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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



5


 ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は、いつもの場所でリィナと待ち合わせていた。
「寒いな」
 呟きながら、ごく自然に手を伸ばす。指先が絡まって、そのまま手を繋いだ。リィナの手は、前に触れたときと同じように冷たい。温めることのかなわない冷たさだけれど、今はそれで構わない。繋いで歩ける。それが一番。
「雪、降ったもんねぇ」
 ウルスの心中など知らぬ風に、のんびりとした調子でリィナが言った。
「すっごい積もったよなぁ」
「ねぇ。風邪、引かないように気をつけてね?」
「平気平気」
「この時期って流行るし」
「だーから。平気だっ……あ」
 この時期、という言葉で思い出した。
 なぁに? と首を傾げるリィナに、真顔で、
「俺……今年はバレンタインのチョコ、貰ってないっ」
「……あは。真剣な顔で、何を言うのかと思ったら」
 そんなこと? とリィナが笑う。『そんなこと』なんかじゃない。男として、大事なことだ。とても、大事なことだ。
「くっそー。ようやく、リィナから本命チョコ貰えると思ってたのによー」
「ごめんねぇ」
「というわけで行き先変更」
「?」
「フィルんとこ行こうぜ。今の時間なら客もまだ少ないだろうし、それに今日は限定ケーキを販売してるとかって話だ」
「限定。うーん、惹かれちゃうねぇ。行こうか?」
 ん、と頷いて、進路を変えた。


*...***...*


 昨日ほどではないといえ、今日もよく冷える。
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、防寒用にとマフラーを巻いてヴァイシャリーの大通りを歩いていた。あちこちに積もった雪を眺めながら、目指すは噂のケーキ屋『Sweet Illusion』。
 この辺りにあると聞いていた。視線を巡らせる。ほどなくして小さな看板が見つかった。ドアを押して、入る。からんからん、と澄んだベルの音が響いた。
 店内に入り、右手にあるショーケースの中のケーキを見た。色とりどりの様々なケーキが並んでいる。
 ふと視線を上の方にやると、にこにこ笑顔の店員――フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)と目が合った。
「こんにちはー、いらっしゃいませ♪」
「こんにちは。たくさんのケーキがありますのね。目移りしてしまいますわ。お勧め等はございますの?」
「そうですねー。特別限定のチーズケーキなんていかがでしょう?」
 こちら、と手のひらで示されたのは真っ白なケーキ。
「雪みたいですわ」
「ええ。雪をイメージして作ったそうなのでー」
「では、こちらを。出来ればワンホール欲しいのですが」
 可能かしら? とフィルを見た。美味しいと評判のお店のケーキ。買って帰れば、誰かしら食べたがるだろう。そうしたら温かい紅茶やコーヒーを淹れて、お茶会を開こうか。雪景色でも眺めながら。
 きっと、楽しいし素敵な時間になるだろう。思いを馳せながら、フィルがケーキを箱に入れてくれるのを見守った。


*...***...*



 雪の日限定でチーズケーキを販売すると聞いたので。
「わざわざ来たのー?」
 バイトは休みだったけれど、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)と共に『Sweet Illusion』を訪れていた。
「だって、バイトの特権で食べさせてくれるとかないでしょ?」
「うん、ない☆」
「じゃあ食べに来るしかないじゃない」
 清清しいまでの笑顔で言われ、嘆息。
「それもそーだね。じゃ、このケーキ二つでいいのー?」
「うん。お願いします。あとこれに合う紅茶も」
 オーダーを済ませ、適当に空いている席に座った。奥の方、窓際の席。コートやマフラーを脱いで、ケーキを待つ。
「お待たせ〜」
 ケーキと紅茶が届けられた。じっ、とフィルを見る。なーに? と大きな瞳がフレデリカを見返してきた。
「フィルさん、少し話していかない?」
「いいけど。どしたの、お話したい気分?」
「うん、少し」
 外の雪を見ていたら、思い出してしまったから。
「昔ね。私がまだ小さい頃なんだけど。
 私、雪遊びがしたくでも、できなかったの」
 生まれつき、炎の魔力が強くて。
 触ろうとしても、無意識に雪の冷たさから身を護ろうとして雪を溶かしてしまって。
「本当は、遊びたかった。あの頃は、雪遊びなんて貴族らしくない、なんて強がってたけど……」
 兄にはばればれだったらしい。
「ある日ね。積もった雪で、兄さんが雪だるまを作ってくれたの。私を模したものと、兄さんを模したもの。
 ちゃんと作られてたから、私でも触れた。やっぱり溶けちゃったけど」
 それでも、楽しかった。
 触れたことが。少しの間だけでも遊べたことが。何より兄が気付いてくれたことが。自分のためにしてくれたことが。
「嬉しかったから、なくなるときにすっごく泣いたの。兄さん、困ってたなぁ。
 ……っていうのを、思い出して、それで」
 事情を知っている人に聞いてもらいたくて、話した。別に、オチもなにもない話だけれど。
 ただ、話したくて。聞いてほしくて。それだけ。
 と、ルイーザの顔を見てはっとした。ほんの少しだけれど、恋人に向ける優しい表情をしていたから。
 それに、話を随分と熱心に聞いてくれた。
 ――ああ、そっか。
 彼女は、本当に兄のことが好きだったんだ。
 だから、兄の死は、彼女の時間を止めてしまったんだ。
 そのことに気付いて、悲しくなった。
 ルイーザの気持ち。心の傷。だけど決して弱音を吐かなかった、強さ。
 全部、わかって。
 だからこそ、フレデリカは微笑んだ。
「ルイ姉、嬉しそう」
「え。……あ、別に。……でも、そうね。もっと、彼の話が聞きたい」
 そして要望に応えるため、記憶の糸を手繰る。
 必然、兄のことを考えるのだから思い出して辛くなる。悲しくなる。
 だけど表に出さないで、楽しいことは楽しそうに話した。
 フィルの目が、「大丈夫?」と言っていた。
 大丈夫、とこちらも声に出さず、返す。
 大丈夫。大丈夫。
 一番辛いはずのルイーザだって、こんなに頑張って強くあろうと、立ち直ろうとしているのだ。
 自分ひとり、いつまでも立ち止まっていてどうする。
 ――いい加減、気付いたわ。
 だから、『思い出話』をしよう。


*...***...*


 ケーキ屋『Sweet Illusion』の店の奥にある一室で。
 佐野 和輝(さの・かずき)は、テーブルの上にデバイスを置いた。情報屋としての彼女から頼まれていたものだ。
「わーい、ありがとー。仕事はやいねー」
「普通だろう。不備はないはずだが時間を見て確認してくれ」
 立ち上がり、ドアに手をかける。
「当分はここに居るから」
「今日はお休みだもんねー」
「なんで知ってる」
「私だからー♪」
 フィルも椅子から立ち上がり、和輝に続いて部屋から出た。何食わぬ顔でカウンターに入り、「いらっしゃいませー」と人好きのする笑顔を来客に向ける。
 変わり身の早さに驚きつつもどこか納得し、ショーケースを眺める。
 どれもみな、可愛らしくて美味しそうで、だからこそ選べない。
 悩んでいるうち、アニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が店内に入ってきた。
「和輝〜! お待たせ!」
 アニスが和輝に飛びつく。よろめいた。体勢を直してから、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
「あら。本当、良さそうなケーキ屋さん」
 その間に、店内を見回していたスノーが満足そうに笑い、評した。ショーケースの中をざっと見、
「私、オススメのケーキとコーヒー」
 さくさくと注文する。
「かしこまりましたー♪」
「アニスはねぇ、えっと、ショートケーキと紅茶!」
「はーい」
 注文を伝票にさらさらと記入し、フィルが笑顔で会釈した。
「私は、氷砂糖――っと、ケーキ屋さんでこの注文は失礼ですよねぇ。……えとぉ、このフルーツケーキと、お水をくださいですぅ〜」
 氷結精霊のルナらしい選択だ。
 三人のオーダーが決まっても、和輝は決められなかった。
「なあ、フィルスィック」
「はーい?」
「あまり甘くないケーキってあるか?」
 甘いものは、食べられるけど得意ではないから。
「紅茶のシフォンとかどうかなー?」
「じゃ、それで。あとコーヒー」
「はーい☆ では座ってお待ちくださいねー」
 促されるまま席に座り、彼女がケーキと飲み物を持ってくるのを待った。
 ややして、四人の前にそれぞれ注文の品が置かれる。
「うにゃ〜、甘くて美味しい〜♪」
「うん。好きな甘さだわ。しつこくなくて、でもしっかり甘くて。コーヒーの苦さによく合う」
「店長さん、氷砂糖つけてくれましたぁ〜♪ お水もフルーツも美味しいですぅ」
 女性陣が美味しそうに幸せそうにケーキを食べているのを見て、和輝もケーキを口にする。
 ふんわり、紅茶の香りがした。甘い。口どけもいい。後を引かない、さっぱりとした味だった。コーヒーを飲み、また一口。
「って。アニス、鼻にクリームついてるぞ」
「ふえ? クリーム?」
「ほら」
 ショートケーキに夢中だったアニスが引っ付けたクリームを指で掬い、自分の口に入れる。こちらは一転、かなり甘かった。
「和輝……」
「おお〜、さすがですねぇ〜」
 スノーとルナの、揶揄するような声に、はぁ? と首を傾げる。
「アニスが相手だからいいけど、そういう言動は女たらしに見えるわよ」
「うんうん。というか、さりげなく行ってしまうあたり女たらしなんですねぇ〜♪」
「いや、……え?」
 どこが? と同意を求めるためアニスを見たら、アニスは顔を赤くしてはにかんでいた。
「えと、ちょっと恥ずかしい、かも。にゃはは〜」
 恥ずかしい行為だった、らしい。
「いや、でも。クリームを取っただけでそこまで言うか!?」
「それを当然のように舐めるところが」
「女たらしたる所以ですぅ〜」
 反論できなかった。スノーの言うとおり、ごく自然と行っていたから。
「……お? この気配は」
 と、不意に話題の方向が変わった。ルナが外を見る。
「アニス、アニス。外を見るですよぉ〜♪」
「外?」
「さん、に、いち、……じゃ〜ん♪」
 カウントダウン終了と同時、外では雪が降り始めた。
「おお〜っ、雪だ〜!!」
 目の当たりにして、アニスが席を立ち上がる。ルナも、アニスの行動を読んで立ち上がった。二人が顔を合わせて、こくりと頷く。
「和輝、ルナと一緒にちょっと遊んでくる〜!」
「行くですよぉ〜♪」
 ぱたぱたと外に走り出ていく。
 店の中から見える位置で遊び始めた二人を、
「和むわね」
「本当にな」
 スノーと共に、静かに見守った。