは彼女の怒りに戸惑うだけだ。ただ、杏にとってはむしろそれは正当な意見と認識されており、このむしゃくしゃはゲルバドル兵にぶつけることで解消されると思っているのだった。
 そんな杏の背後では、彼女の背を守る二人のパートナーがいた。
「マフィアのファミリーだった頃のことを思い出すんだよ」
「マ、マフィア……?」
 トミーガンを盛大にぶっ放しながら不吉なことをつぶやくうさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)に、橘 早苗(たちばな・さなえ)が戸惑うように言う。
 真偽を確かめる術はないが、時々、プーチンはこのように不吉なセリフを口にするのだった。
「杏さん杏さん! 危ないですよー! 一人で突っ込まないでください!」
「うがああああぁぁ!」
 もはやゲルバドルの兵と変わらぬほど野獣化した杏が、敵兵のなかに突っ込んでいく姿を見て、早苗はア然とした。かけていた牛乳瓶のフタのような眼鏡がずり落ちる。
「あ、杏さんが今までに見たことのないレベルでブチキレている!」
 驚きに目を見張る早苗。
 すると、そんな彼女にプーチンが芝居がかった哀しげな声で言った。
「早苗ちゃん、杏はきっとアイドルの暗黒面(ダークサイド)に墜ちちゃったんだよ」
「あ、暗黒面!?」
「ぷーちゃんは業界人だから解るんだもんね。アイドルは普段から色々と抑圧した生活を送っているからそれが何かのきっかけで噴出しちゃうと手がつけられないんだよ」
 正しいような、間違っているようなプーチンの説明。しかし早苗はそれを素直に信じ込んでいた。
「ただ、普通のアイドルがそれをやってもただのプッツン止まりだけど、下手に地力のある契約者の場合は洒落にならないんだもんね」
「ど、どうしましょう!? このままだときっと杏さんが将来アイドルの暗黒卿とか呼ばれるようになっちゃいますぅ〜」
 そうなった場合、おそらく彼女は漆黒の馬鹿でかいヘッドマスクのようなものを被るのだろう。
「アイドルには気軽に触っちゃいけないっていう、暗黙のルールがあるでしょうが!」
 早苗の心配をよそに、攻撃を仕掛けてきたゲルバドル兵に無茶苦茶な理由で反撃する杏。
 そんな彼女を見て、プーチンは、
(そのときは、『ザナドゥウォーズ 杏の逆襲』で映画会社に持ちかけてみようかな〜)
 なんてことを、気楽に考えていたのだった。



 部下の兵から、騎士団員のなかでもまだ若いフールが順調に進行しているという状況を聞いて、同じく騎士団に所属するライズ・ノーブルは安堵した。
(あいつは騎士団に入団して日が浅いからな……。自分を見失っていないといいが)
 歳にしては落ち着いており、冷静さを培っているとは思うが、それでもライズからすればまだまだ新人の域を出ない。彼が心配するのも当然だった。
 と、彼の表情からその心情を読み取ったのだろうか。契約者のひとりである冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が彼に声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。あちらには、あうらさんやレジーヌさんもいますから」
 あうらやレジーヌたち自身は、自分たちを過小評価するときもあるが、小夜子は彼女たちにしか出来ない力があると思っていた。その優しさが、その温かさが、きっと騎士団の騎士たちにも影響を与えていることだろう。
 それに、戦いにおいては恭司や刹那というプロもいる。時にその容赦のなさに恐怖を覚えることもあるが、彼らがおよそ戦闘においては無駄を生まないことを、彼女はよく知っていた。
「それよりも、いまは自分たちの役目に集中しましょう。……敵の指揮官を倒しということに」
「……そうだな」
 ライズは小夜子の確認を含んだ言葉にうなずいた。
 指揮官を倒せば、相手の指揮系統は崩れるだろう。特に野獣の闘争本能とも言うべき意識で動いているゲルバドル兵にとって、指揮官を失うことは致命的である。
 森の茂みに身を隠しながら、ライズたちはゲルバドル兵の分隊を覗き見た。
 一番奥に控えているのは、木彫りの杖を掲げて、なにやら祈祷師のような姿をしているゲルバドル兵。はっきりとは聞こえないが、途切れ途切れのその言葉を聞き取る。どうやら兵に命令を下しているようだった。
「魔法使いのようでもあるが……あれが指揮官か」
「どうしますか?」
 問いかける小夜子。
 ライズはしばらく考える仕草をした後、
「トリニティ。敵の隊列を崩せるか?」
 と、小夜子とは逆側の隣に控えていた男に振り向いた。
 そこにいたのは、いかにも傭兵といった格好をした男だった。しかし、その風貌は中世傭兵のそれではなく、砂漠などの激戦区でゲリラ戦を繰り広げる近代傭兵のものである。
 パワードスーツを着込み、顔にはヘルメット型マスクを被ってその正体を明らかにしていない。そして、肩にはアーミーショットガンを担いでいた。
 謎の傭兵の名はトリニティという。
 だが、それが本名かどうかをライズたちが図り知ることは出来なかった。なにせ、あくまで自称の名に過ぎないからだ。
「わかったよ」
 その重々しいパワードスーツ姿に似合わない、陽気な声がマスクの向こうから聞こえた。
 ライズたちは知る由もなかったが、それは地球人の契約者――ナイン・ルーラー(ないん・るーらー)の声だった。彼は、いまはパワードスーツとなっている魔鎧のラスト・ミリオン(らすと・みりおん)、そして、彼の体内に潜む奈落人のグリード・クエーサー(ぐりーど・くえーさー)と三人で、傭兵『トリニティ』を演じている。
 無論、そのことをライズたちに伝えてはいないが、それは彼にとってさほど問題ではなかった。問題なのは、傭兵としてどれだけの成果をあげられるかということ。
(あくまでも混乱を起こさせること。敵を殺しちゃうのは極力、避けるですぅ)
 ナインにしか聞こえない声で、ラストが言った。のんびりとした口調だが、よく聞くと正論を言っているの彼女だった。
(うん、分かってるよ)
 ナインはアーミーショットガンを構えた。
「よし、行くぞ!」
 声量を抑えているが、はっきりとしたライズの声が発せられた。
 その瞬間、ナインは指揮官含むゲルバドル小隊に向けて、引き金を引いていた。

「敵襲かっ!?」
 何が起こったのか分からず、混乱して騒ぎ始める一般兵の奥で、指揮官が冷静に推測を口にした。さすがに一般の兵とは違う。
「隊列を守れ! 襲撃に備えよ!」
 指揮官は、光学迷彩を施したナインが茂みの向こうからショットガンを撃ち続けていることを知らず、これから一気に襲撃が始まると予想した。
 だが、それが罠であったことをすぐに知ることとなる。
「ウオオオォォ!」
「――なにッ!?」
 銃弾が放たれる方角に気を取られていたその隙に、背後からライズたちが飛び込んできたのだ。
 敵の襲撃を一方向だと考えていた指揮官は、とっさのことに何の対策を取ることもできない。
 真っ先に飛び込んだのは、小夜子だった。
 海神の刀を手に、縦横無尽に敵兵のなかへ斬り込んでいく。狙うは指揮官。進行を邪魔する兵士は彼女の太刀に成すすべなく薙ぎ払われた。
 しかし、向こうには数の利がある。鋭い爪が小夜子へと襲いかかった。
(小夜子さま……!)
 それを守るのは、小夜子の纏う魔鎧だった。
 名はエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)という。
 魔鎧は単なる鎧とはまるで違う。その身に宿す魔力のおかげでもあるが、魔鎧と契約者の絆が、その防御力に影響する。
 敵の爪は、エンデの鎧に容赦なく弾き返された。
「小夜子さん! 今です!」
 その瞬間、頭上から人の声が聞こえた。
 そこにいたのは、小夜子のもう一人のパートナー、エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)である。
 背中に強化光翼を宿した彼女は、文字通り天使のようにライズたちの頭上を飛び、木々の上から狙ってくる敵兵を、その手に握るライトニングランスで打ち倒していた。
(小夜子さんはエンヘドゥさんを助けるために、いまの自分に出来ることをしようとしている。なら……私はその血路を開くのみ)
 心のなかで彼女はそう唱えた。
 そしていま、その血路は目の前に開かれた。指揮官へと続く、直線の道という形で。そのタイミングはわずかな間で、おそらく、エノンが告げてくれなければ気づくことは出来なかっただろう。
(ありがとう、エノン)
 頭上の彼女を一瞥する暇もなく、指揮官へ向かって一気に地を駆けながら小夜子は思った。
 指揮官はその木彫りの杖のなかに仕込まれていた刃を抜き出した。仕込み剣である。
 ということは、相手も決して玉座にふんぞり返るだけしか出来ない、能なしの上官というわけではないということだ。
 抜き放った刀が相手に受け止められる。しかし、そこで焦りはしない。むしろ予想の範囲内だ。続けざまに、小夜子は乱撃のソニックブレードを放った。
 次々と数多い攻め手で襲いかかる小夜子に、指揮官は若干の焦りを見せる。蹴り技から跳躍、背後に回って瞬時の攻め。叩き合う刃同士の音が、甲高く響いた。
 だが、指揮官が小夜子の隙を見つける。
 ニヤリと嬉しそうな笑みをわずかに浮かべると、彼はその隙をついて小夜子の胸を貫いた。
「小夜子さん……っ!?」
 エノンの悲鳴のような声が響いた。
 だが、その表情はすぐに――悲痛から驚愕に変わった。
「古典的ですが、やはりこれは有効的ということですね」
 胸を貫かれた小夜子の姿は蜃気楼の揺れるとその姿を失い、代わりに、指揮官の背後から、もう一人の小夜子が相手を切り伏せていた。
(……ミラージュ)
 放心したように、エノンが心のなかでつぶやく。
 小夜子の纏う魔鎧のエンデは、幻影魔法を使うことができた。
 思えば、以前も二人が一緒になって戦ったときに、同じ戦法を使っていた気がする。いつの時も、ひとの視覚というものは、幻影に惑わされやすいということだ。
「あれー、終わったー?」
 指揮官を失ったゲルバドル兵たちが、縄張りを失った獣のように逃げ去ったのを見て、茂みの奥からナインが姿を現した。
 指揮官は死んではいない。
 ライズは小夜子に相手を縛るための縄を放り投げた。
「ああ、終わったよ」
 しかしそれも、ひとつの目的を達成しただけに過ぎない。
 まだ戦いは続いている。そのことを、ライズだけではなく契約者たちも理解しているのか、彼らは神妙な思いも抱く。
 だがいまは、ひとまずの戦いが終わったことに安堵の表情を浮かべていた。