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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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11


 ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が過労で倒れた。
 学生の本分である勉強に家事に、と忙しかったし、けれどどれも怠るわけにはいかないと無理をしてしまったのだろう。
 いい機会だし、ゆっくりしてもらおう。そう思って、入院してもらうことにした。病院ならいざというとき安心だ、という気持ちもあって。
 ――いや、何もないならそれでいいんだけど。
 ――……にしても、やっぱ心配だなぁ。
「ん? 竜斗、どこ行くの?」
 リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)に言われ、黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は自分が出かけようとしていたことに気付いた。無意識に、見舞いに行こうとしていたらしい。
「ユリナのお見舞いに?」
「なんで疑問系なの。でもユリナお姉ちゃんのお見舞いだったら一緒に行く! お見舞いに行けば、早く元気になってくれるんでしょ? お姉ちゃんの美味しいご飯、早く食べたいもん」
 家事を担っていたユリナが倒れてからは、代わりに竜斗が食事を作っていたのだが。
 ユリナの腕には、到底、敵わなかったらしい。彼女の作る料理に慣れた舌を唸らすのは相当の難業だ。
「お母さんのお見舞いに行くんですか?」
 話が聞こえたのか、黒崎 麗(くろさき・れい)がひょっこりと顔を出し、言った。
 うん、と同時に頷く。
「私も行きます」
 麗が、いそいそと支度をして出てきた。
「お母さんのこと、心配ですから……」
 行きましょう。二人に促され、竜斗も立ち上がる。
 ――ユリナ。お前、すっごい心配されてるぞ。
 ――……俺も心配してるから、早く治ってこいよな〜。


 病室のベッドの脇には、椅子が三つ。
 ひとつには竜斗が、ひとつにはリゼルヴィアが、ひとつには麗が座っている。
 無理をしすぎて倒れるなんて迷惑千万なことをしたというのに、怒るでもなく、むしろ心配してきてくれて。
 嬉しくも、情けなく思ってしまう。
 ――早く、治さなくては。
 竜斗だって、「ゆっくりしな」と言ってくれている。そう。ゆっくりして、きちんと治して。それで、家に帰ろう。
 ……それにしても。
 ――ああっ……林檎の皮を剥く竜斗さんの手付き……危なっかしくて不安です……!
 丸のまま、綺麗に剥こうとしているのはわかるのだが。
 いちいち怖い。林檎の皮と一緒に、指までさっくり剥いてしまうのではないかというほどだ。
 かといって、手を出すわけにはいかない。ゆっくりしていろと言われたばっかりだし。ああ、でも。
「……くそ」
 小さく、竜斗が舌打ちする声が聞こえた。そう、竜斗はこういう作業が苦手なのだ。
 苦手なのに、ユリナのためにやってくれている。
 その気持ちが、嬉しくて。
「あれ? ユリナお姉ちゃん、なんか顔赤い?」
「お母さん……まさか悪化して?」
「あ、いえ……! 違います。違うんです。なんでもありません」
 慌てて誤魔化す。リゼルヴィアと麗は不審そうに顔を見合わせていたけれど、ユリナの声に張りがあったからか信じてくれたようだ。
「そうだ、お姉ちゃん身体凝ってない? マッサージするよ!」
「私も。ルヴィちゃんと一緒に、マッサージします!」
「え、えっ?」
 驚き、戸惑っている間にくるりと身体を反転させられ。
 背中を、足を、手のひらや指で押され、揉まれる。
 ちょっとくすぐったくて、たまに痛くて、でも気持ち良い。
 そんな心地よさが手伝って、眠気がやってきた。
 このまま眠ってしまおうか。
 ああでも、林檎を剥く竜斗は大丈夫かしら。
 それに、これだけは言っておかなければ。
「あの、みなさん」
「?」
「……心配や迷惑をかけてしまって、申し訳ないです。
 それと……来てくれて、ありがとうございます」


*...***...*


 ザナドゥとのいざこざの際に、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が怪我をした。
 その怪我が、まだ癒えきらない。
 となればさすがに心配で、念のためと大事をとって病院へ。結果、入院する羽目になった。
「ぶ〜。もう治りそうだから大丈夫なのに!」
 とアニスは言うけれど、何かがあってからでは遅いのだ。
「出来る限りのことはするから。な?」
 佐野 和輝(さの・かずき)は、ベッドの上で右に左にと寝返りを繰り返すアニスに声を掛ける。
 そう。出来るだけのことはしたい。というか、する責任が和輝にはあった。だって、彼女の怪我の原因は自分にあるのだから。
 ――洗脳されてた……なんて言い訳にもなりゃしない。
 ありありとあの日のことを思い出し、少し気分が暗くなった。ふと気付けば、同じく原因の一端となったスノー・クライム(すのー・くらいむ)が椅子に座って俯いている。
 スノーは、最近和輝やアニスと距離を置いていた。加えて、表情も暗いことが多い。罪悪感からだろう。そんな彼女も放っておけないし、見舞いの場に連れてきてみたけれど、雰囲気は重い。
 ただ一人、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)はさほど興味なさそうな顔で三人から距離を取って座っている。病室を出て行かないだけマシか。
「退屈だよぉ〜」
「遊び相手にでもなんでもなってやるから。そう言うなって」
「スノーも? スノーも遊んでくれる?」
「えっ……」
 アニスの邪気のない問いに、驚きの声が上がった。戸惑いも孕んだ、声。どうしよう。スノーの目が、和輝を見た。思うように答えろ、と視線で後押しする。
「私でよければ……いくらでも」
「ほんと? えへへ、良かったぁ〜……なんだかさ、スノー、最近冷たかったから。嫌われちゃったのかと思ったよ」
 スノーが息を呑んだ。案外見られているんだぞ、と和輝は内心で思う。
「ごめんなさい」
「えっ、何で謝るの?」
「和輝やアニスは、本来守るべき対象なのに……想像主命令とはいえ、危険な目に遭わせてしまった。それが申し訳なくて、私」
「それで、避けてたの?」
「避けてたって言うか、……そうね。距離を、取っていたわ。どういう顔をして接すればいいのかわからなくて」
 よりいっそう俯いたスノーに、アニスが笑った。室内に響き渡り、廊下にいた担当医がぎょっとこっちを見るくらいの声量で。
「スノーは頭いいのに馬鹿だなぁ!」
「えっ……えっ!?」
「だって、スノーが悪いんじゃないって知ってるもん」
「でも、でも私が和輝をザナドゥ側へと向かわせたことがきっかけで――」
 アニスは、和輝を守ろうとした挙句、その和輝の放った銃弾を受けたのだ。
 拳を握る。爪が手のひらに食い込んだ。
「二人とも、それでなんだか元気ないの?」
「…………」
「あーもう。そっちの方が、アニスはいやだな〜。前と同じようにさ、みんなと一緒に笑ってたいよ」
 だからはい、と。
 アニスが、見舞いのバスケットの中から林檎を二つ、取り出して。
 一つは和輝に、一つはスノーへと手渡す。
「どっちが綺麗に剥けるでショー! 判定基準は素早さと綺麗さ! よーいドンッ」
 あっという間に号令を取ってしまった。戸惑いながらも、果物ナイフを手にして、剥く。
「和輝、ヘタ〜!」
「慣れてないんだから仕方がないだろう。スノーだって、」
「意外と難しいのね……あ、でも、こうすれば」
「残念! スノーはコツを掴んだみたいでした〜! さー和輝選手敗戦濃厚だぞ〜」
「くそっ」
 ふと、気付けば。
 いつの間にか、アニスのペースだった。
 真剣になって、林檎を剥いて。
 彼女との間に開いた溝が、いつ埋まったのかもわからないような自然さで。
「なあアニス。リモンと、」
 なので、油断して彼女の名前を出してみる、と。
 アニスが、しかめっ面に変わった。言うだけ、言うだけ。言ってみるだけ。
「……リモンと仲直りしないか?」
「いや!!」
 即答だった。
「和輝にヒドイことした奴だもん! 仲良くしたくない!」
 ちらり、リモンを見る。
「私は悪いとは思わんし、後悔も反省もしておらんぞ」
 相も変わらずそ知らぬ顔で言い放つは、火に油を注ぐような一言。
「〜〜っ、ほらぁっ! 無理! いくら和輝のお願いでも、いや!」
「ああ、うん。そうだな……」
 今は、不可能そうだ。
 ただまあ、こうして来てくれたのだから、リモンも何かしらの感情を抱いているのかもしれない。
 だったら、いつか良い方向に転がるかもしれないと。
 林檎を剥きながら、和輝は願うのだった。


*...***...*


「俺言ったよな? 怪我が完治しない間は無理するなって」
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)の険を含んだ声が、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)
に投げかけられた。
「任務は成功でした。倒れたのは報告が終了して戻ってからです。体調管理を怠り倒れたに過ぎず、無理をしたわけではありません」
「任務終了まで倒れなかったから無理してねえって違うだろ。つーかそういう問題でもねえ」
 確かにその通りだった。本当に絶対に、無理をしていないのか。そう問われたら、たぶん肯定はできない。
「すみません、ハイラル。心配かけました」
「……いいよ。それより、俺が何言いたいのかわかってんだろ?」
「はい。今度は傷が治るまで、待ちます」
「おう。大人しくしてろ。あとそれ外せ」
 それ、と指さされたのは、藤の花と葉の柄の簪と飾り紐。
「休むに邪魔だろ?」
「いえ。付けておきたいです。これがあると安心する」
「安心ね。……ああ、じゃあこうしよう」
 ひょい、とハイラルの手が髪飾りを外した。次いで、レリウスの髪を前に流して結いなおす。
「これでよし。変なところに引っかかることもないし、安心して寝られるだろ」
「あ……りがとうございます」
 手際の良さにぽかんとしてると、ハイラルが備え付けの椅子から立ち上がった。
「購買行って何か買ってくるわ。要るものある?」
「飲み物なら何でも」
「了解。じゃ、行ってくる」
 ぱたん、と小さな音を残して、ハイラルが退室する。
 一人きりになった部屋で、レリウスは息を吐いた。
「……ハイラル。あなたの言うとおりです」
 わかっている。
 自分がしていることが、いかに無謀だということか。
 こんなことをしても、レリウスの望みは叶わないということも。
 わかって、いるのに。
「ですが、まだ、俺は」
 声が、掠れた。続く言葉を、飲み込む。
 俺は。
 俺は、まだ。
 ――あなたの言うように、自分のことを考えられない。
 『すみません』。
 声なき声が、誰もいない空間に落ちた。


 一方、買出しに出たハイラルは。
 胸を押さえて、廊下にしゃがみこんでいた。とはいえ、具合が悪いわけではない。
「は〜……」
 深く息を吐き、先ほどのレリウスの言葉を思い出す。
 ――甘え、だよな。あれ。
 ――甘えてくれたんだよな。
 きゅんとした。
 ちょっと、いやかなり? 本人の前で態度に出なくて良かったと思う。
「頑張ろう……」
 呟いて、立ち上がる。
 だって、甘えてきてくれるということは、自分が甘えても許されると思ってくれているということだ。
 それなら、自分のことも考えられるようになってくるはず。
 もしかしたら本人はまだ、気付いていないかもしれないけれど。
 一人になった病室で、悶々と考え込んでいるかもしれないけれど。
 ――大丈夫。お前は、変わってきてるよ。
 心の中で一人ごちて、購買を目指した。