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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


■ エンディング

 前もって六黒に言われていたとおり、沙酉は真っ暗な通路を一心不乱に駆け抜けた。
 人の気配がどれだけ迫っても、攻撃されても、決して後ろはかえりみない。
 出くわしたモンスターはすべて焔のフラワシで焼きこがし、撃退する。そして僥倖のフラワシが彼女を出口まで最短距離で進むという幸運へと導いた。
「待て! シルバーソーンをこっちへ渡せ!!」
 トライブがすぐそこまで迫っているのを感じつつ、ロケットシューズで一気に階段を飛び上がる。通路をまがった直後、彼がバーストダッシュで階段を上ってくる音が聞こえた。
 おそらくもう、数秒しか差はない。
 1階へたどり着いた沙酉は、そこから正面入口までの距離を目算した。――追いつかれる。
 そうとさとった瞬間、沙酉は採光用のはめ殺しの窓に向かって飛んだ。
 ガラスが砕け散り、沙酉の上へ降りそそぐ。それを転がって避けた彼女は、息を整える間も惜しんで走り出した。ロケットシューズは窓にぶつかった際に壊れてしまったらしく、もう役に立たない。
 振り返らず走れ――六黒の教えに従って、彼女はひたすらに駆けた。
 南の丘陵へ。
 そこにいるの元へ。


 丘を駆けのぼってくる沙酉に気がついて、が振り返った。
「――おやおや。これはまた、すごい数を引き連れてきてくれたものだ」
 沙酉に遅れること数メートル。こちらへ向かってくるコントラクターを見ても、にはいささかも動じている様子はない。
 の元までたどり着き、ヒューヒューと笛のようにのどを鳴らす沙酉に向かい、手を仰向けにして差し出した。
「…………」
 この先の指示は六黒から出ていない。どうするべきか……沙酉は少しためらったものの、六黒がの協力者であるのはたしかなのだから、と、バッグから取り出したシルバーソーンのボトルを手の上に乗せた。
「ご苦労」
 もったいぶった口調で告げる。
 そして駆けつけてくるコントラクターたちに向かい、何か言おうと口を開いたとき。
「やあーーーーーっ!!」
 裂帛の声とともに、空から大剣を持った少女が垂直に落ちてきた。
 宮殿用飛行翼を用いた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の渾身の力を込めた攻撃は、しかし避けられてかすめただけに終わり、剣は中ほどまで芝生地へめり込む。
 だが美羽の攻撃はそれで終わることはなかった。着地の勢いで剣を抜き、円を描くようにして再び振り下ろす。振り上げ、袈裟がけ、横なぎと、遠心力を用いた円の動きは止まることなくなめらかにつながる。それは東カナンの剣技、バァルの技。そして美羽がふるう大剣は、バァルのバスタードソードだった。
「……ククッ」
 その意味を十分理解して、は嗤う。
「まったく……犬のように忠実な小娘だな。その目、その表情。あのときのままだ」
「――あのとき?」
 美羽は目を瞠った。
 軽々と自分の剣をかわされていることよりも、その言葉の方にこそ驚く。
(私、この人と会ったことあるの?)
 そして剣をふるった…?
「ちょうどいい。あのときの借りをここで返させてもらおう」
 の手が美羽に向かって伸ばされた。と、次の瞬間そこから生まれた炎雷が美羽を切り刻み、貫いて、背後へ吹き飛ばす。
「美羽!!」
「美羽さんっ!!」
 一瞬で意識を失い、声もなく倒れた美羽に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が駆け寄った。
(あれは……我は示す冥府の理…?)
 淡い嘲笑の笑みを浮かべて見下ろしてくるを油断なく見上げて、ベアトリーチェはハッとなった。
 フードマントの下からわずかに覗き見える赤い光を放つ瞳、というよりも、それを縁どるまつ毛や目のかたちに、見覚えがある気がしたのだ。
 どこでだったろう?
 ひらめきのように浮かんだ人物は、即座に頭を振って打ち消した。
 そんなはずがない。あの人が、こんな嘲りを浮かべた目で冷たくひとを見下したりはしない、と。
 ……しないはず、でしょう…?
「ちくしょうっ! よくも美羽を!!」
 自身の考えにとらわれていたベアトリーチェは、コハクの怒りの声で現実へと立ち返った。
 長く一緒にいるベアトリーチェでも見たことのない、怒りに燃えたコハクが蒼炎槍を手に立ち上がる。
「待ってください、コハ――」
「うおおおーーーっ!!」
 ベアトリーチェの制止も耳に入らない様子で、コハクはに向かって行った。
 コハクは心優しい少年で、これまでは戦うときでさえ相手を思いやる気持ちが無意識のうちに抑制をかけていた。しかし今、愛する美羽を傷つけられたことに、我を忘れるほど激怒している。そして抑制を解かれたその力は、美羽をはるかに上回っていた。
「はあっ!!」
 目の覚めるようなコハクの繰り出す卓越した槍術が、を追い詰める。フードマントをかすめ、その下の肌を裂いて血をにじませた。
「ちィッ…!! いつまでも調子に乗っているな、小僧!」
 の手が振り切られ、我は射す光の閃刃が飛ぶ。それを宙返りでかわしたコハクは、距離を取った先でかまえをとった。
 蒼炎槍の穂先が、聖なる力を収束して輝き始める。
「消えろ!!」
 バーストダッシュとともに突き込まれるレジェンドストライク。
 だが寸前で無理やり間に割り入った闇の霧が、それをわが身で受けた。
≪危ナイアバドン様!! ギャアアアアアアアアアアアーーーーッ!!
 闇は聖なる光に欠片も残さず焼き尽くされ、消滅する。
 同時に、その余波を受けての手のなかからシルバーソーンのボトルが転がり落ち、フードが破れてはずれた。
 その下から現れたものは――――…………
 さらさらと流れる桃色の髪、水桃のような肌。たぐいまれなるカナンの美姫。南カナンの宝珠の1珠エンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)の顔だった。
(ああ、やはり…!)
 懸念が当たっていたことに、ベアトリーチェは思わず目をつぶって顔をそむけた。そのたおやかな顔に浮かぶ、下卑た表情を見たくないがために。
「……そんな…」
 あり得ない、とわが目を疑う思いでコハクはだらりと手を下げる。
 戦意を喪失したコハクの前、エンヘドゥはくるりときびすを返すや走り出した。逃走に入ったのではない、シルバーソーンのボトルが斜面を転がり始めたからだ。
 その姿に、先頭の遙遠が我に返った。
「渡しません…!!」
 体の芯までしびれたような衝撃をふるい落とし、こちらへ転がってくるボトルへ走り寄る。
 2人の手が交錯した。ボトルに指が触れると同時にその場を離脱する。2人の手には、それぞれ1瓶ずつが収まった。
「そちらに1つ、こちらに1つ、か」
 片ほおをゆがめ、皮肉気にエンヘドゥが言う。
 それにかぶさるように。
「やはりきさまだったのか! アバドン!!」
 上空から怒りに燃えたバァルの声がした。
 ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)の運転する小型飛空艇アルバトロスに搭乗したバァルがそこにいる。彼は、瀕死状態ながらも闇の姿で逃げるタルムドを追って、ここへたどり着いたのだった。
「やっと来たか、バァル」
「きさま…! 今度はエンヘドゥ姫をその毒牙にかけたのか!!」
 激怒するバァルを満足そうに見上げ、エンヘドゥは嗤った。
「ニンフルサグのときよりずっと簡単だった。この女のなかには癒えない闇の傷がある。ちょっとつつけば簡単に活性化する。こんなふうにな」
 と、エンヘドゥの体からじわじわと闇の気配が立ちのぼる。
「そんな……エンヘドゥさん!」
 ようやく追いついてきた柚が悲鳴のように名を呼んだ。思わず駆け寄ろうとした肩をルシェンが掴み止める。
「だめ、あれはエンヘドゥじゃないわ」
「うそ! だってあれは……あれは…!」
 とり乱しそうになった彼女の前、エンヘドゥの両腕が背中へ回り、そこで髪を広げるような仕草をした。その瞬間闇の気配が具象化し、地獄の天使となる。
 爬虫類を思わせる残忍さを含んだ赤い目が、遙遠とその手のボトルを見た。
「そちらはおまえたちにくれてやろう。
 だがそれで助かるのは1人だ。妻か、己の半身か。はたしてバァルはどちらを選び、どちらを見捨てるのかな?」
 勝ち誇ったような哄笑を高らかに上げ、エンヘドゥは悠然と飛び去って行った。




 エンヘドゥの姿が南の空に小さく消えかかるころ、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)の乗る空飛ぶ箒ファルケが浮かび上がった。
 すでに太陽はなかば以上が地に沈み、空には宵闇が迫っている。
 悟られないよう距離を十分にとり、高度を上げ、彼は追跡を始めたのだった。



『シルバーソーン 第1回 了』

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。


 マスターコメントから読まれる方のためにあえて彼の正体は書きませんが、彼でした。
 アクションにそのものズバリを書かれていた方は少なかったのですが、アクションを見る限りでは大半の方が予想されていたのではないかな、と思います。

 そして今回、夜光ヤナギGMとの共同シナリオということで、普段南カナンの方にご参加されています方が何名かご参加くださいました。
 南カナンの方々はこんなふうに考えられているのだな、と大変興味深く、東カナンとはまた違った雰囲気が感じられたのがすごく斬新といいますか、読んでいてとても楽しかったです。これは本当にうれしい驚きといいますか、思わぬプレゼントをいただいた気分でした。ありがとうございます。

 さて。
 次回『シルバーソーン 第2回』は舞台を南カナンへと移しまして、夜光ヤナギGMが担当されることになります。
 これは全2回のシナリオの後編ということもありますが『カナン再生記』『ザナドゥ魔戦記』と続きましたシリーズの最終回にもあたります。
 ぜひ大団円を目指してがんばってください。
 よろしくお願いいたします。



 それでは、ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 次回『P.D.−悪神の軍団−(第1回/全3回)』でもまたお会いできたらとてもうれしいです。
 もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。

 それでは。また。

 ※4/10 一部文言の修正・訂正をさせていただきました。
     関係者さま、修正依頼をありがとうございました。間違えてしまってすみません。