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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第25章 むきプリ君、アフロになる。

 「呵々! 御馳走がてんこ盛りとはこれは驚き! 酒と油揚げを存分に食べようではないか!」
 帰る者あれば来る者あり。天神山 保名(てんじんやま・やすな)は自分を誘った天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)、そして斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)斎藤 時尾(さいとう・ときお)と4人でホテルを来訪した。闊達な笑い声を響かせながら、和気藹々な空気漂う会場に到着する。
「早速、主催者に挨拶……何じゃ?」
「何だ! あの筋肉は!!」
 入口付近の女装筋肉男を目にし、保名達は思わず足を止めた。保名を誘った甲斐があった、と悦んでいた葛葉は、明らかに場違いな筋肉に驚きと怒りを隠せない。
「……なんか痛い人が居るの」
 そして正直過ぎ、且つ的確な感想を漏らしたのはハツネである。「ハツネは正直さねぇ」と、時尾が軽く苦笑を漏らす。
 そう、むきプリ君は、最初と変わらず未だ女装姿だった。
 と話したことで女性のふりを止めて男としての魅力をふりまいてやろうと思ったむきプリ君だったが、いざイルミンスールの制服に着替えようとした時に衝撃の事実に気がついたのだ。
“男の服を持ってきていない!!”
 という、男としてそれはどうなんだという事実に。
 今思えば、準備の為に街中に繰り出していた時から女装だった。
「むう、まさか、女装する事に夢中でいつもの服を忘れてくるとは……!! 俺としたことが、痛恨のミスだ!!」
 そういった次第で、今、プリムはむきプリ君の普通の服を買いに外へ出ている。ホテルの従業員服はぱっつぱつで体型に合わなかったのだ。今の服装は、まあ、バレリーナのような格好、と言えば一番近いだろうか。

「何だぁ!? あの痛ぇやつは!」
 その時、4人の後から、王 大鋸(わん・だーじゅ)が見たままの、そして偶然にもハツネとほぼ同じ言葉を発した。その大声は本人にも聞こえたらしく、むきプリ君は「何だとぉ!?」と、大鋸の方に勢い良く首を向ける。大鋸も、普段の格好でパーティーに着ていたら“痛い”発言されていたかもしれないしむきプリ君に言い返されていたかもしれない。だが、今日の彼は露出度も低くトゲもどこにもついていず、極めてまともな服装をしている。そういった服を選んだのは、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が誘いの手紙にこう書き添えていたからである。
『高級ホテルのパーティーとの事ですが、正装ではなくても大丈夫だと思いますのであまりラフ過ぎない感じの服装でいらして下さい』
 と。鈴鹿はパーティーの広告を見て、これならあまり気後れせずに誘えそうだ、と気になる相手である大鋸に手紙を送った。彼女としては大鋸が何を着ていても格好良いと思うのだが、やはりTPOというものもある。
 大鋸の発言を受けて、むきプリ君は2人に近付いてくる。“痛い”発言に加え、大鋸が女性連れであったというのも大きかった。彼を見て、鈴鹿は小声で大鋸に言う。
「ダメですよ大鋸さん、女の子は外見の事を言われると、とても傷付いてしまうものです」
「お? 女の子?」
 鈴鹿は真顔で、冗談を言っているようにも思えない。大鋸は目を白黒させた。アレをどの角度から見たら女の子と判じ得るのか。だが、既に至近距離まで来ていたむきプリ君は、その言葉でころりと機嫌を直した。現金なものだ。
「そうヨ! アタシ、ショックだったわ!」
 先程「何だとぉ!?」と叫んでおいて今更臭が半端ないが、むきプリ君は女子になりきって訴える。その“彼女”に、鈴鹿はにっこりと微笑んで挨拶した。
「プリ子さんですね。本日はこのような素敵なパーティーを開いて下さって、ありがとうございます」
 プリ子さん、と呼ばれても“彼女”は動じない。バレてない、バレてないぞ!
「どういたしまして! ゆーっくりと楽しんでらしてね!」
「そうさせていただきますね。それと、これはささやかですが、お礼の友チョコです」
 渡したのは、赤い包装紙でラッピングされた可愛らしいチョコレート。
「お口に合うと良いのですが……」
「まあ!! ありがとう!!」
 ――うおぉお友チョコ! やはり俺の作戦に間違いはなかった!
 むきプリ君は内心有頂天になってチョコを受け取った。このほのぼのとしたごく普通のやりとりを、大鋸はぽかんとして見守っている。確りとした印象を受ける鈴鹿だったが。
(本気で気付いてねぇみてぇだ……天然なのか!?)
 そんな事を考えていたら、鈴鹿は大鋸にも同じデザインのチョコを差し出してきた。
「あ、大鋸さんにも……友チョコです」
「お、おう! ありがとうな!」
 むきプリ君とお揃いのチョコレートになったが、それは結果論として受け止め、女子からのチョコレートに大鋸は素直に喜んだ。
「じゃあ、お料理を楽しみましょうか」
 鈴鹿と大鋸は、平和的にむきプリ君から離れていった。バイキングコーナーに行って2人分の料理を取り分け、落ち着いて食事が出来る場所に移動する。
 取り分けられたものを見て、大鋸が言う。
「和食が好きなのか?」
「はい、特にこの、カレイの煮付けが好きなんです。大鋸さんは、お肉がお好きなんですね」
「ああ、肉はうまいし、体の資本だからな!」
 大鋸の持つ皿には、骨付きチキンステーキ、スペアリブ等が載っている。つけあわせのサラダは、鈴鹿がバランスを考えて加えたものだ。
「嫌いな食べ物とかはあるんですか?」
「いや? 嫌いなモンは特にねぇな。なんでも食うぜ」
 そう答えると、大鋸は鈴鹿の取り分けた料理を豪快に食べる。鈴鹿も素朴で洗練されたカレイの味に舌鼓を打った。
「そういや、あいつはどうしてんだ? ほら、ポータラカから連れ帰った、あの犬」
「名付け親になって頂いたボーダー・コリーですね」
 月への港から鈴鹿と一緒にいるボーダー・コリーの子犬は、すくすくと元気に成長していて。
「とてもおりこうさんなのですよ」
「そうか、そりゃよかった!」
「大鋸さんは最近、大学生活はどうですか? 福祉科とは、どういったことをやるのでしょう」
「そうだなあ……この前は保育園に実習に行ったぜ! あと、老人ホームとかでな……」
 そうして、鈴鹿と大鋸は料理と共に話に花を咲かせた。

              ◇◇◇◇◇◇

 鈴鹿達がむきプリ君から離れた後。
「お主、奇抜な格好をしておるが……なかなかいい筋肉ではないか!」
 保名は、盆の上に油揚げと日本酒、コップを2つ載せてむきプリ君に近付いた。
「おお。何だ? この筋肉の良さが分かるのか!?」
「まだ完璧とは言えぬがな! 呵々! もっと引き締めればお主、いい線行くと思うぞ、精進せい!」
 保名は豪快に笑い、油揚げを1つ食べる。どうやら、稲荷寿司用の揚げをスタッフに用意して貰ったらしい。和洋折衷古今東西の料理が置いてあるバイキングにも、油揚げのみは扱っていず。
「もちろんだ! 俺はどこまででもこの身体を鍛えるぞ!」
 気風の良い保名に褒められ、筋肉を肯定されてむきプリ君もがっはっはと笑った。保名は、それが気に入ったらしい。
「お主とは気が合いそうだ。まあ、飲むのじゃ!」
 2人は手近なテーブル前に移動し、保名自ら、むきプリ君に酒を注ぐ。その傍らで、葛葉は保名に声を掛けた。
「保名様、何かお取りいたしましょう」
「うん? そうじゃな、じゃあ鳥の燻製でも頼もうかの」
「分かりました。行ってきます」
 葛葉は保名達から離れて、バイキングコーナーへ向かう。笑顔ではあるが、内心はそう穏やかではない。保名が意気投合しているから我慢しているが、あの女装筋肉が目障りで邪魔で仕方がないわけで。
 保名はバイキングを楽しんでいるようだし、ハツネや時尾が付いてきたのは誤算だったがよしとしよう。だが、女装筋肉は許容出来ない。
(フフ……もしあの筋肉が保名様に迷惑かけたら……フフフ……)
 とか、昏い想像をしながら料理を取り分ける。そして、保名達の所へ戻ろうとした時――
「な、何をするのじゃ!?」
 葛葉が見たものは、酔っ払ったむきプリ君が妙な小瓶を持って保名に迫る姿だった。保名は、むきプリ君の手首を掴んで押し倒されないように防いでいる。
「お主、どうしたというんじゃ!!」
「さあ、俺の女になれ!!」
「保名様!」
 スケベ根性丸出しの顔で力押ししをしようとしているむきプリ君に、葛葉はその身を蝕む妄執をかけた。途端に、「ぬおおぉおお!!」と頭を抱えて悲鳴を上げるむきプリ君。さぞや恐ろしい幻覚を見ているだろう――男と絡み合う幻覚とか。
「保名様、ご無事ですか!」
 何かしていたら幻覚程度では済まさない、と葛葉は保名に近付く。
「うむ、驚いただけじゃ。酔わせ過ぎたかのう……」
「こちら、料理を持ってきました。変な筋肉の事は忘れて飲みなおしましょう!」
 ほっとして、葛葉は料理を差し出した。そんな小さな混乱の隣で、時尾は酒をマイペースに楽しんでいた。悲劇の筋肉にも特に話しかけず、ゆるりとした雰囲気だ。
「……せっかく飲み放題なんさね。だる〜く、飲もうかね」
 様々な酒を少しずつ器に入れて持ってきて、会場内を適当に見ながらそれを飲む。ハツネは、そんな時尾の様子を見て嬉しそうだ。
(バレンタインパーティー……というのはよくわからないけど、保名はともかくお母さんが幸せそうでよかったの)
 それから、そういえば、と思い出して作ってきたチョコレートの中の1つを取り出す。
「お母さん、ハツネ、バレンタインチョコいっぱい作ったの! はい、これ義理チョコなの!」
「おや、嬉しいねえ、本命じゃないのかい?」
 義理だろうが本命だろうが、ハツネがくれたというだけで嬉しいものだ。冗談混じりにからかうように時尾が言うと、ハツネは不思議そうにきょとんとした。
「? 義理チョコって『お世話になった人や大切な人に贈るもの』で本命チョコは『リア充がもらうもの』なの。これに書いてあったの」
 ハツネはそうして、鞄の中に入っていた民○書房と打ってある本を取り出した。
「あれまあ」
 その文字を見て時尾は納得した。まあ、チョコに関しては内容自体は間違っていないようだ。それはそうと、開いた鞄の中、○明書房の本の奥に沢山のチョコレートらしき包みが見える。誰に渡すつもりで持ってきたのだろう。
「ハツネ? そのチョコはなにさね?」
ハツネ特製リア充チョコなの。これを食べれば、みんなリア充になれて本命チョコがもらえるの。だから、恵まれない人達にこれから配りに行こうと思うの」
 ハツネは、偉い? 褒めて♪ という気持ちで時尾を見上げる。
「……そうかい」
 その期待に応える――というわけではなく、時尾はハツネの頭をなでなでした。そして、ぎゅ〜と抱きしめて愛おしそうに目を閉じる。
「ハツネはいい子さね。……その優しさをこれからも忘れないでさ。……後は……『愛』……“大好き”って心を込めて頑張るさ〜」
「……『愛』? ……“大好き”って事?」
 抱きしめられたまま、ハツネは時尾の言葉を繰り返す。
「……よくわからないけど、わかった。『愛』を持って渡してくるの」
「うん、頑張るんだよ〜」
 時尾はハツネから体を離すと、優しくその背中を送り出した。それから、保名の方を振り返る。
「……という訳で、うちのハツネは優しくていい子だろ、保名」
「むっ、時尾! うちの葛葉も優しい子じゃぞ!」
「まあ、葛葉もいい子さね。……保名はもうちょっと男を見る目を磨くべきさ〜……」
 いつものように言い返され、時尾は葛葉と、その辺に転がっているむきプリ君をちらりと見る。保名はムキになって、胸を突き出すように時尾と向かい合う。
「お互いにいい子じゃろうが! というか、お主はもっとそのだらけた体を何とかせい!」
「遠慮しとくよ。鍛えた結果、ああはなりたくないからねえ」
 時尾が鍛えても、まあああもムキムキにはならないだろう。……多分。
 そこで、保名のコップに酒を注いでいた葛葉は、そうだ、と瓶を置いて持参のチョコを取り出した。アルコール入りの油揚げ型本命チョコだ。
「とりあえず、保名様。こちらバレンタインチョコです……受取ってください」
 照れた様子で見上げてくる葛葉に、保名は「おっ」と嬉しそうな顔になった。
「このタイミングでチョコとは有り難いのじゃ。呵々! それじゃあ、ありがたく貰おう、葛葉」
 笑顔でチョコレートを受け取り、保名は葛葉の頭を撫でた。
「やはり、お主は聡い可愛い奴じゃて」
「ありがとうございます」
 会場で爆発音が起きたのは、その時だった。
「……何じゃ?」「何でしょう」
 音のした方を振り返ると、そこには、頭をアフロにして顔を真っ黒にしたむきプリ君がいた。バレリーナな服もボロボロで露出度が高い。
 何故、こんな事が起きたかというと――

(あの痛い人は、きっと可哀そうな人なの。だから、優しくするの)
 時尾の応援を受けたハツネは、むきプリ君に近付いた。街でチョコを配る前に、まずはこの会場内にいる『不幸そうな人』や『可哀そうな人』にハツネ特製リア充チョコを渡そうと思ったのだ。
「チョコ、あげるの」
 だから、ハツネはむきプリ君に近付いた。痛い上に、先程から妙な声を出し続けていて可哀そうだ。
「あぁん! そこは……ふぉおお! ん……? チョコ?」
 悪夢から目覚め、むきプリ君は起き上がってハツネを見た。まだ子供に見えるが、性別は「女」だ。
「ハツネ、お兄さんに幸せになって欲しくて……頑張って作ったの。だから、後でゆっくり食べてリア充になって欲しいの」
「後でゆっくり……? よし分かった! 俺はリア充になるぞ!」
 むきプリ君は、喜び勇んでチョコレートを受け取った。その中に小型爆弾が入っていることなどには、勿論気付かない。
「ハツネ偉い子? 頭なでなでして欲しいの♪」
「おお! お安い御用だ!」
 言われるがままに、むきプリ君はハツネの頭を乱暴になでなでする。
「ありがとうなの♪」
 ハツネは笑顔で、頭がくしゃくしゃな状態で他の数人にもチョコを配り、会場から出て行った。
「次は街の中なの♪ 可哀そうなお兄さんやお姉さんを幸せにしてあげるの♪」
 むきプリ君に連鎖するように会場で爆発が起きていく。チョコを渡された者は、皆リア充を求める獣。『後でゆっくり』をそう長く守れるはずもない。
「……ああ、こんなにして……知らないさ」
 慌てたスタッフが見た目淡々と掃除をしていくのを眺めながら、時尾はだる〜く呟いた。

              ◇◇◇◇◇◇

「あら、あの子はさっきの……」
 食事を終えた鈴鹿と大鋸は、ホテルの1階で外に出て行くハツネの姿を見かけた。高層階にある会場の小爆発は1階にまでは聞こえず、それ以前に会場を出た鈴鹿達は爆発については知らないままだ。
「ちょっとお待ち下さいね」
 フロント前まで来たところで、鈴鹿はそう断って荷物を取りに行った。戻ってきた時には大きめの鞄を持っていて、その中から彼女は赤いマフラーを取り出した。両端には青と白のノルディック柄。マフラーには、プレゼント用を示すリボンが掛かっている。
 何か特別な印象を受け、大鋸はまさか、とどきりとして浮き足立った。ここには、2人しかいないわけで。その片方がプレゼントっぽいものを持っているわけで。
「いつもお世話になっているので……」
 やはりというか何と言うか、鈴鹿は、それを大鋸に差し出した。
「ありがとな! 貰っとくぜ」
 からりと、堂々とした笑顔で彼はマフラーに手を伸ばす。だが、そこで鈴鹿は少し言い難そうに彼に言った。
「あの、よろしければ、なんですが……」
「ん? 何だ?」
 大鋸の手がぴたりと止まる。まさか、誰かに渡してくれとかいうオチじゃないだろうな。例えば、シー・イー(しー・いー)とか。
 ――だが、予感は杞憂だった。ふわっとした暖かいマフラーが彼の首に掛けられる。鈴鹿があの後に続けたのは、「今、この場で巻いて差し上げてもよろしいですか?」というものだった。リボンの解かれたそれを軽く巻くと、鈴鹿は少しの照れを覗かせた笑顔で彼に言う。
「まだまだ寒い日が続きますから、暖かくしてお過ごし下さいね」

「ああ、お互いに風には気をつけようぜ」
 精一杯の笑顔を向けたら、大鋸もにかっと笑ってくれた。彼の頼り甲斐があって面倒見のいいところに惹かれ、段々と好きになっていった。けれど――
 ――あぁ、やっぱりこの人が好きなんだな……
 そう実感すると同時に、彼女はそれを、どうしても彼に告げることが出来なかった。