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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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18


 あっちでは絵本を読むのに照れてしまったり。
 こっちでは携帯電話片手に唸っていたり。
「皆さん、人形劇本番まで時間がないんですよ」
 そこのところ、わかっていますか。マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)は声を張り上げ注意喚起の言葉を発する。
 脱線しやすい人たちであることはわかっていたが、こうも容易く脱線するか。全員、やるときはやるのだけれど。
 いちいちツッコミを入れながら、軌道修正を試みる。
「鳳明さん、貴方もう少し堂々としてください」
 う、と鳳明が言葉に詰まった。
「近いんだもん……」
「お嫌でしたらもう一冊同じものを買ってきますが」
「大丈夫です。平気です。一冊で十分」
「よろしい。
 衿栖さん、貴方はもう少し素直になってください」
「えっ、どういう意味ですか。私は素直ですよ、いつだって」
「同じ言葉をリンスさんに向けて言えますか?」
「言えます」
「ではどうぞ」
「ねえリンス、私はいつだって素直よね!」
「え? どこが?」
「っきぃい、そこは話を合わせてよ! 素直でしょ!?」
「ううん、ツンツンしてる」
 ああほら、また脱線した。落ち着いて、と衿栖に声をかけると、仏頂面で見つめられた。
「マナさんが変なこと言うからです。私はこれで普通なの」
 根っからのツンデレのようだ。ここにちょっかいを出すのはやめよう。脱線する一方になりそうだ。
 ああ。そろそろ時間だ。
「さあ皆さん、本番ですよ。冗談抜きで臨みましょう」


*...***...*


 ウルスの誘いも断って。
 リンスの誘いも断って。
 ――なのに来ちゃうとか、私、馬鹿かなぁ……。
 リィナは一人、病院の前で苦笑いした。
 気になっているんだ。観たいんだ。それが本音なのはわかっていたけれど、だけど。
 ――ちゃんと『答え』を出してないのに。
 観に行けるわけ、ないじゃない。
 つい最近、ディリアーに問われた。
『貴女は何を一番に望むの?』
 答えられなかった。
 望むものが多すぎて。
 少し前なら、「皆が私を忘れること」と答えていただろうに。
 そうして、消えていっただろうに。
「いつからこんなに貪欲になったのかなぁ」
「人は貪欲なものですよ」
 不意に発した呟きに、思いがけず返答があった。振り返る。見知らぬ女性が、リィナを見つめて柔らかく微笑んだ。
「初めまして。セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)と申します」
 名前を聞いても、覚えがない。戸惑っているうちに、セラフィーナが一歩近付いて、傍に来た。
「知人からリィナさんの話を聞きました」
「私の」
「放っておけない弟――ワタシは妹ですが――を持つもの同士、一度お話したいと思っていました」
 まさか、こんなに早く機会が巡ってくるとは思いませんでしたけれど。セラフィーナはそう言って笑った。彼女はどこまで知っているのかしら? リィナは思う。知られすぎだ、と。
 ――私はもう、死んでいるのに。
 リィナの心中を知ってか知らずか、セラフィーナは言葉を続けた。
「どうですか、弟さんの成長ぶりは?」
「すごいなあって感嘆するばかりですよ。あの子、強い子だ」
「ふふ。少しでも成長が見れると、まるで自分のことのように嬉しいですよね」
「ええ。とっても」
 リィナはリンスが小さいときから面倒を見ていた。弟だが、母が我が子に対して見るような目もあった。と、思う。
「愛しいし、成長してほしいから手を貸したくなる。だけど、あんまり手を出すとほんんの成長に繋がらない。……難しいですよね」
「ごもっともです。だけどあの子は、私の手を離れても立派にやっていけている」
 それは、すごいことだ。
 ――依存していたのって、結局は私だったのかもしれないね。
「劇を観にいきませんか? こんなところで、独りでいないで」
 誘われた。本日三回目のお誘いだ。だけどリィナは首を横に振る。
「それはやめておきます」
 これ以上、踏み込んではいけない気がした。
 もう戻れなくなると。
 ――十分深みに嵌っているのだけれど。
「そうですか」
「はい。ごめんなさい」
「いえ。また、機会があることを願っております。姉バカ同士、もっと突っ込んだ話もしたいですし、ね」
「ふふ。では、いずれ」
 セラフィーナが、病院へ入っていく。
 そろそろ劇は、始まっただろうか。
 ――頑張ってね。
 心の中で、小さく応援した。


*...***...*


 レイカ・スオウ(れいか・すおう)の持つ銃、シャホル・セラフには術式が刻まれている。
 その術式は、術者の発動する術を増幅させる効果があり、非常に強力だ。数倍どころか数十倍の威力になる。
 だが当然、強い力にはそれ相応の反動がある。前方向に加速した状態で撃っても真逆の方向に吹き飛ばされるほどの反動が。
 けれど、レイカはシャホル・セラフの使用を止めることはなかった。それどころか好んで使った。だって、強いのだもの。強ければ、望むものを手に入れられるのだもの。
 足掻いていた。
 手に届くものを護るため。
 自らを省みず、ただ、戦う。
 当然、周りからは怒られた。だってもう、この武器に刻まれた術式の反動で入院するのは三度目だ。口うるさくない者だって声を上げてくる頃。
 だけど、カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)だけは何も言わなかった。
「…………」
 代わりに、レイカから目を離すことなく、じっと睨むように見つめている。
 却ってそれが、怖かった。
 見抜かれているような気がして。
「…………」
 反動で、身体に傷が付くだけなら良かった。怪我が痛むだけなら、まだなんともなかった。大丈夫だよと笑って、そんな怖い目をしないでと言えたのに。
 今はもう、違う。
 右腕の感覚が、鈍くなっていた。
 ほんの少しずつ、じわりじわりと侵していくように。
 術式――『厭わぬ者』の反動が、武器を握る両腕に最もかかるのは道理。神経がおかしくなっていても不思議はない。むしろ当然だ。今までよくもっていた。
 ――このまま使い続ければ、私の腕は……。
 確実に、使い物にならなくなる。
 ならなくなるというのに、それでも、武器を捨てるという選択肢を選ぶことはできなかった。
「ごめんね、カガミ……」
「……?」
 レイカの謝罪に、カガミが怪訝そうな目を向けてくる。ごめんなさい。もう一度、繰り返す。
「あなたの身体を治すと言っておきながら、私は自分のことすら省みることができない……」
 それなのに治せるのか。自分の身体よりも、そっちの方が気になる。……その時点でやはり省みることができていないじゃないかと自嘲した。
「……レイカ」
 カガミが、静かな声でレイカを呼ぶ。握り締めた左手に、カガミの手が重なった。暖かい。不意に、泣きたくなった。
「オレは、見届けるよ。お前のこと、ずっと」
「……カガ、ミ」
「レイカの支えになれるように。レイカの心が、砕けてなくなってしまわないように」
 壊れた私に、そんな優しい言葉をかけてくれるのか。
 いや。カガミは壊れていることを知っているから。だから、ああ言ったんだ。
 ――なくならなければ、まだ治せるって言いたいのね。
 カガミが傍にいてくれたら、治るかもしれない。
「ごめんなさい……ありがとう」
 手に手を重ねて、握り締める。目を閉じて一粒だけ涙を零すと、こつん、と額に額をぶつけられた。
「傍にいるから」
「……うん」
 微笑んだとき、
「……見ちゃったー」
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)の声がした。
「えっ!? 朱里ちゃん……!?」
「きゃーきゃー! ラブ! ラブだよラブラブ! ラブロマンス! リア充!」
「落ち着いて朱里ちゃん! ここ病院だからっ……!」
「ラブのところの否定はないんだね! やっぱりラブだね!」
「あっ、……えっ、いや、えっと、…………うん」
「認めましたー! レイカ・スオウさん、ラブラブを認めました!」
 朱里のテンションに引きずられて、暗い雰囲気が吹き飛ばされた。笑う。何がおかしいのか、わからないけど。そんなレイカを見て、カガミも笑った。
「さてさて仲の良いお二人さん? 入院生活は退屈じゃないかなー?」
 問いに、顔を見合わせる。
「まあ……退屈といえば、退屈です、ね?」
「それがどうかしたか?」
「ふふー。いいタイミングでしたっ。実は今ね、朱里の友達が病院に来てるの。小児病棟の慰問で、人形劇をやることになってね。衿栖も手伝ってるんだよ」
「衿栖ちゃんも?」
 うんっ、と朱里が元気よく頷いた。そうか、まだ顔を見ていないと思ったら人形の操り手としての本業があったのか。
 観てみたいな、と思った。カガミの目を、じっと見つめる。
「カガミ。観にいかない?」
「オレたちが行ってもいいのか? 小児病棟の慰問なんだからそっちの子が対象だろ?」
「平気平気。だから誘ってるんだしねー。身体が平気なら一緒に行こうよ!」
 朱里が、レイカの右手を握る。
 右手の感覚は、鈍いけれど。
 ちゃんと、人の温度を感じられる。
 まだ、壊れていない。なくなってもいない。
 ――大丈夫。治せる。
 なぜか、そんなことを強く思った。
 きゅ、と手を握り返す。
「はい。行きましょう」