天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

リアクション公開中!

【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
【カナン復興】東カナンへ行こう! 3 【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

リアクション

 居城の廊下の窓から、崩壊し、瓦礫の山と化したアガデを見下ろして、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は嘆息した。
 もう何度目になるだろう? こうして街の全景を見下ろすたびにため息が漏れる。しかしそれでも見ずにはいられなかった。目をそむけたりしたくなかった。
 かつての美しかったアガデを知っている。そこがどうしてこうなってしまったかも、知っている。赤く燃え広がった炎の海、そこから舞い上がる肌を焼き焦がしてしまいそうな熱気と火の粉は今も易く思い出せる。
 あの景色を、ここを誇りとして暮らしていた人々を、守りたいと全力で戦った。けれど、あとわずかに力がおよばなかった。
 そのことを考えるたび、くやしさとむなしさと罪悪感めいたものが混在した思いにかられる。
「ばかげてるわね……今さら、どうしようもないのに…」
 だからこそ。その思いも込めて、この景色を元に戻したい。いつか……今は到底無理だけれど、いつか、人々の記憶からこの荒れ果てた光景が消えて、美しい都だけが残るように。
 そんなことを考えながら朝の日差しあふれる廊下を進んでいると、反対側からセテカが速足で歩いてきた。手元の書類の束に目を落とし、ときおりチェックマークを入れながらぶつぶつつぶやいている。
「セテカ」
「――え? ああ、リネンか」
 少し通り過ぎたあと足を止めて、セテカは振り返った。
「朝から忙しいようね」
「ここ数カ月毎日こんな調子だからな。もう慣れたよ」
 というか、慣れざるを得ないというか。
 開き直ったように肩をいからせるセテカに、くすりと笑う。
「それで? 何か用があるんだろう?」
「ああ。ええ、ちょっとこれを見てもらいたかったの」
 リネンは胸に抱き込んでいたボードを下ろして見せた。それは、彼女のパートナーユーベルフェイミィアイランド・イーリで今朝ポート・オブ・ルミナスへ受け取りに行く手筈になっている品のリストだった。
「ほとんどが医薬品だな」
「ええ、一番必要な物だと思って。あと、食料品が少し。……別の物がよかった? 今から手配すれば、午後の便で取り寄せられると思うけど」
「いや、きみの言うとおりだ。ああ、あとこのリストにある食料品と日用品を民の元へ届けてくれ」
「分かったわ。ほかには?」
「そうだな…。ザムグの町から砂の入った麻袋を受け取ってきてほしい。できれば昨日より多めに」
 と、リストから顔をあげる。
「そういえば昨夜リージュが何か欲しがっていたな。彼女の所へも行こうと思っていたんだ。きみも一緒に来るか?」
「そうね。そうしようかしら」
 2人は連れ立って階段を下りて行った。


*       *       *


 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は大型飛空艇アイランド・イーリの格納庫で、積み込んだコンテナの最終確認を行っていた。
 これらにはすべて、昨日の復興作業で撤去した瓦礫が入っている。彼らはこうして復旧作業の間、ほかの者たちが集めた瓦礫を乗せて外部の決められた場所へ運ぶ役割を負っていた。そして帰りに物資を運んでくる。
 ただ今回に限ってはコンテナの数が半分ほどしかない。理由は、昨日の午後起きたデモのためだった。デモ隊が通る道付近は危険な瓦礫撤去は一時中断することになってしまったのだ。そのため当初立てていた予定が狂ってしまっていた。
 夜が明けきらないうちから乗り込んで、ユーベルとその部下の船員、オルトリンデ少女遊撃隊の面々は、積み荷のバランスをとるべく微妙にコンテナを移動させたりしている。
「ユーベルさま、これはこちらでよろしかったでしょうか?」
 クレーンを用いて作業していた女性が、コンテナを吊るしたまま確認をとる。
「ええ、かまいませんわ。ああそれと、そのD−8プレートのついた物はこちらに――」
「ユーベルさん」
 ふと後ろから名を呼ばれて、ユーベルはそちらを振り返った。開けっ放しのハッチから真人が中を覗き込んでいる。
「あら。おはようございます」
「おはようございます。
 実は1つ大型コンテナが満杯になったんですが、運んできてもいいでしょうか?」
「もうですか。朝から精が出ますわね。お仕事ご苦労さまです」
「はは…」
「かまいませんわ。まだ全然空きに余裕がありますから、どんどん運んできてください。よろしければ、ほかの方にもお声がけしていただけませんか? まだあと1時間ほどはこちらで作業しておりますから」
「分かりました。――セルファ、トーマ、持ってきてください」
 真人はユーベルの優雅な笑顔に笑顔で返すと、後ろに向かって合図の手を振った。
「ほーい。――ユーベルおねーちゃん、どこ下ろしたらいい?」
 ひょこっとアストレアが真人の上から斜めに顔を見せた。両手で持っているコンテナが、まるでプレゼントボックスのようだ。
「どうぞこちらへ。あの、A−4というプレートがかかっている所に下ろしてください」
 アイランド・イーリの格納庫へ入ったアストレアは、少女の誘導に従ってコンテナを指定の場所に下ろす。ずしん、と重そうな音を立てて、コンテナはユーベルが指定した位置へぴたりと収まった。



 フシュッと空気が漏れるような圧力ドアの開閉音を耳にして、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)がそちらを向いた。
「お疲れさん。もう出られるのか?」
「ええ。少し遅れてしまったかしら?」
「いや、そんなことはないさ。むしろ早く来すぎちまったかもな。もうちょい城でゆっくり朝食でもとってりゃよかったか」
「わたしの部下も、オルトリンデの少女たちも優秀ですから。私がとくに指示を出さなくても察して動いてくださるから、スムースに運んだんですわ」
「そりゃよかった。あとでねぎらっといてやるか」
 ふふ、とユーベルは笑って、操縦席についた。艦内マイクのスイッチを入れる。
「これよりアイランド・イーリは発進いたします。総員ただちに所定の位置に戻ってください」
 浮上を始めたアイランド・イーリの揺れに身を任せつつ、フェイミィはユーベルの置いたボードを取り上げた。格納庫のコンテナ番号は半分しかチェックが入っていない。
「……やっぱ、昨日の敵は今日の友、ってワケにはいかないよなぁ」
 デモ行進の様子を思い出して、わずかに顔をしかめる。
「こればかりはしかたありませんわ。ひとの心は、他人がどうこうできるものではありませんから」
「だな」
「それよりフェイミィさん、下を見てください」
 ん? と言われてモニターを覗く。そこには、セテカと赤髪の女騎士の姿があった。
 アイランド・イーリを仰いだセテカが手を振っている。
「呼んでいるみたいですわ。でも下には着陸スペースがありませんので、行ってくださいますか?」
「りょーかい。んじゃ、ちょっと待っててくれ」
 フェイミィは自翼を広げ、飛装兵のオルトリンデ少女遊撃隊たちとともに地上へ舞い降りた。
「どうした?」
「わざわざ呼びたててすまない。実はちょっと頼みたいことがあって」
 セテカは手早く昨日の城でのいきさつを説明した。
「外の魔族兵から荷物を受け取ってくればいいんだな?」
「ああ。きみたちのアイランド・イーリが一番積載量が多いからな。魔族兵は民を刺激しないよう、少し離れた緑地で駐留することになっている」
「だが俺たちはまず西回りでコンテナを下ろしてからルミナスへ行って荷を受け取ってくることになっている。それからになるから遅くなるぞ?」
「かまわない。急ぐ分はエルシュたちが先に受け取ってくることになっているから。それと――」
「このリストの注文をお願いしたいの!」
 セテカを押しのけるようにして、赤髪の女騎士がフェイミィの前に立った。
「よろしく。ハワリージュ・リヒトよ」
 笑って握手したあと、手にしていた書類をフェイミィの方に向け、リストの説明を始める。だがフェイミィが見ているのは、ハワリージュだった。伏せられた黒いまつ毛から覗く明るい青灰色の瞳、ツヤツヤの赤髪は短いのが残念なほどきれいだ。ほどよく日に焼けた、つるんとした肌はさわり心地が良さそうで、鼻頭に浮いたそばかすをなぞりたくて指がうずうずした。
 初対面のハワリージュはともかく、彼女の性癖を知っているセテカにそうと察せられないはずがない。
「ちょっと来い」
 フェイミィはさっそく襟を引っ張られて手近な物影に引っ張り込まれた。そしてひとしきり「あの子には手を出すな」と釘を刺される。フェイミィとしては「なんで?」だ。恋愛は自由だ。城にいて、2人の関係についてはそれとなくうわさが耳に入っていたが、現婚約者ならともかく元婚約者が口を出す権利はないはずだ。それとも……あるのか?
「セテカに何か言われたのね」
 戻ってきたフェイミィの、どことなく鳩が豆鉄砲くらったような表情を見て、ハワリージュはくすくす笑った。
「気にしないで。あの人すっかりわたしの保護者気取りなのよ。まるで父が2人いるみたい。そんなに歳が離れてるわけじゃないのに」
 彼ってばわたしがとっくに成人してることも気付いてないんじゃないかしら? と目を輝かせて笑ったあと、再びリストの説明に戻る。そんなハワリージュに、フェイミィは笑み崩れた。
(いやぁ、いいよなぁ。このくるくる変わる表情といい、はきはきとしたしゃべり方……そそられるよなぁ)
 その体に散ったそばかすの数を数えさせてくれないか、と言ったら、彼女は応じてくれるだろうか? なんて考えてにへにへ口元をゆるませていたフェイミィの後頭部に、そのとき突然
「このエロ鴉!」
 ズゴン! と空手チョップが入った。
「ってえなぁ! だれだよ、いきなり――って、リネン!? い、一体いつの間にっ!?」
「最初からいたわよ。あなた、視界に入ってなかったから、気づいてなかったみたいだけど?」
 ちょっとむくれ気味にリネンは腰に両手をあてる。自分に気付かずほかの女性に注目しているフェイミィの姿は、最初のうちこそおかしく思えたけど、今はなんだかちょっぴり面白くなかった。
「いや、そのぅ……ええと。これはだなー」
「ハワリージュの言ってたこと、あなたちゃんと聞いてた? 復唱できる?」
「う…」
 あとでリストを見ればいいと思ってた、なんて言えない。3人からじーーっと凝視される中一生懸命記憶を探ったが、何も出てこなかった。
「いいから仕事に戻れ、エロ鴉」
「……ハイ」
 リストを受け取って、フェイミィはすごすごとアイランド・イーリへ戻って行ったのだった。