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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

リアクション



第四の試練 力の試練


「もぅ、強引なんですから」
「どうせろくでもないことたくらんでたクセに。後でカメラ出せよ」
 ぶつぶつと文句を言うミナ・エロマ(みな・えろま)をさらりと流し、温泉へ逆戻りしないように引っ張る泉 椿(いずみ・つばき)
 二人の頬を汗が伝う。
 ほのぼのとした空気漂う第三の試練の間とは打って変わり、ここは足下を炎に囲まれたまるで地獄のような場所だった。
 炎の中に円形の闘技場は二つ。そこに龍が一頭ずつ待ち受けている。
 闘技場に安全のための囲いなどなく、落ちたら下の業火に焼かれて一巻の終わりだ。
 そんな恐ろしげなところでも椿は怯むどころか逆に闘志を燃やし、闘技場へと歩いていく。
「リベンジだ!」
 過去の悔しい敗北を思い出して拳を打ち鳴らした時、後ろから呼び止められた。
「邪魔じゃなければ俺達も同行していいかな?」
 そこにいたのは四人。
 椿に声をかけたのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)だ。
 なぶらが使えるスキルから攻撃方法を検討した結果、属性に偏りがあることがわかったのと、当然ながら相手が侮れないからというのが理由だ。
「私が空から撹乱するよ」
 槍を担いだ如月 玲奈(きさらぎ・れいな)の傍にはレッサーワイバーンがいる。
「回復はあたしに任せてよ」
 ドンと胸を叩くミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)
「おお、何かわかんないけど、これならいろんな角度から攻撃できそうだな!」
「この戦いが終わったら、究極合体ですわね♪」
 がんばるぞ、と拳を上げる椿と表裏のリラードの融合に何かを夢見ているミナ。
 それじゃ、とレッサーワイバーンの背に乗り飛び立つ玲奈。
 龍の上を旋回し様子を窺う。
 静かに挑戦者を待ち受ける龍の鱗は、どんなに鋭い武器も通さないような輝きを放っている。
「吹っ飛ばされないように気をつけないとね……」
 玲奈はファイアプロテクトをかけると、地上の学生達が攻撃の機会を得ることを狙って龍の咆哮をあげた。
『おーい、そこの龍! キミのその小さい羽、どうせ飛べないんだろう! 使わないだろうから私にちょうだいよ! コレクションにするから!』
 だいたいこんな感じの内容だ。
 龍がギラリとした目で玲奈を睨みあげた。
 その眼光の鋭さに玲奈の背筋がひやりとする。
 が、しっかりしろ、と自身を叱咤して天のいかずちを落とした。
 同時に龍のブレスが襲い来る。
「回避!」
 玲奈は叫び、レッサーワイバーンに鋭く指示をとばし、寸でのところで直撃を避けた。
 しかしブレスの衝撃にあおられ、二、三回空中を回ることになる。
 手綱に必死にしがみつき落下をまぬがれた玲奈は、もうそれだけで息が上がってしまった。
 けれど、狙い通り椿やなぶらが龍に仕掛けていることに笑みが浮かぶ。
「何度だってやってやるよ」
 玲奈は開いてしまった龍との距離を縮めた。
 なぶらは戦いの前に律儀に礼をすると玲奈が作ったチャンスを見逃すことなく、剣にライトブリンガーの力を乗せて足の関節を狙って斬りつけた。
 耳障りな金属音と同時に手にかすかな痺れが走るが、まったく通用しなかったわけではない。
 蹴飛ばされる前に追加でバニッシュを放った。
 二重の輝きに包まれ、辺りは一瞬何も見えなくなる。
 椿はその隙に龍の体を駆け上がり、あっという間に頭部までたどり着くと、その勢いを利用して強烈な蹴りを横っ面に叩き込んだ。
「かってーな!」
 ビリッときた足の痺れを抱えながら、蹴った反動で落下する椿を玲奈が拾う。
 と、玲奈がサッと青ざめた。
「まずい……!」
 鈍い輝きを持つそれは、鋭い鉤爪を持つ龍の前足。
 レッサーワイバーンが急旋回するも、掠めた前足に彼女達は錐もみ状態で落下していった。
「椿!」
 ふだん呑気なミナもさすがに血相を変えて椿達を助けるために動いた。
 下手すると闘技場の外に落ちてしまいそうな二人と一頭を、サイコキネシスで何とか引き寄せ急いで駆け寄る。
「椿、まだ倒れるのは早いですわ! 素敵な恋人、見つけてないでしょう!」
「今にも死にそうな言い方しないでくれよ……掠り傷だ」
 オロオロしながら手当てするミナに椿は苦笑した。
 一方、玲奈とレッサーワイバーンにはミルディアと和泉 真奈(いずみ・まな)がヒールをかけていた。
「こっちも掠り傷程度だね。こんなのすぐ治しちゃうよ。玲奈さんがうまくよけたおかげかな」
「私じゃなくて、この子だよ」
 ミルディアにお礼を言うと、玲奈はレッサーワイバーンを見やる。
「皆さん、こういうのはどうでしょう」
 椿の治療を終えたミナがにっこりして提案する。
「攻撃を先ほどなぶらちゃんが傷つけたところに集中させるのです。玲奈ちゃんには引き続き龍の気を引いてもらって……」
「わたくしも多少の囮は務まりましょう。ミルディ、飛び出したりしないでくださいませね」
「だ、大丈夫だよ〜」
「あなたが倒れたら、本当の全滅ですわよ」
 目が泳いでいるミルディアに、再度、釘を刺す真奈。
「では、参りましょう。なぶら様が死んでしまいますわ」
 治療に長い時間を費やしていたわけではないが、この間なぶらは一人になってしまっていた。
 龍が彼女達に向かわないよう、負った怪我は自分で治して戦っていたのだ。
 椿が素早く駆けつけ隣に並ぶ。
「待たせたな。なぶら、作戦Zだ!」
「了解! ……とでも言うと思ったの? 意味がわからないよ」
「要は一点集中攻撃ってこと! さっきおまえが斬りつけたとこにもう一度いくぜ」
「わかった」
 なぶらが剣を持ち直し、椿が身構えた時、上空の玲奈と龍の背後に回りこんだ真奈が天のいかずちを放った。
 真奈の提案で龍の羽の付け根を狙う。
 弱点だったかはわからないが、初めて龍が咆哮をあげた。
 椿はなぶらの腕を掴むと神速で龍の足下へ連れて行く。
 最初に彼がつけた傷は癒えておらず目印のようになっている。
 なぶらの手を離した椿がそこに鳳凰の拳を力の限り突き込むと、さすがに痛みを感じたか龍は暴れだした。
 なぶらは氷雪比翼を広げ、開いた傷に氷術をかけて凍りつかせると、龍の巨体がぐらりと傾く。
 そして、彼は再度ライトブリンガーを剣に纏わせ、氷の上から突き入れた。
 直後、龍に踏み潰されそうになったなぶらと椿を救ったのは、真奈の制止を振り切って飛び込んだミルディアだった。
 もつれあい転がる三人をミナが先ほどのようにサイコキネシスで引き寄せる。
「えへ。助かって良かったね。でも、これを繰り返せば何とかなるかも!?」
「たとえ及ばなくても、第七龍騎士団員として恥じない戦いをしないとねぇ」
「よし、やれるだけやって、後は温泉入ってお土産買おうぜ!」
 ミルディア、なぶら、椿はそれぞれに言うと上空の玲奈へ合図を送り、態勢を整えるのだった。

 その後何度か繰り返したが、龍の力は強大で学生達のほうが疲れてきていた。周囲を囲う炎による消耗も大きかった。
「少し休んでて。その間は詩穂達が!」
 治療にあたっていたミルディア達は頷き、なぶら達を連れて闘技場の端に寄る。
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は自分とセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)に空飛ぶ魔法を施し、猟銃を構えた。
 さらに青白磁が炎、氷、雷系の防御魔法をかけると、三人は龍を囲むように展開する。
 契約者の力への考えを改めたのか、龍は自ら攻撃を仕掛けてきた。
 一振りで千人は薙ぎ払えそうな強靭な尾を振り回し、触れただけで体を真っ二つにされそうな鉤爪で詩穂達を引き裂こうとする。
 巨体のわりに機敏な動きにセルフィーナはなかなか攻撃の機会を得られなかったが、もとより狙う箇所は一つだ。
(どこかしら……下に回り込んでみましょうか)
 やや危険な行動だが、詩穂もその箇所を見つけあぐねているようだから、やってみる価値はあるかもしれない。
 セルフィーナはその意志を伝えようと、まずは青白磁を見た。
 彼女の視線に気づいた青白磁は、すべてを了解したわけではないが何かをやろうとしていることは感じ取った。
「やれるだけやってみるかのぅ! 騎沙良!」
 詩穂を呼び、上昇すると彼女もそれに続く。
 青白磁は何の説明もしないまま上からグレイシャルハザードを放った。
 下に残ったセルフィーナも巻き込む行動に詩穂は目を瞠ったが、青白磁が仲間を見殺しにする性格ではないことはわかっているので黙っていた。
 と、彼から「撃て!」と大声が飛んでくる。
 詩穂はハッとして猟銃を構え、龍を狙った。
 二人の上からの攻撃に龍の視線がそちらへ移る。
 セルフィーナはその隙を逃さず龍に接近し、逆鱗を探した。
 龍の喉の下に──。
「……あった!」
 すかさずセルフィーナはそこを撃ち抜こうとするが、先に龍に気づかれ横から重い唸りを上げて尾が迫ってきたため断念した。
 しかし、探していたものの位置がわかったので、さっそくそれを詩穂達に伝える。
「ナイス、セルフィーナちゃん! でも、龍も詩穂達の狙いがわかっちゃったよね……何とかしないと」
 詩穂が次の作戦の思案を巡らせた時、
「ヤバイ、散れ!」
 青白磁に突き飛ばされた。
 彼は詩穂とセルフィーナをそれぞれの方へ押し出すと、自身は鎧化して詩穂を覆う。
 そしてたった今三人がいたところを龍の灼熱のブレスが襲った。
 余波に押され、詩穂とセルフィーナの距離が開く。
 青白磁が魔鎧となったことで詩穂はふとした疑問を龍にぶつけてみることにした。
「ねえ! あなたが試練を受けに来た龍騎士の力を見極める役目なの?」
『そうだ』
 龍の咆哮で話し掛けてみると、龍は威圧感はそのままに詩穂の問いに答える。
「たとえば、契約者が龍騎士になる可能性は?」
 続けた質問に龍はしばしの沈黙の後に言う。
『絶対にない……とは言えない』
「そっか。ありがと」
 つまり、龍にとって契約者の可能性は未知数ということだ。
 しかし可能性がゼロではないかもしれない、と詩穂は前向きに考えることにした。
「ダメ元でやってみるのもありだよね。外れても、詩穂が勝手に期待しただけ」
 誰にも迷惑はかからないし、そのために重ねた修行は無駄にはならないはずだ。
 頷き、詩穂は戦いへと意識を切り替えた。
 すると、そこに綺麗な金髪をポニーテイルにした女の子が進み出た。
 彼女はまっすぐに龍を見据え、槍を向けて挑戦を告げる。
「勝負を申し込むですぅ!」
 彼女──ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)の後ろにはアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)もいたが、こちらは手を貸す気はないようで見守る体勢だ。
 アルトリアの横に下りた詩穂が、無茶だと言ったが返ってきたのは、
「承知の上です」
 という冷静な言葉だった。
「自分達の力はどの程度なのか、知りたいのです」
「……わかった。止めないよ」
 詩穂の隣にセルフィーナもやって来て、彼女達はそこに待機した。
 ルーシェリアは槍を構えると、どこから攻め込むか瞬時に考え、なぶら達がつけた傷口とは反対の足を狙うことにした。
 何があっても怯まない意志を固め、槍に雷を纏わせると力強く地を蹴る。
 龍の足が一歩引き、尾が揺れた。
 気づいたルーシェリアは退いたところでかえって尾に叩かれるだけだと判断し、もっと速くと自身を叱咤して龍の足下へ滑り込む。
 尾の直撃は避けたが、間近で見た足は鋼のような鱗に覆われていたし、爪は幾つもの激戦を潜り抜けてきたような迫力を持っていた。
 そして、視界の隅に入った対の足の傷口はふさぎがりかけている。
「凄い回復力……でも!」
 ルーシェリアは龍の足を地に縫い付けてやるとばかりに槍を突き出した。
 衝撃と同時に走った鈍い痺れに顔をしかめるが、動きは止めずに再度突き出す。
 さらに斬りつけようとした時、龍が足を振り上げた。
 すでに加速した刃の勢いを止めることは難しく、槍と爪は衝突し、吹き飛ばされたのはルーシェリアのほうだった。
 地に伏した彼女の様子を窺うように龍は追撃をしてこない。
「ルーシェリア殿!」
 急いで駆け寄ったアルトリアがルーシェリアを抱き起こすが、彼女は完全に気を失っていた。
「あたしが」
 休んでいたおかげでだいぶ回復したミルディアがすぐに引き受けた。
 お願いします、とアルトリアがルーシェリアを任せると、彼女は剣を抜き龍に立ち向かう。
 まだ一人でやる気かと周囲はいっせいに止めにかかったが、
「わがままをお許しください」
 と、頭を下げられてはどうすることもできなかった。
 龍と対峙したアルトリアは、荘厳な姿を感慨深そうに見上げる。
 龍は生前の彼女の象徴だったものだ。
 それが今は試練の相手となっていることに奇妙な縁を感じてしまう。
 アルトリアは騎士の礼をとると、短い一呼吸の後にソニックブレードを叩き込んだ。
 その闘志に応えるように龍は真正面から鋭い一撃を受け止め、彼女の頭上から前足を振り下ろす。
 対抗して受け止めるという選択肢を瞬時に放棄したのは正解だった。
 そんなことをしていれば、彼女の体は目の前に龍の前足を叩きつけられた地面のように抉られていただろう。
 飛んできた破片が頬に薄く傷をつけた。
 ──悔しいけれど、認めなければなりませんね。
 アルトリアは剣を下ろした。
「一人でやるのはここまでです」
 そう告げると、隣に意識を取り戻し治療もすませたルーシェリアが並ぶ。
 さらに詩穂達。
 今度はこの闘技場にいる全員で攻撃するつもりだ。
 龍は、もっと力を見せてみろというように双眸を光らせた。