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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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13



 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)がパラミタへ来て、もう一年になるか。
 この一年、色々なことがあった。良いことはもちろん、辛いことも。怪我をしたことも。
 なので、いい機会だと健康診断を聖アトラーテ病院で受けた。
 今日、結果が出たと報せを受けてもう一度病院まで足を運んだ、ら。
「あ。やっぱりこのとおおにぃちゃんだわ。こんにちは」
「クロエさん」
 クロエに話しかけられた。彼女の手には人形が抱かれている。
「それ、どうしましたの?」
 近遠と一緒に健康診断を受けていたユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)がクロエに問う。クロエはにっこりと笑い、
「にんぎょうげきでつかったの」
 答えた。
「劇?」
 ユーリカに同じく、便乗して健康診断を受けたアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も話に入る。
「劇をやったのか?」
 次いで、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)も会話に参加した。
「うん。しょうにびょうとうの、いもんなの」
「なるほどな。入院生活なんて退屈でしかない」
「みんな、喜んでくれたでしょうね」
 えらいえらい、とアルティアがクロエの頭を撫でる。クロエは、くすぐったそうにはにかんだ。
「ごごからもういちどやるの。じかん、あったらみにきてね!」
「ええ。行かせていただきますわ。ね、近遠ちゃん」
 急に話を振られ、近遠は考える。
 診断結果を受け取るのはほんの数分あればいいだろう。そして午後の予定は、ない。
「そうですね。観ていきましょうか」
 しかし小児病棟の慰問なのに自分たちがいてもいいのだろうか。まあ、劇を行う側のクロエがいいと言っているのだから、いいか。
「そうと決まれば、すぐにでも結果を受け取りにいきますわよ!」
「走ってはいけませんよ」
「わ、わかってますわ!」
 余談だが。
 健康診断の結果は、四人とも概ね正常。
 悪いところがなくてよかった、と安堵しつつ、小児病棟へ向かうのだった。


*...***...*


 電話の相手が病院の看護師だと知って、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)にいやな予感が走った。なんだか、前にも似たようなことがあった気がする。
 話を聞いて、電話を切った。思わず、ため息が出る。
「猫を助けようとして、今度は自転車に轢かれて搬送されたと? 舞は相変わらずドジじゃのう」
 くすくすと、金 仙姫(きむ・そに)が笑う声が聞こえた。振り返る。
「本当にね。あなたが轢かれてどうするのよ」
 しかも相手は自転車。いや自動車じゃなくてよかったのだが。自転車なら避けてほしい。というか入院沙汰にまでならないで欲しい。
 ――無理か。舞だもんね。
 木に登った猫を助けようとして、しかし徒労に終わり、挙句の果てには木から落ちて入院する、といった前例を持つ舞だ。仕方がない。
 ともあれ、だからといってお見舞いにも行かない薄情者になるつもりはない。
 支度をして、仙姫と共に病院へ向かった。
 病院の入り口をくぐり、橘 舞(たちばな・まい)の病室を聞こうとしたとき。
「クロエちゃん?」
 クロエが歩いているのを、見かけた。さてはまたリンスが入院したのか。あのヒッキーめ。だからあれほど外出しろと言ったのに。
「引きこもってばっかりだと倒れるに決まってるじゃない。ねー」
「あ。ブリジットおねぇちゃん」
「こんにちはクロエちゃん。あいつのお見舞い?」
「あいつってリンス? ううん、きょうはちがうの」
 予想が外れた。首を傾げると、クロエが微笑む。
「きょうはね、しょうにびょうとうのいもんなの。にんぎょうげきをやったのよ」
「へえ……」
 それで空京までやってきたのか。リンスにしては珍しい。
「ブリジットおねぇちゃんと、そにおねぇちゃんは?」
「舞が入院しおってな。お見舞いじゃよ」
「クロエちゃん、あとでリンスと一緒にお見舞いに来てやってよ。舞も退屈しているだろうし」
「うん、わかった」
 じゃあね、とクロエに手を振って、病室まで向かう。最中、仙姫がくつくつと笑った。
「何よ」
「舞をダシにしてリンスを呼び出すとは、相変わらず素直じゃない奴よの」
「はあ? あんた、そういう風に見えてたわけ?」
「それ以外にどう見える?」
「普通に、舞の見舞いに来てって話でしょ」
「む! 舞の見舞い……舞だけに舞の見舞い……ククッ……」
「ちょっとやめて。私が寒いギャグ言ったみたいじゃない」
「ブリのくせにやるではないか」
「どこがよ。自分で言っておきながら物凄く寒いわよ」
 せっかく暖かくなってきたのに。もう迂闊な発言は慎もう。
 病室に入ると、舞がベッドの上に上半身を起こし、くすくす笑っていた。
「二人とも、声、聞こえてましたよ?」
「…………」
「病院なんですから、静かにしなくっちゃ」
 追い討ちだ。恥ずかしいったらない。
「身体平気なの」
 なので、聞かなかったことにした。
「はい。倒れた拍子に頭を打ってしまったみたいで」
「念のため、ということじゃな」
「まったくもう、とろいんだから」
「本当にのう。ブリですらリンスとの距離を縮めようと動いているというに」
「だから。あんたは何の話をしているの」
「えっ、そうなんですか?」
「舞の見舞い……くくっ、おっとすまぬ。見舞いにかこつけて逢引しようとしているのじゃ」
「ええっ!」
「あんたらねぇ……」
 何かにつけて変な方向に話を進めようとする二人は、当人にとってはたまったものじゃない。
 嫌いというわけではないのだが、そういう対象として見ようとすると、やはり将来のことがちらついて。そして将来を見てしまうために、対象にはなりえず。
 ――ありえないっていうのに。まったく。
 まあ、舞が楽しそうにしているならいいか。仙姫が楽しそうなのはイラッとするが。
「ところで舞。病院なんだから静かにしなきゃだめ、なんじゃないの」
「あ」
 ツッコミを入れると、舞は恥ずかしそうに口を閉じた。
「ブリジット」
「何?」
「ありがとうございます。お見舞いに来てくれたり、来るように言ってくれたり。まぁ、呼びつけるのはどうかと思うんですけど」
 礼を言いたいのか叱りたいのか。いや前者なのだろうけれど。
「ちょっとでも顔を見せてくれるのは、やっぱり嬉しいです」
 特にこういう、入院中なんて時には。そう、舞は続けた。
 気が弱るのだろうな。一歩踏み込んで考えて、ブリジットは「馬鹿ね」と言った。
「えっ、どうしてですか」
「深い意味はないわよ。だからさっさと退院しなさい」
「文脈に繋がりがないですよ、ブリジット」
「うるさい」


*...***...*


 『絶対領域礼賛の会』。
 『紳士の集い』。
 『怨恨の宴』。
 といった、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)にとって絶対に欠席ができない重要な会合や催しが連続で発生した。
「いやー帰るのは三日ぶりですねぇ……」
 おかえり、の代わりにお前は誰だ、と言われたらどうしようか。まあいいか。どれもこれも楽しかった。し、参加できてよかったと心から思っているのだから。
「忘れられるくらいへっちゃらで……ん?」
 ご機嫌な調子で独り言を呟くと、携帯電話が震えた。知らない番号だ。もしもし。出ると、病院からだった。
「……え?」


 擬音で表すなら、ドドドドド、だろうか。
 クドが全速力で走っているのを見て、紺侍は思った。
「すげェ。クドさん超速ェ。でもあのここ病院なンで走るのはちょっ」
 注意喚起の最中に、腕を掴まれ引っ張られる。転ばないように走るしかなかった。喋ったら舌を噛みそうな勢いで走っているので、何も言えない。
 ――余程のことがあったんスかねェ。
 だけど、こんな全速力で走ったら、そのお見舞いのフルーツバスケットの中身が可哀想なことになるぞ。
 言えないまま、ある病室まで走りぬけ。
 バァン、と勢いよくドアを開ける。ノックなんてなかった。
「だっだだだっだいじょじょじょじょ」
「落ち着け」
「じょうぶディスカーーー!? 死ぬなーーー! 死なんといてやぁぁぁぁあああ!!」
 涙目涙声になりつつ、クドが叫ぶ。似非関西弁になっていた。ツッコミは入れない。
 クドが突進したベッドには、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が半身を起こしていた。冷めた目でクドを一瞥し、右の拳を握る。同時に、クドがハンニバルに飛びついた。
「お兄さんを残して逝ってしまわんといてやあぁぁああへヴんっ」
「うるさいのだ」
 そして、迎撃。エルボーで吹っ飛ばされたクドから離れて宙を舞うフルーツバスケットをキャッチし、紺侍はハンニバルのベッドに近付いた。
「ちわっス」
「あっ、コンきち! コンきちがいるのだ! 鬱陶しいのだけじゃなかったのだ!」
「クドさん撃破おめでとうございます。こちら撃墜を称える品っス」
「うむ、苦しゅうない」
 胸を張って、誇らしげにハンニバルが笑った。
 さて、茶番はこの辺でいいか。ベッド脇の椅子に座り、ハンニバルを見る。
「具合は大丈夫っスか?」
「む。ボクの具合が悪かったことをなんで知っているのだ!?」
 そりゃここ病院ですから。何も悪くなきゃ来ないようなところですから。
 内心で答えていると、クドが復活した。相変わらずでたらめな回復力をしている。飛び起きたクドが、またも勢いよくハンニバルのベッドに近付き、
「ハンニバルさん! ハンニバルさん! 大丈夫ですかお兄さんは心配で心配で」
「クズ公、あっ間違えたクド公うるさい」
 今度は言葉で一蹴された。が、言葉くらいでクドは諦めない。
「だって今まで軽い病気で寝込んだりしてしまうことはあっても入院するだなんて出来事は一回もなかったじゃないですかむしろそれはお兄さんの役割っていいますかまあそれはそれで役得ですけどなんせ可愛いナースのお姉さんにお近付きになれますしあれやこれもげふぶっ」
 ヒートアップしていく発言に、二度目のエルボー。
「大丈夫スかー?」
「お、お兄さんはいいからハンニバルさんを……」
「はィな」
「あっ本当に放置されるとちょっとつらい」
「ていうかクド公もう帰っていいぞ。コンきちを連れてきた。よくやった。えらい! だからもう用なしなのだ」
「ハンニバルさん酷いっお兄さん泣いちゃいますからね!!」
「おい、泣くな鬱陶しいのだ。コンきち、まずはそいつをどうにかしてくれなのだ」
 んー、と曖昧な声を出してから、クドを連れて病室を出る。
「ちょっちょっちょ、キツネくんいつからハンニバルさんの味方にうらやまけしからん!」
「とにかくちょっと落ち着きなさいって。同室の方にもご迷惑かかりますよ? ハンニバルさんが心配なのはわかりますが」
「心配? いやいやいやお兄さんはハンニバルさんのこと心配したわけじゃないですよ。ホントもう世話の焼ける子ですね手のかかる子ですねとお説教に」
「あれだけ騒いで今更取り繕うとかめんどくせェなァ」
「笑顔で言わないでください、お兄さんちょっとショック」
 まあまあ、となだめすかして自販機で適当に飲み物を買い、渡す。
「ちょっと飲んで落ち着いて。それからもう一度、今度は走らずに来てくださいな」
「お兄さんはいつも落ち着いてます。紳士ですナイスガイです」
「じゃちょっと賢者になるくらいクールダウンして」
「昼間から賢者タイムですって? キツネくんいやらしい……」
「違ェよ。どこまで沸いてんスかその頭」
「……まあ、取り乱してしまったのは事実ですからね。言うとおりにしますよ。その間、ハンニバルさんが退屈しないように相手してあげてくださいね」
「クドさん……」
 なんだかんだ変態的な部分は多いが、結局クドはハンニバルのことを本気で心配しているのだ。
 ちょっと感動しかけていたら、
「お兄さんはここでナースの皆様を鑑賞することにします! ここからだとナースステーションがよく見えますね……」
 前言撤回。クドはいつものクドだった。


 紺侍が戻ってきてくれたので、ハンニバルはお喋りに興じることにした。
 話すことしばし。咳が止まらなくなった。喉も痛い。
 ――風邪だからって見くびったらいけないのだな。
 ちょっとだけ、後悔する。結局こじらせて入院するにまで至ったのだし。
「大丈夫スか」
「問題ないのだ。フルーツ、何か剥いてほしいのだ」
 喉を潤したい。とフルーツバスケットを引き寄せると、
「なんだこれ。中身ぐちゃぐちゃなのだ」
 しっちゃかめっちゃかになっていて、思わず首をひねる。
「クドさん、大激走しましたから」
 すげェ心配してたんでしょ、と紺侍が続けて、言う。
「……ふん」
 わかっていた。それくらい。
 心配してくれて嬉しいとも思った。お見舞いに来てくれたことも、もちろん。
 だけどそんなこと少しでも表に出すと、クドは絶対に調子に乗るので。
「おいコンきち、なにをニヤニヤしているのだ」
「いやァ別に。ハンニバルさんたら素直じゃないのかなーと邪推していただけで」
「素直じゃなくないのだ。ボクは素直な良い子だぞ?」
「然様で?」
「然様だ」
 だって、クドを調子に乗せたら絶対に脱ぐじゃないか。
「同室の御婦人たちにあんなもの見せられないのだ」
「ハンニバルさんの方がよほど紳士っスね」
「うむ」
 でも、まあ。
 ――クド公が帰ったら、電話か何かで礼を言うくらいなら。
 してやっても、いいかな?