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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第4章 だから神社だって言ってるじゃんよ 2

 神社内の売り場で、お神籤担当としてちょこんと座っていたのは、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)である。性別は男であるが、いかんせんその見た目が女性のそれであるため、まるで当然のように巫女服を着せられている。横に置いたお神籤の引き方を書いたホワイトボードと一緒に、人形のように無言で座り続けていた。
 自身の契約者の琳 鳳明(りん・ほうめい)はどうやらライブの準備で忙しいらしく、ヒラニィともども、こうして神社のお手伝いをしているのであった。
 そして、シャムスたちも彼のお神籤を引かせてもらうことにした。
 六角形のみくじ棒入れの中から、一本引く。その先端に書かれていた番号を見て、無造作に巫女服の裾からお神籤を差し出した。
「……だ、大凶……」
 しかも、そのお神籤を書いたのが社であるというのが、なんとも不吉なところであった。
 他にも846プロに所属するアイドルや歌手たちのサイン付きお神籤がどんどん裾から出てくる。一種のマジックのようにもなっていて、それを見るためだけに観衆が集まってきつつあった。
 その後、シャムスたちは境内のある一画を使って行われていた炊き出しのほうに向かった。
 そこにいたのは、神崎 瑠奈(かんざき・るな)一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)。輝のパートナーである二人の少女だった。
「あ、お兄ちゃんお姉ちゃんズです〜」
「マスター、シエルさん、お疲れ様です」
「二人とも、遅れちゃってごめんなさい」
 もともと、輝やシエルはライブが始まるまでここで炊き出しをする予定だった。
 社に要請されたため、彼の手伝いに行っていたが、こうして戻ってきたからにはさっそく炊き出しのほうにも精を出す。
 巨大な鍋に入った肉と野菜のたっぷり入ったスープをかき混ぜるのは、瑠奈の役目で、それを一杯ずつ注いでお客さんに渡すのは瑞樹の役目。自然と、輝とシエルは、大勢の客たちの交通整理をしたり、宣伝をしたりという役目に回っていた。
「ふむ。こうして外で立ちながら、みなでスープを食すというのも、悪くないものだな」
 そう笑顔でつぶやいたのは、シャムスである。
「そうでしょう? こっちには、お雑煮やお汁粉もあるんで、ぜひ食べてみてくださいね〜」
 瑞樹は、思わずその言葉に顔をほころばせながら、隣にある別の鍋にも視線を送った。そこでは、先ほどまで神楽の舞いを披露していた衿栖が二つの鍋を担当していて、人形たちと一緒に鍋を煮込んでいる。愛くるしいきょとんとした顔をした人形たちが、シャムスたちの視線に気づいて顔を上げていた。
「はい、ぜひぜひこちらも。自慢の一品なんですよ」
「お雑煮? お汁粉? なんですか、それは?」
 その二つの鍋を見つめながら、シャムスの隣で首をかしげるエンヘドゥ。
「えへへ。向こうの方でやってる餅つきの餅を使った、日本料理ですー。はい、ぜひぜひ」
「あ、ありがとうございます」
 瑞樹は彼女たちがすでに食べ終えていたスープ用のお椀を受け取って、今度はお雑煮とお汁粉をそれぞれ二人の姉妹に手渡した。お雑煮はシャムス、お汁粉はエンヘドゥである。
「うむ、これは……」
「甘くて……美味しいですわ」
 思わず声を弾ませる二人。
 そうしていると、そもそもが二人のような要人が民衆の中にいるのが珍しい光景であるため、宣伝効果が抜群である。二人が美味しそうに食べるお雑煮とお汁粉を自分たちも食べたいと、次々と客が集まってきた。
 衿栖の人形たちも、その大忙しに目を回しそうであった。



 そこでは、巨大な和紙を用いた書き初めが行われていた。
 『書き初め』イベントを主催するのは、契約者の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)である。彼女は日本の書き初めをザナドゥに広く伝えたいと、こうして神社の一画を借りてイベントをさせてもらっていた。『書き初め』とはなんたるか。まずはその説明からであり、それを聞いた参加者たちは、自分たちの和紙を受け取って、自由にそこに書き初めを行う。筆と言えば絵を描くことがまっさきに頭の中に浮かぶアムトーシスの住人たちにとっては、墨を使った文字というのは芸術的観点から見ても新鮮で、にぎやかな空気が広がっていた。
「――というわけで芸術家としても名高いアムドゥスキアス様に一筆奏上して頂きたく思っています」
 そう言って、祥子はアムドゥスキアスにニコッと笑いかける。
「楽しそうだね。ボクも……こういうのは好きだよ」
 アムドゥスキアスはむしろ大歓迎といった様子で彼女から筆を受け取り、その説明に則って和紙に文字を綴った。
 そして、そんなアムドゥスキアスをはじめとした参加者たちの様子を撮影するのは、祥子のパートナーの同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)であった。周りからは「静香」と呼称される魔導書は、ニヤニヤと変な妄想を膨らませながらアムドゥスキアスを撮影する。
(アムドゥスキアス様…………日本に来たらさぞや腐った人たちの人気者になれそうなのに……いや、まったく惜しいことですわ〜)
 残念がる口ぶりにもおもしろがっている語感がにじみ出ていた。
 ついでにいくつか質問をさせてもらったようだが、そのいずれもアムドゥスキアスは「あはは」と笑うだけではぐらかしていた。なかなか心の底を見せないのは、彼が魔神たるゆえんなのか。
「シャムス様は、女当主である以上いずれは婿を迎えると思いますが……どのような殿方を望むのですか?」
「オ、オレか……っ?」
 逆に質問してみて反応が面白かったのはシャムスである。
 彼女はうなってから空を見上げ、何かを思い返すと、ボッと赤くなってどぎまぎし始めた。そして、「べ、別に今は何も考えていない」とこちらも答えをはぐらかすのだった。
 いずれにしても、エンヘドゥもまた愛想の良い笑みを浮かべるばかりで答えはなく、大した回答は得られたわけではなかった。やはり、ガードは堅いということか。逆にそうでなくては、ひとつの街や地域を治めることなど出来なさそうであった。
「シャムス様ー! 出来た出来たー!」
 と、シャムスと一緒に隣で書き初めをしていた娘がひとり、大声ではしゃいだ。
 娘の名は神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)。シャムスの友人にして彼女を慕う、どこか妹のような感覚も思わせる少女であった。
「お……ほんとか? …………って、これは何が書いてあるんだ」
 そこに描かれていた巨大な文字は『進学』。
 漢字が分からないシャムスは、その意味が分からずに首を傾げていた。
「ふっ…………あまり考えないようにしてたけど、今年あたし 受 験 生 なのよね」
「ほう。受験生…………つまり、試験があるわけだな」
「大学へ進むつもりなの。エンヘ様と一緒に通えたらいいなーって」
「それはそれは、授受さんと通えたら、とても楽しい大学生活になりそうですわね」
 授受の言葉を聞いて、エンヘドゥが想像を膨らませながら笑った。
「無事、進学できたらだけどね」
 少し自嘲めいたことを言って、エヘヘと照れくさそうに笑う授受。
 すると、彼女はなにか決意に満ちた顔になって、くるりとシャムスに向き直った。
「あたし、卒業したら、南カナンに来て、シャムス様を助けていけたらなって、そんな風に思ってるの。あ、もちろん在学中も力になるつもりよ。その後も、ずっと傍で、一緒にがんばれたらなぁって…………」
 最後の言葉は、ごにょごにょと口の中で渋滞を起こしたため、シャムスにはハッキリとは聞こえなかった。
 だが、その意思はよく伝わった。だから、シャムスは優しげな微笑みを返す。
 そのとき、授受のパートナーで、エンヘドゥの隣で書き初めしていたエマ・ルビィ(えま・るびぃ)が顔を上げた。ふわふわの桃色の神を一本三つ編みにまとめた髪が、さらっと揺れる。
「出来ましたわ」
「あ、エマも出来たんだ! 見せて見せて!」
 先ほどの恥ずかしい言葉を少しごまかすようにして、授受がよりいっそう弾んだ声で彼女に言った。
 ニコッと笑ったエマが見せた和紙に書かれていた言葉は――『笑顔』。
「アムくんも、ナベリウスちゃんたちも、せっかくお友達になれましたから。地上も魔界も関係なく、たくさんの人が幸せでありますように。そう、願いを込めました」
「素敵な言葉ですわね……」
 その漢字の意味を知って、エンヘドゥは頬を緩ませる。
「シャムス様。エンヘドゥ様。今年もよろしくお願いします、ですわ。ジュジュといると、騒がしいかもしれないですけれど…………きっと、退屈はさせませんから」
 お辞儀をしながらそう言ったエマは、顔をあげて優しく微笑んだ。
「騒がしいって何よ、騒がしいってー!」
 と、文句を言う授受の声もいまは心地よくて。
 彼女たちは皆、『笑顔』になって、そのときの幸せな時間を過ごしたのだった。